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9話 風景屋

 私はその足で駅に向かい電車に乗る。そして降りた所は渋谷駅だった。


 ここが一番近いから真っ先に来たのだ。しかし情報はそれだけでどこら辺にあるかの話は一切されていなかった。それでもここ以外に探す場所はない。


 私はスクランブル交差点を歩く一人の人間となりその集団と同じように歩く。空は誰もを平等に照らして等しく光を届けてくれる。それは人も物も道路も建物も関係ない。建物はそれに抗うかのように自ら光を発し、自己の主張を強める。その主張は結託して空に対抗使用とするものではなく他の建物と主張をぶつけ合うだけだ。


 その主張の激しい、虹色に光る道を私は進む。様々な人や物が目に飛び込んでくるが私を引き留めることはない。私の目的はハッキリと決まっているから。その歩みは止められない。信号以外は。


「う~ん、何処にあるんだろう」


 私は地図アプリでスマホを見ながら渋谷から出ないように歩く。気が付いたら私は裏道に入っていて、人通りが驚くほど少ない場所に出た。私は構わず歩き続けるが、吹き付けてくる隙間風に身を震わせる。さっきまでは人が沢山いてそれぞれの熱気が道路や場を温めていたが、ここは違う。私は緩く開けていた上着のジッパーを上げ、風を防ごうとする。それでも寒いものは寒い。


「寒い・・・ていうか何でここってこんなに人がいないんだろう」


 さっきまでは石を投げれば人に確実に当たるレベルでいたが、今は狙っても当たるかどうかといったレベルで居なくなっていた。その代わりに道の両方が見える為サクサク確認できた。『風景屋』が見つかるかどうかは別物だが・・・。



 それから私は3時間ほど足が棒になるかと思うほど歩いたが『風景屋』は見つからなかった。不幸は続き度重なるスマホ検索と地図アプリの起動よっていつも間にか電池が危険粋になっていて、歩き始めて2時間くらい経った頃には完全に0パーセントになっていた。


 片言でしゃべる黒人に連れていかれそうになったり、白い粉いる?とっても幸せになれるよ?と言われたり正直直ぐにでも帰りたかった。


 それでも私は帰る訳にはいかなかった。死に際に瀕した祖父に本当に望んだ光景を見せてあげたい。そう思った。だから私は探す。それでも時間はかなり遅くなってきて渋谷での探索は諦め家に帰る。


 本当はもっと調べたかったが、時間がないので家に帰る。病院に寝泊りしている母の分まで家事をしなければいけないからだ。


「明日は学校サボろう」


 その代わりに学校はサボり明日は一日かけて探そうと決める。そして広い八王子で『風景屋』を見つけるのだ。


「流石に暗くなっちゃったから怒られるかな・・・」


 一人道を歩き駅へと向かう。色々危ない人に声を掛けられたので裏道を行くのを警戒して、表道ばかり歩いていたのでなんとなく分かる。それにスマホの電池が切れてからは何度か同じ道を通ってしまったからいつの間にか覚えていたというのもある。私は数分で駅に到着した。



「やっぱり慣れた駅が落ち着くな・・・」


 家の最寄り駅に降りるとさっきまでいた場所とは明らかに空気が違う。その空気は私を歓迎してくれているとさえ思った。そして私もその空気を抱きしめるかのように両手を広げる。


 駅は普通の何処にでもある改札で駅員さんも特別新設ということではない。それでも何か違うものがあると思ってしまう。その中を足取り軽く歩き続ける。そしてふと左が気になり目線がずれた。


「・・・」


 私はそこにある物を見て動きが止まった。目は大きく開かれていて動かない私を大型犬の散歩をしている人が邪魔そうに顔を顰めながら避けていく。その後も何人か通り過ぎていくが私が見ている方を気にした人は居なかった。


「これって・・・」


 今日SNSで見た木の看板がかかっていた。そこには『風景屋』と黒の筆で書かれていて、その下に同様に木の扉がありボロボロだ。店の外観もボロボロで台風が吹けば吹き飛んでしまいそうだ。窓ガラスもなく平屋で掘っ立て小屋というのが正しいかもしれない。


 私は何も言わずただただそこに向かって進んだ。その扉が目の前に迫る。私はそっとドアノブに手を伸ばしゆっくりとそれを回す。手が緊張しているのかじっとりと汗が滲んでいる。ドアノブを回しきり扉を開けて私は中に入った。


 彼女が中に入ったのを見ている者は誰もいなかった。



 中は外観と同じようだった。木の床、棚、天井全てが木で作られていてそのどれもがどこかボロボロだった。棚には部屋一面に瓶が並んでいて、その瓶の中には不思議が詰まっていた。最初は瓶の中身は色んな色の液体とか珍しい色の魚とかが入れられているのかと思った。でも良く見てみると違って生き物も入っていなければ、ただの液体では片づけられなかった。中の色は瓶によって違っており、虹色に変わる液体が入っていて数秒ごとに色を変えているのかと思えば、ずっと水色一色の瓶があったり同じものは一つとして存在していなかった。


 そこの明かりは天井から吊り下げられていて、小さな明かりだけのはずなのにそれが部屋の隅々まで照らしている。私はゆっくり歩き、鞄や腕が瓶に当たらないように注意しながら奥まで進む。こんな綺麗な瓶を壊したくないという思いが強かった。


 奥の方は光が届いていないのか暗くて良く見えない。だからゆっくり歩いた。そこで人がいるなら声を掛ければいいと思いつき誰かいないか声を上げる。


「あの~誰かいませんか?」


 私の言葉に返事を返してくれる者はいない。ただただ静寂が帰ってくる。


「あの~誰かいませんか!?」


 奥にいる可能性を考えてさっきよりも大きな声で尋ねる。すろと奥から気だるげな老人の声が帰ってきた。


「なんだ」

「・・・」


 声が帰ってきたことに聞いた私が驚いてしまい声が出せなくなる。


「冷やかしなら帰れ」


 私が黙っているとその気だるげな声が更に続けた。私は慌てて返す。


「い、いえ!ここって『風景屋』であってますか?」

「表にそう書いてあったろう。見ずに入ってきたのか」

「いえ、近くにこんな店はなかったので・・・」


 そういうと声の主はだるそうにため息をつく。


「はぁ、ここにくる奴はみんなそれを聞くな・・・どうせ忘れることだが・・・ここは心の底から見たい景色が風景がある者にしか見ることはできない。そしてこの店はそういった者の前にしか現れない。それだけだ・・・」

「え・・・?」


 それって魔法?と思って口を開こうとするが声の主はそれを許してくれない。


「細かいことは聞くな。説明するのが面倒だからな。それでどんな用件で来たんだ?さっさと話せ」

「あ・・・あのおじいちゃんに見せたい景色があるんです!・・・だけどそれがどんな景色なのか風景なのかが分からなくって・・・そういった物を見せてあげることって出来ますか?」

「ほう、お前自身が見たい訳ではないのか?」

「今の私に見たい景色はありません」


 そう、私が見たいような心に残る景色などない。そんな物はないようにしてきたはずだし、心に残っているものの限りでいい。どうせいつかは変わってしまうのだ。覚えておく必要はない。そうなってしまえば祖父の様に心に何かを抱えたままになってしまう。だからいらない。


「ほう・・・珍しいな。人の為にそこまで思えるのは。ここに来る者の99%が自身の為になんだがな」

「そうなんですか?」

「ああ、死ぬ前にあの最高の景色を見たいとか、どこか遠くへ行ってしまいもう二度とそこへ戻ることは出来ないから見たい。そんなような連中ばかりさ」

「そうなんですか・・・」

「まぁ、これはどうでもいいことだったね。それでどの爺さんなんだ?頭の中で思い描け」

「え・・・?はい・・・」


 頭の中で思い描くだけでいいのと思ったけれど取りあえず言われた通りにする。そうしなければ私はここに来た意味がないから。


 頭の中では様々な祖父が出てくる。ベッドで寝ている祖父、夜に背負われて花火を見ている祖父の背中。自転車の練習をしている公園で私の背から響く祖父の声。それは今でも鮮明に思い出せそうなほどだ。


「ほう・・・この老人か」

「はい」


 思い描くだけで伝わったらしい。


「そうだな・・・失われた記憶の風景の再現ということであればその老人の過去の風景の記憶を全てとしようか」

「今・・・なんて・・・」


 聞こえなかったわけじゃないでも信じられないような物を対価として求められたように感じた。


「その老人の過去の風景の記憶を全て・・・と言ったんだ。不服かな?」

「当然でしょ!なんでそんなに対価を要求するの!あんなに弱ってるのに。もう時間もそんなに残されていないのに!」


 信じられない。あんなに弱った祖父からそんなに持っていこうとするだなんて。


「全くこちらの苦労も分かって欲しいのだがな。といっても君には無理か・・・。ただ一つ言っておこう。もし君がこの取引を受けた場合の話だ」

「受けないわよ・・・」

「そう決断をするのは私の話を聞いてからでも遅くはないだろう。君の祖父は病にかかり弱っている。そうだね?」

「ええ」

「そして日々苦しそうな顔をして寝ている。そうだね?」

「そうよ!」


 いちいち確認してくるこの声に何か投げつけてやりたい。


「もう余命幾ばくもない。そこへ私がその老人に風景を見せればどうなると思う?」

「どうなるの?」

「心地よくあの世へ旅立てるだろう。過去の風景の記憶はその者の記憶と一緒。過去にあったいい思い出も嫌な二度と思い出したくないような思い出も全て纏めて私が持っていく。そんな君の祖父には素晴らしい思い出での幸せな景色だけが残るのだ?その記憶とともに彼は果てる。どちらが幸せだと思うね?」

「それは・・・」


 私はハッキリと否定できなかった。思い出すのは苦痛で動けない祖父を介護する母、乾いた笑いを向けてくる祖父、そんな記憶ばかりが彼の言葉を否定するのを思いとどまらせる。もしこの老人の言うとおりにするば祖父は苦しみから解放されるんじゃないのか。もし言うとおりにすれば祖父は安心して旅立てるんじゃないのか。一度そう思うとその思いから離れることは出来なくなる。


「私一人じゃ決められない・・・」

「そうだろう。一度相談してみるといい。もし本当に必要であればまた来ることが可能になる」

「ありがとうございました」


 私はそれだけ言うとその店から出て行った。


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