第二十五話
「話を整理するわね。つまりみんなはその死霊術という力で死者の声を聞く為にここまで来たのね」
「そうなります。ルークさんの同僚の方からこの隠世の遺跡の存在を知りました」
総勢十一名の者達が地面に腰を下ろし会話をしている。武器を手放し本音で語り合うことの出来るこの空間――インヴァリド・ルームはこれまでの魔術師達の思想からは大きくかけ離れた魔法であり、グランツが願う争い事のない平和な世界への一歩であった。
「なるほどね。特別な魔力に反応して現れる遺跡に死霊術か。それを知った君達の行動原理はまだ分かるけど彼の目的がイマイチね……。ましてや戦う理由があるとは思えないけど」
「ジークは私達を遺跡の奥へ行かせたくないようだったわ。それが戦闘の理由でしょうね」
「う〜ん、奥に何があるのかな? 僕にはさっぱり分からないや」
これまでの経緯やジークの目的を考察するが納得のゆく答えが出てこない。この場にいる全員がジークと何らかの関わりがあるが、本心に触れることが出来る者はいないのかもしれない。
「……俺は隠したい何かがあるんだと思う」
ぽつりと呟くヴァン。
「だから、確かめないといけないんだ」
「貴方は剣聖のお孫さんでしたね。――それが貴方にとって最悪な真実だとしても知りたいですか?」
アクトルの鋭い言葉。全員の視線が集まる。
「アクトル兄様、それは一体……」
「おっと、ミスターワイズマンも言っていたが答え合わせは今じゃない。彼がいる場でなければ意味がないだろう?」
大の字になっていたアーロンが会話を遮る。
「私達の言葉を聞いて君が納得するとも思えないしね」
「私達ってことは裏の人達は何かを把握してると。……やっぱり怖いなー」
「相変わらず食えないお方だ」
「そちらもね」
アーロンとヨルン。実力者達の会話にアクトルの意味深な言葉。言い表せない焦燥感にヴァンの心が乱れる。
「話を戻すが件の死霊術はどのように扱う? 使い方が不明であれば意味がないのではないか」
「……それは分からないって言ってた。出たとこ勝負。……久しぶり兵士のおじさん」
「やはりあの時の少女か……」
シモンとアトリ。接点のなさそうな二人ではあるが過去に面識があった。ラギアス領の私兵団であるシモンとラギアス領の農村出身のアトリ。約五年振りの再会である。
「大きくなったな。……あの時はすまな「大丈夫」」
「……私は今の生活に不満はないよ。ジークが、兵士のおじさん達が助けてくれたから今があるの」
「そうか。なら何も言うことはないな」
薄く微笑むアトリに静かに笑みを溢すシモン。彼らもまたジークによって齎された出会いであった。
「……それでどうするよ? この魔法が解けたら……今度こそ戦うのか?」
「死霊術の話が本当なら戦う理由はもうないでしょ。僕だって真相を知りたいからね」
「つまり――休戦協定ということか。素晴らしい!」
寝そべった状態で片足をピンと伸ばすアーロン。
アーロンを知っている者からすればいつものやつかと納得するが少なくともヴァン達は警戒気味である。
「仲間面して裏切った奴がよく言うぜ……」
「いつまでも過去を引き摺るのはよくないよ。我々人間は失敗から学ぶのさ」
「……収拾がつきませんね。こちらとしては戦う理由がありません。アステーラ公爵家の名で約束しましょう」
「承知しました。ヴァンさん達もそれでいいですね」
色々と思うところがあり思惑も見え隠れする。だが最終的に意見は一致していた。
****
ヴァンの言葉を背に遺跡の奥へ向かって駆け出すルーク。ヴァンの立場を考えれば心苦しい気もする。それでも……この役目だけは譲れなかった。
(戦いの痕跡がある。この魔力はジークの物だ)
いつでも戦闘に発展していいよう魔力を練りながら階段を駆け降りる。隠世の遺跡に魔物の気配はなかった。だがジークが何らかの存在と戦っているのなら十分気を付ける必要がある。
(また君は一人で戦っているのかい?)
父であるブリンクから話を聞いた。見ず知らずの子供の為に毒竜バジリスクを討伐したことを。見返りを求めることなく特効薬を作り、薬師協会へ精製法を公開したことを。それによってルークは命を落とすことなく生き長らえたことを。
(全部君のおかげだ)
金稼ぎの為だと冒険者活動を始めたジーク。雑魚に用はないとランクの低い依頼は受けず難易度の高いものばかりを選んでいた。……だがルークは知っている。難易度と報酬が必ずしも釣り合うとは限らないことを。
凶悪な魔物が出没したのが農村であれば報酬として出せる金額は必然的に下がる。街や貴族の依頼と比較すれば確実に劣るのだ。それでもジークは報酬に拘ることなく依頼を受け完遂する。それを何度も繰り返していた。一人でも多くの人々を助ける為に。
(何が金稼ぎの為だ。全部誰かの為じゃないか)
人手が足りないと無理矢理ラギアスの私兵を連れ出すこともあった。人件費がかからない使い潰しの効く雑魚だとよく蔑んでいた。だがジークは一度も彼らを使い潰すようなことはしなかった。
他領よりも魔物被害が多く危険なラギアス領。私兵団が負傷しないよう細心の注意を払いながら、一人一人の力量に適した依頼を選定していた。誰も命を落とさないで済むように戦闘訓練を施していたのだ。
(君は全て自分の為だと言い張るだろう。でもね……少しでも考えれば分かる。自分本位な人間の周りに人は集まらない)
ラギアスという立場からジークも例外なく忌み嫌われている。
ブリンクにもラギアスのことを聞いたが詳細は話してくれなかった。全てをブリンクが知っているわけではないが、真実を知りたいのなら自らの口で本人へ確かめなさいと。信頼を得られる人間になりなさいと諭された。
今のルークがブリンクの言葉通りの人間になれているとは言い難いだろう。ジークは確実に何かを隠している。それを話してくれないのはルークが信用されていないからなのか。
(分からない。ジークが今何を思っているのか)
昔はもっと単純だった。いつからこうなってしまったのだろうか……いや、本当は理解していた。何となく分かっていた。時期という部分で言えば――騎士になると決心した時だった。
「こっちへ来い。俺がお前に道を示してやる」
あれからジークとの関係が大きく変わってしまった。理由は分からない。それでもそう感じてしまうのだ。
(騎士になる。これは……本当に僕の夢だったのか?)
騎士になるという夢をずっと前から追いかけていた。騎士として働く父の姿を見て憧れた。いつか自分も騎士になるんだと当たり前のように考えていた。……そう、当たり前だったのだ。
幼子が親に憧れるのはおかしくはない。よくある話である。成長すれば考え方も変わり別の夢を追いかけることもあるだろう。逆も然り。――ではこの違和感は何なのか。思考や行動が誘導されている気がする。……考えすぎだろうか。
(やめよう。大事なのは僕がどうしたいのかだ)
たった一人の親友を助けたい。側にいたい。力になりたい。これだけでよかったのだ。これしか望まない。決して傲慢な願いではないはずだ。
また昔みたいに冒険に出かけて依頼をこなして小難しい小言を聞き流して時折揶揄い最後に笑う。ありきたりな日常がルークにとっては何よりも特別だった。
(ジーク。君が何を抱えているのか僕には分からない。でも、分からないなら理解すればいい。口を割らないのなら無理矢理話させればいい。君はいつも強引だっただろう? なら僕がそうしてもいいはずだ)
大丈夫。きっと上手くいく。絶望の淵から救われたのだ。今回も問題ない。――答えはすぐそこにある。
「……やっと追いついたよ。ジーク」
「面倒な奴が出てきたな。貴様が最後の障害となるか」
ルークの持つ護符――シュピーラドの魔力に反応して固く閉じられた扉が開く。そういうことかとジークは小さく呟く。
ゆっくりと先に行くジークに合わせてルークも歩を進める。
どれだけ地下深くまで進んできたのか。日の光が差し込むことがない代わりに壁から突き出すように存在する鉱石の光が周囲を照らす。
進んだ先は広い空間でありその奥には祭壇のような物が見て取れる。
(おそらくアレが目的の死霊術と関係があるはずだ。でも今は……)
「何だか久しぶりなような気がするよ。二人で話をするのはいつ以来かな?」
「そんなことはどうでもいい。何故貴様がここにいる? アーロンはどうした?」
魔力に変化はない。言葉も至ってフラット。だが瞳の奥には強い感情を感じる。
「アーロンさんは無事だ。それから他のみんなも。……君を想って援軍も到着していたよ」
シモン達が隠世の遺跡に来たこと。グランツとヨルンのユニゾンリンクにより特殊な状況にあることを説明する。
「どいつもこいつも余計なことをする」
「生半可な覚悟で出来ることじゃない。――君も本当は分かっているはずだ」
「あぁ、そうだな。――つまり邪魔をするのは貴様だけということか」
剣の柄へ手をかけるジーク。
もう言葉は届かないのだろうか。
****
「君には色々と聞きたいことがある。……剣聖は誰に殺害されたんだ?」
「それを知ってどうする? 一介の騎士でしかない貴様に何の関係がある?」
予想していた通りの反応に内心苦笑する。場所は違うがほぼ原作と同じやり取り。悪役のジークがメインキャラのフォンセルに悪事を追求される場面である。
ヴァンはフォンセルの幼馴染でありその祖父であるマスフェルトとも親交があった。更に言えばフォンセルの父親の死にはジークの父親であるフールも関わっている。まさに因縁だらけであった。
「関係あるさ。誤りは正さなければならない。不当に罰せられるようなことがあっていいはずがないんだ」
「ハッ、今更何を言う。ラギアスがどれだけ悪事を重ねようが貴様らには関係ないだろう」
「ジーク……」
何で悪を正す側が悲しそうな表情をいているのかが分からない。フォンセルは亡き父の背中を追う真っ直ぐな騎士。正義の執行者でなければならない。
――そして主人公は前へ進み続けなければならない。ジークが存在しないと分かった時、あの純粋な剣士は耐えられないだろう。……この先には何人たりとも通すわけにはいかない。
「……サマリスにも行った。あの街で何があったんだ?」
「質問ばかりだな。まあいい。……貴様が見たモノが答えだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「それじゃあ答えになってない」
「冷界召喚。入団試験の時に貴様らが見た古代魔法。それがサマリスを消滅させた。これで満足か?」
息を呑み目を見開くルーク。
これが嘘偽りのない真実である。ジークだろうが偽物だろうが関係ない。何故なら影はジークをベースに作られ、それをパリアーチが複製した存在だからだ。……ジークの代わりを影が演じ世界はジークを糾弾するだろう。これから先も。
「……サマリスの住民は一人も見当たらなかった。それは……」
「おかしなことを言う。――本当は分かっているんだろう?」
「⁉︎ どうしても……話してくれないのか」
「言葉は不要だ。必要なのは力のみ。それがこの世界のルールだ」
何かを堪えるように俯くルーク。その後顔を上げたルークの表情は決意に満ちていた。
「二年前とは違う。僕は君の剣にも魔法にも――覚悟にもまるで敵わなかった。でも……今だけは」
暗い遺跡を照らす光がルークから放たれる。単純な魔法だけの効果ではない。ルークの強い意志に呼応するかのように輝く。
「君にだって負けない。何があったのか全て話してもらうぞ」
「死にかけのガキが言うようになったな。――なら見せてみろ。貴様の価値を」
ルークが放つ光と同等、もしくはそれ以上の冷気がジークから発せられる。二つの力はお互いの正義と悪、信念、存在意義、これまでの全てをぶつけるかのように激しく衝突する。




