7話
ダニエル、ポチとタマ、リディア、そして彼女の父親の五人は、リディアの父親の工房に放り込まれた。
「研究所の謎の爆発事故で、偶然居合わせたお前たちは全員死亡。シンプルだろ」
ハーヴェイが言いながら、五人のそばにトランクケースを置いた。リディアの父親が「ひぃっ!」と叫ぶ。それに爆弾が詰め込まれているのだ。
「取引相手に、爆弾の性能を披露しなくてはならないのでね」
リディアは膝の震えを隠しながら、キッとハーヴェイを睨む。
「爆弾の作り方を知ってるお父さんまで殺したら、もう爆弾を作れないわよ!」
「心配してくれてありがとう、お嬢さん。設計図は見つけたよ」
「わーん! タマの腕ー!」
「…………!(特別意訳:ボクの顔ー!)」
ロープでぐるぐる巻きにされたポチとタマがバタバタ暴れた。
タマは鉤爪のついた両腕を付け根から分解され、ポチは鼻から喉までを全て失って声さえ出せない。二人の周囲には、取り外された機械部品が散乱していた。なかなかショッキングな光景だが、今はそれどころじゃない。
「……ママ……」
目を覚ましたダニエルも、廃人みたいな様子でぐったりしている。
「三人の用心棒も、もう役立たずだ。チェックメイト」
ハーヴェイはそう告げて、部屋を出ていった。
リディアは座ったままでダニエルに肩をぶつける。
「ダニエル! ダニエル、しっかりして!」
「ママぁ、こわいよぅ……たすけて……」
「ママーママーじゃない! 泣かない! あんたは二十八歳の成人男性、職業は用心棒なのよ!」
ダニエルは涙目でしゃくりあげながら、いやいやと首を振った。立てた膝に顔を押し付け、呻くような声で泣きじゃくる。
「ママの悪口を言われたことがショックすぎて幼児退行しています。ここまでくじけちゃうと、あと三日は立ち直れないですね……」
「…………(特別意訳:万事休す、だな)」
ポチとタマが困り顔でダニエルを眺めた。早々にあきらめムードだ。
「せっかくお父さんに会えたのに! ダニエル!」
「ぼくはダニエルじゃない! ダニエルってだれ!?」
泣きそうな顔でダニエルにタックルしたリディアに、大泣きのダニエルが叫び返した。
まさか、ママの悪口を言われたことがショックすぎて記憶まで飛んだのか。
「ダニエルって、偽名だったの?」
「おやびんはいちいち名前を変えるので」
「ママ、どこぉ……? 会いたいよ……」
ダニエルはひどく悲しそうな声で、何度も何度も母親を呼ぶ。まるで巣に一匹だけ置き去りにされたヒナみたいだ。
リディア自身、一人で逃げ回っていたときは、世界中が敵に回ってしまったような気がしていた。今の彼もそんな気分なのかもしれない。
リディアの胸の中で、引っかかるものがあった。
放り投げられたカバンの中から、開封済みのマシュマロの袋を前歯で引っ張り出す。袋の口を開けてやると、中からふわっと甘い匂いがした。
彼はダニエルではない。なら、なんと呼べばいいのか。
彼の母親は、幼い彼を、なんて呼んだのだろう。
「坊や」
全てを拒絶するように目を閉じていたダニエルが、まぶたを開く。
「坊や、いい子」
ふわふわのマシュマロの匂いと、優しい声。
「ママ!」
ダニエルは救いを求めるように叫んだ。
四肢を拘束されているせいで勢いよく前のめりに倒れ、床に額を強打する。見開いた目からあふれた涙は、きっと痛みのせいではない。
「心のどこかで、ママをきたないって思っちゃうぼくを……それでも、ずっと許してくれる……?」
震えた、消え入りそうな声だった。
子どもだった彼は、何もかも知っていたのだろう。
でも認められなかった。認めたくなかった。
母が“女”で、“殺人者”だったことを。
リディアは、そっと彼の髪を撫でた。ダニエルがゆっくりと頭をもたげる。
「ああ……そうだ……こんなぼくを愛してくれるママはきれいだ。世界で一番きれいだ」
縦に亀裂の入った瞳の中で燃えるのは、ひどく矛盾した、純粋で激しい愛情だ。
「だから、ぼくは……俺は。俺を生かしてくれたママのために、生きなくちゃ」
ダニエルが、二十八歳の精悍な顔つきに戻った。別にマザコン具合が改善されたわけではない。
「おやびん! 手作りたまごボーロなしで復活できたんですか!?」
「それはあとで食べる。今はやることやらなきゃ」
「アイツら、ここを爆破するつもりなの!」
「うるさい」
「えっ」
さっきまで一生懸命励ましていた相手に一蹴され、リディアは言葉を失った。
「リディアちゃんのお父さんは、リディアちゃんを愛してますか?」
ダニエルは至極真面目な顔で、いきなりリディアの父親に問い詰めた。
「ちょっ……それ今聞くこと!?」
「もちろんですよ! 当然でしょう!」
「お父さん……」
「それならおかしい。前提から間違ってる」
「何が“間違ってる”じゃコラ! あんたの母親観よりは間違ってないわ!」
「あっ……お姉ちゃん、むごいところを指摘しますね」
「…………(特別意訳:ボクたちでもあんまりイジれない部分なのに)」
冷静に否定され、ついつい言葉が荒れるリディア。ダニエルはスルーで話を続けた。
「アホ、よく聞け」
「アホだと!?」
「愛してるなら、娘が危険な目にあうようなことはしないはずなんだ」
「どういうことよ?」
「リディアちゃんが起爆コードを持ってるなんて知られたら、リディアちゃんは間違いなく狙われる。お父さんがそれを喋るわけがない。なんでヤツら、リディアちゃんが起爆コードを持ってることを知ってたんだ……?」
一人でブツブツ呟くダニエルを、リディアは不気味なものを見る目で見つめた。とつぜんダニエルが関節を外して両手足の拘束を外す。そして、リディアに覆いかぶさった。
「キャー!」
「ちょっとアンタ! 娘に触らんでください!」
リディアの父親がダニエルにタックルする。ダニエルは片手でそれを受け流した。リディアの父親が床に滑り込む。
「盗聴器だ」
ダニエルがリディアの襟の裏から取ったのは、超小型の盗聴器だった。
「喋ってたこと、ずっと筒抜けだったみたいですね」
「ご……ごめんなさい……」
リディアがうつむいて小さくなる。
「これ、使えるかも」
ダニエルは盗聴器をポケットにしまった。
「おいポチタマ、バラバラじゃねぇか」
「元通りに治してください! なんでもしますから!」
「…………!(特別意訳:なんでもしますから!)」
「治したいけど手が足りねぇ。グズグズしてるとみんな死ぬ」
「タマたちここで退場なんですか!?」
「あたしたち、手伝えるよ!」
リディアが声を上げた。彼女の父親もウンウンうなずく。
「爆弾を作れるくらいの腕はあるもんな。よし、頼む」
ダニエルは、床に転がっていたタマの腕の鉤爪を使って、二人の手足を縛っていたロープを切った。