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1話

 大切な思い出に、ガソリンをぶちまける。

 玄関。リビング。お風呂。キッチン。生まれた頃から見てきた景色のすべて。

 そして、最後は――

 ベッドに横たわる、母の体に。


「ママ。いつまでも愛してる」


 少年は手づくりの小さな花束を、母の胸に乗せた。

 まるで眠っているような美しい顔だ。

 三歩下がり、マッチの先を箱の側面に当てる。手が震えていた。

 一度深呼吸して、今度こそマッチに火を灯す。

 投げた火がガソリンの上に落ちた。

 ベッドが燃え上がり、熱い風が少年の頬を撫でる。


「――ぼく、幸せになるよ」


 少年は玄関へと駆け出した。

 両目にたまった涙が炎の赤色に染まっている。

 その手のひらの中では、銀色の指輪が強く握りしめられていた。


 ☆


 夜の街を、少女が走る。

 デニムのオーバーオールは泥で汚れ、首にかけたゴーグルはひび割れていた。少女――リディアは後ろを振り向きながら、猥雑な裏道を疾走する。


「いたぞ!」


 男の声とともに浴びせられる光。すぐ後ろに大勢の足音が迫る。

 リディアは近くにあった廃屋に飛び込んだ。壁に穴が空き、天井の隅が蜘蛛の巣で真っ白になっている。一歩踏み出すたびに、恐ろしいほど床板がきしんだ。

 だが、そんなことを気にしている場合ではない。部屋中にぐるりと視線を巡らせ、隠れられる場所を探す。

 部屋の奥にクロゼットを見つけた。あそこがいい。

 リディアは走ってクロゼットに近づこうとした。

 腐った床板がギシィッと鳴り、大きくへこんだ。

 嫌な予感。

 次の瞬間、リディアの体重に耐えきれなくなった床板が砕ける。悲鳴を上げる間もなく、床に空いた大穴に吸い込まれた。

 落下したリディアが床に叩きつけられ、埃がもうもうと舞い上がる。


「いったた……」


 リディアは仰向けに倒れたまま、顔を歪めた。どうやら地下室に落ちたらしい。


 ムギュッ。


 起き上がろうとしたそのとき、黒い手袋をした手のひらに片乳を思いっきり揉まれた。

 ゆっくりと隣を見る。


「ママぁ……。ぼくねぇ、フワフワのマシュマロが食べたいの……」


 甘ったれた声で言いながらムニュムニュと乳を揉みしだく、見知らぬ男。

 鼻の頭が触れ合いそうなほどの至近距離に、男が寝転んでいた。


「キャーッ!」

「!?」


 リディアは甲高く叫んで男の頬を激しく叩いた。男が飛び起きてリディアを認識する。


「ギャーッ! 誰!?」

「こっちのセリフじゃ!」


 悲鳴を上げる男。リディアは腕で胸をかばって中指を突き立てた。

 少し離れたところの床で折り重なるようにして眠っていた少年と少女が、眠そうに頭をもたげる。

「ふわぁ……どーしたんすか、おやびん」


 間延びした声で言うのは、犬のマズルを模した鋼鉄のマスクで顔の下半分を覆った少年。


「喚くな。甘ったれた声でキモい寝言を言うだけにしてください」


 睡眠を邪魔されて不機嫌丸出しなのは、指先に鉤爪の生えた銀色の両腕を持つ少女だ。


「知らない女がいる!」


 男が叫ぶと、およそ十二、三歳くらいに見える少年少女は素早く体勢を整えた。少年は拳銃を構え、少女は鉤爪を剥き出しにする。いつでも飛びかかれる姿勢だ。


「刺客か?」

「サクッと殺して寝ましょう」

「ひっ……」


 リディアは喉を高く鳴らして、尻もちをついたまま後ずさった。彼女をかばうように男が腕を伸ばす。


「殺すな! 危ないヤツらだな!」

「あんたに言われたくねーし」


 少年が心外そうに男を睨む。


「ちょ、ちょっと待った! あたしはその……シカク? じゃない! リディアと申します!」


 リディアは少年と少女に広げた手を伸ばし、身元を明かした。

 そのとき、頭上の大穴から影が落ちてきた。


「見つけた! ここだ!」


 追っ手の男たちが穴をのぞき込んでいる。


「ヤバい! 助けて!」


 リディアは大慌てで男の背中に隠れた。


「えぇーっ!?」

「貴様、仲間か!?」


 追っ手の鋭い視線を受け、男は青ざめて首をぶんぶん横に振る。


「違います違います! 俺は一般人です!」

「嘘つけ!」

「ひどい! 決めつけるなら最初から聞くなっ!」


 追っ手たちが銃を抜く。

 最初に一人、膝で顎を撃ち抜かれて倒れた。

 高く跳躍し、大穴から飛び出した男。軽やかに宙返りした男は、追っ手たちの背後に着地した。

 追っ手たちが振り返ろうとする。しかしそれより速く、男の拳が五人刈り取る。最後の一人が銃口を男に向けた瞬間、男はその目前に肉薄した。


 ――がら空きの喉笛。


 それを見つめる男の瞳に強い光が宿りかけた。眉根を寄せ、小さく首を振る。みぞおちにアッパーを撃ち込んだ。一発だけ放たれた弾丸が、腐った床に穴を開ける。


「つ、強い……っ」


 戦いと呼ぶにはあまりに一方的すぎる行為を目の当たりに、リディアは息を飲んだ。


「ふー……」


 男が深く息を吐きながら、一歩踏み出した。その体重に耐えきれなくなった床が割れ、男が真っ逆さまに落ちてくる。


「ぎゅべっ!」


 床に叩きつけられた男は、涙目で体を起こした。

【主な登場人物紹介】


・ダニエル(おやびん)

やたら強い一般人。料理が趣味。黒い手袋をはめた上に、銀色のピンキーリングをつけている。


・ポチ

嗅覚特化型サイボーグの男の子。鼻の付け根から喉までが機械。マズル(犬の鼻先から口周りのこと)型マスクはドッグモデルの特徴。


・タマ

近接戦闘特化型サイボーグの女の子。両腕と両目が機械。鉤爪付きのメタリックな腕はキャットモデルの特徴。

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