第十五話
パチパチとはぜる火の粉が闇夜を赤々と照らす。陽は完全に沈み山林の生物が寝静まる頃、彼らは野営をしていた。
地面へ腰を下ろす彼らを隔てるのは燃え続ける焚き火であった。火を挟むような位置取りをしているのは互いに警戒し合っているからか。言葉と行動を以ってしても信頼関係は生まれず深い溝が出来ていた。
「すみませんの殿下。このような料理しかなく」
「そんなことはありませんよ。ありがとうございます。……ただ」
本来であればサマリスに到着していたはずだったのだが襲撃により予定が大きく狂っていた。新たな敵の存在も想定され慎重に行動する必要があったのだ。
「まったく……お主らはいつまでやっとるんじゃ? 殿下が良いと言ったのじゃぞ?」
警戒を解かないロゼッタ達。ジークがこの場にいるのはアルニカから同行の依頼を受けたからである。なお、当の本人は腕を組み目を閉じている。お前達など眼中にないといった態度がロゼッタ達を余計に逆撫でしている。
「……団長正気なの?」
「正気じゃよ。酒は飲んでないからの。ガハハッ」
バッカスの豪快な笑い声に冷ややかな視線を送るロゼッタ。いつも通りのやり取りではあるがこの場にはイレギュラーがいた。
「助けてくれたことには感謝してるわよ。でも」
「タイミングが良すぎる気がする。全部仕込まれていたなら当然の結果かも?」
人里離れた山道で都合良く助けが入る。それだけでも違和感を覚えるがジークから伝えられたのは突拍子もない話であった。
「サマリスの人々を皆殺し……仮にそれが事実だとしてアナタは何処でその情報を手にしたのよ?」
「殿下を『鍵』? っていうのもよく分からない。難しいことを言ってこちらを混乱させようとしているのかも」
街の住民を皆殺しにするなど耳を疑うような話ではあるが、現にオーステンでは壊滅するほどの被害を受けている。これが普通に情報提供されていたならまだ違ったのだろうが、今回の情報源はジークである。情報の信憑性以前にジーク自身を信用出来ない。
「……」
ロゼッタ達から疑いの目を向けられても反応を示さないジーク。即席で作られたスープにも手を出していない。
「王家の極秘案件に触れる為全てをお話は出来ません。ですが、その上でジークの言っていることは信用出来ます。彼の助力がなければサマリスを救うのは難しいでしょう」
今からサマリスの危険を国に伝えたとして、騎士団がこの地に来るまでどれほどの時間を要するのか。街一つが危険に晒されるような状況に対して今の騎士団はそもそも対応出来るのか。
「で、殿下。騎士団は確かに厳しい状況ですが、その原因となったのが彼で……。全部計算されていたなら辻褄が合うといいますか……」
オドオドしながらジークをチラチラと見るヴェール。恐怖心が色濃く表れている。近衛師団から見てもジークは要注意人物である。これまでの行いや疑惑を知っているからこその反応であった。
「……本当に使えないな貴様らは」
長い溜息と共に口を開くジーク。
「信用しろなど誰も言ってないだろうが。俺からすれば第三王女が消えようがサマリスが滅びようがどうでもいい、関係ない」
興味が無さそうに淡々と発言するジーク。
「どうするかは貴様らが決めろ。抗うも見殺しにするも自由だ」
道中襲って来た黒い影。団長であるバッカスに姿や実力がそっくりな存在を打ち倒したのがジークであり、何らかの情報を握っていると思われるのもジークである。それに対して近衛師団側には碌な情報がなく、護衛対象のアルニカに危険が迫る事態となった。どう考えてもジークに協力を仰ぐべきであり対話が必要であった。
「まぁ待たんかお主ら。……ジークとやら、少し話をせんかの?」
突然割り込んでくるバッカスに訝しがるジーク。また妙なこと言い出すのではないかとロゼッタ達も怪しんでいる。
「なに、儂の旧友の話じゃよ。剣一筋に生きてきた、剣以外のことは碌に知らぬ馬鹿者の話よ」
はぜる火の粉が闇夜に消えてゆく。焚き火を見るバッカスは遠い目をしていた。
「彼奴とは何度も剣でぶつかったものよ。その度に儂は負かされていた。……結局一度も勝つことなく逝ってしまったがの」
「……バッカス。その旧友の方はもしかして」
焚き火に向けていた視線をジークに移す。
深い皺が刻まれた顔には複数の傷がある。年齢を感じさせる見た目ではあるが瞳は強く輝いている。
「ジークとやら。……旧友の、……マスフェルトの最期はどうじゃった?」
「…………俺が見たのは地面に倒れ伏す奴の姿だった。喉が潰され片腕は斬り飛ばされていた。文字通り虫の息だったな」
ジークの言葉を聞き拳を強く握るバッカス。その手の平からは血が流れ落ちている。
「不治の病を患っていることは知っていた。じゃが……結局儂は何も出来んかった」
「自惚れるな。どのみち貴様ではやりようがない。……魔力硬化症で奴は末期だった。本来なら身体を動かすことすら叶わない状況で剣聖は戦っていたはずだ。最期の時まで剣を手放さなかった奴は――本物の剣士だった」
「⁉︎ …………感謝する。儂の親友を看取ってくれて」
頭を下げるバッカス。その目には光る涙が浮かんでいた。
「ふん、癪だが今の俺では全盛期の剣聖には届かん。忌々しい限りだ」
「ガハハッ! 謙虚よの。あの剣馬鹿には無い才能よ」
高らかに笑うバッカス。涙は無くなり、豪快な笑い声が闇夜に響き消えてゆく。
「ちょっと待って。それじゃあまるで、剣聖殺害の犯人が別にいるみたいじゃない……」
バッカスと剣聖の関係は初耳であり驚きもしたが、それ以上に確認すべき話が出てきていた。
「ロゼッタ。彼が身に付けているその刀剣は王から下賜された物となります。時代の象徴である剣聖の証です」
誰が見ても分かる業物の刀剣。アルニカが言うように王家の紋章が刻まれている。剣の道を志す者なら誰もが知っている剣聖の証である。
「名誉欲しさに彼が剣聖を殺めたのだとすれば逃げ回る理由がありません。そして、逃げるのなら決定的な証拠となり得るその刀剣を持ち運ぶのも不自然です。つまり……」
ジークは無実であると断言するアルニカ。ジークの人間性を多少は知っている身からすれば、やるのであればもっと効率的に実行すると妙な信頼感を持っていた。
「武具には持ち主の魂が宿るとされとる。その刀剣がジークを拒んでいる感じはない。彼奴が想いを託した相手というわけじゃ」
オカルトに興味はないと吐き捨てるジーク。案外馬鹿に出来んものよと体験談を語り出すバッカス。
「……分からないわ。だったらどうして……アナタは声を上げないのよ?」
「バカなのか貴様は? 自分は犯人ではないとその辺りの連中に否定して回るのか? 誰がそれを信用する? ラギアスであるこの俺の」
その通りであった。
指名手配の話を聞いた時にはやっぱりなという考えが脳裏をよぎっていた。ジークの善行も情報として入ってはいたが、それとラギアスが結び付くことはなかった。ラギアスはやはりラギアスなのだと。騎士団の情報をただ鵜呑みにしていた。
「団長はもしかして知ってたの?」
「悪意はなかったからのう」
押し黙るロゼッタに白い目をバッカスに向けるレイチェル。ヴェールは困り顔である。
「話を戻すぞ。一番重要なことじゃが――犯人は誰ぞ?」
空気が変わる。
国一の剣士であるマスフェルトを殺害した犯人。国中を騒がしている事件に真犯人がいるとなれば事態は大きく進展するだろう。全員の視線がジークに集まるが。
「やめておけ。消されるぞ?」
「「「「⁉︎」」」」
ジークから放たれる強烈な圧。これ以上はこちらに踏み込むなという強い意思を感じる。
「貴様らが出る幕はない。……剣聖の尻拭いは孫にやらせればいい……アレは出来損ないだがな」
「⁉︎ そうか。……エル坊、か。……あの大馬鹿もんが」
通ずるものがあったのか沈黙するバッカス。俯き思案顔となる。
「ジークよ、改めて言うぞ。儂らに手を貸して欲しい」
「ハッ、俺の足は引っ張るなよ。貴様らは俺の手となり足となれ。ただそれだけを考えろ」
✳︎✳︎✳︎✳︎
日が昇りサマリスへ向けて移動を始めた近衛師団とジーク。前日は野営だったが身体的な疲れはそれほどなかった。
通常、順番に見張りを行い残りが休息という流れなのかもしれないが、当然のようにジークへ声がかかることはない。警戒されていると理解はしているが、ここまで露骨だと逆に清々しくなる。野営に火の番に見張り。それらを少しだけ楽しみにしていた浩人は内心残念に思っていた。
目の前を進む馬車に近衛師団。王女のアルニカを護衛する為に集められた王国の精鋭達。彼らは何も知らないままサマリスで行われるトンネル開通式に参加し、何も分からず命を落とすことになる。――少なくとも原作ではそうだった。
精霊の因子を与えられたジーク。傲慢で非情な人物像。剣に魔法、それぞれに高いポテンシャルを持ちながらもチートじみた力を得たことで更に凶悪となる。
原作のサマリスでジークは開通式を襲撃しアルニカを捕縛。それ以外の住民は街もろとも消滅させてしまう。パリアーチに上手く誘導された部分もあったが、ジーク自身にも目的があり彼らの思惑に乗ることにしていた。
(今思うと凄い状況だよな。大量殺人鬼とその被害者達が一緒に行動しているんだから)
これまでシナリオ脱却を目標に色々と行動してきた浩人。思うような結果を得られてはいないが、少なからず変えられた未来もあったと認識している。死ぬはずだった人間が今も生きている事実は浩人にとっては重要なことである。
今回関わる者達は全員が原作で死亡していた。第三王女であるアルニカもスペアの『鍵』として利用され命を落とすことになる。可能であればそれを防ぎたい。自分の目の前で誰かが死ぬなど御免である。協力を得られないならそれでも構わない。端から信用がないことは理解している。自分自身の心の安寧の為、勝手に救うまでだ。
目的の為に改めて原作の流れを確認していたジークに、前を進む近衛兵の一人が歩を緩めながらゆっくりと近付いてくる。ジークよりも少し目上と思われる人物。女性にしては背が高く薄い金髪を靡かせる様子は異世界ならではといったところか。
(……誰だっけこの人?)
サマリスにいた近衛兵ということは分かるがそれ以外は特に情報がない。彼らの会話の中で名前は出ていたと思うが覚えてはいない。そもそもあれだけ毛嫌いされていた者達に対して交友関係を築こうなど普通は考えないだろう。
自分は悪くないと謎の納得をしながら言い訳をしていると件の近衛兵が声をかけてくる。
「……ちょっといい?」
「失せろ。気安く近寄るな」
「……」
会話終了である。余りの口の悪さに浩人ですら引いてしまう。浩人としては考え事をしているから後にして欲しいという思いがあったのだが現実は残酷である。どれだけ力を付けてもこの悪い口の矯正は未だに叶っていない。最近はほんの少しだけ口調が柔らかくなったと思っていたが気の所為だったようだ。
「……ねえ、アナタ友達はいるの? 気の許せる人がいれば心は軽くなるものよ?」
「宗教勧誘をしたいなら他を当たれ気色悪い」
「……」
ここまでくれば清々しい気分になってしまう。
――友人。ジークにそのような存在はいたのだろうか。常に独りで行動していた悪役キャラ。作中では誰にも看取られることなく主人公達に敗れ死んでゆく。ゲームではそれが確定事項だったが、当の本人は何を思っていたのか。
(友達か……。みんなどうしてるんだろうな?)
決して多くはないが浩人にも友達と呼べる存在がいた。父や母を始めとした家族もいたし、平和な日常を享受していた。それが今では死と隣り合わせの生活をしている。人生何があるか分からないものである。
(あいつらは……何を思ってジークを助けたんだろうな?)
国中から忌み嫌われ、指名手配されている人物を普通は助けたりしない。恩があるといっても浩人からすればその気はなく、結果としてそうなったに過ぎないのだ。命を懸けてまで他人を助けたいと思うのだろうか。……思える日が来るのだろうか。
――あの金髪の騎士は何を思って騎士になったのか。
「……ごめんなさい。アナタのことを理解せず一方的に決め付けてしまって。ただ謝りたかったのよ」
「くだらん偽善はやめろ。汚臭がする」
「⁉︎ だ、誰が臭うって⁉︎ 野営でもちゃんとケアしてるわよ! って何言わせんのよッ⁉︎」
バチンと背中を強打されてしまう。何事かと前を進むチェルラン達はこちらを振り返り目を丸くしている。
「ん? 若いもんはいいのお〜。ロゼッタは手が早いわい」
「なッ⁉︎」
顔を赤くした件の近衛兵はズカズカと大地を踏み締めバッカスの元へ向かってゆく。組織のトップである団長にすら気後れすることなく何やら捲し立てていた。
(何なんだあの女は? 近衛師団にはヤバい奴が多いな)
近衛兵に初めて会ったのは今から二年以上前の話。原作に登場することのなかった変人を見て驚愕したことを覚えている。これから先もそのような出会いがあるのだろうか。……出来れば遠慮したい。
(都合良く進むかは分からないが……やるしかないか)




