エピローグ
――夢を見ている。
母親の部屋は、いつも殺風景だった。
かつて何人もの男が母親を愛したというのに、誰一人として訪ねてくる者はなく。
母親もまた、彼らに何の執着もしていなかった。
窓際のベッドに痩せた母親が寝ている。
少年は、その枕元に立って、やつれてもなお美しい母親の顔を見つめていた。
「坊や」
色のない唇が動いた。
「つらいことを頼んで、ごめんね」
少年は、ゆっくりと首を横に振る。
「私が死んだら、一人で残されたあなたは、きっと誰かに復讐される。私への恨みを晴らすために」
今にも途切れそうな細い吐息。
母親の瞳が緩慢に横へと動き、少年を映した。
「だから。だからね。ママが死んだ証拠を、あなたが消すの。あなたが生きている証拠を、あなたが消すの」
白い手が、布団の中から伸びてくる。
少年はジッとして動かずに、頬を撫でられた。
「■■■■の存在を、殺しなさい」
静かだ。
家の中で、母親と二人きり。
けれど何も“足りない”と感じたことはなかった。
「一緒に生きられなくてごめんね。産まれてくれて、ありがとう」
透き通った涙が、母親の両目からこぼれる。それは一滴で百人を殺せる猛毒なのだという。
その透明な毒を拭えるのは、同じ毒を全身に巡らせている少年だけだ。
「ぼくね、ママが大好きだよ」
寝る時間にはまだ早い。
けれど、パジャマにも着替えないで、少年は母親の隣に潜り込んだ。
一枚の布団の下、冷えた体を抱きしめる。寒くないように。寂しくないように。
「ママ。大好きだよ」
寒くて長い夜だった。
――大切な思い出に、ガソリンをぶちまける。