10-死に包まれた盤面
ピーピング・トムの情報を基に作戦を立てたシャルル達は、キルケニーを見据えて進んでいく。
理想的なマッチングとしては、キッドとマリ・ド・サンス、雷閃とキングズベリー・ランの屠殺者、そしてシャルルは、斧男を越えてジャック・ザ・リッパーと激突することだ。
最も鬱陶しいと思われるが、最も弱いとされるハイルブロンの怪人は、雷閃の速さで片手間に潰す予定である。
トムにはまだはっきりと確認できていない敵の捜索を頼み、彼らはそれぞれの敵を目指して突き進む。
しかし、実際にシャルルの目の前に現れたのは……
「……は? なんでお前らがここにいんだよ」
自分よりも大きなハンマーを持ち、無邪気な笑顔を浮かべている幼女――キングズベリー・ランの屠殺者。
杖を持った魔女のような格好をしており、艶やかで不気味な笑みを浮かべている淑女――マリ・ド・サンスだった。
予想だにしなかった人物たちの姿を見て、シャルルは思わず足を止める。手にしたギロチンを地面に置き、空を飛ぶ魔女と道のど真ん中で仁王立ちしている幼女を見据え、身構えていた。
「はぁーい。それはもちろん、ここにあなたが来るって聞いたからだよー! あたしね、君をたたきつぶしたいんだ!」
「まぁ、私はこの子のお守りかしらね。
空からチクチク、あなたを苦しめて差し上げます」
シャルルが問い質すと、キングズベリー・ランの屠殺者は元気に手を上げ、返事をする。
距離を取りながら見下ろしているマリ・ド・サンスは、ニヤニヤと質の悪い笑みを向けていた。
もしも、ここにいたのがニューオリンズの斧男だったなら。
たとえ見た目以上に速くとも、シャルルのスピードと技に翻弄されて目標を見失っていたことだろう。
だが、この場に現れたのは空を飛べる魔女と小柄な幼女。
1人でも振り切るのは難しく、それが2人ともなれば不可能だ。彼にはもう、戦う以外の選択肢などなくなっていた。
軽く頭を振ってため息を付くと、魔女を警戒しながら幼女に真っ直ぐと視線を向ける。
「……しゃーねーなぁ。残りのやつ的に、少しキッドが気にかかるが……少しだけ遊んでやるよ、人でなし共」
「あははっ、ありがとうお姉ちゃん!」
「殺した数は、まだあなたの方が多いのだけれどね。
私達を責められる立場かしら、処刑人……!!」
「もう、処刑人じゃねぇし……
お姉ちゃんって呼ぶんじゃねぇよ!!」
空を大きくかき混ぜながら、圧倒的な質量を持つギロチンはランに振り下ろされる。マリは箒に腰掛けたまま簡単に避けてしまうが……幼女はハンマーを一度置くと、好戦的な笑みを浮かべながらそれを難なく受け止めていた。
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「……この辺りにいるのって、屠殺者なんじゃないの?」
シャルルが予想外の敵との戦闘を始めたのと、ほぼ同時刻。
キルケニー西側の集落にやってきていた雷閃は、段々と濃くなる霧の中で、やはり予想外の敵を前にしてぼんやりと首を傾げていた。
目の前にいるのは、3メートル以上ある巨体の殺人鬼。
ピーピング・トム曰く、314.8センチもあるという木偶の坊――ニューオーリンズの斧男だ。
血で真っ赤に染まった彼は、対照的にほとんど汚れておらず人が逃げ惑う街の真ん中で口を開く。
「おで、キルケニーで暴れた後、ここに来る言われた。
ここに来たチビ、おで殺す」
「あれ、僕がここに来るのもわかってたんだ?
だったら、無視はできない……かな。なぜか、人も多いし」
巨体で斧を振り抜いたニューオーリンズは、その場から動くこともなく人々を切り殺す。彼自身が巨大であることに加えて、斧までもが2メートル近い巨大さであるため、霧の中で逃げ場を失った人々を捉えるのも難しくはないようだ。
もしかすると、チビというのは自分よりも小さい人達。
この街にいる全員を対象にしているのかもしれない。
それを見た雷閃は、余計にこのまま彼を放置しておくことはできなくなり、納刀したままの刀に手を添える。
敵との距離はまだ遠く、普通は刀など届かない。
しかし、彼はただの侍ではなく神秘なれば。
雷そのものである超常の存在は、瞑目したまま一瞬だけ手元を煌めかせ、巨体に眩い一閃を食らわせてみせた。
「……不知火流-雷火」
迸る雷の斬撃は、一瞬でニューオーリンズに到達して巨体を駆け昇る。手応えは十分。深く斬り裂いた斬撃は、斬ったという事実以上に血液を伝ってダメージを与えたことだろう。
全身を駆け巡った雷により、どれだけタフでももう人間なら動けない。勝敗は決した……はずだった。
「……!? 君、まだ全然意識があるよね?
なに、その耐久りょ‥」
目を開いた雷閃の目の前にあったのは、深く斬られて血を流していながらも、倒れず彼の目を射抜いている斧男の姿だ。
おまけに、その巨体は話している途中でいきなり消え去り、少年の真横に現れる。
「っ……!! ぐぅぁっ……!!」
「おで、チビ、殺す」
ギリギリ反応した雷閃だったが、敵の獲物は巨大な斧。
体格差でも圧倒的に負けていることもあって、単純なパワーで押し負け吹き飛ばされていく。
しかも、雷での受け流しすらものともしない威力だ。
少年の小さな体は、雷で空に逃れることも出来ずに家を何軒も突き破って消えていった。
「……おで、チビ、殺す。殺しは、楽しい。
もう、協会、ない。もう、何も、怖くない。
今まで怯えた分、殺して、殺して殺しまくるだ」
「そんなこと、僕が許すわけないでしょ?」
「む……」
遥か彼方に消えたはずの雷閃だったが、彼は雷だ。
神秘である彼は人間に殺されることはなく、次の瞬間には意趣返しのようにニューオーリンズの真横に現れた。
当然、彼も危険に気がついて防御しようとするが……
ある部分では高速で動けたとしても、普段はトロいままだ。
ろくに反応することも出来ず、雷撃に撃ち抜かれて吹き飛ばされている。
「こほっこほっ……最初は、ヨハンと同じずば抜けた身体能力を持っているだけの人間だと思ったんだけど……少し芯に響くようなダメージがある。君、もう人間をやめてるね?」
今までとは違って、なぜか能力の行使ではなく攻撃を受けて疲れた様子を見せる雷閃は、苦しげに言葉を紡ぐ。
神秘は神秘でなければ殺せない。
それは絶対的な事実であり、普通の人間では多少傷つけられたとしても本当の意味でダメージを与えるなど不可能だ。
しかし、舞い戻ってきた雷閃の口や目元などからは血が流れ、視線がややブレている。無意味なものとして消え去ることもないので、どう見ても普通にダメージを受けていた。
つまり、今相対している敵は……このニューオーリンズの斧男は、少なからず神秘に近づいた超常の存在。
迷いなく告げられた指摘に、霧や街を切り裂いて姿を現したニューオーリンズは、滔々と言葉を返す。
「おでは、ニューオーリンズの斧男。
この名を、名乗るのだから。おでは、お前を……殺す!!」
「じゃあ、僕も神秘としての名前を名乗ろうかな。
祝名"八咫の守"……僕は異境の存在ではあるけれど、ここで得た大切なものを守るために。推して参る」
この世界の舞台からは少し離れた、キルケニー西側にて。
屈強な殺人鬼と小さな侍は激突する。雷は世界を照らすかの如く迸り、他の戦場にまで存在感を放っていた。
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「おい、おいおいおいっ!! 話が違うぜトムこの野郎!?」
キルケニー東側の集落。本来ならば、魔女のマリ・ド・サンスがいるはずだった場所にて。
予想外の敵と相対させられることになったキッドは、あまりの相性の悪さにただ逃げ回っていた。
ジャックはキルケニーの霧の中、本来の相手であるマリ・ド・サンスとキングズベリー・ランの屠殺者はシャルルの目の前に、屠殺者と戦うはずだった雷閃はニューオーリンズの斧男と激突中とくれば、残りは1人だ。
百発百中のガンマンを追い詰めているのは、とにかく素早く遠距離攻撃など狙う隙すらないハイルブロンの怪人である。
もはや銃を向けることすら出来ないため、キッドは周りの人々と同じようにただ逃げ惑う。
「ぎゃあッ、辻斬りだ!!
魔女狩りなんてしてる場合じゃねぇ!!」
「魔女も処刑人も、見境なく全員殺されるぞーッ!!」
「アッハァ、なんて爽快感!! 駆け回るのってサイコー!!
あんたにも、俺と同じ気分を味合わせてやるよビリー・ザ・キッド!! 逃げ回ってないで身を任せなよ!!」
ここにあるのは、嵐だ。西同様霧は濃くなっているが、それをすべて消し飛ばす勢いでナイフが振るわれ、人々は霧ではなく斬撃に逃げ惑う。
名指しで誘われるキッドは、忌々しげな表情をしながら視線を飛ばす。もちろん、このスピードの相手をこの距離で捉えることなど、狙撃手には不可能だが……
姿を捉える必要などなく、意志が伝わればいいのだから。
それっぽい場所へ目を向けながら、強気にもオレっ娘ギザ歯アスリートを睨んでいた。
「却下だ、バーカ。俺様はリードされる側なんかじゃなくて、リードする側なんだよ。踊りたきゃ、1人で踊れ!!
この俺様が、直々に舞台を用意してやるからさぁ!!」
「アッハ、熱いじゃんビリー・ザ・キッドォ!!」
刃の嵐が吹き荒れる中、霧の舞台の照る場所で。
ギザ歯の少女と勝ち気なガンマンは、銃とナイフを突き付け合いながら向かい合っていた。