その情景は何よりも綺麗で(中編)
本当は、二人で行ってみたい気持ちであった。自分自身に正直に問いかけてみると。
「ねえ。ロビン!連れて行って」ビビアンのこの声掛けで、我らの中心を担うこの頼もしい兄貴が、テキパキと段取りを汲んでくれた。
ロビンも日ごろから、かなりどっぷりとこのゲームに入り浸っていることが、いつもログインすると既にロビンは活動を始めていて、俺がいつも先にログアウトすることから伺える。
とにかく戦いやレアアイテムの入手に明け暮れているわけではなく、よくレンジャーのストームとコンビを組んで、西へ東へ時には海を渡って離れ小島の方まで冒険に出ているらしい。
だからこの世界の地理にはひと際精通している。露店に出ていたハウリザードの尻尾焼きの微妙な形加減で、どこのエリアから狩ってきたのか言い当てた時は、店主ともども仰天したのは記憶に新しい。
「エメラルドマウンテンの麓まではフリーデンから馬車が出てる。皆を集めてそれで行くぞ」人望溢れる彼によって、Andanteのメンバーがかき集められた。
俺とビビアン、ロビンに加えて……ケイ、魔導士のカンタ、レベッカとキーン夫妻、そしてエンチャンターのケロ男爵の合わせて8人ものメンバーが招集された。
「お初だケロ」ケロ男爵……彼は徹底してロールプレイングを貫く主義なのだろうか。語尾が耳に残るが、古参のメンバーは特に気にしていない様子である。
馬に足が速くなるバフ魔法が掛けられている高速馬車を1台手配して、皆それに乗り込んだ。料金は1日3000ゴールド。
馬車の損壊、及び盗難に遭った場合、もしくは馬が死亡した場合は賠償金として20000ゴールドが別途請求されるようだ。
1時間半ほど、ひたすら街道を突き進んだ。
「麓まで来たはいいが……」皆、口を真ん丸に大きく開けながら空を見上げている。「でっけええ」
「俺、こんな遠くまで来たの初めてですよ」とのタクヤの呟きにケイも同意を示した。
「この辺りまでは、数多のプレイヤーによって街道も整備されているし、馬車や魔法を使えばある程度楽にこれる……問題はここからだ」とロビン。
「俺の透明魔法『シャドウウォーク』の出番だケロね」
ケロ男爵がそう言いながら魔法を詠唱し始めると、彼の目の前に透明なシャボン玉のような球体が現れた。
それはみるみる膨み始め、次第に8人を含む当たりの空間をすっぽりと覆った。
「流石、ケロちゃん。君を呼んだのは正解だったわ。これで俺達の姿は周囲のモンスターやプレイヤーから見えなくなった、さあレッツゴー」
ロビンを先頭に、一向はこの険しい山脈を登り始めた。
鬱蒼と木々が生い茂り、遠くから眺めるとまるでエメラルドのように緑色に輝くためそう呼ばれる。
道中、ゴリラやトラといった野生動物の他に、ノールやコボルトといった獣人型の犬のモンスターが多数徘徊しているが、こちらの姿が見えないため、例え物音を出して気配に気づかれても
襲われることはない。
「みんな、ごめんね!私に付き合わせる感じになってしまって。でもピクニックみたいで楽しいね」
ビビアンはそう言いながら今回の手筈を簡単に説明し始めた。今回の冒険はエメラルドマウンテン3合目付近にある、ストーンサークルが点在しているエリアで行われるようだ。
それぞれ100メートルずつ等間隔に配置された3つのストーンサークルに、冒険者が同時に触れると、3匹のスペクター……死霊が出現し、その3匹の死霊もほぼ同じタイミング、
厳密にいえば最初の1匹が倒されてから1分以内に残りの2匹も倒さないと、消魂の叫びと言われるスキルによって、周囲のプレイヤーは死に絶えるらしい。
そして3匹の死霊を倒すと、その付近に死霊の王が出現するらしく、そいつが死者の杖をドロップするようだ。ドロップ率は100%の新設設計と聞いてそこは安心した。
ほどなくして目的の場所に着いた。
「よーし、じゃあグループを3つに分けるぞー」ロビンが組み分けを皆に伝え始める。
「Aチームは、カンタ、ケイ、タカシだ。Bチームはレベッカ、キーン、ケロ男爵、Cチームは俺とビビアン」
ロビンはBランクで、俺とビビアンがDランク。他のメンバーは皆Cランクに属している。そして編成の意図はある程度読み取れた。
一番ランクの高いロビンが一番ステータスの低いビビアンを庇う形でチームが組まれており、俺はランクは低いが戦闘の動きはそこそこであると、
恐らくロビンに思われているのだろう……と思っておくことにした。
皆がそれぞれ担当するストーンサークルの前に集まり、ロビンの号令によって一斉に手を触れると紫色の妖しい光が辺りを漂い始め、いく暫くそのまま待っているとどこからともなくスペクターが出現した。
俺はすかさず、スペクターに素早く近づき、最近フリーデンの武器商人から新調して拵えたアイアンソードで斬りつけた。しかし、全く切った感触が沸かない。まるでガスの様にモヤモヤとしたその死霊には物理的な攻撃はほとんど効果がないのだろう。
スペクターがその手に持つ巨大な鎌で反撃してきたが、何とか素早く上体を伏せて回避することに成功する。その攻撃範囲は予想以上に広いようで放射状に数メートル先まで衝撃波が伸び、後ろにいたケイとカンタはダメージを負った。
「思ったよりも後ろまで攻撃が届く!二人ともおれの真後ろには立たないでくれ」おれはそう言いながら、二人とやや距離を置いた立ち位置を取った。
二人は魔法使いタイプであり、そこまで耐久力が高くない……何とか俺がスペクターの攻撃対象として立ち回らなければならない。
そこで俺がスペクターの気を引く作戦に出た。得意のヒットアンドウェイ戦法である。もっとも今回はヒットすることは出来ないのでウェイのみではあるが。
スペクターの対面に周り続け、常に一定の距離を取るように心がける。そして自分の攻撃は通用しないので、回避のみに専念する。
耳障りな不協和音とともに、黒い細長い魔法の閃光群がスペクターに命中した。カンタの毒魔法であるブラックニードルは当たった時の威力こそ低いが、持続的な毒の効果によってじわりじわりと標的のHPを削る。
そこにこぶし大の氷の礫が2発、続けざまにスペクターの頭に当たり、脳を揺さぶる。ケイの氷魔法アクアボールもまた追い打ちをかける形で続く。しかし、どちらも致命傷に至らしめるためにはもっと続けて命中させる必要があるようだ。
だが俺がウェイを続けている状態なので、スペクターも俺の動きに釣られて動き回っており、魔法がなかなか当てづらい。
「ケイ!俺のアイアンソードにその氷魔法をエンチャントしてくれ!」俺はとっさの思い付きを声に出した。それに反応してケイも、意図を汲んでくれたようですぐさま俺の剣めがけてなにやら氷系の魔法を飛ばす。
飛んできた凍てつく冷気が俺のアイアンソードの刀身周辺にぐるぐるとらせん状にまとわりついていき、やがて落ち着くと青白く光り輝く氷の刃が出来上がった。俺とケイの即興の魔法剣が完成したのだ。
俺はクルリと反対向きになり、氷の刃をスペクターの脇腹に突き立てた。そこには冷気が舞い、スペクターの傷口には霜が降りる。周囲は氷点下の冷気で覆われスペクターの動きが明らかに鈍りはじめた。
3人で剣と魔法の集中砲火をお見舞いし、スペクターのその霊体は浄化され天に消えた。
気が付くと、Bチームはもう既にスペクターを撃破しているようだった。流石の手際の良さであるとタカシは感心した。そしてCチーム……ロビンとビビアンの方を見てみるとまだ戦っているが、何やら少し苦戦しているようだ。
死霊術死……ネクロマンサーとしての道を歩み始めているビビアンは、Dランクと言うこともあるが、使用している暗黒魔法がスペクターにはほぼ効果がない。そしてロビンは戦士タイプ特有のタフさはあるが、
俺と同じく攻撃方法が物理系のスキルと通常攻撃しかない。幸い、ロビンの持つその斧は炎の魔力が込められているようで、ロビンも右に左に右往左往しながら孤軍奮闘している。
「だらしゃああ」ロビンが雄叫びを上げながら、最後の一撃を決めた。
「がっはっはっは、たわいもないわい」ロビンはそういって機嫌がよさそうだったが結構時間ギリギリであった。
しかし何とか3チームともそれぞれ敵を撃破することに成功し、これでこのエリアのどこかに死霊の親玉が出現するはずである。
「HP低くなっている人、私が回復するからその場に座って待機してね」回復魔法の使い手であるレベッカが、負傷したメンバーを順番に癒していく。ちなみにこのゲームは立っている時よりも座っている時の方が、回復の魔法やアイテムの効果が20%アップする。
戦闘中よりも、落ち着いている状態の方が回復効率が良い仕様となっているようだ。
「さ、タカシ君も傷を癒すよ」レベッカはそう優しく俺に微笑むと、回復魔法メガヒーリングを俺に向かって唱えた。温かい光が俺の傷を癒す。それと同時に大人の女性の優しさも少し感じたようで、少し嬉しい。
「おかしい……親玉がいる気配がない……」周囲の散策からロビンとキーンが戻ってきた。どうやら死霊の親玉はまだ見つからないようである。
「出現するのにもう少し時間がかかるのかもしれないケロね。このように回復する時間を確保できるように設計されているのかもしれないケロ」
「う~ん、もしかしたら俺達が最初来たように魔法で姿を晦ましているとか……?」何気なくそう言いながら、ふと空を見上げたケイの体が固まった。視線が一点に定まったまま外れない。
「居た」ケイが呟くと、甲高い叫び声が俺たちの頭上で鳴り響いた。人間とも獣とも思えるような耳を貫く死霊の嘆きが、俺達全員にその存在を知らしめた。まさか空中に浮かんでいるなんて。
ケイがその姿を発見したことでスイッチが入ったのか、死霊の親玉は素早く地上へ降りてきた。デカイ……さっきのスペクターの5倍はある大きさだ。
基本的な外見はスペクターと変わらず黒いローブに大きな鎌を持っているが、ローブに覆われている顔は覗くことができ、生気がないガイコツが目に邪悪な光を宿し半笑いしている。
俺はチクリチクリと少しずつダメージを負っていることに気が付いた。1……2……3……
「これ、ネクロマンサーが使う呪いの呪文です!時間を追うごとにどんどんダメージが増えていきます。戦いが長引くとみんな全滅します!」ビビアンが皆にそう伝えた。
確かにこれは短期決戦に持ち込んだ方がよさそうである。
ロビンが親玉の攻撃をがっつりと受け止め、ケイとカンタが後方から魔法攻撃を続けている。レベッカはロビンを回復し続け、ケロ男爵は攻撃力や体力を強化するバフ呪文でロビンを補助しつつ、全体の戦況を観察している。
キーンも手に持っている短剣はレベッカの聖なる魔力が込められているようで、親玉に対して有効な威力を発揮している。
死霊の親玉が、再び雄たけびを上げた。すると毎秒減少するHPの数値が激増した。
「この雄叫びの効果……重複するようです!ロビン……このままだとみんなの体力が持ちません」俺は今の状況を伝えた。
皆よりランクの低い俺は、このままではそうそうに脱落する。そうこうしているうちに後ろで誰かが倒れた。ビビアンだ。レベッカ一人では到底全員の回復など追い付かない。
俺と同様Dランクであるビビアンが、最初にダウンした。一人……言い出しっぺが犠牲者となってしまったが、まだ死霊の親玉の体力は9割以上残っているように見えた。
他のメンバーはまだ戦闘を続けているが、それでもジリ貧になるのは明らかである。
「みんな一時撤退だ!おれが殿を務める。魔法使い系のメンバーからこのエリアを退避しろ」このまま勝ち切るのは不可能と判断したロビンが皆に退却を命じた。
しかし、逃げ場などどこにもないことは分かっていた。ここに来るまでに透明魔法によって猛獣たちを避けてきたが、今はとてもそれをを唱えている時間はない。いつの間にか背水の陣にってたことに、俺たちは気付くのが少し遅かったようだ。
この状態で下山を始めればあっという間にモンスタートレインが出来上がってしまう。
おれももう力尽きる寸前であった。HPは10を切っており……全滅……そんな言葉が脳裏に浮かんだ。
その時、黄金の光が俺の体を包んだかと思うと一瞬にしてHPが全回復した。それどころか、最大体力も大幅に上昇するバフも付与されている。
「みんな、お待たせ」
俺は振り返るとそこには漆黒の鎧を着た、長髪の男が立っていた。しかし装備品の鎧の雰囲気とは異なり、眩い金色のオーラを放っている。
「来てくれたか!セシル」そこに立っていたのは、噂には散々聞いていた俺達のリーダーであった。




