死にたくない。神官失格。
リア様の小さな悲鳴。
背中に走った激痛は耐えがたいものでした。背中を裂かれました。
血が出ました。肉がえぐれました。
僕は情けなく悲鳴を上げてリア様を抱えたまま転倒しました。
前に、前に進んで逃げなければ。だけれど、僕の意識は遠のいていきます。
「いやああああああ」
リア様の悲痛な叫び声。僕が倒れたばっかりに!
僕は、這ってでもリア様の元へ向かいます。けれど、怪物はリア様の首に深々と噛みついています。さきほどの傷口の上からです。
リア様の足が痙攣しているのが見てとれました。こときれる寸前、リア様は曇天を見上げます。リア様が空に祈っています。僕ではなく女神ローザ様に助けを求めています。
「リ、リア様」
僕はなんで、幼い少女一人も救えないんだ! リア様の首は無残に裂けました。繊維質に伸び切った肉と、勢いよく飛び出した血。痛みなど測り知れません。
目の前のけだものが僕を振り返って大きな足の背を踏みつけました。
「ぎああああ」
情けない悲鳴です。僕は弱い人間でした。
怪物が喉を鳴らします。
僕はとんでもない罪人です。リア様をお救いすることができませんでした。だのに、僕は自分が殺されることを恐れました。
死にたくない――。
僕が四肢を縮こまらせていると、森の木々が風に揺れました。曇天から、かっと、射るような光が僕と怪物を差しました。
これ以上、何が起きても恐れることはないはずです。だけれど、僕の心臓は早鐘を打ちつづけます。
怪物が突然、どうっと身体を横たえて苦しみ悶え始めました。僕は得体のしれない恐怖に心臓をわしづかみにされます。
光の中に裸足の女性が舞い降りたのです。
腰まである長い金髪と、燃えるような赤い瞳。その瞳はぬれています。今しがた泣きはらしたかのような厚ぼったいまぶた。怪物は突然しゃべりました。
「お、おのれ女神め」
怪物は立ち上がるなり跳ねるように走って森へ消えました。
一瞬のできごとです。困惑する僕をしり目に女神と呼ばれた金髪の女性は、聖女リア様の傍らに座り込みます。後頭部をかき抱いて、眠りにつけずにいる彼女の目を指で閉じさせます。
「リア。ごめんなさい」
リア様の銀髪の髪の上に女性の金髪が重なります。口づけでもしているように見える最後の別れは、とても荘厳に見えました。
「あ、あの。申し訳ございません」
僕は羞恥心と、自己嫌悪で自身の顔を埋めたくなります。
「それ以上言わないで」
ぴしゃりと跳ねのけられました。僕は、彼女を失望させてしまいました。
僕は、やがて意識を失いました。おそらくこの方は女神。女神ローザ様を目にしたとたんに、気が緩んでしまいました。彼女の前で僕は醜態をさらしたのです。僕は、神官失格です……。