13-殺戮場の戦い④
槍とナイフで打ち合う2人の姿は、まさに殺しを体現したと思えるものだった。
首を、心臓を、関節を、耳や目などの脆い部分を。
ひたすら殺しに特化している彼らは、最初からそういう動きだと決まっているかのように的確に急所を狙う。
鍔迫り合えば、お互いに敵の懐に潜り込み。
急所に迫られれば、華麗なステップで躱して逆に突き付け。
武器は回り続け、柔らかな四肢は艶やかに揺れ、殺すための体は絶え間なく動き続ける。
どちらか一方がほんの少し気を抜けば、容易く勝敗は決して片方が死んでしまうことは間違いない。
この場の命は、紙一重で保たれ続けているというギリギリのものだったが……だからこそ、舞いのような美しさだった。
「あぁ、やっぱり殺しは気分がいいなぁ。すごく上がる」
「まだ殺された覚えはねぇけどなぁ!?」
「え? 直、死ぬだろう?」
背中に回した槍をぐわんと跳ね上げたシャルルは吠えるが、ジャックは相変わらず涼しい顔だ。彼がずっと荒々しいのと対照的に、この舞いと同じように軽く爽やかだった。
最低限の動きだけで槍をいなすと、次の瞬間には一歩詰めてナイフをシャルルに突き付けている。
あと、ほんの少し。ほんの少し手首を曲げるだけで、彼の首は傷付けられるだろう。それが致命傷になるかは別として。
しかし、常にジャックが優勢で、どれだけ彼の方が余裕のある戦いを繰り広げていても、シャルルはその弟子だ。
多くの動きを誘導され、戦いの流れを支配されている上で、彼はその尽くをねじ伏せる。それだけの力と、追い込まれても臆さない精神力が彼にはあった。
たとえ、切られながらでも目の前の巨悪を殺そうと、爛々と目を輝かせて槍の柄で敵の腹を打つ。
「俺が死ぬだぁ? 引きこもってたせいで、随分とまぁ刃が鈍っちまったようだ。やっぱさっさと引退しろや殺人鬼!!」
「くっ……いやぁ、まさか僕に攻撃を当てるなんて。
弟子の成長は嬉しいなぁ」
受け流すこともできずに一撃を食らったジャックは、笑顔を浮かべながらも思いっきり霧の中に消えていく。
あくまでも打撃なので、致命傷にはなっていないだろう。
だが、今までとは違って踏み止まろうとする音がはっきりと聞こえているため、少なからずダメージは入ったはずだ。
それを確認したシャルルは、切られた首をすぐさま押さえて溢れ出す血液を捉える。命を繋ぐものであり、同時に他者には毒にもなる液体を。
「当てるくらい、俺じゃなくてもできる。
殺すのは別だがな。……テメェは絶対、殺す!!」
手についたシャルルの血は毒。
その特性を活かし、彼は散らばった武器に手当たり次第それを塗りたくる。
まずは今使っている槍の穂先。次に、懐に忍ばせたナイフ。
落ちている剣、鞭、鎌、と次々に。
自分には効かないとはいえ、普段から毒がついていると使いにくいため、これで初めて本当に戦う準備が整ったと言えるだろう。
霧の中を駆け回りながら準備を整え、彼はなおもスピードを上げていく。気配を消した殺人鬼を追い詰めるように、檻を作るように円を描きながら。
「駆け回れ、シャルル・アンリ・サンソン!!
最強の1には、凡庸の100で打ち勝ってやる!!」
ぼふん、ぼふんと霧を突き破りつつ、何も武器を持っていない処刑人は猛る。
ジャック・ザ・リッパー――俗に切り裂きジャックと呼ばれる男は、ナイフでの殺しに特化した絶対の強者だ。
一つ一つの動きが殺しに繋がり、またそのように周りも動くため、打ち倒すにはそれ以上の力がいる。
シャルルも、ギロチンでの処刑に長けた処刑人ではあるが……
やはり師匠というだけあって、自信はない。もしくは安定択を取りたいのだろう。
特定の武器にこだわることはなく、その時々で目に止まった武器を持って霧の中から飛び出していく。
切り裂きジャックとは違った、あらゆる処刑に慣れた処刑人――シャルル・アンリ・サンソンとして……
「な〜んちゃって。僕でした」
「シャルロット・コルデー!?」
彼女はシャルルとして、百芸に長けた殺しをする。
その、はずだったのだが。
霧の中から飛び出してきたのは、特に見た目には変化のないものの、中身は殺しなんてほとんどしたことのない少女。
直前の勢いに反して、今この瞬間の人格はまったくの別人であり、戦闘スタイルも力より技のシャルロットである。
鉄扇を両手に握って空を舞う彼女の姿に、ジャックも流石に驚きを隠せない。何が出てくるのかわからないびっくり箱のつもりが、実際には箱すら別物なのだから当たり前だ。
戦況に影響が出る程には驚かないまでも、予定からは一呼吸以上外れた流れでナイフを振るう。
「ふふっ、テンポ変えてくよ!」
無理やり流れを変えられたジャックに対し、シャルロットは武器を打ち合わせる反動を使って滞空することで、着地すらせずに攻め立てる。
コートも脱ぎ捨て、彼女なりの処刑人スタイル――ゴスロリワンピースと鉄扇だけで身軽に特攻を仕掛けていた。
とはいえ、敵はジャック・ザ・リッパー。
戦いのリズムを崩す動揺も、そう長くは続かない。
十数回打ち合う頃には、もう彼女に対応でき始めてしまう。
くるくると回転しながら蝶のように閃く刃を、的確にいなして笑いかける。
「君、外に出られたんだねぇ。人を殺したあと、立て続けにマリーが死んだ悲しみで、とっくに壊れたものと」
「そうだよ。あの子が死んで、今にも涙が溢れそうだ。
だから、原因になったお前を絶対に許さないんじゃない!!」
ジャックに力尽くで叩き落され、着地せざるを得なくなったシャルロット。しかし、もちろん悲しみに満ちた彼女がそこで止まることはない。
すかさず地面すれすれの位置から立て続けに鉄扇を振るい、舞い上がるように首に迫っていった。辛うじて数撃は防御をすり抜けるが、ここまでしても少し切れるばかりだ。
「うひゃー、シャルルに教えたこととは真逆の華やかさ。
これも綺麗ではあるけど、美しい殺しじゃなくて美しい舞いだねぇ。ちょっと危ないだけで、殺されはしない」
「これが僕だ!! 本来、人を殺せない、人格、なんだ……!!
ぐ、うぅ……キャ、キャハハ、アナタ、痛イ!!
ワタシ、痛イ!! う、ううぅ……!!」
「あーあー、もう狂っちゃった。
これじゃもうただのサンドバッ……」
再び空に舞い上がり、狂いながらも背面方向に飛んでいったシャルロットを目で追いながら、ジャックはナイフを握る。
わずかに敵を切り、痛みを与えたことで、彼女の精神は早くも崩壊間近だ。実力面からも、安定性からも、もはや少女は彼の敵ではない。
もちろん油断はしていないが、少なからず警戒度を下げながらナイフを構え、穏やかな空気のまま踏み込んでいく。
だが、目の前にいたのは……
「ざ〜んねん、俺だぜ!!」
「うえぇ、もう切り替わっているのかいシャルル!?」
いつの間にか鉄扇を手放し、拳銃を握って体勢を整えているシャルルだった。ナイフを持った切り裂きジャックは無敵だが……この距離、このタイミングでは避けられない。
体を小さく折りたたみ、絶対に当てるという意思を以て撃ち出された銃弾は、流れるように動いたナイフをすり抜け、彼の左目を貫いた。
同時に、投げられたナイフもシャルルの左腕を貫くが……
どちらがより致命的かは、火を見るよりも明らかだ。
「ギャハハハハッ、痛ぇ以上にデケェ!!
ナイスだぜシャルロット!! このまま、攻める!!」
トトンっ、と軽やかな動きで霧の中に消えていったシャルルは、すかさず散らばった武器を手に追撃を仕掛ける。
咄嗟に顔を背けたことで、何とか頭部を完全に破壊されずにいたジャックを、今度こそ確実に仕留めるために。
明確なダメージが入ってもなお穏やかな雰囲気の紳士には、周囲から血毒を塗られたナイフが襲いかかっていた。
「視界は二重苦、周囲は血だらけ負傷を隠す死体だらけ。
足音はわざと立てているのかな? となれば、もう……
感覚で殺るしかないよね!! ワクワクするよ!!」
「慢心、油断、死が聞いて呆れるぜ切り裂きジャック!!」
ナイフ、剣、槍、銃弾、鎌。ありとあらゆる武器が投擲武器と化して殺人鬼に襲いかかる中で、シャルルはわざわざ声を張り上げて居場所を示す。
足音はカモフラージュだとしても、これだけは確かだ。
ジャックは素直に声につられ、槍を握って霧を突き破ってくる少女と視線を交錯させる。
「そりゃどっちだいシャルル!?
我が弟子ながら、愚かにも程があるじゃないか!!」
彼が姿を現してもなお、毒が塗られた武器はジャック目掛けて飛んでいく。それでも、シャルルが有利な状況を捨てて、わざわざ姿を現したことは事実だ。
少し数はへっているし、減る前ですらできてかする程度。
これでは、決して彼を害することなどできやしない。
となれば、たとえ罠であっても敵を殺すのが最善手である。
手足に襲いかかる武器を紙一重のところですべて躱しながら、ジャックは手に馴染んだナイフを突き出す。
数多の生者を食らってきた凶刃は、此度も真っ直ぐに無防備なシャルルへと食らいついていった。