第二十九話
「これは、酷いな。何があった?」
ブリンク率いる部隊が魔物の討伐中に確認した爆発音。スラム街に駆けつけ荒れた惨状を目にする。
爆発の影響からか、建物には焼け跡があり激しく損傷している箇所もある。
これだけの規模。自然に発生した物とは思えない。ブリンク隊は警戒をしながら爆心地まで移動し、そこで確認したのはうつ伏せで倒れる少年、建物の残骸へ背を預け座り込む男がいた。
少年は気を失っているようだが目に見える範囲で大きな怪我は無い。だが火傷を負っている可能性はある。直ぐに治療が必要な状況だ。
一方男の方は重症であった。着ていたと思われるローブは大きく焼損しており、露出した肌からは酷い火傷が見て取れる。意識を保っているだけでも驚きだ。
「騎士がぞろぞろと、ご苦労なことだな……」
無理をしているのだろう。息は荒く、時折吐血している様子が見て取れる。そして騎士を映す瞳には憎悪の色が浮かんでいた。
「念のため確認するが……何があった?」
「国のため、民のためと貴様等は宣うが、本当に大事なのは王や貴族に富豪共だろう……?」
血を吐きながらも止まらない雑言は狂気の沙汰としか言いようがない。
「……今王都は厳戒態勢だ。しばらくは騎士団の監視下に置かせてもらう。治療も必要だろう」
「やはり餓鬼だった。最後の最後で非情になれなかった。だから制御を誤り勝機を逃す」
ブリンクと男の会話は成り立たない。
「かく言う俺も指先一つ動かせん。だが、餓鬼には感謝している。……おかげで馬鹿な騎士共が集まった」
急に高笑いをする男を見てブリンクは指示を出し、警戒態勢に入る騎士達。
「体が動かなくとも魔法は使える、か。どんな思考回路をしているのか……。面白い、俺も一つ馬鹿になるとしよう」
男の体表に術式が浮かび上がる。熱を帯びた赤い術式は情報にあった物と一致している。
「その鎧は連隊長クラスの物だろう? ならここで道連れに出来るなら上出来だ。邪魔をした餓鬼もろとも死ね!」
激しく明滅を繰り返す術式。魔法の影響により熱気が立ち込める。だが、それは一時的なものに過ぎなかった。
「報告通りだな。得た情報を素早く展開出来るのもまた、組織としての強みだ。……覚えておくといい」
一瞬で男の前まで移動していたブリンク。淡く輝く光の剣を右腹付近に突き立てる。
「魔力を封じる、魔法の起点を突く。そして魔力の流れを乱す。仕掛けが分かれば、なんてことはない」
男は驚愕したかのように目を見開くが言葉が続くことはなかった。最後の力を振り絞ったかのように意識を失う。
「即座に判断し行動出来るのは……彼の特権かもしれないな」
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王都の建造物の上を駆けて移動するジーク。魔物を確認すれば空から強襲し、また上へと繰り返しながら討伐を続けていた。
建物が密集した王都では地上を移動するのは効率が悪く、避難する住民達の存在もある。狭い裏通りのことも考えれば上から俯瞰出来る状況は都合が良いと言える。
「チッ、無能な連中め」
視界に入ったのは魔物から必死に逃げる三人の子供達。周囲に大人や騎士の姿はない。魔物騒ぎによって離れ離れになったのかもしれない。
目標を定めて急降下するジーク。突如前方に現れたジークに驚く子供達だが、声を上げる間も無く状況は変化する。魔物の存在を思い出し後ろを指差す子供達だったが、そこには凍結したオークの姿。鼻息を荒くしながら追ってきていた醜悪な魔物は息絶えていた。
「えっ⁉︎ 何これ…… どうなってるの?」
正確な年齢は不明だが浩人がジークとして活動を始めた歳と近い子供達。少年少女は目を丸くしながらジークと魔物両方に忙しなく視線を向けている。
「死にたくなければ足を止めるな」
一言だけ残して風のように消えてしまう。……実際は跳躍し建物の上部に移動しただけだが。
休む間も無く再び移動するジーク。王都の危機から焦燥感に駆られて……という訳ではなくスピリトで出会ったヴァンの存在が大きい。
少なくともゲームのストーリーでは今回の案件は語られていなかった。裏設定や番外編で存在していたのか、シナリオが変わった結果なのかは分からない。だが今王都にはヴァンがいる可能性がある。つまり、主人公に起因したイベントである可能性が高いのだ。
知ってしまった以上は静観するわけにもいかない。護衛依頼程度であれば適当に流して終わらせるつもりだったが、事態が生じた以上は解決に向け動く必要がある。主人公達メインキャラの動向は自分の命に関わるからだ。
「あれか……」
人が見当たらない大通りから外れた狭い通路。その先には建物の隙間を上手く活用して作られた小さな公園のようなものがある。
そこには何故か鎮座して動かない多数の魔物。通路から公園にかけてを埋め尽くすように存在していた。
「烏合の衆といったところか……」
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「少年、目は覚めたか?」
「俺は、一体……?」
ブリンク隊の回復魔法による治療によりヴァンは意識を取り戻す。酷い倦怠感を感じてはいたが体を動かすことに問題は無さそうだ。
「⁉︎ そうだ、あいつはどうなったんだッ⁉︎ それにここの住民達は⁉︎」
「落ち着くんだ少年。男は既に拘束している」
ヴァンを宥めるナイスミドル。慌てたところで事態は進展しないと説くブリンク。経験の差が表れていた。
ヴァンは一度深呼吸し、これまでの経緯を説明する。
「そうか……先ずは騎士団を代表して礼を言わせてもらう。ありがとう。君の行いにより救われた命もあっただろう」
「俺は必死に体を動かしただけで……。結局、その男は倒しきれなかったみたいだし。……また、死にかけた」
俯くヴァン。ジークに圧倒的な力の差を見せつけられ自問自答を繰り返していた。何とか答えを見つけ出そうと必死に足掻き、今回の戦いで前に一つ進めたと考えていた。だがそれは思い違いだったのかもしれない。
「……それでも、諦めきれない。君からはそんな雰囲気を感じるよ」
微笑むブリンク。他人を嘲るような笑みではなく、親が子へ向けるような温かいものを感じる。
「少年を見ていると私の息子と姿が重なる。君と同じように悩み、躓きながらも前に進もうと必死になっているよ」
騎士になるという夢。そして、隣には高すぎる目標。どちらも苦難の道と呼べるが折れることなく前を見続けている。
「すまないね。この歳になるとつい説教じみたことをしてしまう」
「いや、そんなことないよ、ありがとう。俺みたいなのが他にもいると思えば頑張れる気がする。……ああそうだ。俺は止まれないんだ……」
少し元気を取り戻したヴァン。まだ迷いはあるようだが静かに闘志を燃やしている。こちらもそう簡単には折れないようだ。
「次代は育ってきているようだ。……それで少年、我々はこの先を調べる必要があるのだが」
「もちろん俺も行くぜ! ここまで来たら何が起きているのか自分の目で確かめたいからな」
力強く立ち上がるヴァン。立ち止まっている時間は無い。
「分かった。だが、身に余る事態となれば素直に引いてもらう。そこからは我々騎士団の仕事だ」
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「雑魚共が……」
ジークの蹴りで纏めて吹き飛ぶ魔物達。強力な一撃により沈黙するが、すぐさま新たな魔物が現れる。
臆することなく正面から攻め込んだジーク。初めは得意な氷魔法で瞬殺していたが、次第に膠着状態となり前へ進むことが出来なくなる。倒す以上に多くの魔物が湧いてきたからだ。
「鬱陶しい……」
ジークを視界に収めた途端に行動を開始した魔物。ゴブリンやオークにオーガと規則性が無い種類の魔物が多くを占めていたが、変化が表れ次第に統一性が出てくる。
「グゥルルーー!」
唸り声を上げながら突っ込んできた魔物は白い毛に覆われたスノウウルフ。寒冷地に生息する寒さに強い魔物となる。その他にも全身が氷で形成されたアイスゴーレムに氷の妖精と呼ばれるツンドラ、オーガの亜種に当たるアイスオーガ。どの種も氷属性に耐性を持つ強力な魔物となる。
「なめられたものだな……」
戦闘スタイルにより変化する魔物達。明らかにジークに合わせるように対策を講じてきている。
「qwujbdmj……」
機械音のような声を出しながらエネルギー弾を放出するアイスゴーレム。周りの魔物を無視した波状攻撃により王都の建物には多くの被害が生まれていた。
「もう、面倒だな……」
「お困りのようだね……我が好敵手よ!」
上空から発生した雷魔法に貫かれ息絶える魔物達。直撃を免れた魔物も雷撃の影響により痺れ硬直している。
「サンダーアロー!」
動きの止まった魔物へすかさず放たれた追撃により沈黙する魔物。そして伝播した雷魔法の影響により更に感電範囲が広がりを見せる。雷魔法の特性を利用した連鎖攻撃により魔物は数を大きく減らしてゆく。
「どうだろう? 期待にお応え出来たかな?」
「……負け犬が今更何の用だ」
模擬戦での戦闘相手。近衛師団所属のアーロンが再びジークの前に現れる。
「随分と他人行儀じゃないか。私達は戦友と呼んでもいい間柄だと思うんだ」
「ハッ、近衛の貴様がこんな場所で何をしている? クビにでもなったのか?」
「団長から大目玉を頂いたのは事実だが、今は療養中なのさ」
ジークとの戦闘により重傷を負ったアーロン。マリア教会所属のバートの治療により回復はしたが、大事を取ってという理由と騒ぎを起こした処分として今回の護衛からは外されていた。
「見た通り団服は着ていないだろう? もちろんこの王都の危機にベッドでスヤスヤ眠るわけにはいかないからね」
芝居がかった語り口は相変わらずだがしっかりと魔物を警戒している。少なくとも冷やかしでこの場に来たわけではないようだ。
「……君に合わせて敵はタクティクスを変えてきている。氷系統の力は君の十八番だが逆に取れば弱点とも言える」
膠着状態が続き少しずつ魔物の数が増えてきていたのは事実。耐性を持った魔物を相手にしていれば当然とも言える。
「だからこそ私が来たのさ。君の剣となるために……さぁ行きたまえ! ここは私が受け持とう!」
レイピアに纏わせた雷魔法を鞭のように振り回し魔物を倒すアーロン。辺りには魔物の死体が積み上がり異様な光景となる。
「そうか……つまり貴様なら俺以上にこの雑魚共を片付けられると言いたいんだな?」
「オフコース! 先に行けというやつ……さ?」
突如発生した蒼白い光。新たに押し寄せた魔物やアーロンが倒した魔物の死体全てを包み込むように広がる。
眩しさと強力な魔力の放出により目を開けていられない。アーロンに出来たことは巻き込まれないように防御姿勢を取ることだけであった。
光が収まり視界に飛び込んできたのは氷の世界。全ての魔物が凍結し活動を停止している。光に呑み込まれた周囲の建物や大地も同様に凍てついていた。
「耐性を無視した一方的な魔法……? そんなことが……」
「バカが。凡人の貴様と俺とでは全てが違う」
凍てついた魔物に亀裂が入り音を立てながら崩壊する。砕けた氷晶が大気を舞うその様子は王都では見ることの出来ない気象現象のようだった。
「ならば何故? それだけの力があるのなら……」
「使えないな貴様は。ここで暴れて変化があれば、少なくとも敵はこちら側を監視出来る場所にいる、若しくはその手段を持っていることになるだろうが」
「敵をあぶり出す為にこれだけの魔物を一人で相手にしてたという訳か。……敵わないな」
天と地の差の如く格の違いを見せつけられ、罵倒まで受けたにも関わらずアーロンはどこか朗らかな表情をしている。憑き物が落ちたかのようだ。
「ふん、公爵家に都合良く使われているだけの貴様にはそこが限界だ」
「⁉︎ 何故それを……? そうか、君は例のシエルと親しいという話だったね」
「そんな事実は無い。用があるのは義兄の方だ。貴様から伝えておけ。覚悟していろ、とな」
湧いてくる魔物の数は大きく減ったがそれでも侵攻は止まらない。舌打ち混じりに動き出そうとするジーク。
「君は本当に面白いな。……承った! 残りは今度こそ私が対処する。だから……頼んだよ」
レイピアと雷魔法を駆使して再び戦闘に入るアーロン。雷属性を活かした素早い動きで魔物を翻弄している。
「余計なことを……だが凡人にはちょうどいいか」
魔物の追撃を止め移動するジーク。この場はアーロンに任せるようだ。
「それにしても、あの出来損ないは何をしている? これ以上待つつもりは無い。もう終わらせるか……」




