第十四話
騎士団との衝突から約一週間が経過していた。
酷使してきた影響でボロボロになってしまった身体はチートじみた生命吸収により完全に回復。直ぐさま次の行動へ移ってもよかったのだが、騎士団の動向が不明なこともあり身を潜めていた。
ラギアス領に一度戻るという選択肢もあったがあの地には客人がいる。手を貸してくれたことに感謝はしているが、これ以上こちらの都合に巻き込むわけにもいかない。
ジークがラギアスである限り『番人』という問題は常に付き纏う。原作では確実に退場するフール、ノイジー、ジークのラギアス一家。こんな連中の近くに善人がいるべきではないのだ。
(ラギアス夫妻にも会いたくないしな……もう)
ここまで世間を騒がしているのだ。久しぶりに帰ったとして何を言われるか分かったものではない。信頼関係のない説教ほど無駄なことはないのだ。
単純に面倒というのもあるが理由は他にもある。ラギアス夫妻を家族と思ったことはなく、彼らがどうなろうが知ったことではないが……それでも人間である。ジークと血縁関係にあっても浩人とは無関係……だが、確かに生きているのだ。近いうちに死ぬと分かっている人間の顔を見るのは色々と堪える。
(知っていながら何もしない俺もクズだな。だからジークに憑依したのかもな……)
後ろめたい感情に蓋をする。じゃあ代わるのかと言われれば代わることはないし、必ずしもそうなるとも限らない。浩人がシナリオ脱却に成功すればラギアスが役割から解放される可能性もある。その為に次の行動へ移ったのだ。
日が沈みかけた山道を登る。日常的に馬車や人の往来もあり比較的歩きやすい道。だが一歩逸れれば木々が広がる山林となる。標高もそれなりにあり物資の輸送も決して楽とは言えない。この世界には魔物の存在もあり、ただ移動するだけでもリスクが付き纏うのだ。
(だからこそのトンネル開通……って流れだったな)
サマリスの人々からしてみれば一大プロジェクト。トンネルが開通することで交通、流通問題は劇的に改善され経済が回る。危険な山道から魔物が存在しないトンネルという選択肢が増えれば人の往来もより活発となる。
浩人の世界にもあったトンネル開通式。王族も出席する催しを是非生で見てみたい……なんて理由でサマリスを目指しているわけではない。もちろん明確な目的があった。
エルゼン達の目的地である『異界の門』。そこに辿り着く為には多くのプロセスを踏む必要がある。『鍵』はもちろん『導き手』の存在も必要不可欠であり、『番人』を躱さなければ先にも進めない。やっとの思いで到達しても願いを叶えるには厳しい条件が設けられていた。
(エルゼンの目的が変わってないなら……確実にここで贄を集めるはずだ)
求める願いによって必要な代償は異なってくる。エルゼンの野望はゲーム目線で見ればともかく、現実的な考えで言えば非常識すぎる。
オーステンとウェステンの結果と原作通り『鍵』が集まっていない状況を鑑みれば敵が動くのはここ。
どう足掻いても原作に沿った流れになるのなら徹底的に邪魔をする腹積もりである浩人。都合良く悪役として終わるつもりはなかった。
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サマリスへ続く山道を進む者達。一台の馬車を守るように配置につくのは王族守護を主とする近衛師団。彼らは開通式に参加する王族警護を目的にサマリスを目指していた。
「なんなのよこの黒いのは……」
「知らない。でもこれじゃあまるで」
闇から生まれ落ちたかのような黒い影。人の形をした得体の知れない存在は巨大な剣を振り回す。
「不可思議な存在よの。鏡を見ている感覚になるわ」
大剣同士が激しくぶつかる。振るう剣に見合った体躯の男性が同じ姿をした影と鎬を削る。戦況は膠着していた。
「ヴェール! 周囲に敵と思われる反応はあるかッ⁉︎」
「ありません! こちらへ敵意を持つ反応は無しです」
「なら、そのまま先に行け! ここは儂が受け持つ」
巨大な剣を片手に持ち替え反対側の拳には魔力を纏わせる。剣に鉄拳と粗雑な戦闘スタイルで敵を狙うが影も同じような戦法で迎え撃ってくる。
「バッカス団長が一人で残るの⁉︎ なら私達で……」
「それは無理よの。此奴、儂の生き写しじゃ。お主らではちと厳しいぞ」
「悔しいけどそうみたいね。……チェルラン! ここからは私が指揮を取るわ。サマリスへ向かうわよ!」
武器を仕舞い馬車と共に移動を始める近衛兵達。それを見た影は馬車を狙おうと突っ込むがバッカスが立ち塞がる。
「お主の相手は儂じゃ兄弟!」
「……」
バッカスにそっくりな影は口を開くことはない。戦いながらも目線は馬車に向いている。明確なターゲットがいるのだろうか。
少しずつ馬車がバッカス達から遠ざかる。その分影の抵抗も強まるがなんとか抑えている戦況。このまま走り去ろうと御者のヴェールが馬に鞭を入れようとした瞬間、進路を阻むように新たな人影が現れる。
「揃いも揃って無能ばかりだな」
こちらを見て蔑むような視線と言葉を浴びせてくる青年。貴族服に黒髪というこの国に知らぬ者はいない大悪党。騎士団から指名手配されており、先日その騎士団の部隊を叩き潰したラギアスの悪魔が静かに佇んでいた。
「そんな、挟み撃ち」
「……最悪。ただでさえ面倒な状況なのに」
背後からは変わらず戦闘音が聞こえてくる。バッカスの加勢は期待出来そうにない。
「ラギアスの坊ちゃんがこんな山奥に何のようかしら? そろそろ日も暮れるわよ?」
「お腹空いたんじゃない? 早く帰った方がいいよ?」
「ハッ、無能ばかりか頭もイカれているようだな。これで近衛なのか笑えるな」
馬鹿にしたように失笑するジーク。噂には聞いていたがこちらの倍以上の口撃に顔が引き攣るロゼッタとチェルラン。平時であれば確実に口論となっていただろう。
「遊び相手が欲しいなら他を当たれ。速やかに俺の前から消えろゴミ屑共」
「な、何ですってッ⁉︎ 黙って聞いてれば……」
限界を迎えたロゼッタが剣を抜く。即座に魔力を練り上げ魔法剣を構える。騎士の三倍以上の実力を持つとされる近衛とラギアスの悪魔が衝突する……その直前で待ったをかける声が馬車から響く。
「お待ち下さい! 彼と戦ってはなりません!」
「で、殿下⁉︎ 危ないですから出てはダメです!」
馬車内から響く二人の声。ヴェールと護衛対象が何か言い争いをしている。そんな状況下で弾かれるように後退してくるバッカス。負傷したのか額から流れ落ちる血が痛々しい。
「不味いの此奴。疲れ知らずか……」
肩で息をするバッカスに対して黒い影には変化がない。尽きることのないスタミナに無限の魔力。そこにラギアスの悪魔が加わる。
「見るに耐えん。ここまでのようだな」
「勝手なこと言ってんじゃないわよ。アナタを倒せばそれで解決……よ?」
ジークの姿がブレるように消えたと思ったら、何故かバッカスと影の間に姿を現す。ジークは両者が振りかぶった大剣を自身の細身の剣で微動だにせず受け止めていた。
「軽いな。これが王を守る剣か?」
自由な片手に魔力が込められ衝撃波が放たれる。その対象は賊。もろに攻撃を受けた影は木々を薙ぎ倒しながら吹き飛ぶ。
「お主は……」
山道から大きく吹き飛んだ影。だがまだ気配は消えていない。スタミナや魔力だけではなく命も無限なのか。
「呆ける暇があるなら頭を回せ。これで終わりだと思うなよ」
凍てつくような寒さが周囲に広がる。ジークが生み出した魔力の塊から発せられる冷気により山道は白く染まる。
「アナタ……何をする気よ?」
「脳裏に刻め。貴様らの団長の最期をな。――消し飛べ」
球体状に圧縮された魔力塊をジークが蹴り飛ばす。魔法でなければ技ですらない。そこに技術はなく、膨大な魔力を人外じみた脚力を使って蹴り出していた。
インパクトの瞬間、世界が白く変わる。激しい嵐が山林を飲み込み存在する全てが凍てつき霧散する。視界が晴れた後、周囲は雪化粧に包まれていた。
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「は、ハクチュッ! い、いけません殿下。馬車から出られては」
「……貴方こそ馬車にいてもいいのですよ?」
白銀の世界に降り立つ高貴なる存在。氷に彩られた景色と彼女が持つ銀の髪が神秘的な空間を作り出す。第三王女アルニカ・フォン・ディアバレトである。
「先ずは治療を行います。……バッカス、貴方が負傷するなんて」
「ガハハッ、儂も年を取ったということですよ」
銀の光がバッカスを癒す。額から流れ落ちていた血は止まり傷は即座に消えていた。アルニカが扱う神聖術である。元気そうなバッカスを見てアルニカや近衛兵は一安心という表情を浮かべている。
「お礼とご挨拶が遅れましたね。――ありがとうございますジーク。そしてお久しぶりです。社交界以来ですね」
警戒を続ける近衛達とは異なり信頼の色を見せるアルニカ。彼らには温度差が生まれている。
「殿下、無闇に近付いてはなりません」
「こいつはラギアス。何を企んでいるか分からないよ」
アルニカを庇うように前に出るロゼッタとチェルラン。ヴェールはアルニカに付きバッカスは見定めるような視線をジークに向けている。近衛師団対ジークという構図が出来ていた。
「ラギアスが今までしてきたことは清算出来ません」
「剣聖殺害の容疑に騎士団との対立。他にも沢山ある」
ディアバレト王国の歴史には常にラギアスの影があった。歴代のラギアス達が重ねてきた悪行。何代にも続く行いが領民達を苦しめてきた。特に目の前にいる次期領主と思われるジークに限っては王都襲撃を手引きしたという疑いまであるのだ。ロゼッタ達からすれば到底信用出来ない。
「……何か言ったらどうなの? 釈明する気すら起きない程真っ黒なのかしら?」
「ハッ、随分と威勢がいいな。王女と依存先の団長がいて気が大きくなってしまったのか?」
王族であるアルニカを前にしても変わらぬ不遜な態度。気の強いロゼッタではあるが思わず絶句してしまう。
「何を企んでいるか分からないだと? バカか貴様は。貴様らのようなゴミ屑相手に策謀など不要だろうが」
何分かりきったことを言っているんだと怪訝そうな顔をするジーク。止まらない罵詈雑言に気圧される近衛兵達。
「剣聖殺し? だからどうした。貴様らに何の関係がある? まともに王族警護すら出来ない貴様らに他人を気にする余裕があるのか?」
正論と悪意が混ざった過激な口撃。ロゼッタは憤りチェルランは驚愕、ヴェールに至っては涙目である。
「ジーク、その辺で。皆さんが気の毒です」
「そうだな。貴様のような小娘の子守りをさせられるゴミ屑共が不憫で仕方ない」
「⁉︎」
関係なかった。ジークは相手が王族であっても容赦なく牙を剥く。……無敵である。
「戯言はいい。口を開くな。貴様らはただ俺に従えばいい」
王族に従えなど無礼でしかない。ラギアス領主ですら王には跪くとされているがジークはおかしくなっているのだろうか。
「単刀直入に伝える。心して聞け」
次はどんな暴言が飛び出すのか。戦々恐々とする中、ラギアスの悪魔は国を揺るがす重大な言葉を告げる。
「第三王女。敵の狙いは貴様だ。貴様を『鍵』へと変える為に奴らは動いている。……そして」
凍えるような寒風が頬を撫でる。
「サマリスの住民皆殺し。これが敵の目的だ」




