第十一話
巨体を揺らしながら戦場を暴れ回るシモン。怒号を上げながら大地を砕き騎士達を蹴散らす姿はまさに巨人。突然現れた狂戦士を前に騎士団は慌てふためくことしか出来ないでいた。
「何だこいつはッ⁉︎ 何処から出てきた⁉︎」
「デケェ……」
「無闇に近付くな! 距離を取れ!」
指揮官が指示を出すが思うように統制が取れない。剣や槍は体格差からそもそも届かない。仮にヒットしたとしても屈強な肉体により刃は弾かれてしまう。想定外の存在が騎士達の心をへし折る。
「レンタイチョー! 何なのあれ⁉︎ ヤバいっしょ!」
「こ、このような状況を我々は想定していません。エルティア連隊長、どうすれば……」
ガーベラとセルシアも他の騎士同様に慌てている。普段冷静なセルシアは顔を青くし、ガーベラは分かりやすく焦っている。
「おそらくあれは……ラギアス私兵団の団長シモン・ティタンでしょう。上手く立ち回っていたのは彼の仕業のようですね」
かねてからラギアスについて情報収集をしていたエルティア。ラギアス私兵団の躍進には常にシモンの影がチラついていた。
闇夜のラギアス領に現れるという巨人の存在。酔っ払った住民のくだらない通報だと気に留めていなかったが、ここにきて真相が明らかとなったのは皮肉か。
「きょ、巨人とか、そんなの聞いてないよ! てか、あんなのアリ⁉︎」
「見ての通り、普通ではありませんね。ジーク・ラギアスが一枚噛んでいるのは間違いないでしょう」
武器による攻撃が通じないと判断した騎士達は攻撃手段を魔法へ切り替える。火、水、風と多彩な属性で攻めるが大した脅威ではないのか、シモンは無視して進み続ける。止まらない進撃を見た騎士達は焦り、至る所で魔法が暴発している。
(精神状態が顕著に現れるのが魔法のデメリット。魔術師団を連れて来れなかったのは痛いですね)
同じ国軍ではあるが組織や指揮系統は別。上手く誘導して多くの騎士部隊を動員したが魔術師団を引っ張り出すことは出来なかった。
「うおおおぉぉぉぉぉーー!」
指揮官の指示をシモンの咆哮が掻き消す。剣や魔法に戦法も通じない。シモンが一歩踏み出すだけで大地が割れ風が吹き荒れる。理不尽な暴力が騎士団を蹂躙していた。
「ちょっと⁉︎ 馬車逃げちゃうじゃん⁉︎」
ガーベラの視線の先には動き出す馬車。シモンがこじ開けた道を馬車は進む。その先は国境へと繋がっていた。
「巨人を囮にして逃げるつもりですか⁉︎ 連隊長、このままでは」
「……私が巨兵を引きつけます。あなた達は馬車を狙ってください」
部下を置いて走り出すエルティア。目標は暴れ回る巨人の兵士。アレをどうにか出来なければ対象を捕らえることは出来ない。即ちそれはエルティアの望む結果が得られないということ。――それでは意味がない。
「……フレイムランス!」
燃え盛る炎の槍をシモン目掛けて放つ。急所である首の部分を狙い、見事命中するが巨兵が倒れることはない。
(大きい分弱点も広くなりますか……)
本来であれば今の一撃で首が飛び、戦闘が終わっていたがシモンは健在である。他の攻撃同様に効果は薄い。――だがシモンの目はエルティアに向いている。敵として認識されたということである。
「大きな巨人さん。私と円舞曲を奏でませんか?」
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キャビン上から戦場へ目を向ける。
巨大化したシモンが腕を地面に一振りするだけで大地が激しく揺れ騎士達が吹き飛んでゆく。四方から飛来する魔法は無視して群がる騎士団を蹴散らす。まさに無双状態である。
「エリス! そんな所にいると的になるよ⁉︎」
「いいから! アンタは御者に集中しなさい。シモンの頑張りを無駄には出来ないのよ」
馬車を走らせるクラッツを叱責するエリス。シモンが身を挺して繋げてくれた想いをここで途絶えさせるわけにはいかない。なんとしてでも先に進まなければ。
「待て! 貴様ら!」
「ここから先は通さんぞ!」
行手を阻むように回り込んでくる騎士。シモンの進撃により恐慌状態に陥る騎士が多い中、冷静な判断を以ってして馬車を狙ってくる。やはり騎士団は有象無象の集団ではないようだ。
「仕方ない。進路を変えるよ!」
「いいえ。そのまま突っ切りなさい。――ブレイクオーラ。ウィンドオーラ」
エリスが複数の補助魔法を詠唱する。バフの対象はエリスにクラッツ、そして馬車を引く馬。力が漲り風がエリス達の背中を押す。スピードが極端に上昇した馬車は騎士達を跳ね除け道を突き進む。
「ま、待って……速いよ⁉︎」
「しっかりしなさい。アンタはシモンの後を追えばいいのよ。分かりやすい道じゃない」
猛スピードで馬車は進み続け騎士を薙ぎ倒す。数が多い時はエリスの魔法がキャビン上から放たれ道を開く。エリス達は戦場を貫く弾丸の如く進み続ける。
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風を切るような剛腕がエルティアに迫る。それを躱して巨大な腕に飛び乗り駆け上がる。魔法による身体強化があるからこそ成せる技。重力を無視して巨人の壁を登る経験はもちろんなかった。
「――フレイムランサー!」
身体強化と炎の槍を同時に操る二重詠唱。複数の炎槍がシモンに着弾しエルティアは頂上付近を目指す。
「うぉぉぉぉおおおおお!!」
叫ぶシモン。その咆哮一つがエルティア達からすれば脅威的な攻撃となる。轟音により大気が揺れエルティアは巨体から振り落とされてしまう。
「強引ですね……」
風の足場を生成しながら体勢を整え地面へ着地する。――追撃はなかった。
(やはりそうか。この巨兵は……)
シモンにやられた騎士はかなりの数となっている。隊列は破壊され指揮系統は最早機能しておらず、巨兵の通り道は激しく抉れていた。――だが死者は一人もいなかった。
(感じた違和感の正体。この巨兵は人を殺せない)
理由は不明だがおそらく間違いはない。これだけ多くの騎士と戦っておきながら死者がいないのは不自然である。仲間を逃すのなら皆殺しにするべきであり、体格差を考えればそこまで難しくはない。
そもそも原理がおかしいのだ。人間が巨大になり戦うなど聞いたことがない。古代魔法の類か魔道具によるもの。何らかの制限があっても不思議ではない。
(時間稼ぎのつもりかもしれませんが……それはこちらも同じ。あなたが不殺の戦士だからこそ、こちらの戦力は大きく減らない)
負傷者は応急処置により再び立ち上がる。心が折れていない者であれば何度でも立ち向かう。――なにより、援軍はどんどんこのテローヌ平原へと集まってくる。シモンという巨兵は否応でも目立ってしまうのだ。
(心優しい巨人……といったところでしょうか)
援軍の騎士達が一斉に魔法を放つ。単体魔法ではなく連携魔法がシモンへ炸裂する。さすがにスタミナ切れなのか、当初の勢いは衰え進行は遅くなる。
「⁉︎ どうやら……ここまでのようですね」
歩みを止めるシモン。
呻き声を上げながらその巨体に変化が現れる。見上げる程の体躯だった巨兵は姿を変え、元の大きさへと戻っていた。
「円舞は終わりでしょうか? 団長殿?」
シモンは膝をつき肩で息をしている。輝きを放っていた腕輪は色を失っていた。
弱ったシモンを騎士達が包囲する。シモンの背後に目を向ければ援軍の連隊がエリス達と馬車を囲んでいた。
「これだけの騎士相手によくやりましたよ。もう休んだらどうですか?」
「それはない。俺はまだ……戦える」
馬車を包囲していた騎士達が吹き飛ばされる。シモンが放った強力な風魔法。この状態でまだ動けるのか。
「我が主人の為にもまだ死ねんのだ。もう少し付き合ってもらうぞ」
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身体強化の魔法を身体全体を包むように展開する。手にした剣には風魔法を纏わせる。主人であるジークから叩き込まれた戦術。これを身につける為にどれだけ血反吐を吐いたのか。
不思議な出来事だった。両親同様に傍若無人な振る舞いを見せていたジークがある日を境に人が変わった。相変わらず口は悪いが、私兵や使用人、領民達の扱いが変化したのだ。
何かを企んでいるのではないかと警戒する者が多くいたが一過性の物でもなかった。民のために剣を振り魔法を行使し血を流す。本心を語ることはないが、その行いが何よりの証明となる。ラギアス家の関係者がジークに抱く感情は少しずつ変化していった。
(故郷の為になるならと心を殺して仕えていたんだがな。今ではその俺が団長か)
ラギアス家の理不尽な言動を見て何度も辞めようと思った。故郷の為になるならラギアスを皆殺しにするべきだと考えたこともあった。何か行動を起こさなければ領民全員が死んでしまう。それだけラギアスの行いは異常だった。
(ラギアスを変えようとするのがラギアスなどと、誰が想像出来るのか)
自分よりも先に行動を起こしたジーク。まだ幼い少年がどれほどの覚悟と決意で両親と対立することを選んだのか。たった一人でこれまでのラギアスの罪を清算しようとしている。命を賭して戦っている。――シモンを始めとした私兵団の選択は決まっていた。
「――ゲイルストーム!」
馬車へ群がる騎士達を嵐が飲み込む。風の刃に切り刻まれた騎士は少なからずダメージを負っているが死ぬことはない。ジークは例え賊であっても殺すことはしない。魔物相手ならともかく、人間が相手なら部下である自分達もジークの意向を尊重する。甘いと言われればそれまでだが、力があるジークだからこそ高い理想を実現出来るのだ。
「背後がガラ空きですよ」
「くっ……」
背中に痛みが走る。これだけ多くの騎士を相手にしながら、実力者である連隊長にまで気を配るのは無理がある。辛うじて馬車まで後退したがエリスやクラッツも満身創痍。
個々の実力を上回る物量で攻めてくる騎士団。単調ではあるがこの連隊長は戦い方を知っているようだ。
「……エリスにクラッツ。静かに聞いて欲しい。俺はこれから……最後の攻撃を仕掛ける」
手短に二人へ説明する。
魔力を極限まで練り上げた状態で連隊長目掛けて突っ込み、そのまま魔力を暴発させ周囲を巻き込む自爆攻撃を狙う。残りの体力や魔力を考えれば取れる戦術は限られていた。
「隙を見て離脱しろ。部隊の頭が消えれば少なからず混乱するはずだ」
「……なら僕も付き合うよ。僕だって兵士だ。覚悟は出来てる」
「御者はどうするつもりよ? それはアンタじゃなくて私の役目よ」
「彼が目を覚ました時、君がいないと混乱するよ。……だから頼んだよ」
命の危機にも関わらず誰も逃げようとしない。これもジークが築いた縁によるものなのか。つい笑みが溢れてしまう。
各々が覚悟を決めて一歩を踏み出そうとした時、騎士達にも変化が現れる。――多くの騎士が何故か地面に倒れ伏していた。エルティアを含め一部の騎士は体勢を保っているが顔を歪めている。
「これは……重力魔法……?」
複数の魔法を重ね合わせた多属性魔法。これ程までの広範囲に渡り魔法を展開出来る者は限られている。
(この魔力は二年前にも……)
倒れ伏す騎士達を無視して堂々と歩いて来る男性。戦場に似つかわしくない普段着と思われる格好をした人物が場を支配していた。
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「へぇ〜、意外と持ち堪えているね」
飄々とした声。何処かふざけているような態度には身に覚えがある。今回の要請に非協力的であった魔術師団。その連隊長が何故か騎士団へ杖を向けていた。
「……ヨルン連隊長。これは何の真似ですか?」
組織は違えど同じ連隊長であるエルティアとヨルン。上に立つ者として相応しくない言動が目立つヨルンをエルティアは快く思っていなかった。
「何って見ての通りだけど?」
エルティアは変わらず重力魔法の影響を受けている。沈みそうな身体を必死になって維持している状況でこのふざけた態度。平常心が乱される。
「……質問を変えます。指名手配されたジーク・ラギアス側に加担する。その意味を理解していますか?」
「そんなこと言われても、僕休暇中で何も知らないし」
「⁉︎ ――休暇中、だと……⁉︎」
杖をステッキのように操るヨルン。こちらを煽るような態度は意図して行われているのか。
「そのような戯言が……本気で通じると思っているのですか?」
「汚職だらけの騎士団に言われてもなぁ」
回復魔法を発動するヨルン。対象は負傷したシモン達。明らかな敵対行為に騎士達には動揺が広がる。
「……このまま済むと思わない方が賢明です。ポスト賢者の名が泣きますよ」
「興味ないよ。連隊長クビになっても別にいいし」
(こいつ……完全に開き直っている)
いい加減な言動が目立つ問題児筆頭の魔術師。本来ならクビになってもおかしくないが、問題行動以上に際立つのが魔法の腕であった。
多数の属性を使いこなす天才肌。魔法だけではなく剣の実力も高い。なにより、賢者グランツ・フォルトから次代の中心となる魔術師であると明言される程の実力者。それが……休暇中だと? どうなっている。
「騎士団ではなくラギアスに付くと? 正気の沙汰じゃない……」
「だってね〜、騎士団はウェステンを助けてくれなかったじゃない。……彼は助けてくれたけど、ね」
杖を一振り。空から飛来する炎の矢が援軍として集まってきていた騎士団に降り注ぐ。突然の襲撃に慌てふためく様子がエルティアの目に入る。
「理由なんてそれだけで十分なんだよ。ラギアスとかこれまでのことは関係ないんだ……なめるなよ小娘」
「ぐぅッ⁉︎」
身体にかかる重力が更に強くなる。辛うじて体勢を維持していたが耐えきれずに地面に這いつくばる。この場にいる騎士団をヨルンは制圧していた。
「……前にも会ったな」
「どうも。まっ、僕も彼には借りがあるからね。協力させてもらうよ」
ヨルンの元へ集まるシモン達。冒険者に外国人に私兵、そして魔術師と不思議な顔ぶれとなっている。一体どういう繋がりなのか。
「よく分からないけど助かったわ」
「また凄い助っ人だね!」
「まぁまぁ、落ち着きなよ。……そろそろ効果切れだし。魔力もすっからかんさ」
「は? ……はぁ⁉︎ 何で悠長にしてるのよ! 全員さっさと馬車に乗りなさい! このまま逃げるわよ」
(ヨルン・グリン。やはりふざけている。この男は好きになれない)
馬車に乗り込もうとする賊達。だが彼らの足は止まる。国境側から、こちらを監視するように展開された兵士達。ディアバレト王国の鎧とは異なるデザインの物を装着した百人近い兵士達が集結していた。
「な、何でよ? あれは外国の兵士じゃ……」
「こんなこともあるかと思いましてね。こちらから要請しておきました。ラギアスの悪魔が不法に入国する可能性があると」
絶望感に包まれるラギアス側の者達。彼らは本当によくやったと思う。連隊長の裏切りもあったが国を相手によく戦った。……だがそれもここまで。
「……国境越えは無しだ。色々とこちらが不利だからね」
「ではどうする?」
「一度身を隠す。伝手のない外国よりも国内の方がまだ可能性があるからね。……頼りになる神官とも僕は面識がある」
状況判断が早い。味方だと非常に胡散臭いが敵に回ると厄介である。
ヨルンの意見に賛同したのか馬を引き馬車の方向を変える御者の男。今度こそ彼らがこの場を立ち去ろうとする時――戦場が異常な程の冷気に覆われる。死神の鎌が喉元へと迫っていた。
「……ここできますか。ジーク・ラギアス!」
テローヌ平原に突如現れる氷柱。それが幾千にも重なり合い、この戦場を囲うように出現する。騎士団を逃さないよう閉じ込める牢獄の如く。
「シモン。これはどういう状況だ?」
騎士達を絶望の底へと叩き潰す冷たい声。恐怖の余り意識を失う者も多く存在している。騎士団側からすれば悪夢であるが、彼の者達にとっては希望の光となる。
(何だ、この魔力は……⁉︎)
馬車が一瞬で凍てつき砕け散る。キラキラと舞う細氷と共に現れたのは誰もが忌み嫌うラギアスの悪魔。
忠誠の証なのか膝をつき首を垂れるシモン。
「はっ、ご報告致します。ジーク様を狙う騎士団とそれを拒む我々との間で戦闘が発生しました。……負傷者はいますが死者は出ておりません。敵味方共に」
「ふんっ、どうでもいいが………………よくやった」
ジークを中心に吹く治癒の風によりシモン達の傷は即座に癒やされてゆく。
「誰に喧嘩を売ったのか……分からせる必要があるな」
瞳が青く光る。どうやら騎士団は竜の逆鱗に触れてしまったらしい。




