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アリス様、ヒロインになる

 翌日、わたくしは『妖精姫と王子の秘密』の話の続きはないのかとメラニー様に詰め寄った。


「ちょっと、クマができてるじゃない。もう! あなたがのめり込むタイプだと知っていたら、貸すタイミングを考えたのに」


 メラニー様が呆れ混じりに心配してくれる。


「続刊はまだ発売されていないのよ。新しい情報があったらまた教えるわ」

「そんな……続きのわからないこのモヤモヤをどうすれば良いの」


 わたくしは天を仰ぐ。


「別のおすすめ小説をいくつか貸すから、それで我慢して。……それで、悪役令嬢への理解は深まったのかしら」

「ええ、思ったよりずっと普通の令嬢だったわ。もっとこう、金貨を城壁の上から撒き散らして拾う人々を見て楽しむとか、身分の低い美少年を囲い込んで恋人になるよう迫ったりとか、そういう感じの悪女なのかと」

「……あなたの中の悪女像、一体どうなってるの。でもそうね、この話の悪役令嬢はかなりまともよね」


 ネタバレになるような憶測はあまりしたくないのだけれど。とメラニー様は、少しためらいながら言った。


「もしかすると、この話の悪役令嬢は、濡れ衣なのかもしれない。悪役令嬢がやったっていう、悪業の具体的な描写が、最後の断罪シーンにしかでてこないのよ」

 わたくしは同意して頷く。

「ええ、それに、王子とヒロインの態度にも違和感があるわ。この二人、本当に想い合っている恋人同士なのかしら――」


 わたしくしは、今朝から考えていたことを話した。

「――もしもよ、続刊が出て、悪役令嬢が本当はいい人だった。となれば、この噂も収まるかしら」

「可能性はあるわね。でも、続刊が出るだけじゃ弱いかも。噂って表面的な印象だけで語っているようなところがあるじゃない。だから一度ついた印象を覆そうと思ったら、何かインパクトのある出来事が起こらないといけないんじゃないかしら」

 いっそのこと、もう結婚でもしちゃう?

 メラニー様は冗談めかして言った。


 アレクシス様がどう考えるは不明だが、方法としては悪くないと思う。

 婚約中という中途半端な立ち位置だからこそ、好きに憶測が語れるのだ。


 ――だけど、それは最後の手段に取っておきたい。

 そこに至るまでには、まだ少し、時間が欲しい。


 わたくしたち二人の関係には、もうしばらくの準備期間が必要な気がする。



 アリス様の人気は、考えていた以上に絶大だった。


 学内では、アリス様のファンクラブなるものも結成されたと聞く。

 ファンクラブ会員は、アリス様のご寵愛を抜け駆けすることなかれという厳しい掟を遵守し、アリス様の日常の平穏を脅かすことなく、品行方正にアリス様を日々追いかけているそうだ。


 品行方正に日々追いかける、というのはよくわからない。


 当のアリス様といえば、ファンの方々など眼中にないのか、以前にも増して精力的にアレクシス様のあとをついて回っているようだった。



 わたくしは再度、アレクシス様にアリス様を遠ざけられないかと伝えてみた。


「アリスのことは子爵家でも持て余しているみたいでね。僕の近くにいれば大人しくしているし、何かと都合がいいんだよ」


 アレクシス様は申し訳なさそうに言ったが、事態を静観するつもりのようだ。



 そのうちに、妙な話が流れてきた。


 常にアレクシス様の側を離れないアリス様に対し、わたくしが嫉妬して、嫌がらせを行っていると言うのだ。

 どうもアリス様本人が、そのように主張しているらしい。


 わたくしがアリス様にそのようなことをするはずもない。

 あのお可愛らしいアリス様に危害を……考えるだに恐ろしい。

 ほとんどの者がそんな話を信じていなかったが、中には疑わしげな視線を向けてくる者も現れた。



「私共はそのような話を信じておりません! あれはアリス様の高尚なお遊戯の一環ですから」


 意外にも堂々とわたくしの味方だと宣言してくれたのは、品行方正の格言を冠するアリス様ファンクラブの面々だった。


 アリス様の言葉を信じ、わたくしを疑う方々については、

「あれはアリス様のご機嫌をとり、自分たちだけがアリス様のご寵愛を受けんとする不届きな輩です。全くもって許し難い」

 我々はオーデリア様の味方です! と鼻息荒く主張し、そしてもっとアレクシス様と仲良くするよう暗に促された。


 アレクシス様、アリス様と仲良くしすぎてファンクラブの皆さんから嫉妬されています。



 メラニー様にファンクラブの皆さんの話をすると、大笑いされた。


「やるじゃない、そんな心強い味方を作るなんて」

「わたくしが何かしたわけじゃないわ」

「何言ってるの。みんなオーデリア様がいい子だって知ってるから味方してくれるんじゃない。あなたの力よ」

 そう言ってメラニー様がウインクすると、わたくしの背後にいた男子生徒が幾人か被弾したらしく、胸を押さえてうずくまった。


 メラニー様のモテ力は相変わらずすさまじい。


「アリス様ってば、まるでヒロインね。オーデリア様にいじめられたって、殿下に泣きついてるんでしょ」

 メラニー様がくすくすと笑う。

「あら、確かにそうだわ。アリス様はわたくしに水をかけられたと言っていたらしいけど、『妖精姫と王子の秘密』にもそんな描写があったわ」


 転校してきたヒロインは、クラスの人たちと馴染めない。

 嫌がらせで頭から水を被せられ、授業のために入ってきた教師には、床が濡れるからと教室を追い出されてしまう。

 寒さに震えながら校庭の隅でうずくまっていると、偶然通りかかった王子に助けられるのだ。


「まさかと思うけど、アリス様があの本を読んで真似をしようとしているなんてことある?」

「そんなまさか……でもちょっと気になるわ。セバスチャン、聞いていた?」

 窓に凭れかかって外を眺めていたセバスチャンは、ひとつ大あくびをして言った。

「あの女の行動を見張ってくればいいんだろ、わかった」


 気だるげな様子で、音も立てずにするりと部屋を出ていく。


 その様子を目で追っていたメラニー様は、にんまりと頬を緩ませて言った。

「セバスチャンはあのクールなところが良いのよね。わたし、入るなら断然セバスチャンのファンクラブの方だわ」

「セバスチャンのファンクラブなんてないわよ。ああ見えて、彼は自分の容姿を気にしているの。ここにファンがいるだなんて、思ってもみないと思うわ」

「うーん、たしかにいわゆる美形、って感じじゃないけど。ああいうタイプの方がカワイイ! 好き! っていう人は多いと思うわ」

「それ、セバスチャンの前では言わないでね。彼、可愛いっていうと怒るから」


 わたくしはメラニー様に釘を刺した。



 ファンと言えば、驚いたことに、わたくしのファンを名乗る方が現れた。


 フードを深く被り、前が見えているのか心配なくらいに厚いガラスの眼鏡。明らかに変装しています、といういでたちだ。


 着ているものから、この学園の女子生徒であることは間違いなさそうだけど……。


「あの、わたし、そ、そのあなたのファンでして……」

 緊張した様子で、きれいにラッピングされた袋を手渡された。

「ほ、ほんの気持ちです。あの、変な噂とか、大変だと思うんですがっ。あのヘタレ……あっちが、アレクシス殿下の面倒を見、いえ、殿下をお支えできるのはオーデリア様だけだと思うので! 応援しています!!」


 勢いよく頭を下げた彼女は、逃げるように走ってあっという間に見えなくなった。

 いただいたものを開封すると、とても良い香りのサシェが入っていた。


 どなたかわからないけれど、わたくしを心配してこんな素敵な贈り物までくださるなんて。



 正体不明のお嬢さんはその後もひょっこり現れては、ちょっとした小物やお茶菓子など、飾らない、けど真心のこもったプレゼントをくれるようになった。


「このあいだいただいたサシェ、とっても良い香りだったわ。あれはどこのお店のものなのかしら」

「わあ、気に入っていただけたんですか! ――こ、これはたまりませんな……推しイメージの香りを推しが推して……!」

「あの……?」

「あっ、いえ! あれは知り合いの店で、特別に調香してもらったものなんです。何本か香水をストックしてあるので、お気に召したのでしたら、今度持ってきますね」

「まあ、本当に! 嬉しいわ」

「ぐっ、この笑顔、国宝級……! ほんまもんの妖精姫や! この瞬間を映像石十億個におさめねば……」


 謎のお嬢さんはときどきおっしゃってることがわからないし、いまも辛そうなお顔をなさっているが、これは嬉しいという感情表現らしい。少しずつわかってきた。

 この方は、繊細なまでに感情が豊かでいらっしゃるのだろう。


「でも、こちらばかりいろいろいただいてしまって、何だか悪いわ。何かお返しをしたいのだけれど」

「め、滅相もない! わたしの方こそむしろ毎日ありがとうございます推し充すぎてお腹いっぱいですというか……ええと、とにかく、わたしはオーデリア様にお会いできるだけで嬉しいので。それだけで充分なんです」


 そんな優しい言葉を嬉しそうにおっしゃるものだから、わたくしも嬉しくなってきた。


「ねえ、わたくしたち、良いお友達になれるんじゃないかしら」

「お、お友達ですか……?」


 分厚いガラスの向こうの瞳は何色かもはっきりと判別つかないが、それでも大きく見開かれたのがわかった。


「お嫌かしら」

「お嫌などと……! 光栄!光栄の極みですが!! わたしなんぞが恐れ多いといいますか、むしろ心の準備が整わず心停止の恐れがあるのではじめはオーデリア様の御宅のドアマットくらいからのスタートで……」

「ドアマット……? わからないけれど、うちにお招きすれば良いのかしら」

「あ、いえ、そうではなく……」


 お嬢さんは息を整えてまっすぐ向き直った。


「その、とても嬉しいのですが、もう少し待ってもらえますか。わたしはまだまだ未熟で、いろんなひとに迷惑をかけちゃってて。それでオーデリア様の前にも素顔をお見せする勇気がなくて。……だから、素顔でお会いできる日が来たら……」


 その時は、友達になってもらえますか?


 わたくしはその問いに、笑顔で頷いた。

 楽しみにしていますわ。秘密の、お友達。

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