12-神秘を従える者
盛り付けられた数多の死体を、邪魔だと隠すように街を覆う霧の中で、彼らは対峙する。
師匠と弟子。協会から離れた殺人鬼と、協会に従っていた処刑人。殺しを楽しむセイラムの申し子と、殺しを厭っているセイラムが歪ませた子。
あらゆる面で異なる彼らは、だが同じレベルで卓越した殺しの技を持つ、まさに死を体現する存在だった。
今のこの状況を、最後まで心の底から楽しみたい。
今のこの状況を、どうあっても全力で前止めたい。
軽く挨拶を交わした後は、もう言葉などいらず。
対峙するだけでお互いの心を理解しながら、お互いを殺す。
「ッ……らぁ!!」
「ふふ……!!」
ぶつかり合うのは、何の変哲もないちゃちなナイフと圧倒的な質量を持つギロチン。まともに激突すれば、すぐに壊れてしまうのはどう考えてもナイフの方だろう。
しかし……しかしだ。ナイフを持っているのは、ジャック・ザ・リッパー。ただそれだけで、それは必ず人を殺せる凶器に成り果てる。
相手のかけた力などお構いなしに、凶器は不可思議な軌道を描いてギロチンを受け流し、隙を作り出す。
ここに来ても穏やかな紳士は、相手のネクタイを直すかのような気軽さで手を伸ばし……死を、弟子に差し出していた。
「ぐっ……!?」
「う〜ん、やっぱり避けるの上手だねぇ。
流石、僕が育てたことはある」
ナイフはシャルルの首筋に。だが、瞬時に体を反らしたことで、ギリギリ首が飛ばされることはなかった。
もちろん、コートが邪魔だったということもあるのだろうが……
それすらも気に留めず、的確に首に刃を届かせたジャックの凄まじさが際立つだけだ。ワイヤーは引かれ、ギロチンに殴打された彼も、笑いながら回転して距離を取っている。
「でも、ちゃんと処刑人なんだよねぇ。そこだけが、本当に心の底から不思議だよ。セイラムとしては喜ばしいけど」
「……」
穏やかに紡がれるジャックの言葉に、シャルルは何も言葉を返さない。ただ静かにギロチンを受け止め、内蔵された扉を開いて無数の武器を周囲にまき散らす。
彼と同じようなナイフ、チェーンソー、銃、シャルロットの鉄扇、吹き矢、鎌、鞭、槍、剣、薬の瓶……
街を覆う霧に紛れて見えなくなるが、とにかく手数を増やすべくそこら中に武器が散らばった。
「無理やり殺しをさせられただけの平凡なガキが、いきなり殺人鬼になんざなるはずねぇだろうが。
俺は、僕は、私は……こうしないと生きていけなかったから殺しをしてるんだ。その必要がないのなら、普通は誰も殺しなんてしたくはない。あんたらが、異常なんだ。
あんたらだけが、イカれた殺人鬼なんだ」
「僕らだけだと、思うのかい?
こんな國で、僕らだけが壊れてしまったと?」
「……」
武器は散らばり、霧はさらに濃密に。
ただ音にするためだけに軽く言葉は交わした彼らは、すぐにまた殺しへと戻っていく。
~~~~~~~~~~
雷が降る。それが、この國に呼び寄せられた神秘だ。
血の弾丸も、普通の銃弾も、すべての遠距離攻撃を霞ませるような天変地異は、キルケニー西側の廃墟で國を焼く。
この超常の存在と対峙するのは、ほとんど同じ領域に入っている2人の殺人鬼。キングズベリー・ランの屠殺者とニューオーリンズの斧男は、2対1という状況に持ち込みながらも、拮抗した戦いを繰り広げていた。
「あははっ、あのお姉ちゃんよりだんぜん強い!!
なにこれ、なにこれぇ!? あははははっ!!」
「おで、殺す。どんな、自然現象も……!!」
彼女達は、どちらも接近戦に秀でた殺人鬼だ。
片や、自分よりも大きなハンマーで。片や、自分の巨体とも遜色ない斧を振り回し。地面でもなんでも、軽々と破壊して見せている。
ほとんど同じ存在に成っているのだから、いくら雷閃でも直撃してしまえばただでは済まないだろう。
しかし、彼の少年は雷そのもの。常に圧倒的なスピードで飛び回ることで、彼女達を圧倒していた。
もちろん、まだ完成されていない彼への負担はかなりのもので、自傷によるダメージが蓄積されているようだが……
雷は、決して止まらない。巨大な武器をすり抜け、砕け散る街を躱し、螺旋を描きながらタフな幼女達を斬りまくる。
「っ……!! どんな方法で、ここまでの強さを……!!」
雷を纏った刀は、幼女を、木偶の坊を、間違いなく斬る。
それにのに、彼女達はなおもピンピンしていた。
かなり一方的に斬っているというのに、普通なら無事では済まないくらい雷に打たれているというのに。
「鳴、神ッ……!!」
まったく余裕のない雷閃は、息も絶え絶えに刀を振るう。
空気を叩くように、雷を弾くように。
斬撃とは思えない雷の殴打は、華奢な肢体も巨体も関係なく、もれなくすべてを叩き潰した。
「はぁ、はぁ……」
雷撃に飲み込まれた殺人鬼たちは、もうまったく人が残っていない廃墟の中に生まれたクレーターの底へ消えた。
ようやく立ち止まった雷閃はフラついているが、決して力は弱めない。
生死は不明ながらも、雷は死体だとしても解放しない勢いで彼女達を苛み続けている。だが、雷が何かを攻撃し続けているということは、少なくとも体は残っているということで。
体が残っているということは、大抵の場合その攻撃にも耐えられているということで……
「〜っ!! 痛い、けど……殺すのは、壊すのは、楽シイ!!」
「ッ……!! おで、お前、殺す……!!」
全身から血を流しながら、霞む目で穴を見つめていた雷閃の目の前で、殺人鬼達は元気に顔を出す。
各々の武器で雷を叩き潰し、彼が逃がすまでの間に多くの人々を鏖殺したように地面を破壊してしまう。
「っ……!? こんなもの、神秘じゃなくてなんなんだ……!!
放っておいたら、間違いなく國が滅ぶよ……!!」
崩れていた家屋を飲み込み、さらに拡大していく穴に落ちていきながら、雷閃は自身をも焼きながら雷を纏う。
もう、守るべき仲間や人々は近くにいないのだから。
彼はとっくに周りを気遣う余裕など失い、雷を國中に迸らせていた。
みるみる崩れ落ちていくキルケニー西の廃墟で。
規格外の戦士たちは、殺人などではなく災害をこのセイラムに刻みつける。
~~~~~~~~~~
雷は天災のように煌き、この國のどこにいようともその光は見える。同様に、轟く音も國中を震撼させていた。
だが、それが片方だけ……音だけしか届かない地域もある。
それは、濃い霧の発生源となっているキルケニーだ。
至近距離と言ってもいい程に近い、真横にあるというのに。
不自然な霧に包み込まれた首都だけは、神秘的な輝きを一切通さずにいた。
音はたしかに聞こえるのに、光は朧気にすら見えない。
ジャック・ザ・リッパーとの激戦を行っているシャルルも、そんな異常に気が付かない訳が無い。
街を飛び回りながら、手を変え品を変え師匠を殺そうと迫る彼は、しばらく経って確信を得てから口を開く。
「この霧、あんたの力か? 外付けのルーン石以外、あんたにはなんの力もないと思ってたんだけどな」
答えがわかっていない、この場で初めてのまともな質問。
もちろんその間も、シャルルは手を止めることなく殺しにかかる。
霧に紛れて武器を拾い、銃撃、鞭打ち、ナイフの切りつけに様々な投擲。そのすべてを遊びのように軽々と弾きながら、ジャックはにこやかに言葉を返す。
「この霧? 勝手に出てくるね、なぜか。
君も知っての通り、僕はただ殺しを楽しんでいるだけの普通の人間だよ。ルーン石だって自分で作れる訳じゃないから、無駄遣いはできない。本当は砕いて使うものを砥石にして、ナイフに付与するとかじゃないとね」
「ナイフがあるだけで、テメェは十分誰よりも凶悪な殺人鬼だろうが……!! 寝言は寝て死ね!!」
「僕は殺すのが趣味なだけで、死ぬのはちょっと……」
どういう訳か飛んできた、普通の人なら受けられないはずのチェーンソーも、ジャックが適当にジャケットを翻すだけであらぬ方向へ飛んでいく。
ほんの少しの動きだけで、すべてがジャックの思うがまま。
自身は殺されず、殺す。そのためだけに世界は動いていた。
なんの特殊能力でもない、あまりにも殺しが巧いというただ一点のみで。
「それはァ、別に死ぬつもりがねぇってだけだろ!?
殺されること自体は、醜く拒否したりしねぇよなァ!?」
「もちろん! この先にも増える死を見られないのが残念なだけで、死自体は誰のものでも大歓迎さ!!」
霧の中から現れるシャルルの機械槍と、ジャックのちゃちなナイフは再び激突する。どちらも動作はひたすら優雅に。
常人ならば気絶する程の殺意を溢れさせながらも、舞うように美しい、精錬された殺し合いだった。