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悪役令嬢、修道院へ

 創立記念パーティーのあと、メラニー様に怒られてしまった。


「ジェローム子爵令嬢とお友達だったなんて、聞いてないわ!」


 同じ恋愛小説好きとして話をしたいのに、のけ者にするなんてと詰め寄られた。

 わたくしは、二コラ様には少々事情があったのだと簡単に話し、今度ぜったいに紹介するからと宥めた。


 あれから二コラ様とはまだお会いできていないが、文通をする仲になった。


 アリス様は今日も元気いっぱいに子爵邸を走り回っているとか、魔力操作の修行のためにさる有名な方に弟子入りしたとか。最近アレクシス様の子爵邸へのご訪問が以前に増して頻繁だとか。

 アレクシス様の目的は、乳兄弟であり親友である二コラ様の兄にある。随分とお悩みがある様子で、いろいろと相談をしにくるのだとか。


『あんなことがあったのに、うちに入り浸るなんて本当に懲りない男です。あんまり鬱陶しいので、発破をかけて追い出してやりました! オーデリア様、どうかよろしくお願いしますね』


 そう締めくくられていた。どういう意味なのでしょう?



 ところで、わたくしはいま、王都にいない。

 学園の長期休暇を利用して、公爵領に戻ってきたのだ。


「シスターのねーちゃん、今度はこっち持ってーー」

「はーい、ちょっと待ってね」


 暖かい日差しでいい香りになったシーツの端を引っ張り、子供たちと協力して畳んでいる。


「うふふーふかふか!」

 干された布団に顔を埋める子供に、笑顔がこぼれる。

「みんな、もうひとがんばりしたら、お茶にしましょう。今日はね、クッキーを焼いてきたの」

「わーい、ねーちゃんのクッキー!」

「あれとってもおいしいの」

「お口が幸せになるの」


 お口が幸せ、という気取った言い方が気に入ったのか、即興で『おくちがしあわせのうた』を作って合唱する子供たち。


 わたくしはいま、シスター見習いとう身分で、孤児院の奉仕活動に参加している。


『妖精姫と王子の秘密』には、悪役令嬢が、修道院に入り罪を償うよう言い渡されるシーンがあった。

「それはお約束というのよ。悪役令嬢と修道院は、切っても切り離せないの」

 悪役令嬢は、慎ましく罪を償いながら、実らなかった恋に思いをはせるのだわ――そうメラニー様に教えていただいた。

 仮にも、本当に仮にですが、悪役令嬢だった者として、ここは先例に倣うことにした。


 そういうわけで、修道院に一時住まわせていただいている。


 恵まれない方たちや、貴族が知らない市民の生活を知りたい。

 そういえば聞こえはいいですが、本当は自己満足かもしれません。少しの奉仕で、見えてくることなどわずかでしょう。


 ですが、ここへ来て良かったと思っています。

 可愛い子供たちや、優しい院長さん。町ではパンをおまけしてくれる女将さんに、広々とした通りを毎日丁寧に掃き清める掃除夫のおじさん。

 愛すべき人たちが、ここにはたくさんいらっしゃいます。


 わたくしの将来はこの方たちのためにあると思えば、誇らしく、勇気が湧いてきます。



 孤児院から修道院に戻ってくると、わたくしに客人が来たとシスター長がおっしゃった。

 礼拝堂にお待たせしているというので、急いで向かう。


 シルバーブロンドの艶やかな髪に、すぐに誰がいらしたのかを悟った。

 わたくしは小さく深呼吸をして、長椅子に腰掛け、祭壇を眺めている彼の元に向かう。


「お久しぶりでございます。アレクシス殿下」

「オーデリア……!」

 アレクシス様が、急いだ様子で立ち上がった。

「その、君がここにいると聞いて……」

「そうなんですのね。本日は、どうなさったのです」

 自分でも少し冷えた声が出たと思った。アレクシス様が視線を地面に向ける。

「……公爵邸に向かったんだ。そこで、君が領地に帰っていると聞いた」


 アレクシス様は、これまでの経緯をお話しになった。



 アレクシス様とは婚約関係にあるので、定期的にお会いする仲だ。

 学園でお会いする機会が増えたので、(やしき)に来ていただく機会は減っていたが、いつもと同じように、殿下は面会予定の確認のために公爵邸にお手紙を出された。


 だが、公爵家からは「オーデリアは邸を離れており、しばらくお会いできない」と簡素な返事が返ってきた。


 訝しんだアレクシス様は直接公爵邸を尋ねたが、「しばらくお会いできない」と返答されるばかり。なんとか食い下がって領地にいることは聞きつけたが、領地の本邸宛に手紙を出せば、そちらからもオーデリアはいないと返信が戻ってくる。



「そりゃお前、避けられてるんだろ」


 困ったアレクシス様は、乳兄弟であり親友のトーマス様に相談を持ち掛けた。

 避けられる? どうして……。

 アレクシス様には理由がわからない。それはなぜだと問いかける。


「俺が知るわけないだろ。何か怒らせるようなことをしたんじゃないのか。心当たりは?」


 アレクシス様はしばらく悩み、そういえばと二コラ様との仲が疑われ噂になったことと、先日の顛末を話した。


「……とりあえず聞くが、何が悪かったかは理解しているのか」

「オーデリアが噂を気にしているようだったから。そんなことはあり得ないとはっきり言ったんだが、彼女が納得のいくまで話し合うべきだったかもしれない」

「そうじゃない、そうじゃないよ……」

 トーマス様は頭を掻いた。


「なあ、お前はオーデリア様のこと、婚約者として大事に思ってるんだよな?」

「当然だろう」

「ならさ、オーデリア様が傷ついたとは思わないの。自分の婚約者と他の女に噂が立ったんだぞ」


「オーデリアは、傷ついていたのか」

 だが、本当に信じるに値しない根も葉もない噂だ。それなのに。


「慰めてやるべき、だったんだろうか」


 違うよ、とトーマス様は否定する。

「逆の立場で考えてみろよ。お前よりずっと条件のいい、そうだな。他国の王子で、とんでもなく頭がキレて、魔法使いで、武術の腕も一流で、性格が良くて、おまけにとびきりハンサムな男がいたとする」

「そんな凄い人がいるのか」

「例えだって言ってるだろ。そいつがたまたまこの国に留学してきた。そしてオーデリア様に惚れて必死に口説いてきたとすれば」

「他国の王子の婚約者を口説くような軽率な王子がいるわけがないだろう。あり得ない」

「まずあり得ないだろうな。そう、オーデリア様も否定しているとしよう。だが、その噂は広まり、オーデリア様の心変わりも間近とささやかれている。その時、お前は本当に微塵も疑わないのか。もしかしたら、と不安になったりはしないのか」

「不安に――」


 なるかもしれない。


「だが、その件はもう解決しているんだ。二コラとの誤解も解けた」

「オーデリア様がなんとかしたからだろ。お前は何もしなかった。アリスの一件がなければ、いまもオーデリア様は傷ついていたかもしれないわけだ」


 そうか、僕が何もせず、傷ついたオーデリアに気づくこともなく放置したから、彼女は悲しみ怒って姿を隠してしまったのか。


「オーデリアに、謝らないと」


 だが公爵家のタウンハウスにも、領地の本邸にも居場所を教えてもらえていない。どうすれば良いのか。


「……なあ。思うんだが、邸の人間総出でオーデリア様を隠してるって、結構やばいことじゃないか」

「やばいって」

 具体的にはどういうことだ。

「怒っているどころか、愛想をつかされようとしているとか」


 ここへ来てようやく慌てたアレクシス様。だがどうやってオーデリアの居場所を突きとめれば良いのか。

 何度思案してもわからない。


 無策のまま堂々巡りする話し合いを近くで聞かされていた二コラ様が、とうとうしびれを切らした。


「だらだら喋ってないで、さっさと謝罪に行ってきなさいよ!」

「だが、謝罪しようにもオーデリアはどこにいるかがわからないんだ」

「大の男が二人もそろってほんと唐変木なんだから! 公爵家に謝罪に行くにきまってるでしょ!」


 言われてみればその通りだ。公爵家に拒否されているのだから、公爵家に謝りに行くのが筋だ。

 オーデリアへの面会を申し込むのは、その先にある。


「ひとつ言っておきますけど、謝ったら済むって話じゃありませんからね。ちゃんと誠意を見せなきゃ。でなきゃ本当に捨てられちゃうかもね」

 二コラ様の肩にとまったアリス様がうんうんと頷く。

「わたしもアドバイスをあげるわ! アレクシス様はまあまあだけど、アリスほど可愛くはないの。だから、好きになってもらうには、努力がいると思うの。つまり、愛嬌がないとだめよ!」

 いいこと言うじゃない、と二コラが満足そうに頷くと、アリスは可愛いけど、みんなに好きになってもらう努力は惜しまないの。とアリス様は胸を張った。


 誠意と愛嬌……そのアドバイスへの対処法は思い浮かばないままだったが、とにかく愛想をつかされないうちにと、アレクシス様は公爵邸へと急ぎ向かった。



「――君が傷ついていても気づかない情けない男でごめん。あんな噂は二度と流れないように努力する。二コラは誠意を見せろって言っていたけれど、結局ここへ来るまで、答えは出なかったんだ。僕は君に、何をしてあげられるんだろう」

 気づかわしげなアレクシス様に、わたくしは首を振る。


「……何かをしてほしかったわけじゃないんです」


 ここへ来たのは、アレクシス様に何かを期待したり、変わって欲しかったりしたからじゃない。

 変えたかったのは、自分自身だ。


「わたくし、最初は気づきませんでした。なぜか殿下に対してぼんやりとしたわだかまりが蓄積していって……。あのパーティーの日に気づきました。わたくしは怒っているんだって」


 許せないと思った。何に怒って、どうして許せなかったんだろう。


 わからないままに、この修道院にやってきた。


 わたくしはアレクシス様を避けていたんじゃない。

 逃げていたのだ。こんな自分をお見せするのが嫌で、お会いしたら気持ちが溢れて、嫌な自分をさらけ出してしまいそうで。


「アレクシス様が誰かと噂になるのが嫌でした。違うとわかっていても、仲がいいと言われる二コラ様が羨ましいと思いました。ずっとアリス様を構っているアレクシス様が嫌でした。アリス様はあんなにお可愛らしいのに、どうしてアレクシス様が嬉しそうになさるお相手が私ではないんだろうって、アリス様にまで嫉妬していました。あのパーティーの断罪劇で、わたくしとアリス様の役割が反対なら良かったのにと思っていました。自分でやろうと言い出したお芝居なのに、王子様に婚約を破棄される悪役令嬢に共感して、悲しくなってしまいました」


 冷静に話していたつもりなのに、いつの間にか目に涙が溜まっていた。


「――わたくしは、アレクシス様を独占したいという妄執に、いつの間にか駆られていたのです。そんな酷いことを考えるわたくしを見られたくなくて、あなたのそばにいる自信がなくなってしまいました。それで、距離を置きたいと思ったのです」


 アレクシス様は、黙ってわたくしの話を最後まで聞いていた。


「ですから、どうか王都にお戻りになって。いまはまだ元通りとはいきませんが、きっとそのうちに――」


 心穏やかな自分に戻れるはずだから。


「……僕は、大変なものを失うところだったのだな」

 アレクシス様は、祭壇に向き直り、祈りのしぐさをした。

「いま君に再会できたことを、感謝しなければ」


 次は僕の気持ちを聞いてほしい、とアレクシス様は語りだした。


「僕は君に大切なことを話していないことに、気付いていなかったんだ。驕っていたんだと思う。ずっと君と一緒にいられるって。だから、あの噂だって、何を言っているんだろうって感じだった。僕たちの間に障害など何ひとつないのに。いま考えるとおかしいよ。だって君と僕とは同じ考えのはずはないし、言葉に出さなきゃ僕の気持ちは伝わらないのに」


 アレクシス様は、わたくしの前に片膝をつき、恭しく右手に触れた。


「君を愛しているんだ、オーデリア。僕の心には、ずっと君しかいなくて、他の何も見えないくらいに君に夢中だった。どうか、馬鹿な僕を許してほしい。そしてどうか、君の想いを僕に独占させて」


 アレクシス様の瞳がわたくしをまっすぐに見つめる。透き通った空の青。こんなに深い色だっただろうか。

 礼拝堂の窓から落ちる光が、アレクシス様を包み込むようだった。愛おしさがこみあげて、胸が苦しくなった。


「わたくし、酷い女です。このままアレクシス様のそばにいたら、アレクシス様に近づく女性を、すべて恨んでしまうかも」

「それでもいい。いや、僕がそんな風にはさせないから」

「アレクシス様にそばにいて欲しくて、わがままを言ってしまうかも」

「そんなわがままなら大歓迎だ。どんどん言ってくれ」


 アレクシス様が、わたくしの狭量な気持ちをすべて、肯定してくださる。

 静かなな礼拝堂の床に、ぽとり、ぽとり、とわたくしの涙が落ちる音がした。


「ずっと、一生隣にいてくださいますか」

 アレクシス様は、私の右の手を両手で握りしめ、立ち上がった。

「ずっと、君と一緒に生きさせてくれ。――今更だけど、オーデリア。僕と結婚してくれるかい」


 わたくしは崩れ落ちるように、アレクシス様の胸に額を落とした。


「はい、わたくしと、どうか結婚してください」


 二人きりの礼拝堂で、アレクシス様はわたくしの涙が乾くまで、ずっと優しく肩を抱いてくださった。

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