13話 祖父の為に
地元の最寄り駅に到着した私は誰よりも先にホームに飛び出す。こういった人は何処にでもいるのか周りの人も私を気にした様子はない。
私はぶつからないようにしながらも出せる速度の限界を出して走る。改札もスカートの端がかすめるようでぶつかる寸前だったが私は走った。この考えなら祖父に記憶を失わせずに見せられる。そう思ったからだ。
そして再び『風景屋』のあった廃ビルに近づくとそこには依然と変わらぬボロボロの掘っ立て小屋が存在していた。私は直ぐに消えてしまう前にと急いで近づき扉を開けた。
中は依然と全く変わりがなかった。ボロボロの室内。極彩色の瓶の数々。それらは世界が変わろうとも変わることはないのかもしれない。
「来たかね」
奥の方か声が聞こえる。私はその声を目指して近づくとカウンターの奥にパイプを咥え紫煙を燻らせる一人の白い老人がいた。老人は髪が真っ白で目を瞑り、椅子でゆったりと船を漕いでいた。ヨーロッパで老婆が座っているような古風な椅子だ。しかし、なぜ以前は見えなかったの今日はなぜか見えたのか。記憶を掘り返すと確か暗くて見えないと思っていたが、記憶の老人は今と同じように椅子に深くもたれてパイプを咥えていた。なぜ見えないと思ってしまったのだろうか。
「それで、どんな御用かね?祖父の記憶をさし出す気になったかね?」
「いいえ?」
それを言うと老人は船を漕ぐのをやめ、目を開けて私の目を見つめる。
「それでは?」
「私の記憶で代わりに支払って祖父に風景を見せて。それで出来ないかしら?」
「・・・」
その老人はパイプから口を放し呆然とした顔で私を見つめている。
「どう?」
「は」
「は?」
「はははは、中々どうして、そんな面白い発想になるのかね?記憶を失うということを君は意味が分からないのかな。くはは」
彼はパイプを持っていない右手で目を覆い隠すと上を向いて一人笑う。何がそんなに面白いのか暫くそのままだった。
「私はそれでいいの。どう?」
「おやおや本気か?誰かに仕向けられて来たやつはいたが・・・まさか自分でその考え着くとは・・・献身か愚かかどっちだろうな?」
「私が見せてあげたいと思うからやるだけ。それ以上でもそれ以下でもない」
「くははは、なるほど。面白いお嬢さんだ」
「それでやってくれるのかしら?」
「対価は君の記憶。どの程度かは聞かなくて良いのかね?」
「家族に迷惑はかからないようにして欲しいわ」
「ふむ・・・では君が大事にしていた小学校4年生までの君と祖父との記憶でどうかな?君が祖父の為にそこまで出来るんだ大丈夫だろう?」
「いいわ。それでやって」
私は大丈夫。祖父が幸せになってくれれば私の記憶がどうなっても問題ない。私には心配してくれる人もいないし、心配する人も居ない。家族は・・・祖父との記憶がなくてもきっと大丈夫だ。皆なら受け入れてくれるはずだ。
「ほほう。即答とは。ただ一つ安心するといい。記憶は貰うが全て貰う訳ではない。この瓶には記憶を入れるが、全て入れる必要はないのでね」
そういって老人がいつの間にか出した空の瓶を目の前のカウンターに置いた。
「何かの拍子にその記憶が呼び起されるかもしれない。ただし、その記憶は欠けているかもしれないし、間違っているかもしれない。そんなこともあるから忘れることが一番だね。それでは準備はいいかい?」
「ええ、何時でもどうぞ」
「それではいくよ」
(今までありがとう。おじいちゃん)
私は気を失った。
「中々いい記憶じゃないか。やはり若い時の物ほどいいものが見えるな」
そう一人呟く老人の前で悠里は目を瞑っている。何が起きたのか理解出来ないが彼女の体は薄っすらと発光しておりしかも宙を漂っている。
老人はそんな娘の様子など微塵も気にした様子がなく手の中にある瓶を大事そうに見つめていた。彼の持つ瓶はいつの間にか液体で満たされていた。その液体はピンク色だったり水色だったり黄色だったり白色だったり見ているものを飽きさせないものだ。その虜にさせるものは老人にとっても同じだったようで、彼はうっとりとした表情でそれを見つめている。少しした所で彼は我に返り、少女の事を見つめた。
「お前もこいつのような気持ちだったのか・・・ダリア」
彼の言葉に答える者は居ない。




