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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

婚約者の王子がまだ見ぬ予言の聖女と結婚するために婚約破棄してきたけど、お探しの聖女は多分私です

作者: 譚織 蚕

「アンリ、貴様との婚約を破棄する!!」


「待ってくださいヨーテ様! 理由を……」


 ここは王城の一室。王太子ヨーテの自室だ。

 そこで私は生まれてよりの婚約者であるヨーテ様に婚約を破棄された。

 そのうえ、理由を聞く前に私はすぐさま彼の部屋から追い出されてしまう。


 あれほど尽くしてきたのに。あれほど好きでいたのに。……あれほど我慢したのに。

 なぜ?なぜなぜ?

 疑問が浮いては脳内に滞留し続ける。

 足も動き続け……


「あっ……」


 気が付いた時には、私は土砂降りの雨の中家の門前に立っていた。

 どこかでできた膝の擦り傷を魔法で回復しながら、灰色の空を仰ぎ見た私は頭を抱えつぶやいた。


「意味わかんない。さいあくだ……」


 後から聞いた話。この婚約破棄の裏には、どうやら国益が絡んでいるらしい。

 ヨーテ様には公爵令嬢である私よりも、国のためになる新たな婚約者ができたのだという。


 その名は聖女。

 王国の伝説に名を刻まれるおとぎ話の存在、聖女ララクリーンの生まれ変わりだそうだ。


 おとぎ話の中の彼女は、祈りの涙によって雨を降らし飢えた人々を救い、その術は魔法では不可能とされる人体の修復を成すと言い伝えられている。

 彼女は国に恵みをもたらし、周辺国を滅ぼして小国だった我が国を大陸に覇を唱える一大国家にした立役者の一人だ。


 そんな聖女の生まれ変わり。存在が神託によって知らされたのが一か月前。

 そこから王太子との婚約が決定し、私との婚約が破棄されたのが三週間前。


 そして今、聖女の生まれ変わりを国を挙げて探し出している。

 神っていうのはあいまいなもので、存在は告げても人物までは告げなかったらしい。


「……みんなバカみたい」


 そんな騒がしい時代の潮流に逆らって、用済み令嬢の私は部屋の隅で俯きながらカーペットに円を描く。


 今まで地獄の花嫁修業を受けさせてきたにも関わらず、婚約を破棄された瞬間に私を見捨てた母上や皇后。


 期待しているぞ、なんて言って優しく撫でてくれていたのに知らない子だと言わんばかりに部屋に閉じ込めた父上も。


 皇太子妃さま! なんて呼んで慕ってくれた民衆も、今では大聖女ブームだ。


 そしてヨーテ。憎き馬鹿野郎。私には修行を強い、自らは女遊びに明け暮れ、おざなりに扱い、しまいには婚約破棄だ。私の人生のすべてを預けてきたというのに。


 だから私は、だから私は。

 

「絶対言うもんか。絶対に……」


 そんな聖女の生まれ変わり。存在が神託によって知らされたのが一か月前。

 そこから王太子との婚約が決定し、私との婚約が破棄されたのが三週間前。

 そして今、聖女の生まれ変わりを国を挙げて探し出している。


 ……だがしかし。神はあいまいで、適当だ。聖女の生まれ変わり。誕生したのは十六年前。


 城に我こそはと集う下級貴族の令嬢でもなく、市井で名を高めている占い師もどきでも町娘でも赤子でもなく。

 生まれた時から決まっていた。神は知っていたし、だから女子にとって国一番の地位を授けた。


「意味わかんない。なにが『秘するべし』よ……」


 生まれた時から私の涙にはそんな聖女の生まれ変わり。存在が神託によって知らされたのが一か月前。

 そこから王太子との婚約が決定し、私との婚約が破棄されたのが三週間前。


 そして今、聖女の生まれ変わりを国を挙げて探し出している。


 天候を変える能力があった。生まれた時から私には傷を癒す力があった。生まれた時から私には、与えられてしかる地位があった。


 しかし、いやだからこそ神は私にあえて能力を喋ることを禁じた。

 にもかかわらずだ。

 唐突な裏切りによって、私は地位を失った。

 今までのすべてを失った。


 すべてを恨みに変えた私に、いまさら名乗り出る気など起きず。


「もう、いっか……」


 その日、王国から一人の令嬢が消えた。


 しかし聖女に夢中な王族、貴族、民衆は誰一人として気に留めることはなかった。


 そんな聖女の生まれ変わり。存在が神託によって知らされたのが十年前。

 そこから王太子との婚約が決定し、私との婚約が破棄されたのも十年前。


 そして今もなお、聖女をさがし続けている。


「……はぁ」


 私は懐かしい王城を見やる。ここに来るのは、あの忌々しい日から十年と三週間ぶりだ。

 しかし、あの当時は豪華絢爛だった内装は剥がれ、空からは雷が絶えず周囲を取り囲む尖塔に突き刺さっている。


 ひとつひとつ、思い出をなぞりながら階段を上り、廊下を渡り悲鳴を上げる衛兵メイド貴族執事王族………無慈悲に制圧していく。


「お久しぶりです。ふふっ、三十近くになってまだ独身とはかわいそうな王もいたものですね」


「アンリ……」


 この城のすべてが忌々しい。

 そして、玉座に弱弱しく座るこの男がただただ憎たらしい。


「隣国に最近名の上がる女術師がいるとは聞いていたが…… なぜおまえが……」


「いやですねぇ。婚約者をそんな目で見るもんじゃないですよ。ヨーテ様?」


「お、お前はもうわが婚約者ではないだろう!」


 ふふっ。思わず笑みが漏れ出る。あぁ、長かった。私はただ、この時を待っていた。無様な男に、最大のネタ晴らしをするときを。


「えっ? あなた様の婚約者って、聖女ではなかったですか?」


「そ、そうだ……っな! ま、まさかそんな」


 一瞬呆けた男は、玉座の脇、先王の銅像に降り注いだ雷を見て理解する。

 その真っ暗になった目が、私の穴を満たしていく音がした。


「十年間、ご苦労様」


「あっ、なぜ…… うぎゃぁっぁぁ!!」


 光が降り注ぎ消滅した城を背に、私は焼けるからだを修復しながら歩いていく。


「これで良かったんでしょ? バカ」


 せめての神への反逆は届いたのか。こうして私は聖女(国滅ぼし)としての役目を終えた。

 私の頭上だけ降った雨は、なんの描写だろうか。

 バイバイ大嫌いな婚約者。

 つぶやいた言葉は私と神にしか聞こえない。

★★★★☆

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[一言] うわ…どう表現していいんだろ… ご苦労さまでした?
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