ランク詐欺
「残念だが……君の契約は今月いっぱいで終わりにしたい」
ギルド『スクテッド』のリーダーであるベルフェスは、申し訳なさそうにミナに告げ、それに対して彼女は、
「ハイ……、分かりました。私これでも頑張っていたのですが……残念です」
と、半ば覚悟は出来ていたのかのように、落ち着いた声でしんしんと答えた。
「確かに君の使える魔法は、云わば『バフ』と呼ばれる……味方のステータスを底上げする類のものが多く、
自ら前線に立って体を張って戦うと言うよりは、味方を後方からサポートするプレイスタイルではあるだろう」
しかめっ面をかたくなに固持したまま、首を横にかしげて崩さないベルフェスは、これまで溜め込んでいたであろう胸中を彼女に対し晒し続ける。
「しかしなぁ、Aランクの付与魔術師が派遣されてくると期待してたんだが……、うちのCランクの同系統の術師とそこまで大差がないとは。
せめてバフ魔法は味方にしっかり当ててくれ。味方の頭上を飛び越えて、向こう側にいるグレーダーデーモンがとびきり狂暴になってしまった時はどうしようかと思ったよ」
「本当にすみませんでした……」
ミナは顔をくしゃくしゃにしながら、そそくさと逃げ帰るようにして彼らのギルドハウスを後にし、自分が所属する傭兵派遣ギルド『Bronze armys』へことの顛末を報告するために舞い戻る。
「おーい、ミナ。向こうのギルドリーダーさんから話は聞いたぞ」
真っ赤な顔に、チリチリの髪の毛、半裸姿でデンと構えた『Bronze armys』のリーダー、ラクシャは皆から鬼と呼ばれている。
その鬼がまたか……と言った表情でミナを見据えている。
「リーダー、またやっちゃいましたぁ。どうしてこう、いつもいつもうまく力を発揮できないのか……」
怒られるのを覚悟していたが、どうにも今日のラクシャは様子が違う。何やら妙に上機嫌のように見受けられる。
「もう過ぎたことはしょうがないさ。それよりミナ……ビッグニュースがあるぞ」
実にニヤニヤと気味の悪い表情を浮かべている。
「聞いて驚け。何とスクテッドの連中から今度はSランクのプレイヤーを派遣してくれ! との依頼が来た」
「えええ!それ……どうするんですか?」
思わず驚き声を漏らしてしまうミナ。
私でもう傭兵派遣は懲りたはずでは……と向こうの心中が良く分からないでいた。そしてそれには大きな問題があるのだ。
「うちのギルド……Sランクの人いないですよね」
抜本的に無理な依頼が来ているのにも関わらず、相変わらない様子で、何やら種明かしするかのようにラクシャが言い放つ。
「ああ、そうだ。だがギルドの体裁を保つために、Sランクプレイヤーを派遣する場合の金額も設定していたのさ。
今回は、それが裏目に出た……いや、良い方に転がったと言うべきか」
ミナは彼が言っている意味が良く分からないでいたが、とにかく自分の今回の失敗についての話題に矛先が向かないように、
ラクシャの話に耳を傾けることにした。
「Sランクの派遣料……毎月10万ゴールド。これは何としても欲しい……逃したくない依頼だ。しかし、Sランクの猛者なんかうちにはいない。そこでだ」
「まさか……」彼女は察した。
「そう。Sランクと偽ってプレイヤーを一名、奴らのもとに派遣する」
『Bronze armys』の腐れかけているしょぼくれの古い一室に下品な高笑いが鳴り響いた。
この男はある意味、禁忌を犯そうとしているのだ。
「リーダー、それってもしバレたらまずくないですか。下手したら両ギルドで争いに発展しますよ。
というか……Sランクに比べてパラメーターが低く過ぎてすぐばれますよ」
流石にそれには同意できないと思ったミナが何とかこの依頼の実行を阻止しようと、失敗した時に起こり得る事態をラクシャに言い聞かせるが、
彼は全く聞く耳を持てないでいる様子だ。
彼の中でもうこの依頼を受けることは既定路線。決定事項であったのだ。
「大丈夫だ。あの手この手でたぶらかすのも面白そうじゃないか。うちのギルドの中で一番の武闘派……ハボルテに【神秘のベール】を装備させて派遣しよう。
そうすれば、余ほどのことがなければランクとステータスを見破られることもない。
Sランクの派遣者については、機密保持のためステータスを秘匿していると言えば相手も怪しむことはないさ」
「確かに装備すればランクとステータスを非公開に出来る効果を持つ【神秘のベール】を着せた上で、Sランクを自称すれば相手は確かめる術はほぼないはずですが……、
強いモンスターやプレイヤーと戦闘になった時にきっとボロが出ますよ」
何で自分にこの依頼の詳細を話すのか、薄々感づいてはいたミナであったが、失態を冒しているため首を横に振りづらい。
「そこで味方のサポートが得意なミナちゃん、君の出番だ。後方からありったけの強化魔法を駆使して、ハボルテをドーピングして欲しい。
誰からも気づかれぬような。名付けて『ランクドーピング大作戦』だ」
また部屋に高笑いが響いた。無言の圧。ミナは渋々ながら、ハボルテとともにこのなんとも大胆不敵な形で依頼を遂行することとなってしまった。
「おお、来られましたかハボルテ殿。流石はSランクの方は、何かこう……神々しい雰囲気を発しておられますな」
再びギルド『スクテッド』のギルドハウスがあるケベルタウンを訪れたミナは、ハボルテがそのハウス内で『スクテッド』のリーダー、ベルフェスにもてなされている様子を、
数百メートル越しに魔法アイテム【ブルー水晶】を通して、観察していた。
青紫色に妖しく輝くその魔法石の中に、内部の様子が鮮明に映し出され周囲の音も発せられる。
どうやら実力を視察する意味合いも兼ねてケベルタウン北西に位置するヴォイドジャングルに数名のギルドメンバーを集め、生息する野生動物やモンスター狩りを行うようだ。
古代文明の遺跡も多く発見され、価値のあるアイテムが多く産出している地域でもある。
ヴォイドジャングルに向かった一行8人の影からひっそりとミナは様子を伺う。
幸いにも作戦は順調であった。鬱蒼と木々が生い茂る密林を利用して、バフが切れたら他のメンバーの眼を盗むようにして、二人は接近しミナが確実にバフを再供給する。
獰猛なトラや、ピューマ。巨大グモや大蛇を次々と蹴散らしながら一行は前進していく。
「ははははは、流石です。流石ですぞ」
大層節穴な目を持つベルフェスは、その光景を見て満悦しているようだ。
しばらくジャングルを切り分けて進んでいくと、朽ち果てた古代文明が残した石碑や彫刻が土混じりながらも姿を現し始めた。
この辺りから周囲の様子も少し変化し、木々の隙間から空を見てみると、所々煙が上がっている空模様も観察できる。
野生の動物だけではなく、社会性のあるゴブリン部族の生活圏でもあるのだ。
「おい、あそこにいるの……お尋ね者のマリスじゃないのか」と、誰かが言った。
木々が切り開かれた一帯には三角テントが立ち並んでおり、それぞれが独自の模様で飾られている。
周囲にはその集落の住人と思しきウッド・ゴブリンどもの死体が雑に巻き散らかっており、一人の男がその亡骸からアイテムの採取に夢中になっている様子だった。
「確かにどこかで見たことある顔だな」と、ハボルテが呟く。
「あいつは…100万ゴールドの賞金首。これはまたとないチャンスだ! ハボルテさん、ここはひとつお力を貸してください。
あなたの力で奴を捕らえ、我らに多大なる恩恵を」
ベルフェスは興奮した様子でそう懇願するとしゃがみ込み、後ろから回り込むようにジリジリと距離を詰め始めた。
ハボルテの奴、明らかに不安そうな顔をしていると遠巻きにミナは感じていた。
突然、怒涛の勢いでマリスは皆の視界から消えた。
「気づかれたぞ!」
メンバーの一人が叫ぶと同時に、HPがほぼ一瞬で0になった。
皆が、その叫んだメンバーの方を向くとそこにはマリスがいた。マリスはそのまま走り出し、木々生い茂る密林へと身を眩まそうとする。
ベルフェス、ハボルテ、その他同行している5人のメンバーが一斉に後を追うように走り出した。
しかし、その選択は彼らにとって決して適切なものではなかった。
ジャングル内を高速で移動しながら身を潜め、一人一人に確実に刃を向けていくマリス。
一人、また一人とゲームオーバーになっていく。
「やばいぞ、これ……どうしよう」
慌てふためいていたハボルテも背後から強烈なダメージを負い、振り返るとそこにマリスが立ち尽くしていた。
何とか残された力で反撃をしようとしたハボルテであったが、そのまま連続で切りつけられ、やがてゲームオーバーとなった。
ガサゴソと、彼の亡骸を物色するマリス。
「あ……」
ミナが口を漏らした。恐れていた事態が起きてしまった。神秘のベールがはぎ取られ、ハボルテの真のランクが露わになったのである。
どうやらベルフェスや他のメンバーも気付いたようである。
「おいおいこれは一体どういうことだ!」
怒りだすベルフェス。しかしまだ戦闘は続いている。
しかし、このマリスと言う人物……強い。
バフによって強化されたAランクのハボルテをほぼ秒殺するなんて……
ランクの表示はAであるが、実際はSランクに匹敵するでは……?
私たちとはまるで真逆ね。とミナは思いふけった。
「もう! こうなったら破れかぶれよ」
ほぼやけくそにありったけのバフ呪文をベルフェス目掛けて解き放つミナ。
そのうちの半分くらいは空振りし無駄打ちに終わったが、マナ枯れるまでとにかく重ねに重ねたバフによるドーピングで、ベルフェスのステータスは急上昇する。
「うおう、何か知らんが急に力が湧いてくる」
ギラギラと力強いオーラが迸る右腕で、持っている鉄のハンマーを振り回すも、虚しくも宙を踊るばかりでマリスを捉えることは出来ない。
ほどなくして地面にめり込み、爆発音にも似た喧噪さを周囲に漏らす。
するとその地面周辺に亀裂が生じ、大小幾多の岩板に別れるとそこから石で組まれた地下へと続く階段が見え隠れしているではないか。深い闇へ包まれ続く先は見えない。
「こんなところにあったのか」
ぼそりとマリスは呟くと、躊躇うそぶりを見せることなくその闇と同化するように階段を駆けて行った。
マリスの後を追う者は誰もいないのであった。




