11-月夜に彼は、死になりて
キルケニーに攻め込もうとしていたシャルル達は、ジョン・ドゥに流された情報によって最悪のマッチングを果たした。
本丸、ジャック・ザ・リッパーを落とすはずだったシャルルは、殺人鬼の上位2名に足止めされ体力を削られる。
雷の速度で戦場を駆け回り、邪魔な殺人鬼の排除や殺人鬼最強のキングズベリー・ランの屠殺者を相手するはずだった雷閃は、タフで長引くニューオーリンズの斧男。
キッドに至っては、圧倒的に相性が悪く下手したら戦いにもならないようなハイルブロンの怪人との戦いだ。
情報戦で負けていたことで、もう完全に敵の手のひらの上である。
誰かが無茶をしなければ、この状況を覆すことなど出来はしない。遅れながらもその状況に気がついたトムは、双眼鏡を覗き込みながら大いに焦っていた。
「あわわわわ……不味い、不味いよシャルル!
雷閃くんは負けないとしても、キッドが負ける!! 雷閃くんだって、相討ちになってもおかしくないくらい接戦だよ!!」
変わらずシャルルの家付近にいる彼だが、高所さえ確保できれば視覚で大体の情報は得ることができる。
ストーカー気質を活かし、唯一各地の戦況を知ることができているため、実質的なリーダーであるシャルルに助けを求め悲鳴を上げていた。
もちろん、現場にいる者達は全員が戦闘中なのだが……
話を聞くことくらいなら可能だ。
無線からは、ノイズや戦闘によって起こる破壊音のせいで途切れ途切れでありながらも、鋭い声で問いかけが響く。
『マッチング、戦況は!?』
「え、えっとね……雷閃くんと斧男、キッドと怪人。
それぞれパワー負け、スピード負け。前者は対等に戦えてるけど、後者はまともな戦いにすらなってない。
ジャック・ザ・リッパーは1人、キルケニーの霧の中かな……
いや待って、見えた!! シャ、シャルル!?」
『……あぁ!?』
「い、いや違う、違う。シャルルと同じ姿の子がいる!
ジョン・ドゥだ!! 敵側にジョン・ドゥ!!」
報告中でも、ピーピング・トムが双眼鏡から目を離すことはない。各地の戦況を細かく観測し、元凶であるジャック・ザ・リッパーを探し、忙しなく視線を飛ばしていた。
キルケニーは霧に覆われているのだから、ほとんど無駄な行為であると思われたが、結果としてその努力は実を結ぶ。
単にタイミングが良かっただけかもしれないし、敵が意図的に姿を見せたのかもしれないが……
ともかくとして、彼のレンズには霧に包まれた屋根の上で手を振るシャルル――ジョン・ドゥの姿が映し出されていた。
それを見つけた彼は思わず叫び、無線で繋がっていたことで知ることの出来たシャルルも、苦々しげに吐き捨てている。
『そーいうことかよ、クソ師匠が……!!』
「え、何!? 何が!?」
『俺が盤面をぶっ壊してやる。だから、雷閃に言っとけ。
お前はニューオーリンズの斧男をやっとけってな』
「りょ、了解!」
迷いのない命令を最後に、無線からは凄まじい破壊音が鳴り響いて通信は途切れる。だが、トムは取り乱すことなく他の仲間に通信を繋げ、オペレーターの仕事をこなしていた。
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「あははっ、お友達とのそーだんは終わったのー?」
無線を切ったシャルルの前にいるのは、相変わらず無邪気な笑顔を浮かべて暴れ回っている幼女。
彼よりも遥かに小柄なくせに、ギロチンに負けず劣らずに巨大なハンマーを持って街を破壊する、キングズベリー・ランの屠殺者だ。
マリ・ド・サンスの力によって空から降り注ぐ血の弾丸を、どうにか避けつつ攻撃を捌くシャルルは、劣勢の割に不敵な笑みを向ける。
「ハッ、相談なんかじゃねぇよ! 仲間の戦況を聞いてたんだ、あとどれくらい遊んでやるか決めるためにな!!」
「弄ばれているのは、あなたですけれどねぇ」
「黙ってな、魔女狩りから逃げた臆病者!!
今も安全園にいるテメェなんざ、敵ですらねぇよ!!」
魔女の言葉を無視して、シャルルはギロチンを振るう。
単純な質量としては、当然ランのハンマーの方が大きい。
しかし、彼のギロチンはあのフランソワが丹精込めて作った一品なのだから。強度において、そんじょそこらの武器になど負けるはずがない。
正面から打ち合った2つの武器は、しばらく拮抗した後幼女の方向に進んでいく。
「おわぁ、凄いパワー!? あたしと張り合えるなんて!!」
「こちとら、ワイヤーでかさ増ししてんでなァ!!
チビスケになんざ、負けてられるかってんだ!!
ギャハハハハッ!! 死ねオラァ!!」
ランを吹き飛ばしたシャルルは、雨のように降り注ぐ血の弾丸を無視して、彼女に急接近する。
道路に突き刺さったギロチンを支点に、その身一つで。
ワイヤーで浮き上がったギロチンは宙を舞い、マリが援護に入ることを許さない。無理やり一対一に持ち込んだ彼女の手には、優美な鉄扇が握られていた。
「ぶきなしのなぐり合いなら、あたしも負けないよ!」
「ごめんね、ランちゃん。僕は殴るのも殺すのも苦手だから……期待には、添えないかなっ!」
「……!?」
性格の激変、真逆になった戦闘スタイル。
セイラムの歪みによって変貌した経験不足の屠殺者は、その変化についていくことが出来ない。
凄まじい音を轟かせながら繰り出された拳は容易く受け流され、代わりに胴体を添うのは優雅な刃。
可憐に花開くように、斬撃は炸裂した。
「あっはは、すごい! でも、あたしには……効かない!!」
「殺す気はなかったけど、ほとんどダメージもなしか。
本当どうかしてる……って、まさか君‥」
「あははははっ!!」
斬られたことで宙を舞っていたランだったが、実際にはほぼまったくと言っていいほどダメージはなかったらしい。
花開くような血も消え、少なからずあったはずの傷もいつの間にか消えている。
しかも、身を翻した彼女は再び拳を固め、拳圧だけで道路を破壊しクレーターを生んでいる程だ。
表情を険しくしていたシャルロットは、直撃を食らった訳でもないのに余波だけで吹き飛ばされてしまう。
「っ……!! 僕が君を殺すには、ギロチンが必須なのかな……!!
でも、とりあえず役目は果たしたよ、雷閃くん!!」
宙を舞うシャルロットは無防備で、蹴りの威力で空を飛び始めた幼女の拳を防ぐことなど不可能だ。
ワイヤーを引いても、ギロチンは間に合わない。
だが、彼女はその声1つで、超常の存在を呼び寄せる。
「ふわぁ……!? なになに、なんで急にまぶしくなったの!?」
「そりゃあ、こっちには本物の神秘がいるからだよ!!
大人しく俺が用意した舞台で踊っとけ、後付の紛い物が!!」
シャルロットの声によって起こったのは、各地での――それぞれの戦場での発光だ。雷閃、キッド、シャルル。
神秘本人である少年を除いた2人が持つ鉱石が輝き、空へ向けて雷の柱を打ち上げているのである。
それは、たとえ空中にいたとしてもなくなるものではなく。
シャルルに切り替わった彼の胸元からも、目を背けてしまいたくなるような輝きが迸っていた。
守られているシャルルはともかく、なんの加護もなしに至近距離で光を見たランは、目を潰され動けない。
その隙に仲間の居場所を把握すると、彼は手にしたギロチンを使って、目の前の敵をそれぞれ理想の対戦相手の元に吹き飛ばしていく。
「おうらァ、吹っ飛べぇぇぇぇぇぇッ!!」
「キャァァァァァァっ!?」
キングズベリー・ランの屠殺者を、雷閃の元へ。
マリ・ド・サンスを、キッドの元へ。
目を潰されて抵抗できない殺人鬼達を、彼は見事な制球力で思った通りの場所へ叩き込んだ。
後に残るのは、完全に自由になって落ちていく最後の処刑人だけである。
「くく、情報戦なら騙すことも覚えろってか……?
ハッ、んなもんでこの俺が負けるかよ。
あんたの企みなんざ、力でねじ伏せてやる。
引きこもってたあんたと違って、俺はずっと処刑人をしてたプロだからな。どんな戦況でもひっくり返すのが、プロってもんだろ……!? なぁ、お師匠さんよォ!!」
空を飛ぶ術など持たず、ただ落ちるしかないはずのシャルルだったが、特に焦らず狂気的に笑う。
落ちながら懐から雷を発していた鉱石を取り出し、キッドのいた方に掲げると、雷に運ばれて他の鉱石の元へと運ばれていった。
「……!!」
雷速、それは人の及びもつかない大自然の御業。
後から移動を始めたはずの彼は、自分が叩き込んだ魔女よりも速く夜を切ると、キッドと怪人の目の前に降り立つ。
「……は!? お守りが光ったと思ったら、お前どっから……」
「誰か知らねーけど、あんたもあたしと踊んのかい!?
このスピードに付いて来られるなら無様に踊んな!!」
いきなり現れたシャルルを見ると、彼らはそれぞれの反応を見せる。片や、ボロボロになりながらも銃を構え、驚愕一色になった顔で。片や、ほとんど無傷で走り回り、ナイフ片手に興奮した顔つきで。
しかし、どちらもシャルル・アンリ・サンソンの獲物ではない。最後の処刑人が気にするべき相手ではない。
瞬き一瞬のうちに接近してきた怪人と、そのナイフを見ても、彼は小馬鹿にしたように笑うだけだった。
「雑魚がイキがんなよ、誰もテメェなんぞに用はねぇ」
「……へ?」
次の瞬間、ハイルブロンの怪人は宙を舞う。
いつの間にか迫っていたギロチンに吹き飛ばされて、神秘ですら貫く一撃に体を砕かれて。
血を吐きながら、手足を変な方向に曲げたまま夜の闇に消えていった。トドメとばかりに煌めくのは、どこからか飛んできた雷だ。2度も貫かれたことで、スピードしか能のない怪人は為すすべもなく消えるしかない。
その光景を見ていたキッドは、あ然とするばかりである。
ギロチンをキャッチしているシャルルを見つめながら、放心状態で口を開く。
「お、お前……なん、どう、はぁ?
いや、助かったけどよ。そんな強かったとはなぁ」
「マリ・ド・サンスは呼んである。すぐ来るぜ」
「は?」
シャルルはギロチンを回収すると、何もなかったかのようにキルケニーに向かっている。その背に話しかけていたキッドは、しれっと言われた内容に目を剥いていた。
とはいえ、驚いている時間はそう長くない。
次の瞬間には、近くで凄まじい地響きと土煙が上がって何者かの襲来を示していた。
「っ……!! 連戦とは無茶言うぜ。
まぁ、倒したの俺じゃねーから、何も言えねぇけど」
「くそっ、許さない。あの女……!!」
土煙の中から現れたのは、もちろん魔女狩りから生き残った最後の魔女――マリ・ド・サンスだ。
4人の殺人鬼の中で、唯一普通の人間である彼女は、衝撃でフラつきながらもシャルルに毒を吐く。
「あいつの性別、知ってんのなおばさ〜ん。
でも、あんたの相手は俺様だからヨロシク〜」
「ふん、後ろに隠れているしかできないガキが生意気ね」
「狙撃手をご存知でない? まぁ、魔女も同属だろ。
後衛の臆病者同士、仲良く殺し合おうぜ?」
「一緒にしないでくださる?」
シャルルが去った、キルケニー西側の集落にて。
魔女とガンマンは火花を散らす。
ジャック・ザ・リッパーが整えた盤面は壊れ、もはや彼の手のひらの上で踊るだけの者はいない。今こそ反撃の時だ。
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雷閃VSキングズベリー・ランの屠殺者、ニューオーリンズの斧男。キッドVSマリ・ド・サンス。
各地で殺人鬼を裁く戦いが繰り広げられている中。
どこよりも濃密な霧に包まれているキルケニーでも、一組のマッチングが成立していた。
情報屋が面白そうに見つめる下で、濃霧を切り裂くようにして現れたのは……
「よう、師匠。殺しに来てやったぜ」
「やぁ、シャルル。ちょうど僕も殺したい気分だったんだ。
一般人じゃ、流石にちょっと物足りなくてね」
ギロチンを手に凶暴な笑みを浮かべる処刑人――シャルル・アンリ・サンソンと、ナイフを手に穏やかな笑みを浮かべる殺人鬼――ジャック・ザ・リッパーだ。