女神が人に堕ちた
洞窟には、怪物の足跡がくっきりっと残っています。
「絶対に許さないわ」
「そのようなお言葉は……人の言。僕が怪物を始末すればそれで終わりです」
女神様はまた天井にお帰りになる。黄金の椅子に座れます。そう簡単に考えていました。
「いいえ。一度地上に降りたら女神に戻るには生贄が必要よ」
女神ローザ様は僕が質問をしなくてもお答え下さりました。全知全能の女神様というわけでなく、人として人の心をお読みになったのです。
僕は胸騒ぎを覚えます。
僕は彼女を人として好きになった瞬間でした。
気づけば彼女の手を取っていました。とても愚かな行為です。だけれど、どうしてもこの危機的な状況では我慢ができませんでした。彼女を救いたい。わがままな動機です。ローザ様の腰に手を当ててそっと、お美しい色白の肌に灯る淡い桃色の唇にキスをしました。
きっと怒りを買うと思いました。
「あなた、神官でしょ? 誰にでもこんなことをするのかしら?」
「い、いえ」
僕は口ごもります。言い訳のしようがない、甘い感じが口内にまだ残っています。
「私もこんな気持ちははじめて。妹のことで涙を絶え間なく流さなればならないというのに」
不謹慎ですよね。僕たちはリア様の昇天日にキスをしたのですから。
「いいわ。私、この先で嫌な予感がするもの。鍵の怪物を殺して、私も死にたいと思ったのよ。本当はいけないことだわ」
「それは、人の感情としては正常ですよ」
「いいえ、女神の感情としては許されないわ。私は、生き続ける存在。私が死ぬことは、それ自体が罪よ」
女神は死ぬことも許されない。僕は面食らいました。
女神ローザ様が突然、僕の肩に腕を回してきました。
さっき僕がしたのと同じことを、今度はローザ様がなさいました。僕たちは不謹慎にも手ごろな岩の上で横になって、絡み合いました。
神と神官ではなくなりました。堕ちた存在です。
怪物の唸り声が木霊しました。ローザ様が僕をジュストとお呼びになります。
「はい、ローザ様」
「私が怪物を引きつけるわ」
「いいえ、僕が行きます」
ローザ様は武器を持っていませんから。僕は怪物の声がした方へ向かいます。
「あなたも怪我しているじゃない」
「女神様が職業の一つであるなら、僕が代わってあげたいですね」
ローザ様は頬を赤らめて僕を否定します。
「男性はなれないわ」
ローザ様を手ごろな岩の上に座らせて、僕は短剣を両手で握り締めます。洞窟の虫が放つ青い光でときどきぼんやりと黒い物体が浮かび上がって見えます。僕は駆けます。
「ジュスト離れないで! 私が戦わなきゃ。私が殺してやるの!」
「ローザ様! そのようなお言葉は!」
ローザ様の鬼の形相。僕が解決しなければならないと心に決めます。