15-始まりに到る道
首都キルケニーを包み込んでいた霧、西側で吹き荒れていた天変地異じみた雷。不安定なセイラムの状況が可視化されたような異常は、戦闘の終結と共に無事に消え去った。
唯一まともな東側の集落で戦っていたキッドは、降り注ぐ血の雨を避けながら空を見上げる。
「霧は薄れ、雷も鳴り止んだぜ。
勝ったのはどっちだろうな? どう思う、おばさん?」
いつでも撃てるように銃を構える彼は、決して油断してはいない。だが、敵は殺人鬼の中で唯一普通の人間である魔女――マリ・ド・サンスである。
存在として対等であり、実際に戦ってみても必要以上に焦る相手でもない。小走りをしながらも、軽い口調で笑いかけていた。
それに対して、箒で空を飛んでいるマリ・ド・サンスの態度は真逆だ。高所を取って有利であるはずなのに、銃のような武器などではなく、黒魔術という特別な能力を使っているというのに。
妙に余裕のない表情で、キッドの言葉に明らかに焦った様子で食い気味に言葉を返している。致命傷は受けていないが、端々には撃たれた血が滲んでボロボロだ。
「雷なんて知る訳ないでしょう!? だけど、霧は……」
「ジャック・ザ・リッパーが負けたか?
あのガキが負けるとは思えねぇし、全滅かもな〜♪」
「っ……!! こんの、クソガキがァァッ!!」
「こう見えて成人してるんだぜ?
おばさんより若いのは間違いねーけど」
挑発的なキッドの言葉に、マリは直前までの焦燥感をまるで感じさせないような攻撃性を見せる。
銃撃を気にせず空を飛び、進む先々で悪魔憑きを増やしつつ血の豪雨を降らせ始めた。
「あは、あっはははは! 人を殺したいのなら、魔女を裁きたいのなら、私が力をつけてあげるわ!!
悪魔の触媒になりなさい。制御はできないでしょうけど!」
他の戦場と比べるとまだまともであるこの場には、まだ多くの人々がいる。キッドとマリ・ド・サンスも実力者ではあるが、恐怖の対象ではないためまだ暴れているのだ。
そのため、処刑人協会の抑圧が消えたことでタガが外れた人達や、代わりに裁こうとする人達を、魔女は利用した。
彼らは悪魔を繋ぎ止めるための機構となり果て、無数の悪魔は見境なく暴れ出す。
しかし、キッドにとってそれはなんの問題にもならない。
澄ました顔でウェスタンハットを持ち上げ、彼女を追いかけるついでに宿主を的確に撃ち殺していく。
「悪いけど、俺様は殺すことに躊躇はねぇ。
いくら悪魔を呼べる仲間を増やしたって、今まで通りすぐに死ぬぜ。所詮お前は、アビゲイルに踊らされた雑魚だ!」
「たとえこれが借り物でも、私はっ……!!」
爪や尻尾など様々な武器と強靭な肉体を持つ悪魔、触れたら傷を広げる血の豪雨。暴力的な質量の殺意に曝されながら、キッドは赤く染まった手を持ち上げる。
照準の先には、絶望してどん底にいる魔女。
悪魔の攻撃や避け切れなくなった雨によって、体中を穴だらけにしているが、これ以上はもう逃さない。
「生きていたかったし、やり返してみたかった!!」
「じゃ、もう気は済んだな。お前のせいでたくさん死んだ。
俺様的には自由な殺しは大歓迎だし、実のところ殺人鬼側の性質なんだが……リーダーは好ましく思ってたんでね。
柄じゃねーけど、ちょーっと仇討ちさせてもらうぜ」
涙ながらに叫ぶ魔女に、容赦なく鉛の塊をぶち込んだ。
この一瞬だけ、セイラムに響いていた曲は途切れ、無理やり喚ばれた悪魔達は溶けるように次々と消えていった。
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雷は空に名残りだけを残し、銃声は演奏をかき消すように鳴り響く。濃霧が晴れたことで、シャルル達が殺し合っていたキルケニーの街にも、その澄んだ音は広がっていた。
すっかり視界は良くなり、情報を遮るものはもうない。
付近の集落へ様子を見に行くまでもなく、人々はセイラムの様子を知ることが可能になっている。
天変地異は収まり、奇妙な雨や銃撃も消えた。
辺りは静かで、混乱すら収まっていることだろう。
霧という異常や切り裂きジャックに怯えていた一般人でも、何となくそれがわかるのだ。
気配に敏感な、プロの処刑人であるシャルルなら、勝敗すら察することができているに違いない。
散らばった武器に囲まれた彼は、無言で倒れ伏すジャックを見下ろしている。
「……」
まだ意識はある様子だが、ジャックは手足の一部とすら言えるナイフも手放し、まったく抵抗していない。
潰れた左腕と左目、貫かれた右腕に裂けた足。
決定打になった、砕けた頭。
それらから絶え間なく血を流しながら、涙を流すシャルルを見上げて笑っていた。
「……ねぇ、シャルル。ちゃんと僕を殺すんだよね?」
「当たり前だろ。雷閃もキッドも勝った。罪人を殺した」
「まぁ、彼らの相手は他人だった訳だけど」
「っ……!!」
思ったよりも情を持っていたらしいシャルルは、ジャックの指摘に唇を噛み締める。
魔女狩り以降、そもそも殺しに疲れてハードルも少なからず上がっているので、余計に苦しそうだ。
とはいえ、彼としても弟子への信頼は揺るがない。
その様子を見ても、ノインが出てきたの時のように殺意を見せることなく、場違いな笑顔で言葉を紡ぐ。
「うーん、やっぱり今の君には辛いことかい?
ま、それでも最終的には殺してくれるんだろうけど」
「シャルロットもアルバートさんを殺したからな。
あいつが養父のように慕ってた爺さんを殺したのに、この俺が師匠くらいで殺せないなんて言えるか。
それも、マリーを殺した奴を……!!」
「殺したのは他の4人だけどねぇ」
「あんたの命令だろうが。狙ってたんだから」
「あはは、だってそうした方が理想的だからね」
おそらく、今も仕方なく前に出てきているだけだと思われるシャルルは、少しのことでコロコロと表情を変える。
一度はしばらく休むと言って中に引っ込んだのだから、無理もないのだが……ずっと処刑人として感情をコントロールしていた彼なので、無意識的に感情を露わにするのは珍しい。
だが、もちろん取り乱すこともなかった。
感情を素直に表に出していながらも、ところどころで冷静な顔になって鋭い言葉を投げかけている。
「何にとって?」
「……? あぁ、もしかして君は僕から情報を聞き出したいのかい? なるほど、たしかにもう僕の他にこの國を知る人はいない。これは最後のチャンスということになるね」
「別に、必死に探求するつもりはねぇ。
交渉材料にはならねぇから、命乞いとかは無駄だぞ。
言うなら早く言え。言わねぇならすぐ殺す。
もう、覚悟はできた」
本題に入ったことで、シャルルもすっかりいつも通りだ。
あっという間にジャックの体を浮かせると、慣れた手つきでギロチンにの台に彼の首を乗せてしまう。
無抵抗であったことを踏まえたとしても、とても人間業とは思えないようなスピードだった。ガッチリと固定されているので、刃を落とせばすぐに首は飛ぶ。
情報を求めているという、下手したら自分の不利になりかねない行動だったが、上書きするには十分だった。
確実な死を目前にして、殺人鬼は笑みを深めている。
「ふーむ……生き残っているのは、君と侍とガンマン?」
「知る必要があるのか?」
「あるさ。この先、戦力が足りるかは重要だろう?
まぁ、答える必要はないけどね。なんとなくわかるから」
「……で?」
「んー、そうだね。正直なところ、もう結末は決まってる。
僕にできるのは、より理想に近づくタイミングを選ぶだけ。
この場合は……うん。とりあえず、場所を変えようじゃないか。処刑人協会の本部で色々と教えてあげるよ。
地下にある、あの醜悪な肉塊の元でね。
生に執着はしないから、用済みになれば殺せばいい。
ただし、戦力にするなら……」
ジャックの言葉が終わるのを待つことなく、シャルルは刃を振り下ろす。ただし、それはギロチンのものではなく、手にしたナイフだ。
いつの間にかくすねていたルーン石を砕き、頭も腕も、どんなに重い傷もすべて一瞬で治している。
血で汚れている以外、もう殺し合いの名残すらない紳士は、特に驚くことなく立ち上がった。
「ジル・ド・レェ、アルバート・フィッシュ、ジャック・ザ・リッパー。秘密に触れていそうな奴らは何人かいたが、ちゃんと理解してるのはあんたが初だ。いいぜ、力を貸せよ。あんたは信用できる。もう俺が殺したからな」
「ふふ。そう、僕は既に君に殺された。
殺すべきだと思えば、すぐに殺せばいいさ。
死を体現するのは、僕ではなく君だと決まったからね。
すべての罪人を殺して、君はセイラムに成る」
「……」
殺し合いの決着はついた。しかし、すぐに処刑が行われることはなく。シャルルはこの國の謎をすべて解き明かすため、ジャック・ザ・リッパーを伴って処刑人協会本部へと向かい始めた。




