目覚めた後の違和感
「いけない!」と顔を上げた時、僕は60㎞くらいのスピードでのろのろと能越道を走っていた。さっきまで周りに車の姿なんて全く見当たらなかったはずなのに、気が付くと交通量は前よりずっと多くなっていた。ゴールデンウィークの初日らしく、遠くまで車の列が連なっている。あまりの遅さにしびれを切らしたのか、後ろの車たちが次々にスピードを上げて僕の車を追い越して行った。僕は寝ぼけた頭のまま、慌ててアクセルを踏み込んで速度を80kmに上げた。
カーステレオから流れる曲は、いつの間にかサラ・マクラクランの「Building A Mystery」に変わっていた。ずいぶん前にどこかで一度聴いたきりだったけれど、そのメロディーはすぐに僕の頭の中に蘇ってきた。僕はその微かに怪しげなメロディーに呼吸を合わせるように、深く息を吸って、そして吐いた。大丈夫、きっと一瞬寝落ちして、その拍子にアクセルから足が外れてしまっただけだ。
空は相変わらず快晴だった。窓を開けると、五月の気持ちのいい風が車内に流れ込み、僕が緊張で掻いた汗を冷やして行った。僕は窓越しに、追い越し車線を走り去ってゆく車の列をちらりと眺めた。何故かは分からないが、あまり見たことがない車種のものが多かった。風に吹かれながら尚もしばらく走ると、高岡インターチェンジの標識が見えてきた。僕はほっとして左にハンドルを切り、まるで永遠に続くかに思われた能越道に別れを告げた。
高速を降りるとき、僕はETCレーンを探した。いつものように、何の気なしに。
でも、「ETC」と書かれたレーンはそこにはなかった。「ETC/一般」すらなかった。
僕は軽いパニックを感じながら、慌てて手前のスペースに車を停め、ハザードランプを灯した。待て待て、落ち着こう。ETCレーンがないなんて事があるはずがない。僕は確かにETCレーンを通って高速に乗ったのだ。
僕は手のひらで顔をゴシゴシとこすり、レーンに入っていく車の列を凝視した。しかし驚いたことに、運転手たちは当たり前のように財布から紙幣を取り出して、係員に手渡し、お釣りを受け取っていた。それも一つのレーンだけではない。3つあるレーンの全てでだ。
僕は何かの変化が起きるのを期待しながら5分ほどそこで待っていたが、ETCを使ってレーンを通り過ぎていく車は、その後も一台として現れなかった。やがて僕は諦めて、一般らしきレーンに向かった。僕が知る限り、レーンを通らないことには高速を降りることは出来ないのだ。
レーンに入ると、係員の不機嫌そうなおじさんが僕に向かって右手を差し出した。当然のことながら、乗車券を出せということなのだろう。しかし僕はETCを通ってきたから、乗車券を持っていない。
僕はおずおずと、
「あの、ここって、ETCレーンはないんですかね?」と尋ねてみた。出来るだけ感じよく見せるために、ぎこちない微笑を浮かべながら。
しかしおじさんは、僕の言っていることが理解出来ていないようだった。何を言ってるんだこいつはというように眉間にギュッとしわを寄せ、
「乗車券は?」と太い声で言った。
「いや、乗車券はないんですよ。ETCレーンを通ってきたもんだから。」と僕は冷や汗を搔きながら答えた。僕の車の後ろには、すでに列が出来始めていた。
おじさんはやれやれと言うように深いため息をついて、
「失くしたのね?君、どっから乗ってきたの?」と尋ねた。
「あの、東京からです。」
僕は別に乗車券を失くした訳じゃないんだと言っておっさんにささやかな抵抗をしたかったが、後ろにどんどん並ぶ車の列を見ているとそんな事をしている暇はなさそうだった。
「じゃあ、9800円ね。」とおっさんは機械を見ながらぶっきらぼうに言った。
たっか!と思ったけれど、僕は嫌々ながら1万円札を取り出しておっさんに渡した。
おっさんからお釣りを受け取って、僕はようやくこの謎の現象から解放された。でもこれは、この後起きる色んな出来事の、始まりに過ぎなかったのだ。




