読み切り●To Love is To Die~愛するために死にたくない~
「ねぇ、シナン。私は魅力的ではない?」
「魅力的だよ、君は。俺は職業柄、この大陸のあちこちを旅しているが。君は間違いない。この大陸で一番、いやこの世で最も美しい」
俺の言葉に彼女はしとやかに笑みをこぼす。
彼女が微笑むと。
周囲の空気が変わる。
まるで彼女の喜びに反応するように。
空気がキラキラしているように感じる。
「じゃあ、いいわよね。私と同じぐらい美しいシナン」
「それは……」
「死んで頂戴。そして私のものだけになって」
◇
レディ・キラー。
それが俺の呼び名。
女性の暗殺を専門とする暗殺者の俺にピッタリだと、現頭領のゼテクが俺につけてくれたニックネームであり、コードネームだ。本来の名はシナンだ。
そう。
俺は暗殺組織『ザイド』のメンバーだ。
『ザイド』は鮮血の暗殺者と呼ばれ、歴史の長い老舗の暗殺組織。構成要員も多く、魔術の効かない体質も多数有している。
魔術の効かない体質。
俺が生きる大陸はティストラン大陸と言われ、5つのエリアに分かれている。俺達人間が暮らすポリアース国、ヴァンパイア一族が暮らすブラッド国、ライカンスロープが暮らすウルフ王国、魔法使い達が暮らすテルギア魔法国、死者が暮らすデスヘルドル。
つまり、魔法と魔術が存在する世界だ。
魔法は魔法使いが使い、魔術はヴァンパイアが使う。
この魔法と魔術が効かない人間が、魔術の効かない体質だ。
『ザイド』を構成するのはほぼ人間。
それでいて大陸中から依頼される暗殺の案件には、ターゲットが魔法使いやヴァンパイアの場合もある。彼らを相手にする際、重宝となるのが魔術の効かない体質の人間だ。この人間を多数有する暗殺組織は、依頼される案件がググっと増える。そして『ザイド』は魔術の効かない体質を多数有するから、暗殺組織の中でも一目置かれていた。
で、俺はその『ザイド』で、女性がターゲットである案件を数多く請け負い、これまで完璧に任務をこなしてきたわけだが。
今日は。
初めて任務でヘマをしてしまった。
ターゲットの女性はポリアース国のマフィアの愛人。
俺は自分の美貌な容姿と持ち前の性格をいかし、この愛人の女に近づいた。まんまと彼女の懐に入り込み、まあ、素敵な一夜も堪能し、そのお命を頂戴したわけだが。
薬を盛られていた。
毒薬に対する耐性は。
暗殺組織に属するのだ。当然つけている。
だがその薬は。
快楽を高めるための特殊な薬。
つまりはあの愛人の女は、俺とより濃密な一夜を過ごしたくて、この薬を酒だか食べ物に混ぜたようなのだが……。
とにかくこの薬のせいで、目の前にいるのが女であろうが、男であろうが。関係なく抱きたいという衝動にかられてしまう。
おかげで愛人の女の暗殺は簡単に終えることができたのに、逃走に手間取ってしまった。それでマフィアに追われることになった。
追われているのだ、俺は。
追われているのに。
追ってくる屈強なマフィアを見ると、押し倒したくなってしまう。
そんなことをしていると逃走はままらず、遂には……。
この大陸のど真ん中に鎮座する湖にまで追い込まれた。
つまりは。
湖に飛び込むか、マフィアに捕まるか。
二者択一の状況だ。
そうなったら……湖に飛び込むしかない。
それで飛び込んだわけだが。
マフィアのナイフが運悪く俺の腹部をえぐっていた。
なんてことはない。
薬が作用していたのだ。
だからソイツのことを押し倒したところ「お前、なんなんだ、レディ・キラーじゃないのか!? 男にも手を出すのか!?」と呆れられた上に、ナイフでズブリとやられてしまった。
そんな重傷を負い、湖に落ちた。
通常は……それで死ぬだろう。
だが、俺は運がいいのか、悪いのか。
湖に住むという精霊――湖の乙女に助けられることになった。
◇
湖の乙女。
この世界にはヴァンパイアやライカンスロープ、魔法使いもいるのだ。
精霊がいてもおかしくない。
だが精霊は、特異な存在。
魔術を使うヴァンパイアや魔法を使う魔法使いとは違い、独特な力を持っている。かつそこに存在しているのだが、違う次元を生きているというのか、なんというのか。とにかく異質な存在であり、他の種族とほぼ接点を持たない。
つまり精霊の国、なんてものはなく。
その存在も湖の乙女以外ではほぼ知られていない。
『ザイド』の諜報網で集めた限りでも、後は森にいるとかいないとか。
とにかく存在が特殊だった。
その湖の乙女に俺は助けられた。
なぜ俺を助けたのか?
それは――。
「人間に関心などないのよ、シナン。でもあなたは人間にしては美しい。一目であなたを気に入ったわ」
なるほど。
俺はレディー・キラーという名を持つ通り、ターゲットの女性の懐に潜り込み、暗殺を行う。つまりは女が好む容姿と性格をしている。カフェオレのような肌に、艶のある黒髪。長い黒髪は後ろに一本で束ねている。二重の瞳の色はピーコックグリーン、鼻は高く、血色のいい唇。そして長身なので、服を何を着ても似合うが、普段愛用しているのは白のガラベーヤ、砂漠の民がよくまとう衣装だ。性格は明るく陽気、人懐っこい。
そんな俺のことを、湖の乙女は気に入ったというのだ。
「あなたが痛がっていたから、お腹の傷は癒したわ。水中だけど、呼吸できる状態にもした。人間にこんな恩寵を与えるなんて、初めてなのよ」
そう言って鈴のように笑う湖の乙女は――。
とても美しい。
シルクのような肌を持ち、男を虜にする体をしている。
豊かな胸、くびれた腰、形のいい尻。
一目見れば抱きたくなる体。
体はこれだけ成熟しているのに。
乙女、というだけあり、顔にはあどけなさも感じられる。
それでもぷっくりとしたバラ色の唇は色っぽく、二重の碧眼の瞳は艶っぽい。
間違いなく、この世界で一番、男が抱きたいと思う女の完成形だ。
「ねえ、シナン、結婚をしましょう。私はあなたに抱かれたいわ」
助けられた上に。
このような絶世の美女を抱ける。
悪い話ではない。
だが。
湖の乙女である精霊は、特異な存在。
本来、人間などと結ばれていい存在ではない。
それでも結ばれるなら――。
俺は死ななければならない。
つまり、魂にならないと、湖の乙女を抱くことはできない。
俺は人間だ。
殺されない限り生き続けるヴァンパイアとは違い、いずれ死ぬ運命だ。そしてさっき死にかけたのを救われたのだ。それなのにこれから死ぬ……?
それは……勿体ないと思った。
まあ、つまりはまだ生きたいと思ってしまったわけだ。
しかし。
特殊な存在である湖の乙女は。
魔法使い同様、プライドが高い。
自分達が稀有な存在であると分かっているから、自尊心が高い。よって、「死んでまで抱きたくない。結婚したくはない」などと絶対に口が裂けても言えない。それこそ、即、死だ。
どう答えればいいか。
思案していると、湖の乙女が俺に尋ねた。
「ねぇ、シナン。私は魅力的ではない?」
「魅力的だよ、君は。俺は職業柄、この大陸のあちこちを旅しているが。君は間違いない。この大陸で一番、いやこの世で最も美しい」
「じゃあ、いいわよね。私と同じぐらい美しいシナン」
「それは……」
「死んで頂戴。そして私のものだけになって」
まあ、そうなるよな。
だが、愛するために死にたくはない。
「麗しき湖の乙女よ。人間とは儚い生き物だ。君のように永遠を生きることはできない。だから限られた生の中で、成し遂げたいと目標を持つ」
チラリと湖の乙女の碧眼を見ると、興味深そうに俺を見ている。どうやら俺が何を話すのか、気になっているようだ。よし。いい傾向だ。
「俺は心に決めている。レディ・キラーという異名も持っているからな。死ぬまでに俺は千人の女を抱くと。この目標を達成しないと、俺は死ねない」
湖の乙女は碧眼の目を輝かせている。
「まあ、シナン、それは面白い目標ね。それで、今迄に何人の女性を抱いたのかしら?」
「それがな。重傷を負い、この湖に落ちた時に、忘れてしまった」
「あら、それは困ったわね」
少し考え込んだ湖の乙女は……。
「シナン、私はあなたのその顔と体が好きだけど、その飄々としたところも気に入っているのよ。千人の女を抱いたら、私と結婚するのね?」
「もちろん」
「分かったわ」
まさに乙女のように微笑むと、湖の乙女は俺の頬にキスをした。いきなりだったので、さすがの俺も驚いたが……。
「シナン、あなたに特別なギフトを与えたわ。あなたの頬にほくろをつけたの。そのほくろはね、シナン。言わば惚れ薬よ。そのほくろを見せた上で、愛の言葉を聞かせれば、相手はメロメロになる。すぐに抱くことができるわ。ただし、効果を発揮するのは女性に対してのみ。しかも真実の愛を誓った相手がいる者には効かないわ」
なんてギフトだ!
これは……願ったり叶ったりではないか。
「人間には、魔法や魔術が効かない魔術の効かない体質がいるわよね。でも私達精霊の力は、魔法や魔術ではない。特別な力。だから魔術の効かない体質にもそのほくろの効果は有効よ」
素晴らしい。
最高だ。
俺は千人の女を抱いて満足して死んだ上で、今度は至上の女神のような湖の乙女を抱くことが出来る。
重傷を負い、湖に落ち、ツイていないと思ったが。
そんなことはなかった。
とんでもなくラッキーだったな。
こうして。
湖の乙女とわかれ、俺は地上へ戻ったわけだが。
よくよく考えると。
果たしてこの駆け引きは成功だったのか、失敗だったのか。
湖の乙女に愛されることになる俺の魂は、永遠に彼女だけのものだ。輪廻転生は叶わない。
とはいえ。
俺は暗殺者だ。
多くの命を奪っている。死んでも天国行きは……無理だろう。ならばあの美しい女の胸の中という牢獄に、永遠に囚われても……。いいのかもしれないな。
ゆっくりと。
俺は夜明けの街へと歩き出す。
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お読みいただき、ありがとうございます!
短編として完結していますが、シナンが登場する別作品があります。
気になる方は、ページ下部にリンクを貼っております。そちらから飛んで、ぜひお楽しみください!