プロローグ:断罪劇? いくら可愛くたって、許しませんわ
先ほどまでの喧騒が嘘のように、あたりは静まりかえっている。
ここは王立学園のメインホール。
創立記念パーティーの真っ只中だ。
生徒たちはめいめいに着飾り、社交界さながらの華やかさ。
それもそのはず、王立学園の高等部に通うのは、貴族の子女がほとんどだ。
式典が終わり、用意された軽食を手に取りつつ、話に花を咲かせていた参加者たち。
その大勢の目は、今はたったひとりの青年に注がれていた。
艶やかな銀髪に空色の瞳を持つ見目麗しい彼の名は、アレクシス・レイフィールド。
この国の第二王子。
そして、エリントン公爵令嬢であるわたくし、オーデリアの婚約者だ。
彼の腕にしがみつくようにしているのは、ジェローム子爵家のアリス様だ。
こぼれ落ちそうなまるい瞳を潤ませて、心配そうにアレクシス様を見つめる様子は、いかにも儚げで庇護欲をそそる。
アレクシス様の笑顔は、明るい日向のようだ。
わたくしを見る空色の瞳が、柔らかく細まる瞬間が好きだった。
王家の人間らしい、洗練された仕草のエスコートに頼りがいを感じた。
この方となら、何の憂いもなく共に歩んでいける。そう思っていたのに。
そのアレクシス様はいま、厳しい表情で私の方を見ている。
「本当に、これで良かったのかしら」
周囲に聞こえないよう、ぽつりと溢すと、従僕のセバスチャンが答えた。
「今更だろ。お嬢も片棒担いじまったわけだし」
そう、これは予定調和のシナリオ。それはわかっている。
「でもね、もう少しなんとかならなかったのかしらと思うのよ」
少々落ち込むわたくしを、「気にするな」と一言励ますと、セバスチャンは威嚇するようにアレクシス様の方を見据えた。
凄むセバスチャンに怯えたようにアリス様が震えると、彼女の纏うドレスに散りばめられた、細かな宝石たちがきらめいた。
「ねえセバスチャン。アリス様のあのお姿、どう思う?」
ふわふわと軽やかな裾のドレスは淡いピンクの花弁が開くようで、腰の後ろ側にはアリス様の小柄な体が隠れてしまうほどに大きなリボンがあしらわれている。
さながら妖精が羽を広げた姿のようだ。
耳打ちするわたくしに、セバスチャンは顔を顰めた。
「くそダセぇ。裸の方がまだマシってもんだ」
「まあ、酷い言い種だわ」
可愛らしいのに。
わたくしは反論するが、セバスチャンは何やら機嫌を損ねた様子で、プイと横を向いてしまった。
アリス様が、わたくしを睨んだままのアレクシス様の腕を優しくつつくと、彼は一瞬溶けるような笑顔をアリス様に向け、意を決したように言い放った。
「オーデリア・エリントン。君との婚約を破棄する。君は僕の婚約者には相応しくない。本日をもって婚約を破棄し、ここにいるアリス嬢と婚約する」
周囲がにわかに騒ついた。
よく見ると、肩を振るわせ笑いをこらえる方、うっかり吹き出してしまった方もいる。
……気持ちはわかりますが、計画に支障がありますのでここはご静粛に願いたいですわね。
本来であれば、王子がこのような事を申せば乱心かと大騒ぎになるところですが、事前の周知がうまく行き渡ったようですね。
もっとも、事情を知らなかったとしても、こうもあからさまに茶番では、ふざけているとしか思えないでしょう。
問題はなかったかもしれません。
「どういうことか、お聞かせいただいても?」
わたくしは、精一杯気取った様子で答えた。
「白々しい。君がアリス嬢に行った悪行の数々、聞かせてもらったぞ」
アレクシス様は、その悪行とやらを並べ立ててわたくしを追求する。
「どれもこれも、お話になりませんわね。証拠もなしに公爵令嬢たるわたくしを糾弾するとおっしゃるの?」
「アリス自身が、君が犯人だと言っている。それに、目撃者もいる」
アレクシス様がぐるりと周囲に視線を向けると、幾人かの令息、令嬢が後ずさり、視線を逸らした。
とりわけアリス様の愛らしさに魅了され、アリス様のことを全肯定してわたくしに疑いの目線を向けていた過激派の方々だ。
うふふ、賢明なことです。うっかりアリス様の応援団として途中参戦されたらどうしようかと思いました。
わたくしは不敵に笑ってこう返事する。
「仮にいまおっしゃった悪行とやらが事実だといたしましょう。それで、わたくしに何の咎があるというのです?」
アレクシス様は、首を振った。
「確かに、状況証拠だけでは君に罪を問うことなどできない。たとえ証拠があっても、いたずらと片付けられるのが関の山だろう」
「そうでしょうとも」
わたくしは鷹揚に頷く。
「だが、君のことを愛する気持ちはすっかり冷めてしまった。もう君を伴侶とすることなどできない。……それに、僕は真実の愛を見つけてしまった」
アレクシス様は、アリス様を愛おしげに見つめる。
「アリス、君を愛している。僕と共に歩んでくれないか」
「アレクシス殿下……」
アリス様は、鈴の鳴るような愛らしい声でアレクシス様の告白に答えた。
「わたしも、アレクシス殿下を愛しています。どうかわたしを、お嫁さんにしてください」
目を潤ませ、全身で喜びを表現するアリス様。
この愛らしい告白には、先ほどまで呆れかえっていた人々も、絆されて笑みを溢す。
ニコニコとお祝いムードの中、わたくしは物語の悪役さながらに、最後の言葉を告げる。
「お話はわかりました。婚約破棄を受け入れましょう。――ですが、これだけは覚えておいてくださいまし。このままで済ませると思ったら、大間違いですわ」
わたくしの眼光に恐れをなしてか、アレクシス様が、一瞬たじろぎました。
決まりましたわ。心の中で拳をぐっと握り締めて悦に浸ります。
それでは、悪役令嬢は立ち去るのみ。
ホールの扉へと向き直ったところで、けたたましい足音が聞こえてきた。
「アーリーーースーーー!!!」
バン!
少女の叫びと共に、扉が開いた。




