第十六話
厳しい山道を越えてたどり着いたサマリス。周囲を山々に囲まれた孤立した街。閉鎖的な印象を受けるこのサマリスは現在活気に溢れていた。
「みなさん、楽しそうですね」
「そうだね。……何かが起きるとは思えないほど」
街の至る所に飾られたトンネル開通を祝うオブジェクト。人々からは笑みが溢れ子供達は元気に走り回っている。これから自分達の生活が大きく変わるのだという期待感が大人達に表れ、子供達もそれを感じ取っているようである。
「彼の言う通りならこの人達は……」
「左様。最悪の事態は避けなければならん」
情報が正しければサマリスの住民が狙われていることになる。人口の少ない過疎地域だったとしても一つの街であることに変わりはない。これだけの人数でサマリス全域をカバーするのは現実的ではないだろう。アルニカの警護も疎かには出来ない。
「とりあえず街の代表と話をする必要があるわね」
「はい、元々予定されていましたから調整は不要かと思います」
トンネル開通式に王族が出席することは秘密裏に伝えられていた。到着後に当日の流れを改めて確認する段取りとなっていたのだ。
「状況を伝えて協力を仰ぐのが賢明かの」
「そうね。……そこのところはアナタにも協力してもらうわよ。敵の動きとか狙いをね」
「バカなのか貴様は。そんなこと俺が知るわけないだろうが」
「……はい?」
思わず目が点になる。ジークの話を受けて護衛を含めた作戦を組み直す必要が生じたのだ。それを知らないと断言するジーク。
「は? はぁ⁉︎ 知らないってアナタが情報をくれたんでしょ⁉︎」
「本当に使えないな貴様らは。詳細まで把握しているなら貴様らのようなゴミ屑に情報を与えると思うか? 時間の無駄だ」
当たり前のように他者を見下すジーク。ここまで傲慢な人物がこの世に存在しているとは驚きである。
「ど、どうしましょう。根拠もない襲撃を信じる方がいるのでしょうか……」
「いないよ。私なら馬鹿じゃないのって思う。嘘をついて誘導するか無理矢理避難させるか」
「……最悪。開通式までそんなに時間はないわよ」
三人は必死になって意見を出し合うが名案は浮かばない。襲撃の証拠がないにしても手の内が判明していればまだやりようがあったのだ。
「でしたら私が直接話をしましょう。街の人達へ呼びかけます」
気品ある芯の通った声が馬車から聞こえてくる。成り行きを見守っていたアルニカである。
「誠心誠意向き合えばきっとご理解いただけます」
「……余計なことをするな第三王女。都合の良い時だけ王家の威光をチラつかせて国民を扇動するのか?」
一刀両断。馬車の中から声を呑む音が聞こえてくる。王族相手でも容赦なく罵倒するジーク。
「敵の狙いはサマリスの連中全てだ。それが好き勝手に逃げ回ってみろ。誰がそいつらを守る? 制御不能になったゴミ屑ほど面倒な存在はいない」
避難を呼びかけたとして一人一人が落ち着いて行動出来るとは限らない。開通前のトンネルや既存の山道を使い思い思いに逃げて行くだろう。
近衛師団にアルニカ、ジークを合わせたとしてもたった六人しかいないのだ。住民全員を守りながら敵と相対する。誰が考えても分かる厳しい戦いであった。
「……では、ジーク貴方は」
「敵の思惑にあえて乗る。のこのこやって来た奴らを潰すまでだ」
冗談を言っている表情ではない。ジークは本気のようだ。五千人以上いるサマリスの住民を街に留めて戦うと。
「囮に使うの? そんな悪行許されるわけない」
「貴様の許しなど不要だ。何か案があるなら提示しろ。口先だけのゴミ屑に何かを変えられると思うなよ」
押し黙るレイチェル。納得は出来ないが案がないのも事実。非常に悔しいがジークの実力は本物である。この悪魔の手を借りなければ危機を乗り越えることは出来ないだろう。
「そう顔を顰めるなレイチェルよ。傲慢の化身のような男がプライドを捨ててまで儂らに協力を求めておるんじゃ。事態は深刻よの」
ハッとなるレイチェル。確かにジークは先程言っていた。態々自分達に情報を与えたりはしないと。つまりはそれだけ切羽詰まった状況となる。
バッカスを倒すような強者であるジークが自分達を頼っている。裏を返せばそこまでしてサマリスの人々を守ろうとしているのだ。
「……素直にそう言ってくれればいいのに」
「何訳の分からん解釈をしている。……抗わなければその辺りにいる連中含めて全滅だ。やるしかないんだよ」
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これから街の代表達と予定通り打ち合わせをするという彼らと別れたジーク。最終的にアルニカがどのような判断を下すかは不明だが、どちらにせよジークがその場にいるのは相応しくない。指名手配犯であることに変わりはないし、お決まりの罵詈雑言で全てを台無しにしてしまう恐れがあるからだ。
原作のストーリーではサマリスは登場していた。……していたのだが浩人はサマリス自体の詳しい情報は持ち合わせていなかった。というのもゲームでのサマリスは暴君となったジークが街諸共消滅させてしまったからである。全てが滅び無となったサマリスを見て主人公達が絶望する様子が描かれているのみであった。
自身の圧倒的な才能と精霊の因子が合わさることで得た古代魔法――冷界召喚。全ての概念を凍結させ破壊してしまう禁忌の魔法。それをジークは躊躇することなく放った……放ってしまった。自分の欲望のままに。力を示す為だけに。消えた命は贄となりエルゼン達の野望に利用されることになる。
ゲームではどう頑張っても変えることの出来なかったシナリオ。一部の選択肢や行動によってストーリーは変化するが、ジーク関連のイベントは何があっても変わることはなかった。それもまたジークがプレイヤーから嫌われる理由でもあった。
(今回はそのジークにやる気がないからな。……油断は禁物だけど)
原作知識があったところで全てが上手くいくことはなかった。引き継ぎプレイで完全クリアという甘い幻想は存在しない。この世界はゲームではなく現実だからである。ジークが動くことがなくてもエルゼン達が素直に諦めるとは思えなかった。
ジークが考え事をしながらたどり着いたとある建物。ストーリーに登場はなかったが、その存在がファンブックでは触れられていた。多くの情報と人が集まる冒険者協会である。
サマリスという街の特色からして護衛依頼はそれなりに需要がある。険しい山道を越えるだけでも大変なのにこの世界には当たり前のように危険な魔物が跋扈している。移動する人達を守る冒険者の役割はこのサマリスでは重要なのであった。
(期待は出来ないが……いないよりはマシか)
原作ではジークが好き勝手暴れていたわけだが今回はそれがない。敵がどのような手段で襲ってくるかは現状未知数である……そこで登場するのが冒険者というわけだ。
口で言っても住民含めたサマリスの人間がこちらの要望通りに動くとは限らず、それは冒険者も同じ。善意で動かないなら金で縛るという算段だ。
(少しでも動かせる人間は多い方がいい。依頼という名の買収だな)
金を積んだところでまともに機能するかは分からない。依頼者が普通の貴族ならともかく今回のスポンサーは悪逆非道のジークである。当然反発も予想される。冒険者からすれば最高ランクのAランク冒険者が犯罪者になってしまったのだから。
扉に手をかけ中に入り真っ直ぐ受付へ向かう。
冒険者達はサマリスの住民達同様に活気に溢れている……ということはなく微妙な雰囲気である。考えて見れば当然であった。
山道を行き交う人達を護衛する為に集まっていた冒険者は最早お役御免。トンネル開通に伴い役割は大きく減少することになる。魔物が棲みついていないトンネルを一緒になって進む理由はないからだ。
冒険者が多くいたサマリスは時代の流れと共に姿を変えることになるだろう。
「長かったサマリスでの活動も終わりだな姉さん」
「そうね。とてもいい経験になったわ。少し寂しいけどね」
受付には先客がいた。浩人が思った通り、開通式を境にこの地を離れる冒険者パーティなのだろう。受付スタッフが名残惜しそうにしている。
「『光の翼』の皆様が来てくれてサマリス周辺での魔物被害は大きく減少しました。……もう誰も落鳥だなんて言いませんよ」
「……辛かったけど良かったのよ。あの出来事があったから私達は正気に戻れた」
男女混在の五人パーティ。頷いたり涙を浮かべたり肩を組み合っている。……どうでもいいがそこを退いてほしい。
(光の翼? 落鳥? 何を言ってるんだこいつらは?)
受付を見つめるジークに気付いたのか冒険者の一人が場を締める。
「湿っぽいのはここまでにしようぜ、お客さんだ。リーダー、もしかしたら俺達『光の翼』に依頼かもしれませんよ……って⁉︎ てめえは⁉︎」
「何騒いでんだいロック? 良い雰囲気が台無しに……⁉︎ アンタは⁉︎」
こちらを見て驚愕する冒険者達。何を驚いているのか、あんぐりと口を開けフリーズしている者までいる。
「ジーク・ラギアスだと⁉︎ 何でこんな所に」
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思いがけない再会に驚く『光の翼』のメンバー。最後にジークと関わったのは二年以上前の出来事、王都襲撃事件の時だろう。あの事件を境に光の翼の立ち位置は百八十度変わってしまった。
元々は王都で活動する若手筆頭のAランクパーティ『光の翼』として名が知れていた。小さな依頼から少しずつ実績を重ね着実に前へと進んでいき、Aランクパーティにまで上り詰めた。その実力が認められ領主会談の護衛依頼の中心として声がかかる程であったのだ。
「Aランク冒険者様がサマリスに何の用?」
「俺達を嘲笑いに来たのかよ?」
護衛依頼に参加していたのが目の前のジークであった。顔合わせの際に色々とあり模擬戦を行うことになったのだが結果は冒険者側の惨敗。言い訳の出来ない程叩き潰された無駄にプライドの高い王都冒険者達と禍根を残すことになってしまったのだ。
「……何とか言えよ。俺達はな、あれからずっと」
「涙無しには語れない復活劇があったのよ!」
領主会談の護衛のはずが、突如湧いた魔物との戦闘に発展。倒しても倒しても湧き続ける魔物を前に結果的には『光の翼』含め撤退を選択。その行動が後に問題視され、多くの冒険者達が処分されることになったのだ。
メンバーの二人が熱く語り他は涙ぐんでいる。それに対して渦中の人物であるジークは何故か無反応。疑問に思ったリーダーのハリアは軽くトラウマではあるのだが、二年ぶりの接触を図ることにした。
「……念の為確認だけど、私達のこと覚えてるかい?」
「知るか。貴様らのような不審な輩をいちいち記憶すると思うか?」
「「「「「⁉︎」」」」」
一刀両断である。あの事件から『光の翼』は冒険者ランクを剥奪。世間からは不正冒険者、落鳥、メッキが剥がれたなどと嘲笑され苦い思いをしてきた。それでもリーダー含めて誰もが諦めず、初心者と同じFランクから再スタートしてここまできたのだ。
「……アンタには色々な感情がある。恨みもしたし憎かった。でも、今では本当に良かったと思っているのよ。あれがあったから私達は強くなれた」
道を踏み外した冒険者も多くいた。冒険者を諦め故郷に帰った者も存在した。あの事件は結果として冒険者を篩にかける出来事になったのだ。
「私はCランクまで戻ってきたわよ。パーティランクはDだ。アンタには遠く及ばないが、いつか必ず追いついて見せる」
今の『光の翼』はランクこそ低いが実力は当時よりも遥かに上がっている。驕りや慢心は捨て民に寄り添う冒険者を志してきた。
「さっきから何訳の分からんことをほざいている? 邪魔だ失せろ。俺は依頼を出しに来た」
「⁉︎ ま、まさか本当に私達のことを忘れているのかいッ⁉︎」
「バカなのか貴様は。低ランクの冒険者をいちいち記憶するわけないだろうが」
ジークから悪意は感じない。ただ純粋にこちらを見下している。眼中にないと言わんばかりの態度である。
「……そうかい。アンタはそういう奴だったね。良いだろう! アンタの依頼、この『光の翼』が請け負った!」
サマリス最後の依頼が決まった瞬間であった。
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雲一つ無い快晴。
多くの住民達や工事関係者が集まり待ち望んだその時を祝福する。街の転換期とも呼べるサマリスではトンネル開通式が行われていた。
「本日、このサマリスにトンネルが開通する運びとなりました」
街の代表が誇らしげに挨拶をしている傍ら、来賓として出席しているアルニカにその護衛である近衛師団、その他有権者も多く参列していた。それだけ注目度が高いことの表れである。
「これまで数々の困難がこのサマリスを襲いました。ですが、我々は諦めることなく今日というこの日まで進んできた。――全ては愛するサマリスの為です」
高揚感に包まれる会場の隅に位置取っているジーク。腕を組み興味の無さそうな表情をしている。
「このめでたい日に新たな門出を皆様と迎えることが出来、大変幸せだと私は思っています」
一人一人が笑顔を浮かべる中、何処か堅い表情をしているアルニカや近衛師団。普段ならその違和感に気付いたかもしれないが、サマリスの住民達には明るい未来しか見えていなかった。
「これからサマリスは変わるでしょう。輝かしい未来に向かって」
代表が言葉を止め全員に顔を向ける。挨拶は佳境を迎えていた。
「共に、この、全員で、『地獄に堕ちようか!』……⁉︎」
挨拶を掻き消し周囲に響き渡る謎の声。幼い子供の声と思われる異様に明るい声が人々を死の世界へと誘う。
――ズドォォォン!
ガラスの割れるような音と衝撃が式典の中央付近から発生する。土埃が舞う衝撃の中心には子供のような見た目をした存在とそれを押さえ付けるジークの姿があった。
「始まってしまったようじゃの……」
口を開こうとする子供を無視するように上空へと蹴り上げるジーク。自身は足元に発生させた氷柱に合わせるように高く飛び上がる。空中に発生させた複数の氷を足場として使い、対象の周りを飛び回りながら斬り刻む。余りのスピードに子供は対応出来ずされるがままである。
「殿下、お下がりください!」
「これが襲撃なのッ⁉︎」
住民達は何が起きたのか理解出来ず惚けるばかり。辛うじて状況を理解した近衛師団はアルニカを守る為に周囲を固める。
「……精霊」
ジークが飛び回る宙には青く輝く光の軌跡。それらが繋がり幾何学模様を描いてゆく。空中には魔法陣が発生していた。
「全員伏せるんじゃ!」
バッカスが空を見上げながら叫ぶ。
宙に構築された魔法陣から出現した巨大な氷星。重力を無視した隕石は件の子供を巻き込みながら天へと昇る。
視界に捉えるのが困難な程高く宙へと昇った所で氷星は輝き爆ぜる。遠く離れた大地にまでその衝撃は伝わり、激しく揺れ突風が吹き荒れていた。
「で、デタラメすぎるわよ」
「戦わなくてよかった……?」
式典の会場は滅茶苦茶となり参加していた住民達は地面に転がっている。幸いなことに負傷者はいないようである。
騒然となった場に降り立つジーク。そこにバッカスが駆け寄る。
「……どうなったジークよ?」
「クソがッ! やり損ねた。……奴はもう仕込んでやがった」
一際強い光が瞬く。
街の端三ヶ所から立ち昇る怪しい光柱。それらは結び付き巨大な結界となる。足元から空までを覆う結界はサマリスの人々を閉じ込める檻となる。
「そんな……これじゃあ避難とかそういうレベルじゃないわ」
「ど、どうしましょう団長⁉︎」
ロゼッタが言うように、どれだけ人員を割こうが街の外に出られなければ避難にならない。第一優先のアルニカを守ることすら厳しくなる。
「……本当に不味いのう。二人もおるのか」
「⁉︎ 誰……」
忽然と現れた黒い何か。それは人の形をしていた。先日戦ったバッカスの偽物に色や雰囲気は近しい。――だが姿が異なる。
「ジークの……偽物ですか」
「ハッ、そんな生優しいモノではない……これは」
たった一つの街を落とすために敵は公爵家の最強戦力を二人も投入してきていた。




