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やがて始まるリベリオン  作者: 塚上
第四章 再誕
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第四話

 視界を覆った光が消えて無くなる。周囲を見渡せば先程までの景色と変わっていることに気がつく。転移は無事成功したのだと安堵する。


「周囲には誰もいないようね……。とりあえずこれからって、アンタ大丈夫ッ⁉︎」


 膝をつき激しく吐血するジーク。口からだけではない。よく見れば身体中から血が流れ出ている。何かに切り裂かれたかのような夥しい出血量。――このままでは命に関わる。


「何なのよこれは……」


 ダメージというダメージはセレン達のユニゾンリンク以外はなかったはず。少なくともエリスはそう認識していたし、吹き飛んだ腕は神聖術で治療されていた。しかしジークの足元には赤い花が咲いている。


「……馬車に、移る」


「馬車? ……そういうことね」


 ジークが視線を向ける先には確かに馬車が存在していた。馬も繋がれており直ぐにでも動かすことは出来そうである。


「少し我慢して。馬車まで連れて行くわ」


 ジークを支えながら馬車に移動するエリス。体格差があるはずなのにジークの身体はとても軽い。命が希薄に感じられエリスはますます不安になる。


(早く止血だけでもしないと……)


 馬車にたどり着きジークを横にする。呼吸は荒く顔色はどんどん悪くなっていく。

 回復魔法で治療するエリスではあるが効果は乏しかった。求められる回復量に対して受けているダメージが遥かに多い。回復魔法で対処可能なレベルを超えていた。


「アンタは絶対に助ける。回復魔法でダメなら何度も回復魔法を繰り返すだけよ」


 エリス自身の魔力量も残り少ない。パリアーチ戦がここにきて尾を引いていた。


(言い訳しない。今出来ることをするのよ)


 身体全体に回復魔法が行き渡るよう全力で魔法を行使するエリス。本来なら優先順位をつけて治療するべきだが、それが出来ない程どの傷も深い。


「……あれを、使え」


「何? 箱……?」


 ジークが視線で示す先には座席の下に置かれた木製の箱がある。それなりの大きさと重量感のある木箱を取り出し確認すると中には多くの物資が保管されていた。


「ポーションにマナポーション。しかも、どれも最高級の物じゃない……」


 ポーションだけではなく塗り薬や包帯、水や非常食などの食料品から外套など予備の衣服までが幅広く揃えられている。何処か遠征に出向くかのような物資の量を前に、非常事態であることを忘れて驚いてしまう。


「さっさと、寄越せ」


「ゆっくり飲むのよ。分量を間違えれば害にもなるんだから……」


 ポーションは何でも都合良く身体を癒す万能薬ではない。傷の度合いに応じた物を選定して使用しなければ却って身体に負担をかけることになる。効果が強い物ほど副作用は顕著に現れるのだ。


 エリスの指示に従う……ことなくポーションを身体に振りかけるジーク。傷口からは音を上げながら煙が立ち込める。


「⁉︎ ちょっと何やってるのよ⁉︎」


「バカなのか貴様は。悠長なことを、やってる暇はないんだよ……俺には」


 エリスが持っていたポーションを掻っ攫うように手にするジーク。同じように傷口に流し、残り半分は一気に飲み干す。滅茶苦茶であった。


「次は、魔力だ……」


「何でアンタはそこまでして」


 急速に塞がる傷口。治っていることに変わりはないが痛みを伴わないわけではない。顔を顰めながら苦しそうに呻き声を漏らすジーク。


(痛いのは身体だけじゃない。心も同じように傷付いてる)


 絶対的な力と傲慢な態度からジークは心も強いのだと思い込んでいたエリス。だが今のジークの姿を見ればそれは大きな間違いだと直ぐに理解出来る。事情を知らない者が見れば別人だと錯覚するかもしれない。


「はい、マナポーションよ。……この傷は普通じゃない。何なのよこれは?」


「……生命変換(ライフコンバート)。足りない魔力を引き出す。……貴様が理解する必要はない」


「……難しいわね。グランツさんからもっと勉強しておけばよかったわ」


 大気の魔力を集めたり、足りない魔力を変換する。よく理解出来ないが常人離れした技術であることは分かる。――特に後者はそれ相応のリスクを伴うことも。


(止めたってアンタは止まらないんでしょうね。……神聖術を使うし、変な鎧は纏うは、炎の魔神? を出したりもう滅茶苦茶よ)


 本当ならもっと色々なことを聞きたい。神聖術のことやラギアスのこと……そしてジーク自身のことを。

 でも、今はいい。もう決めたのだ。ジークの力になると。いつか話してくれるその時まで待てばいいのだ。


「引き返すなら、今だ。……今なら適当な理由でどうとでもなる」


 途切れ途切れに言葉を紡ぐジーク。顔色は変わらず悪いままである。


「騎士団に、目を付けられた以上……俺は剣聖殺しの罪人だ」


「……」


「貴様だけの問題ではない。シュトルク(父親)も場合によってはどうなるか分からんぞ」


 口は悪いが明確な拒絶というわけでもない。こちらを慮ったジークなりの最大限の気遣い。自分の命が危うい状況ですら他人を想う優しさ。どこまでも不器用だと笑ってしまう。自分の父親を見ているかのようである。


(パパの名前を出して私に逃げ道を与えてくれてるのね。……バカね。それじゃあ却って逆効果よ)


 今しがたの発言からジークが剣聖を殺めていないことがよく分かる。釈明の一つや二つくらいあってもおかしくはないのに。……本当にズルい。


「パパが同じ状況だったら私と同じことをしたはずよ。それに……ここで一人逃げでもすれば雷が落ちるわ」


「……ふん、余計な荷物が増えた」


 マナポーションの補給を終え目を閉じるジーク。


「俺は、しばらく動けん。何処に行くかは好きにしろ。だが王都からは離れろ。この場、からもな」


 相当無理をしていたのか落ちるように眠りにつくジーク。無防備な姿を見せるのは信頼の現れか。少し嬉しくなる。


「Aランク冒険者からの依頼。絶対成功させるわ」


 素直にジークの為だと言えばいいのに、つい依頼だと呟いてしまう。これでは自分も変わらないと苦笑いを浮かべるエリスであった。




✳︎✳︎✳︎✳︎




 フィーニス領。歴代最強の剣士と謳われたマスフェルト・フリークが住まう地として知られている領地。そこにひっそりと建てられていた剣聖の邸は跡形もなく消し飛んでいた。

 

 マスフェルトが死去して二週間が経過していた。


「爺ちゃんは……剣一筋って人だったんだ」


 建てられた墓石の前に立つヴァン。その隣にアトリ、少し離れた位置にシエルとセレン。彼らを見守るように後方にはグランツの姿があった。


「俺が小さい頃から剣を教えてくれて。子供相手でも容赦は全くなくて」


 マスフェルトの死。ジークとの戦闘。エリスの離脱。目まぐるしい状況の変化と結果を受け入れるには多くの時間が必要だった。


「でも、優しかった。とても強かった。俺の憧れだったんだ」


 ジーク達が転移魔法で姿を消した後、各々が様々な反応を見せる中、グランツはマスフェルトの確認が最優先であると提言した。事情を知りたい騎士達にも都合が良いと、移動しながら情報を共有した方が効率的だと説いた。


「それなのに……何でこうなったんだ。どうして爺ちゃんが」


 荒れ果てた惨状を見て全員が言葉を失った。降り注いだ隕石により全てが破壊され凍てつく大地へと変貌していたのだ。クレーターと極寒の地を見た騎士達の一部は恐怖の余り気絶する者までいたくらいであった。


「なぁ、誰か教えてくれよ。爺ちゃんは何か悪さをしたのか? 病気で残り僅かな命だった爺ちゃんを殺す必要が本当にあったのか……」


 全てが無に帰する状況下で幸いにもマスフェルトの遺体は無傷の状態で見つかった。儀式魔法の範囲外だったのか偶然かそれとも。

 現場検証に遺体の検分、事情聴取などで時間はあっという間に過ぎ去っていた。


「何とか言えよ。お前らは……ジークのことをよく知ってるんだろ?」


「……ヴァンだって知ってる」


 悲しみ、怒り、驚愕、困惑。色々な感情が複雑に混ざり合う。ヴァン達を取り巻く空気は最悪であった。


(エリスさんの離脱は大きいですね)


 勝気な性格ではあるが無鉄砲でもない。ヴァンを時に諌め、アトリを引っ張り、全体のバランスを取っていた。補助魔法だけではなく精神面でもパーティを援護していたエリスの存在が今一番必要なのは何処か皮肉めいていた。


「ああ知ってるさ。あいつは力が全てだと、弱者に価値はないと平気で切り捨てる奴だからな」


「……彼の一面だけを、都合の良い所だけ切り取って理解したつもり? 恥ずかしくないのかしら?」


 ヴァンの発言に反応を示すセレン。その感情は肯定ではなく否定。剣呑な雰囲気が漂う。


(ヴァンさんの立場なら分からなくもありません。ですが、それ以上に妙な点が多い)


 マスフェルトが死す直前まで傷口を覆っていた黒い影。これまでの人生で一度も目にしたことのない物資が神聖術を拒絶していた。

 神の奇跡と呼ばれる神聖術が生者に効果がないなど聞いたことがない。術者の力量に影響されることも考えられるが、グランツが知る限りシエルはトップクラスの神聖術師である。つまり、あの黒い靄は神聖術そのものを拒む性質を持つことになる。

 負傷すれば回復不可の力。それを仮想敵は所持している。


(マスフェルトさんの傷口。あれは剣で断ち斬られたものでした。……かなりの腕前、それこそ剣聖クラスの)


 ジークも確かに剣を扱う。だからこそ騎士団やヴァンはジークを疑っている。だが、グランツは思う。あの傷口は相当な腕前を持つ剣士による斬撃だと見当がつくが、同時に強い憎しみが込められていると感じた。


(仮にジークさんがマスフェルトさんを殺めたのだとすれば、何故その彼を気遣うようなことをしたのでしょうか)


 マスフェルトの遺体を避けるように放たれた儀式魔法。そしてマスフェルトを()()()()()形成されたと思われる結界。全員がたどり着いた時には消えていたが、グランツは確かにその残滓を感じ取っていた。


(ジークさんが我々へ向ける殺意は本物でした。ですが……本気でもなかった)


 ジークからは諦めや絶望の感情が色濃く現れていた。その中にあってもグランツ達の力量を見定めようとしていた。――それはまるで、何かを託すかのように。

 自身の死とラギアスの運命が何を意味するのか。グランツはジークのことを何も知らない。


(その気になれば直ぐに終わらせることが出来たはず。それをしなかったのは何故なのでしょうか)


 分からないことが多すぎる。

 王族特有の神聖術をジークが使える理由。王家とラギアスの関係。ジークが強さを求める理由。


(国の叡智と呼ばれた賢者にも分からないことが多々ある。情けない話ですね。……いえ、理解しようとしなかったのか)


 何か大きな思い違いをしているのかもしれない。

 フィーニス領で野盗被害など聞いたことがなかった。

 騎士団の動きには何処か違和感があった。

 剣聖クラスの剣士は数える程しか存在しない。

 ジークが剣聖以外の全てを消し去った理由は。


(そもそも何故ジークさんとの戦闘を受け入れたのか? ラギアスと聞くだけで嫌悪感を抱くのは短絡的すぎる)


 ――思考や行動が誘導されている? それは誰に? 強い既視感。前にも同じようなことが……。


 思考の海に沈むグランツ。マスフェルトの死と向き合うのは初めてのはず。にも関わらず感じる強い既視感は何なのか。


「それはお前も同じだろ。俺のことや爺ちゃんのこと。フリーク流も知らないくせに勝手なこと言うなよ」


「もちろん知らないわ。だって興味ないもの」


 思考の海に沈んでいた意識が浮上する。ヴァンとセレンの言い合いを見て珍しいと思うのは二人が知り合って日が浅いからなのか。


「誤解しないで欲しいのだけれど。私はこの国の人間じゃない。はっきり言って剣聖が亡くなろうが私には関係ないのよ。……ただ彼の力になりたいだけ」


「そうだったな。俺達は赤の他人。お前があいつを撃ち抜こうが関係ないな。ジークが選んだのはお前じゃなくて()()()だったことも含めて」


「そうね。……剣聖が選んだのもジークだったわね」


「は? 何の話だよ」


 柄に手をかけるヴァンと魔導銃に触れるセレン。両者の間に割って入るシエル。


「止めてください! マスフェルトさんの前ですよ。どうしちゃったんですか? ……おかしいですよ二人とも」


 シエルの声で冷静となる二人。セレンはヴァンから離れ距離を置く。


「みなさん、少々よろしいでしょうか?」


 静観していたグランツが全員へ声を掛ける。態度は異なるが各々が目と耳を傾けている。辛うじてではあるがパーティとして成り立っている現状に胸を撫で下ろす。


「みなさんはこれからどうされますか?」


「どうってそれは……」


 一人一人が言葉に詰まる。何が起きて自分が今何をしたいのか。現状を受け入れることが出来ずに悩んでいるのだ。――ならば、その若人達を導くのがこの老人の役目。

そうなのでしょう? ジークさん。


「マスフェルトさんの死の真相。ジークさんの行動の意味。『鍵』とは。『導き手』は何なのか」


 グランツの言葉はヴァン達を惹きつける。


「私達は何も知らない。分からないことが多すぎるのです。――なら、どうすればいいのでしょうか?」


「……分かればいい。欲しい物があるなら自分から動く」


 アトリが力強く頷いて見せる。ある意味一番心配であったアトリの姿を見て安心するグランツ。


「そうですねアトリさん。――我々は知る必要があるのです。ディアバレト王国のことを。王家とラギアスの関係を」


 ジークの言動、パリアーチの言葉、王族と神聖術、世界の仕組み。グランツ達はそれを知る必要がある。


「俺は……爺ちゃんの仇を取りたい」


「……欲しい物があるの」


「私は知りたいです。ジークさんが何故あそこまで悲しそうにしていたのかを」


「……これは決意表明かしら? 私の考えは変わらない。彼の力になるわ」


 まだ迷いはある。それでも前に進もうとしている強い意思を感じる。――やはり若者はこうでなければ。


「私達の縁が交わったのはきっと偶然ではありません。何か事情を知るジークさん。その彼の軌跡を辿ることで……答えに近付けるかもしれません」

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