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虚の天秤  作者: 榛原朔
五章 月光死域
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6-無秩序な世界へと

マリーの亡骸を前にして、3人の悲鳴は延々と響き続ける。


全員の視界から色が消え、聴覚も耳障りな殺し合いの音など遮断しており捉えていない。鼻腔には、むせ返るような血の香りが充満していた。


さっきまで正常だった3人とって、世界は目を離したくても離せない彼女の死だけに集約されていた。


だが、彼女達が行動不能になっていたからといって、周囲で行われている殺し合いが止まりはしない。


意思に反して歪んだカリスマのあるアビゲイルはともかく、組織のリーダーであるデオンや元処刑人だったシャルルは、間違いなく狂者達の敵だろう。


その叫び声に釣られるように、人々は少しずつ血走った目を彼女達に向け始める。段々と敵意や殺意まで向けられ出した頃、雷閃とキッドはようやく力尽くで動かしにかかった。


雷閃の"力"ならば、全員を抱えて離脱することも可能だろうが……彼の未発達の体では、抵抗する者に加えて、他の人を抱えることなどできない。


しかも、力尽くとはいえ手加減は必要なのだ。

マリーの遺体にも自分を支える力がなく、離脱する圧力には耐えることが出来ないだろう。


そのため、彼が連れて行こうとするのはシャルルだけ。

キッドと同じように、縋り付いている彼の耳元で呼びかけながら体を引っ張っている。


「……いさん、シャルルお兄さん!!」

「あぁぁあぁぁぁあああぁぁあ……え、は!?

いつの間に、俺が外に出てたんだ!?」


ようやく声が届いた瞬間、シャルルは自分でも外に出ている自覚がなかったようで、混乱を隠しもせずに驚く。

幼馴染みを殺された怒りや悲しみと重なって、表情はぐちゃぐちゃだ。


攻撃してくる者への対処もしていた雷閃は、武器だけを的確に雷で吹き飛ばしながら首を横に振る。

彼が正気を取り繕ったことで、もう力尽くで引っ張る必要もなくなっていた。


「あの子には、耐えられないよ。シャルロットお姉さんも、死に近付いたら狂わないと自分を保てないでしょ?

だから、お兄さんが出たんじゃないかな。

とりあえず……ね? この場は離れるよ」

「待て、マリーの遺体を回収しねぇと!!」

「僕達は雷で来た。自分達の手でぐちゃぐちゃにしたい訳ではないなら、尊ばれる方に賭けた方がいいよ」

「ッ……!!」


マリーの遺体を、こんな地獄に置いていく。

その選択を迫られたシャルルは、刺されたんじゃないか?と勘違いする程に表情を歪ませた。


噛み締められた唇が破けており、その感想はかなり現実感のあるものだ。しかし、もちろん雷閃が守っているのに刺されることはなく、痛みで思考力を取り戻した頭は他の選択肢を考え出す。


「なら、俺達が歩いて帰ればいい!!

そうすれば遺体は傷付かねぇ!!」

「それだと暴走してる人もついてくるし、何より……」


徒歩……なるほど、たしかにその方法であれば、気を付けていれば運搬方法で遺体を傷付けることはないだろう。


とはいえ、そうなると別の問題も出てくる訳で、雷閃は目線だけで最も難しい問題を示した。

シャルルが釣られて目を向けると、そこにいたのは……


「あぁぁぁぁぁぁッ!! どうしてッ!?

あれだけ救われておきながら、なぜマリー様を!?

私が力不足だったばかりに、眼の前で……あぁ、マリー様、マリー様、マリー様ぁ!!」


もう、とっくに狂って暴れ回っているデオンの姿だった。

最初はシャルル同様、遺体に縋り付いていたのだが……

今ではすっかり殺人鬼。壊れた精神のまま、暴走して人々を斬りまくっている。


彼女は信仰レベルでマリーを大事に思っていたので、もしも運び出そうものなら、必ず追ってくるだろう。


今の彼女が敵対しないとは限らない。

しかも、こんな彼女を引き連れていれば、敵を呼び寄せる結果にもなりかねないのだ。


「……デオンお姉さんは、もう戻ってこられない。少なくとも、今すぐにはね。彼女の遺体も、回収する覚悟がある?」

「俺は、もう殺しは……」

「だから、連れてはいけないんだ。今は、態勢を整えよう。

この混乱は國中で起きているはずだからね。

これからどうするか、ちゃんと考えないと」

「……あぁ」


冷静に諭されたシャルルは、現状を理解して渋々ながら首を縦に振る。人殺しのための人格なのに、人を殺さない。

その選択のせいで、やや自分が揺らいでフラつきながら。


「誰も抵抗しねぇなら、キッドも連れていけるか?

これからどうするにしても、人手は必要だろ」

「うん、大丈夫だよ。というか、もう連れてきてる」

「ん!? いつの間に運ばれてんだ俺様!?」


シャルルに頼まれるまでもなく、雷閃は気がついたときにはもうキッドを確保していた。身を守ることに専念していた彼は、いつの間にか移動していたことに目を丸くしている。


とはいえ、誰も離脱することに反対はしないし、抵抗する意味もない。次の瞬間、彼らは小さな少年の小脇に抱えられていた。


「力を入れていてね。身構えてないと、首とか折れるかも」

「おおう、俺様空飛ぶの始めてだぜ」

「なんか、すげー間抜けな絵面だな」


人々が殺し合い、近くの者は襲いかかってくる中で。

彼らは余裕を持って暗雲とした空に飛び立つ。

その、最後の時。視界には血に塗れたデオンの姿があった。




~~~~~~~~~~




「……で、これからどうするかだが」


狂気に飲まれて殺し合う人々から逃げた、わずか数分後。

再び自宅に戻ってきたシャルル達は、寂しくなった家の中でこれからについて相談していた。


もう、飲み物を出してくれる人はいない。

冷静にまとめ、リーダーシップを発揮してくれる人もいない。


何の飲み物もないことやソファの空席が目立つ中、シャルルが暗い声音で話を進めている。


「本当に、どうする?」

「……」

「って言われてもなぁ」


いや、話はまったく進んでいない。雷閃はそもそもこの國の人間ではない部外者だし、キッドもただの幹部。

それでなくても、たとえ協会でも手に余る事態なのだ。


撤退してきたはいいものの、これからどうするかなどまるで考えられず、話し合いは一向に進んでいなかった。


「まず、前提として國全体で起こっていることだよ。

原因は不明。ただし……」

「明らかに別格の奴ら――殺人鬼がいたな。

守り切れなかったのも、あの4人がいたから……」

「は? そいつらのせいでマリーは死んだのか?」


雷閃の話を引き継いだキッドの言葉に、シャルルは眼を鋭く光らせる。國全体で起こっている混乱など、どうすればいいかなんてわからない。


だが、大切な人を殺した相手に復讐するという話なら、標的や目標は明らかだった。その、目の前にぶら下げられているかのような餌に釣られ、方針は安直なほうに向かう。


「……力不足は、事実だ。リーダーの麻痺もあったしな。

けど……あぁ、それでも並の奴らには負けなかったし、死因も直接殺したのもあの4人ってことになる」

「ッ!! 許さねぇ……!!」


もし、マリーを殺したのが暴走した住民――不安定で歪んだ國ならば、どうしょうもないことだったと思うことも出来ただろう。


悲しみや憎しみは変わらないが、彼らだって不安だっただけで、ある意味この環境の被害者なのだから。

負の感情を向ける先も、國そのもの以外は存在しない。


しかし、殺したのは暴走した住民とは違った、明確な悪意を持つ殺人鬼の仕業となれば……

決して許せるものではなく、これ以上ない復讐相手だ。


キッドの断言を受けたシャルルは、今まで感じていたやるせなさが消えたこともあり、強い憤怒を露わにする。

その様子を見つめていた雷閃は、少し悲しそうにしながらも否定せずに問いかけた。


「じゃあ、そういう方向で動くでいいんだね? この先は」

「あぁ。殺人鬼4人と元凶を調べて、殺す……!! それで國も落ち着けば良し、無理ならまた統治組織が必要かもな」

「復讐に囚われているだけじゃなくて、よかったよ。

これが、君の選び続けた君なりの正義だったね」

「……」


思っていたよりは冷静さを保っていたシャルルに、雷閃は安心したように力なく微笑む。静かな怒りを燃やす彼は、顔を背けて無言のままだ。


その結論を受けて、さっきまでどうすればいいのかわからず困っていたキッドは、意気揚々とウェスタンハットを持ち上げ笑う。


「ハっ、そういうことなら俺様達も力になれるなぁ。

ピーピング・トムを呼び出すぜ!」

「いや、ジョン・ドゥでいいだろ」

「んなッ……!?」


だが、ル・スクレ・デュ・ロワの情報屋はセイラムの情報屋の完全下位互換だ。あえなく振られることとなり、家には彼の叫び声が響き渡った。



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