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やがて始まるリベリオン  作者: 塚上
第四章 物語の始まり
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第二十二話

 死竜の体が砕け散る。剥き出しの骨のみで構成された体躯はジークの魔法によって凍てつき霧散してゆく。

 死してもなお都合良く操られる竜。生態系の頂点に立つ王の哀れな最期。()()()()()()()その光景に思わず反吐が出てしまう。


「チッ、面倒だな……」


 足元を仄かに照らす魔法陣。怪しげな雰囲気が漂う遺跡内に轟く咆哮。死竜は行手を阻むように冥府から蘇る。


(しつこいな本当に)


 これまでの経験から竜が相手であっても問題なく対処出来る。ジークのポテンシャルなら竜の棲家であったとしても単騎で蹴散らせるだろう。――だが無限に蘇るのなら話は別である。


 過去にイグザ平原でも似たような状況があった。何度も湧き出てくる魔物の波に手を焼いたことを覚えている。あの時はラギアスの私兵団達を利用したユニゾンリンクで切り抜けたのだが……。


 巨大な前足を高く上げジークを踏み潰そうとする死竜。それを最小限の動きで躱し高く飛ぶ。

 竜の顎目掛けて振り下ろす蹴り技――月下衝。お返しだと言わんばかりに骨を粉々に砕く。


(クソ、キリがないな)


 逆再生のように砕けた死竜の骨が元に戻る。軽微な損傷なら直ぐ様回復し、消滅するほどダメージが大きければ再度召喚される。

 永久機関とも言えるシステムを攻略するには仕組みそのものをどうにかする必要がある。だがこの密閉空間での大技はリスクでしかない。――浩人はもう無茶は出来ないのだ。


(無視して奥に行ったところで同じ仕掛けがあるかもしれない、か……)


 遺跡そのものを破壊することも考えたのだが、目の前の死竜を見る限りでは同じように復元する可能性がある。なら奥に行っても無駄骨じゃないのか? と思考が定まらない。


(どうする……)


 再召喚された死竜が大きく口を開く。口元に集まる魔力の塊――ブレスを放とうとしている。密閉空間でのリスク無視の大技……既に死んでいる死竜からすればリスクは手堅い攻撃となる。

 

 転移魔法で一度離れて態勢を整えよう。そう考えジークが即座に魔法を構築するが……何故か死竜の体は砕け崩壊してしまう。蘇る気配もなく敵意も霧散している。

 何が起きたのかとジークが周囲に視線を向けていると、上階から複数の者達が降りてくる。


 戦闘に気を取られ存在を見落としていた。死霊術に満ちた独特な空間によって索敵が普段よりもおざなりになっていたのかもしれない。――浩人からすれば致命的なミスであった。


(ここで来るのか主人公パーティ。……しかもアーロンまでいやがる)


 彼らはいずれここに来るだろうとは思っていた。でもそれはもっと先の話であり、全てが終わりジーク(浩人)が姿を眩ませてからになるだろうと予想していた。

 アクトルから情報を得たにしては早すぎる気もするが、おそらくはアーロンを経由して今に至るのだろう。……十中八九目的も原作通り。


「どうしてお前がここに……」


「相変わらず間抜け面をしている。少しは力を得たのか出来損ない?」


 元気そうで何より、というニュアンスでヴァンに言葉を投げたのだが案の定自動翻訳が働く。最早、意思疎通は不可能かもしれない。


 ――やはり運命(シナリオ)は変えられないのか。




✳︎✳︎✳︎✳︎




 戦闘の気配を感じ、警戒しながら遺跡を進んでいたヴァン達。戦場に近付いた途端にピタリと戦いが終わったのだが、そこには思いがけない人物がいた。

 ヴァン達が隠世の遺跡を目指すきっかけとなった、ディアバレト王国を騒がしている渦中の貴族……ジークが泰然と佇んでいた。


「俺達はこの奥に用があるんだ」


「奇遇だな。俺の目的も最奥だ」


 遺跡の地下に広がる空間には冷気が満ちていた。おそらくつい先程までジークと何かが戦っていたのだろう。

 妙な緊張感が漂う。


「そう。なら一緒に行っても問題はないわね。その方が効率的で良いでしょう?」


「ジークさんもご存知かと思いますが、この遺跡は普通ではありません。ですから私達と……」


 セレンとシエルの呼びかけに反応しないジーク。視線を逸らすことはなく、周囲の状況を探っているように感じられる。


「シュピーラドの魔力によって遺跡の防衛システムは停止したのでしょう」


「それは貸しを作ったつもりか? 無駄な知識を誇示したいのなら他所でやれ老いぼれ」


 馬鹿にしたようにせせら笑うジーク。だが警戒の糸は緩めない。ヴァン達に対して変わらず敵意を向けてきていた。


「貴様らの目的は最古の死霊術。シュピーラドが残したくだらんオカルトに縋ってここまで来たんだろう?」


「……否定しない。なら君はどうしてこの場所に? こんな暗がりで一体どうしたんだい?」


「ハッ、ラギアスの俺にはお似合いだとでも言いたいのか? 死にかけの貧弱なガキが随分と立派になったものだな」


 クククッと邪悪な笑みを溢すジーク。冗談のようにも聞こえるがそこには明確な拒絶が浮かんでいた。


「俺が何処で何をしようが貴様らに干渉する権利はない、が……貴様らがここから先に進むことは認めん」


 吹き荒れる冷気。膨れ上がる殺意。遺跡内の気温が極端に下がりヴァン達を襲う。死霊術に満ちた独特な空間は極寒に閉ざされた氷の世界へと様変わりしていた。


「……どうしてだジーク。僕達には争う理由がないはずだ」


「なら尻尾を巻いて逃げ出したらどうだ? 哀れな負け犬を追う趣味はない」


「逃げるわけにはいかねぇんだよ。爺ちゃんの為にも俺は真実を知る必要があるんだ」


「剣聖に会いたいのならここで散れ。あの世で好きなだけ語り合え」


 剣を抜くジーク。

 絶対的な氷魔法の存在で誤認されがちだがジークの本質は剣と魔。どちらも高い能力を併せ持つ魔剣士である。そして昔からジークを見てきたルークだからこそ分かる。剣を初めから抜いたジークは――本気であると。


「悲しいわね。あなたにとって私はその辺りの人間と同じなのかしら。……私からすればジークは特別なのよ」


「抜かせ。’どうしても殺したい’ の間違いだろう?」


「……ジークさん。もう、こうするしかないのですか? 貴方は私を救ってくれました。あれは嘘だったんですか?」


「あながち間違いではないのかもしれん。俺は、俺達ラギアスは嘘偽りの存在だ」


 凍えるような寒さに対応する為グランツは仲間達へ補助魔法を使用する。冷えた身体は少しずつ熱を持つ。


「前にお伝えした事を改めてお話しします。もう私達の声は届きませんか?」


「同じ言葉をくれてやる。俺は俺の為に存在する」


「……ジーク。今度は私が助けてあげる。あなたの太陽になるよ私が」


「そうか。なら死ね。それでラギアスは延命するだろうな。……ほんの少しだけな」


 迸る魔力にプレッシャー。超常的な存在を前にしているような感覚に陥る。――だが何故だか、暴力的なまでの力の中には悲しみが込められているような気がした。それを何となく感じてしまうからこそ、余計に各々を苦しめる。


「ジーク。どうして何も話してくれない? 僕はそんなにも頼りにならないか?」


「貴様は何も知る必要はない。大悪党のラギアスに挑む英雄にでもなればいい」


「そんな紛い物に何の価値があるんだ。……僕達は友達だ。親友だと思っているよ。それがどうしてこうなる? 何が君を苦しめる?」


「仕方ないだろう。この世界はそういう風に出来ている。――ラギアスには誓約という名の呪いがかけられている」


 冷き魔力を鎧のよう身に纏うジーク。絶対的な攻撃であり防御となる。まさに矛と盾。

 隙のない戦闘スタイルに本気の殺意。ヴァン達は覚悟を決めるしかなかった。


「みんな……戦うぞ。勝って真実を掴むんだ」


「……一度おやすみジーク」


「大丈夫よ。あなたを一人にはさせないわ」


「必ず治します。ですから辛抱してください」


「僕は……」


 武器を構え魔力を練り上げる。各々が放つ魔力の圧が重なり合い遺跡内に響き渡る。これだけの人数の力を以ってしてもこの貴族には届かないのか、ジークの魔力は更に強まる。


「これは……マスフェルトさん並の」


 この場にいる者で唯一マスフェルトの全盛期を知るグランツ。かつての剣聖を思わせるかのような力を前に意識の全てがジークへと傾く。――直前まで意識していたほんの少しの注意含めて。


 合流した時から常に警戒されていた。戯けた態度や言葉に惑わされることなく本質を見抜く慧眼。魔道具を介した意思疎通すら勘付かれている可能性があった。――剣聖と対を成す賢者の称号は伊達じゃないということか。


 これまで数多くの死線を乗り越え敵を欺き葬ってきたが、この集団はルークを筆頭に全員が強者である。そして賢者はズバ抜けていた。

 こちらの思考が読まれてしまえば一瞬で命を殺られる。だからこそ失敗は出来なかった。失敗するわけにはいかなかった。――だが最後の最後で生じた隙。賢者が強者であるが故に無視することは出来なかった。剣聖に迫る次代の最強を。()()()()()()()()()




















「――ライトニングハウル」


 遺跡内に空を断ち切るような轟音が響き渡る。




✳︎✳︎✳︎✳︎




 意識の範囲外から襲う攻撃をもろに受けてしまったヴァン達。彼らがどれだけ屈強であったとしてもこの至近距離で魔法を浴びればタダでは済まない。その証拠に全員が痺れ立ち竦んでいる。動かせるのは目と口だけであった。


「か、身体が痺れて動かねえ……」


「……耳が痛い」


 顔を顰めるヴァン達。

 突然の攻撃を前に困惑する彼らの横を通り過ぎるアーロン。そのアーロンの表情はしたり顔……ということはなく冷や汗が浮かんでいた。


「ギリギリだったよ。ミスターワイズマン。貴方だけが最後まで警戒を解かなかった。……綱渡りだったよ」


「ジークさんを囮に使うとは。してやられました」


 魔法に対する耐性が高いのか首を動かしアーロンを見つめるグランツ。……想像以上に回復が早い。


「アーロンさん。一体何を……?」


「あの時と同じ魔法にしては強力な気がするけど? 手を抜いていたのね」


「シエル嬢。無理に動かない方がいい。そしてミスセレンは正解だ」


 農村民失踪事件の際に共に行動したアーロンとシエルにセレン、そしてジーク。

 アンデットに変えられた農民に対して使用した魔法――ライトニングハウル。その能力の差をセレンは指摘しているのだろうが、まさにその通りであった。


 シエルやセレンに対して何処か警戒していたジーク。はっきりとした言葉を使うことはなかったがそれはいつも通り。理由が分からずとも心の友がそう判断するのであればそれが答えである。

 道中の戦闘はもちろん、パリアーチ戦ですら全力を出すことはしなかった。シエルやセレン、そして彼らと、いつかこうなるだろうと予測していたからである。


「……説明してください。どういうつもりですか? あなたの言葉に嘘偽りはなかった」


「ないさ。私は初めからこうするつもりだったからね」


 前方にいたルークと言葉を交わし離れてゆく。その行先には普段と変わらない不遜な態度をしたジーク。


「待たせたねマイフレンド。水臭いじゃないか。パーティに呼んでくれないとは」


「死祭になら呼んでやろうか? ……バカなのか貴様は。黙って勝ち馬に乗っていればいいものを」


 諜報機関として暗躍していた日々に使用していた小型の魔道具。有効距離は短いが装備者と思念による意思疎通が可能となる高価な魔道具。

 ジークなら今も所持しているだろうとアーロンは賭けた。そしてその賭けに勝ったのだ。賢者にバレないよう何とかジークとコミュニケーションを図り彼らを欺くことに成功した。


「馬なんて必要ないのさ。なぜなら私が君の勝ち馬となるからだ」


「貴様は相変わらずイカれているな」


 溜息を吐くジーク。だがその口元には一瞬だけ笑みが浮かんでいたような気がする。それを見れただけでも行動に移した価値があるというものだ。


「さあ、行きたまえ。この先に用があるのだろう?」


「……」


「彼らは強者だ。私の魔法もそう長くは持たない。――ここで私が足止めをする。彼らを死なせたくもないのだろう?」


 誰よりも口が悪く何よりも最強。そして外には見せない優しさを秘めている。ジークが人の死を忌避していることをアーロンは理解していた。

 農村民失踪事件の際に死亡した公爵家専属の騎士と農民達。口には出さずとも彼らの死に対して憤っていたジーク。首謀者に対する怒りでもあったが、何よりも許せなかったのは自分自身なのだろう。

 死なせてしまった命。彼らを救う方法はなかったのかと胸を痛めていたに違いない。


「グッドラック。必ずまた会おう……どこかで」


 これが最後になるだろう。彼らを足止めするにはアーロンの全力を以ってしても短時間が限界。ルーク達を見る限りでは彼らも本気である。命を賭して戦わなければ友の助けにはならない。

 内心つい苦笑いしてしまうアーロン。こんな時ですら他者を欺こうとするのは最早職業病なのかもしれない。

 

 背を向けるジーク。言葉はない。だがそれでいい。ジークは進み続けてこそ光り輝くのだから。


「……」


 地下へ続く道へ駆け出すジーク。――最後に言葉が漏れる。














「…………………………死ぬな」


 ジークの姿は消える。

 最後の言葉はアーロンの耳にしっかりと届いていた。届いてしまった。


「……それはキツイな。マイフレンド」


 時間をかけ過ぎた。想定よりも早く賢者は動き出す。


「アンチマジック」


「エンジェルベール!」


 この短時間で魔法を解析し無効化したグランツ。魔法の対象はシエル。彼女が即座に神聖術を使うことで全員が回復、そして拘束から逃れていた。


「クソッ、ジークが行っちまうぞ!」


「行先が決まっているなら十分追い付けるはずだ!」


「…………させると思うかい? ――イゾサール流宮廷剣術 鳴雷」


 轟く雷鳴。地を這う赤き稲妻。赤雷を纏ったアーロンが彼らを阻む。――この先には死んでも行かせない。友との約束を守る為に。


「私の全てを以ってお相手しよう。君達の旅はここでフィナーレだ」

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