女神ローザはもう女神じゃない
目が覚めたときに、心臓が止まるような思いをしました。女神ローザ様が僕の顔の前でその顔を至近距離まで近づけていたのです。
「べ、別に覗き込んでいたわけじゃないわ」
女神ローザ様は飛びのきました。僕は木立の影に寝かされています。
え、どういう状況でしょうか。
僕は、ひとまず助かったようです。はっとしました。
僕は慌てて上体を起こします。
女神ローザ様の紅蓮の瞳。妹のリア様の青とは対照的で情熱的です。
「め、女神ローザ様であらせられるのですね? 申しわけありません! あなた様の妹の聖女リア様をお守りすることができませんでした」
彼女は表情一つも動かさず無言です。
ローザ様は手で穴を掘られます。
「私はもう女神ではありません。地上に降りてしまいました。この子を救うために。それも、間に合いませんでした」
ローザ様は唇を噛みます。お若いと言うのにほうれい線が浮き出るような悲痛な表情です。でも、涙は零さなかったのです。
ええ、分かります。ローザ様が現れたときに、すでに泣いておられました。
「私は、黄金の椅子に座ることを放棄してしまいました」
僕はその言葉の意味に、空恐ろしいものが含まれていることを感じ取りました。すなわち、異界の封印は、解けてしまったのではないでしょうか?
僕達は聖女リア様を穴に埋めました。女神ローザ様は地上に降りたことで御業を使えないとのことです。普通の人間になってしまったのですか?
「あの、失礼をお許しください。女神ローザ様」
「私、もう女神じゃないから」
女神ローザ様はそっけないですね。
「ごめんなさいいローザ様! 申しわけありません!」
「泣くようなことではないのよ。愚か者」
「ひいい」
ローザ様、つ、強いお方ですね。
「弔いは済んだの」
こ、こんな簡単に済ませていいのですか? 大聖堂はすぐそこですよ?
僕はまた涙に支配されます。
「泣くのなら置いていくわ」
え、嫌ですよ。お供を致します! 女神ローザ様が地上に降り立ったことの報告もしたいのですが、あっさりと口留めされました。
女神ローザ様はこれからあの怪物を討つと言います。なら、護身用の短剣を家から取ってきます。途中で町の兵に助力を乞おうか迷いましたが、ローザ様には口止めされています。
確かに、女神が地上にいることを知ったら町中パニックになりますよね。
けれど、町は人っ子一人いない不穏な静けさなののが気がかりです。
女神ローザ様と僕は、早足に森を突き抜けます。陽の光が僕らの影を長くしたので夕刻に近づいてきたことが分かります。
森を出た先に洞窟があります。
そこで僕らを待っていたのは、町民たちでした。
「ジュスト様! どうしてその女と?」