8-自らの意思で
『とまぁ、殺人鬼に関してはこのくらいにして、最後に元凶についてだ。ほぼ確定してるから、心して聞いてほしい。
この件の扇動者となったのは……』
ピーピング・トムとの一悶着を終えたシャルロットは、その直後に聞かされた話を思い返しながら準備をする。
もう処刑人ではないとしても、結局は人を殺す悪でしかないとしても。殺人鬼を自らの責任で処刑するために、こんな國でも貫ける正義のために。
ノインが着ていたダサい服を脱ぎ捨て、クローゼットにあるいつもの処刑人の衣装を取り出す。
ベッドに腰掛けてニーハイを履き、激しい運動でも落ちないようにガーターベルト。
可憐に揺れるワンピースを着て、ファスナーを締めて。
薄暗い中にふわりと浮かび上がる姿は、死を束ねる神様のような恐ろしさでいて、どこか儚く幻想的でもある。
最後に黒いブーツを履き、首に十字架をかければゴスロリ調の処刑人スタイルの完成だ。
決して聖者ではあれずとも、死を軽んじることはなく。
確かな覚悟を持って死と向き合う処刑人として、彼女はこの場に立っていた。
「ジャック・ザ・リッパー……僕の、シャルルの師匠」
呟きと共に思い起こされるのは、この事件の首謀者としてあげられたジャック・ザ・リッパーの恐ろしさだ。
彼に、マシューのように人を洗脳する能力はない。
ヨハンのような人並み外れた身体能力もない。
フランツのような正確無比な超長距離射撃もできなければ、ピエールのように手足のように動く鎖を操る力だって持っていやしない。
もちろん、ジル・ド・レェのような狂気や軟体動物を召喚する力、フランソワの錬金術、アルバートの血を操る力どころか吸血することもできず、彼自身は本当にただの人間だ。
アビゲイルの指導によって、アリス、ペトロニーラなどの魔女認定者達ですら黒魔術などの力を得たというのに。
郊外の寂れた診療所に潜み、ほとんど表舞台に姿を現さない男は、何の力も持っていなかった。
「マシューの方が明らかに手強いけど、あれは……」
協会に属することもなく、処刑を行うこともない。
だが、もし本当にただの町医者ならば、なぜシャルルの師匠になどなれたのか。
研げば傷を治す刃になる、特殊な石を持っているから?
アルバートと同じく、協会と繋がりを持った人物だから?
否、否、否。ただそれだけで師匠になどするはずなく、またシャルルが実力者に育つはずもない。
彼は単純に、他の誰よりも強い殺人欲求を持っていた。
そして、誰よりも人を殺すのが巧かったのだ。
洗脳など、する必要はない。
特筆した身体能力など、必要ない。
たとえ人間の規格であっても、肉体を完璧にコントロールして巧く殺せば、洗脳するまでもなく人は殺せるのだから。
ジャック・ザ・リッパーは、首都キルケニーの煙に紛れて人を容易く殺すだろう。
超長距離からは無理でも、ナイフを投げればある程度遠くの人間など殺せる。鎖を手足のように操れなくても、自分自身を完璧に操れば手数など不要だ。
狂気に飲まれずとも、彼は正気のまま人殺しを喜ぼう。
その技術さえあれば、彼という殺人鬼はあらゆる特殊能力に打ち勝つだろうから。
「生粋の、人殺し。血の匂いなんてしなかったけど……
欲求を抑えられるような、理性的な殺人鬼ほど恐ろしいものはないね。今この時を、殺しの場に決めたのかな」
夜。人々の不安がより強まり暴動が悪化し、殺人鬼たちが喜々として人を殺し始める死の時間。
すべての準備と覚悟を終えたシャルロットは、窓に映る満月を見上げ、恐怖そのものである師に思いを馳せる。
そのわずか数秒後。
数多の殺人道具が詰まったギロチンを傍らに置いた少女は、殺人に特化した人格――シャルル・アンリ・サンソンに切り替わっていた。
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「あれ、またそのコートを着るんだね」
リビングに戻ってきたシャルルを見て、同じく腰に刀を差して準備を終えていた雷閃が声をかける。
人格がまた彼に戻っていることには驚いていないのに、普段のコートを着ていることにはなぜか疑問を持ったようだ。
このコートは防弾、防刃、防水など、あらゆる効果を持っている高性能なものなので、進んで着ていてもおかしくはないのだが……
基本的に服装に無沈着な姿ばかりを見てきたのだから珍しく、多少は不思議に思うのも無理はない。
どのタイミングで入れ替わったかも不明なので、わざわざ自分で着替えた可能性も考えているのだろう。
その質問を受けたシャルルは、すぐには答えずに少し遠くを見つめていた。
「……いや、シャルロットがワンピースを着たからな。
いつもの処刑人用。服に興味はねぇけど、恥ずいだろ」
「そっか」
「あと、俺は割とこのコートを気に入ってるぜ?
ギロチンとコートは、大切にしてる」
その言葉の意味を、雷閃は正確には理解できていないだろう。しかし、殺すための人格と自覚していても大切なものがあるという事実は、喜ばしいことだ。
特に何も返事をしなかったが、優しく柔らかな笑みを浮かべて彼を見つめている。
「いつもの服ならどうでもよくね? さっさと動こうぜ」
「……ぼ、僕は何も見てないし言ってない」
情報屋の仕事が終わったので、もうジョン・ドゥはこの場にいない。彼女はあくまでも依頼を受けたから働いていただけで、仕事以外では中立だ。
また少し寂しい状態に戻った家に残ったのは、組織の一員としてまだ共闘するキッドとトムの2人。
真逆のセリフを言ってくる彼らに、シャルルは冷静に言葉を返す。
「素早い行動は重要だろうが、焦りはよくないぞ。
お前は少し深呼吸でもして落ち着けよ、キッド。
あと、俺は別に見られていようがどうでもいい。
いや、見られたくはねぇけど……悪意は感じねぇしな」
「……すー、はー」
「ほっ……」
「ま、早く始めたいのは俺も同じだ。
軽く予定を確認したらすぐに出よう」
素直に深呼吸をし、表情から苛立ちを消しているキッドを横目に見ながら、シャルルは作戦会議を始める。
口調の割に冷静なのはいつものことではあるが……
ジャック・ザ・リッパーと相対することがほぼ確定的だからか、いつも以上に慎重だ。
一度片付けられていた書類を出すと、テーブルに広げて丁寧に動きをまとめていく。
「敵は4人の殺人鬼――ハイルブロンの怪人、ニューオーリンズの斧男、マリ・ド・サンス、キングズベリー・ランの屠殺者。そして、主犯のジャック・ザ・リッパー。
後ろの者ほど強く、要注意人物だ。
だから、処刑すんのは俺か雷閃な」
「……マリ・ド・サンスは俺様がやるぜ。魔女なんだろ?
それも、術者で遠距離タイプの」
「みたいだな。デオンは後回しにしていいとしても、こっちは4人、戦闘要員だと3人しかいねぇからな……
全員が2人倒すくらいの気概で行くぞ」
「任せな〜。急に強くなったとかでリーダーの心を壊した奴らなんざ、俺様が皆殺しにしてやるさ」
一度落ち着いたガンマンは、もう苛立ちだけに任せた言動はしない。すっかりいつも通りの軽薄な口調で語り、笑顔の奥で瞳だけを燃え滾らせている。
「よく出没する場所もいくつか聞いたが……
まぁ、これは当てにしすぎずに動くぞ。
人がいなくなりゃ、殺人鬼も消えるからな。
これを参考に、人の多いとこ、騒ぎの大きなとこだ」
「その中でも、強い人のところをぼく達だね」
「おう。一応各自で判断して動くが、連絡手段は……」
「一応、俺様達が使ってたやつ使うか。手元にねぇけど」
「あ、ぼ、僕が持ってきてるよ。どうぞ……」
「助かる。じゃ、そんな感じでちゃっちゃと終わらせるぞ。
初期予定としては、上位3名の出没地域を優先捜索な。
盤面操作はトムに任せる。最高のマッチングを頼むぜ。
殺人鬼共に目にもの見せてやろうぜ、てめぇら!!」
「おう!!」
キッドに負けず劣らずの熱を持って、シャルルも猛る。
それに応じた面々は、マリーの死とデオンの暴走、セイラムの混乱をもたらした極悪人達を処刑するべく立ち上がった。