表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

読み切り●To Love is To Die~愛するために死にたくない~

「ねぇ、シナン。私は魅力的ではない?」


「魅力的だよ、君は。俺は職業柄、この大陸のあちこちを旅しているが。君は間違いない。この大陸で一番、いやこの世で最も美しい」


俺の言葉に彼女はしとやかに笑みをこぼす。

彼女が微笑むと。

周囲の空気が変わる。

まるで彼女の喜びに反応するように。

空気がキラキラしているように感じる。


「じゃあ、いいわよね。私と同じぐらい美しいシナン」


「それは……」


「死んで頂戴。そして私のものだけになって」



レディ・キラー。


それが俺の呼び名。

女性の暗殺を専門とする暗殺者の俺にピッタリだと、現頭領のゼテクが俺につけてくれたニックネームであり、コードネームだ。本来の名はシナンだ。


そう。


俺は暗殺組織『ザイド』のメンバーだ。

『ザイド』は鮮血の暗殺者と呼ばれ、歴史の長い老舗の暗殺組織。構成要員も多く、魔術の効かない体質(ノー・ダメージ)も多数有している。


魔術の効かない体質(ノー・ダメージ)


俺が生きる大陸はティストラン大陸と言われ、5つのエリアに分かれている。俺達人間が暮らすポリアース国、ヴァンパイア一族が暮らすブラッド国、ライカンスロープが暮らすウルフ王国、魔法使い達が暮らすテルギア魔法国、死者が暮らすデスヘルドル。


つまり、魔法と魔術が存在する世界だ。


魔法は魔法使いが使い、魔術はヴァンパイアが使う。

この魔法と魔術が効かない人間が、魔術の効かない体質(ノー・ダメージ)だ。


『ザイド』を構成するのはほぼ人間。

それでいて大陸中から依頼される暗殺の案件には、ターゲットが魔法使いやヴァンパイアの場合もある。彼らを相手にする際、重宝となるのが魔術の効かない体質(ノー・ダメージ)の人間だ。この人間を多数有する暗殺組織は、依頼される案件がググっと増える。そして『ザイド』は魔術の効かない体質(ノー・ダメージ)を多数有するから、暗殺組織の中でも一目置かれていた。


で、俺はその『ザイド』で、女性がターゲットである案件を数多く請け負い、これまで完璧に任務をこなしてきたわけだが。


今日は。

初めて任務でヘマをしてしまった。

ターゲットの女性はポリアース国のマフィアの愛人。

俺は自分の美貌な容姿と持ち前の性格をいかし、この愛人の女に近づいた。まんまと彼女の懐に入り込み、まあ、素敵な一夜も堪能し、そのお命を頂戴したわけだが。


薬を盛られていた。

毒薬に対する耐性は。

暗殺組織に属するのだ。当然つけている。

だがその薬は。

快楽を高めるための特殊な薬。

つまりはあの愛人の女は、俺とより濃密な一夜を過ごしたくて、この薬を酒だか食べ物に混ぜたようなのだが……。


とにかくこの薬のせいで、目の前にいるのが女であろうが、男であろうが。関係なく抱きたいという衝動にかられてしまう。


おかげで愛人の女の暗殺は簡単に終えることができたのに、逃走に手間取ってしまった。それでマフィアに追われることになった。


追われているのだ、俺は。

追われているのに。

追ってくる屈強なマフィアを見ると、押し倒したくなってしまう。


そんなことをしていると逃走はままらず、遂には……。

この大陸のど真ん中に鎮座する湖にまで追い込まれた。

つまりは。

湖に飛び込むか、マフィアに捕まるか。

二者択一の状況だ。

そうなったら……湖に飛び込むしかない。

それで飛び込んだわけだが。

マフィアのナイフが運悪く俺の腹部をえぐっていた。


なんてことはない。

薬が作用していたのだ。

だからソイツのことを押し倒したところ「お前、なんなんだ、レディ・キラーじゃないのか!? 男にも手を出すのか!?」と呆れられた上に、ナイフでズブリとやられてしまった。


そんな重傷を負い、湖に落ちた。

通常は……それで死ぬだろう。

だが、俺は運がいいのか、悪いのか。


湖に住むという精霊――湖の乙女に助けられることになった。



湖の乙女。


この世界にはヴァンパイアやライカンスロープ、魔法使いもいるのだ。

精霊がいてもおかしくない。

だが精霊は、特異な存在。

魔術を使うヴァンパイアや魔法を使う魔法使いとは違い、独特な力を持っている。かつそこに存在しているのだが、違う次元を生きているというのか、なんというのか。とにかく異質な存在であり、他の種族とほぼ接点を持たない。


つまり精霊の国、なんてものはなく。

その存在も湖の乙女以外ではほぼ知られていない。

『ザイド』の諜報網で集めた限りでも、後は森にいるとかいないとか。

とにかく存在が特殊だった。


その湖の乙女に俺は助けられた。

なぜ俺を助けたのか?

それは――。


「人間に関心などないのよ、シナン。でもあなたは人間にしては美しい。一目であなたを気に入ったわ」


なるほど。

俺はレディー・キラーという名を持つ通り、ターゲットの女性の懐に潜り込み、暗殺を行う。つまりは女が好む容姿と性格をしている。カフェオレのような肌に、艶のある黒髪。長い黒髪は後ろに一本で束ねている。二重の瞳の色はピーコックグリーン、鼻は高く、血色のいい唇。そして長身なので、服を何を着ても似合うが、普段愛用しているのは白のガラベーヤ、砂漠の民がよくまとう衣装だ。性格は明るく陽気、人懐っこい。


そんな俺のことを、湖の乙女は気に入ったというのだ。


「あなたが痛がっていたから、お腹の傷は癒したわ。水中だけど、呼吸できる状態にもした。人間にこんな恩寵を与えるなんて、初めてなのよ」


そう言って鈴のように笑う湖の乙女は――。

とても美しい。

シルクのような肌を持ち、男を虜にする体をしている。

豊かな胸、くびれた腰、形のいい尻。

一目見れば抱きたくなる体。

体はこれだけ成熟しているのに。

乙女、というだけあり、顔にはあどけなさも感じられる。

それでもぷっくりとしたバラ色の唇は色っぽく、二重の碧眼の瞳は艶っぽい。


間違いなく、この世界で一番、男が抱きたいと思う女の完成形だ。


「ねえ、シナン、結婚をしましょう。私はあなたに抱かれたいわ」


助けられた上に。

このような絶世の美女を抱ける。

悪い話ではない。


だが。


湖の乙女である精霊は、特異な存在。

本来、人間などと結ばれていい存在ではない。

それでも結ばれるなら――。

俺は死ななければならない。

つまり、魂にならないと、湖の乙女を抱くことはできない。


俺は人間だ。

殺されない限り生き続けるヴァンパイアとは違い、いずれ死ぬ運命だ。そしてさっき死にかけたのを救われたのだ。それなのにこれから死ぬ……?


それは……勿体ないと思った。

まあ、つまりはまだ生きたいと思ってしまったわけだ。


しかし。

特殊な存在である湖の乙女は。

魔法使い同様、プライドが高い。

自分達が稀有な存在であると分かっているから、自尊心が高い。よって、「死んでまで抱きたくない。結婚したくはない」などと絶対に口が裂けても言えない。それこそ、即、死だ。


どう答えればいいか。

思案していると、湖の乙女が俺に尋ねた。


「ねぇ、シナン。私は魅力的ではない?」


「魅力的だよ、君は。俺は職業柄、この大陸のあちこちを旅しているが。君は間違いない。この大陸で一番、いやこの世で最も美しい」


「じゃあ、いいわよね。私と同じぐらい美しいシナン」


「それは……」


「死んで頂戴。そして私のものだけになって」


まあ、そうなるよな。

だが、愛するために死にたくはない。


「麗しき湖の乙女よ。人間とは儚い生き物だ。君のように永遠を生きることはできない。だから限られたせいの中で、成し遂げたいと目標を持つ」


チラリと湖の乙女の碧眼を見ると、興味深そうに俺を見ている。どうやら俺が何を話すのか、気になっているようだ。よし。いい傾向だ。


「俺は心に決めている。レディ・キラーという異名も持っているからな。死ぬまでに俺は千人の女を抱くと。この目標を達成しないと、俺は死ねない」


湖の乙女は碧眼の目を輝かせている。


「まあ、シナン、それは面白い目標ね。それで、今迄に何人の女性を抱いたのかしら?」


「それがな。重傷を負い、この湖に落ちた時に、忘れてしまった」


「あら、それは困ったわね」


少し考え込んだ湖の乙女は……。


「シナン、私はあなたのその顔と体が好きだけど、その飄々としたところも気に入っているのよ。千人の女を抱いたら、私と結婚するのね?」


「もちろん」


「分かったわ」


まさに乙女のように微笑むと、湖の乙女は俺の頬にキスをした。いきなりだったので、さすがの俺も驚いたが……。


「シナン、あなたに特別なギフトを与えたわ。あなたの頬にほくろをつけたの。そのほくろはね、シナン。言わば惚れ薬よ。そのほくろを見せた上で、愛の言葉を聞かせれば、相手はメロメロになる。すぐに抱くことができるわ。ただし、効果を発揮するのは女性に対してのみ。しかも真実の愛を誓った相手がいる者には効かないわ」


なんてギフトだ!

これは……願ったり叶ったりではないか。


「人間には、魔法や魔術が効かない魔術の効かない体質(ノー・ダメージ)がいるわよね。でも私達精霊の力は、魔法や魔術ではない。特別な力。だから魔術の効かない体質(ノー・ダメージ)にもそのほくろの効果は有効よ」


素晴らしい。

最高だ。

俺は千人の女を抱いて満足して死んだ上で、今度は至上の女神のような湖の乙女を抱くことが出来る。


重傷を負い、湖に落ち、ツイていないと思ったが。

そんなことはなかった。

とんでもなくラッキーだったな。


こうして。

湖の乙女とわかれ、俺は地上へ戻ったわけだが。


よくよく考えると。


果たしてこの駆け引きは成功だったのか、失敗だったのか。

湖の乙女に愛されることになる俺の魂は、永遠に彼女だけのものだ。輪廻転生は叶わない。


とはいえ。

俺は暗殺者だ。

多くの命を奪っている。死んでも天国行きは……無理だろう。ならばあの美しい女の胸の中という牢獄に、永遠に囚われても……。いいのかもしれないな。


ゆっくりと。

俺は夜明けの街へと歩き出す。



無断転載・盗作・盗作類似行為禁止。

(C)一番星キラリ All Rights Reserved.

お読みいただき、ありがとうございます!

短編として完結していますが、シナンが登場する別作品があります。

気になる方は、ページ下部にリンクを貼っております。そちらから飛んで、ぜひお楽しみください!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『異世界召喚されたら供物だった件~俺、生き残れる?~』(R15)
【Episode4】デスヘルドル波乱の予感編の第7話にシナンが登場します!
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ