表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/9

4話

「ヒュドラを見つける」

「ヒュ……ヒュドラ!?」


 ダニエルの顔色が変わった。動揺しながら肩を縮こめ、リディアの顔をのぞき込む。


「ヒュドラって、あの……」

「それは知ってるのね。そりゃそうか、あなたに近い業界での有名人でしょ」


 リディアはそう言って、言葉を続けた。


「最強の暗殺者。美貌の女スパイ。数え切れないほどの権力者や大富豪を毒殺したっていう、あのヒュドラよ」

「ヒュドラを見つけてどうすんだよ?」

「そんなの決まってる。組織のボス、ハーヴェイ・グロットを暗殺してもらうの」

「あんさつ……!」

「何よ、傭兵のくせにビビっちゃって」


 リディアは腰に片手を当て、震え上がるダニエルを一瞥した。


「穏やかじゃねぇな。話し合いでなんとかならない?」

「無茶言わないで! それに、ハーヴェイは……っ」


 言葉が詰まる。リディアは体の横で拳を強く握りしめ、ダニエルを睨んだ。


「ハーヴェイは、あたしのお父さんを監禁してるのよ!」


 ダニエルが「えーっ!?」と叫んでのけぞった。その後ろにいたポチとタマも、ピクリと眉を上げる。


「爆弾を作ったのは、あたしのお父さん。ハーヴェイに脅されたの。でもお父さんは起爆コードを作ってあたしに託してくれた。これを持って逃げなさいって」

「…………でもさ。ウワサによれば、ヒュドラは何年も前に失踪したんだろ?」

「そうね。だけど、彼女は復活したの!」

「えっ!?」


 ダニエルはまたもや目を白黒させた。


「これからヒュドラに会いに行くわ。だからそれまであたしを守って。それがあなたの仕事」


 リディアはそう言ってダニエルの腕に触れ、一人でさっさと歩いていく。ダニエルとポチタマがすぐに追いついてきた。


「怪しいと思うけどなぁ〜。やめといた方がいんじゃね?」

「うるさいな。もう決めたことよ」

「殺しは犯罪だぞ。悪いことだぞ。一線超えたら、どれだけ後悔したって戻ってこられないんだぞ」

「オッパイ揉んだくせに説教しないで!」

「だからあれは事故だってば!」


 事故か事故じゃないか言い合っているうちに、一行は裏路地の片隅にある小さな酒場の前に来ていた。


「大人の酒場、入ったことあるの?」

「何のための用心棒なのよ」


 リディアは張り詰めた表情で酒場の入り口を見つめている。


「アニキとタマは、何度か入ったことがありますよね」

「酔い潰れたおやびんを迎えにね」

「余計なこと思い出さなくていいから」


 リディアがドアを開けた。全く馴染みのないバーの風景。数少ない席にちらほら座っている客も、なんだかガラが悪い。

 リディアは毅然としてカウンター席に向かった。


「いらっしゃい、お嬢ちゃん。何にする?」

「“蛇の巣穴”」


 マスターに向けて口にしたのは、合言葉だ。


「……奥へ行きな」

「どうも」


 リディアはカウンターを離れ、店の奥の“関係者以外立ち入り禁止”のドアをくぐろうとした。「待ちな」と呼び止められる。


「そんな大人数で押しかけられちゃ困る」


 マスターがしかめっ面で言った。


「ボクたちはここで待ってるよ」

「いってらっしゃい、おやびん」


 ポチとタマはそう言って、カウンター席に戻る。


「大丈夫か?」


 ダニエルが尋ねると、二人はひらひらと手を振った。


「行こう」

「いいの?」

「まあ……大丈夫だろ。クソガキだしな」


 ダニエルはあまり気にもとめない様子で前を向く。リディアは少し後ろ髪を引かれる思いだったが、意を決して、足元の階段を降りていった。

 そこは地下室だった。真ん中にテーブルがただ一つあって、イスが二つ対面で置かれている。奥のイスには、胸元が大きく開いたドレスを着た女が腰掛けていた。

 テーブルに肘をついていた女は、なまめかしく目を細め、リディアを手招きする。リディアは緊張の面持ちでイスに座った。


「いらっしゃい、お嬢さん」

「リディアです」

「そちらは?」

「ダニエル」

「リディアさんと、ダニエルさんね」


 女はそれぞれに視線を配り、微笑んだ。


「あなたがヒュドラ……?」

「ええ」


 リディアが問うと、女――“ヒュドラ”は頬杖から顎を離した。


(これが本物の暗殺者……)


 リディアは“ヒュドラ”の顔から目を離さずに、ゴクリと生暖かいツバを飲む。多少化粧が厚いけれど、確かに美人だ。

 リディアはオーバーオールのポケットから豪華なブローチを取り出して、それを“ヒュドラ”の前に置いた。


「まあ……ステキ」

「あなたを雇います。――ハーヴェイ・グロットを殺して、あたしのお父さんを助けて」


 丁寧にマニキュアの施された指でブローチを手に取った“ヒュドラ”は、唇に妖艶な曲線を描く。


「いいわね。ヒーローみたい」

「それなら……」

「でも、私――」


 リディアの額に、銃口が向けられた。


「もうハーヴェイに雇われてるから」


 乾いた銃声が地下室に響き渡る。

 リディアはイスごと真後ろに倒れ込んでいた。

 ――撃たれる直前、ダニエルが彼女のイスをひっくり返したのだ。


「いっ……たぁーい! もっと優しくできないの!?」

「ごめん」


 後頭部を床に打ち付けたリディアは、ダニエルの声の重さに驚いて言葉を失った。

 彼の視線は、“ヒュドラ”一人だけを見つめている。

 ダニエルは静かに“ヒュドラ”の真横に移動した。


「なぁに? アンタ……」


 “ヒュドラ”は動揺しながらも、高圧的にダニエルを見上げる。

 ダニエルの平手が、迷いなく彼女の頬を打った。


「何す……」


 女に鋭く睨まれる。

 全くひるまず、反対の頬にもう一発。

 平手打ちだが、その音の大きさと盛大に乱れる髪を見る限り、相当強烈な威力だ。

 両側の頬を真っ赤に腫らし、鼻血まで出した“ヒュドラ”は、ふらつきながらもダニエルの頭に向けて発砲した。弾丸が頬をかすり、赤い筋が顎へと伝う。


「いてぇだろが」


 ダニエルは地の底から響くような声で言った。縦に亀裂の入った瞳に見据えられ、“ヒュドラ”が硬直する。

 ダニエルは“ヒュドラ”の髪を掴み、その頭をテーブルに叩きつけた。


「逃げるぞ、リディアちゃん!」

「う……うん」


 こちらを振り向いたダニエルは、すでに憑き物が落ちたようにいつもどおりの雰囲気になっている。リディアはダニエルの後ろについて、階段を駆け上がった。


「動くな!」


 鋭い声で、二人は足を止めた。


「おやびん〜」

「助けてください〜」


 客の一人だった男が、ポチとタマの首を腕でホールドして、拳銃の先を二人のこめかみに押し付けている。


「ポチくん! タマちゃ……」

「ポチタマ! 殺すなよ!」


 リディアを遮ってダニエルが叫ぶ。えぐえぐ泣いていた二人から、表情が消えた。


「またか」

「つまらん」


 タマの鉤爪が拳銃をスライスし、ポチの肘鉄が男の顎に命中する。


「このバケモノ……っ」


 他の客たちが銃を抜いて立ち上がった。


「バケモノだってさ、アネキ」

「言われ慣れてますよね、アニキ」


 二人は息を揃えて床を蹴った。銃弾の雨をかいくぐり、連携技で敵を仕留めていく。


「きゃあぁ! もうワケわかんない!」

「危ないから出てくんな!」


 ダニエルとリディアは倒したテーブルを盾にしてうずくまっていた。飛んでくる弾丸が次々とテーブルにめり込む。


「外でやってくれ!」


 マスターがカウンターの影に隠れて怒鳴った。


「言われなくても!」


 ダニエルはリディアに目配せし、テーブルを押しながら走った。一気にドアまで近づくと、リディアを抱きかかえてテーブルの陰から飛び出した。ポチとタマがついてくる。

 弾丸をよけながら酒場を出たダニエルは、ちょうど近くの曲がり角を曲がる、馬車らしき乗り物の後ろ姿を見つけた。


「馬車、借して!」


 必死な形相でそれを追いかけ、曲がり角を急カーブする。

 乗り物を引いていたのは家畜ではなく、おじさんだった。


「これ人力車だぞ!」

「そ……それでもいいや!」

「貸してください」


 タマが鉤爪をギラリと光らせる。おじさんは悲鳴を上げ、人力車を置いて逃げ出した。


「なんで脅した!?」

「おやびんのマネです」

「俺そんなことしないもん!」

「“しないもん”じゃねーよ。とっととずらかるぞ」


 酒場にいた男たちが追いかけてきている。


「ええい、乗れ!」

「はーい」

「おやびん、がんばれー」


 ダニエルはリディアを人力車に載せた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ