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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

初めてのキスはありふれたチョコの味でした

作者: 千歳夏夜

うちの子百合小説、バレンタイン編です。

今回のメインは明日華と悠里になります。

 初めてのキスの味って、どんなのだと思う?

 苺? レモン?

 私の場合はそんなロマンチックなものじゃなかったさ。

 ただ、忘れられない味になったのは確かだな。




「悠里~! 助けてくれ~!」

 正月の緩やかな時間も過ぎ去って久しい二月。

 休日の学園寮に、少女の情けない声が木霊した。

 声の主は赤い長髪をポニーテールに結い、腰には一振りの刀を差したこの少女――明日華だ。

 彼女は茶髪をセミロングに切り揃えたもう一人の少女――悠里に詰め寄っていた。

「どうしたの? そんな大声で……」

「助けてくれ、悠里! 急を要する事態なんだ!」

 悠里が問い返しても、彼女は先ほどと同じことを繰り返すばかりで埒が明かない。

 二月、明日華、困りごと……

 しばし考えて、悠里は一つの可能性に思い至った。

「分かった。期末試験の勉強」

「違う! いや、それも大変なんだが……とにかく違うんだ!」

「? とにかく落ち着いてゆっくり話を聞かせて」

「あ、あぁ。済まない」

 このままでは進展が無い。ばかりか寮の廊下で騒いでいては迷惑にもなりかねない。

 そう判断した悠里は、ひとまず場所を移すことにした。


「うん、美味い!」

「気に入ってもらえたなら……良かった」

「悪いな。いきなり泣き付いて、紅茶までご馳走になって。」

「気にしないで。今度は千秋も呼んできて」

 所変わって悠里の自室。

 二人は紅茶を飲んで小休止と洒落込んでいた。

 もう少しこのままでも良いかな。

 そんな風に悠里が考えたところで、明日華が突然、弾かれたように立ち上がった。

「そうそう! 千秋のことなんだ! それで相談があって!」

「さっきも言ってた助けてほしいこと?」

 何だろう、と悠里は考える。

 喧嘩……ではなさそうだ。

 この二人が喧嘩したことなど入学以来一度も見たことがないし、何より今の彼女からは憂鬱なオーラは感じられない。

「バレンタイン、もうすぐだろ?」

「好きな人にチョコをあげるっていう……あれ?」

「そう! だからさ……」

 明日華の話は要約するとこういうことだった。

 毎年のバレンタインで、彼女は幼馴染の千秋からチョコを貰ってばかりなのだという。

 もちろんそれ自体は嬉しい。嬉しいのだが、今年は自分の方から渡したくなったのだと、明日華は熱の篭った調子でまくし立てた。

 感謝の印として、そして何より、千秋への正直な想いを伝える為に。

 きっとそれが乙女心というものなのだろう、と悠里には自然と理解できた。

「私だって女の子! 十六歳の乙女なんだぞ! 好きな子にはチョコをあげたいだろ!」

「気持ちは分かる。私も同じ」

「だろ! だから……」

「チョコ選びを手伝ってほしい?」

 尋ねる悠里の言葉に、しかし明日華は首を横に振った。

「違う! 確かにそれも考えたさ。でもそれじゃ味気ないだろ? だから……」

「まさか……!」

 もうここまで来たら、悠里にも次の展開が分かった。

「そう、手作りだ!! だから作り方を教えてくれぇ~!」

「え? でも私、チョコなんて作ったこと……」

「関係ない! 一人より二人だ!」

 断った方が良いのかもしれない。そう考えた悠里だったが、何となく今の空気に水を差す気になれなくて、そのままなし崩し的に引き受けてしまった。

 本当は彼女自身、手作りチョコというものに興味を覚えていたのだが。




 悠里と明日華。

 菓子作り初心者の二人がまず訪れたのは、学園の図書室だった。

「まずはレシピを調べる。情報戦は大事」

「基本だな。しかしまぁ悠里も初めてだったとはな」

「料理は当番の日に作るだけだから。お菓子作りは初めて」

「大丈夫なのか、私らだけで……」

「何とかする……しかない」

 今更になって不安になってくる二人であった。

 不安を胸に図書室を訪れた彼女達をまず出迎えたのは、大量の本だった。

 右を見ても左を見ても天井まで届く書架が立ち並び、その全てにびっしりと本が収められている。

 よく見ればスペースが空いている箇所もあるが、この規模では誤差のようなものだ。

「さて、問題はこの本の山からどうやってお目当てのものを探すかだが……」

 開幕から頭を抱えたくなる明日華。じっとしていられない気質の明日華にとって、図書室や本はもっとも縁遠い存在の一つだ。

 だが悠里は特に迷った様子もない。

「菓子作りは料理だから……59。こっちね」

「え? 何で分かるんだ?」

「とにかくついてきて」

 言われるがまま、明日華は悠里の後に続く。

 前を行く少女の足取りに迷いは見られなかった。

 歩きながら理由を聞いてみると、呆れた様子で種明かしをしてくれた。

「明日華、もしかして図書室、来たことない?」

「あいにく私は剣を振ることしか能が無いものでな」

「はぁ……図書室では分類ごとに番号を振って棚を分けてるの。どこも同じ」

「じゃあ剣道や魔術にも?」

「もちろん。剣道はスポーツだから78、魔術は4のどこかにあったと思う」

「はー、よく出来てるんだなぁ……」

 悠里の案内のお陰もあり、目当ての書架はすぐに見つかった。

 確かにこの辺りの書架には料理関係の本ばかりが並んでいる。

「本当だ。図書室って凄いんだな!」

「感心した? なら明日華もちょっとは本を読むべき」

「悪いな。それとこれとは別問題だ」

 後はここから手分けしてチョコの作り方について書かれた本を探すだけだ。

 それはさして難しい作業でもなく、二人で分担することで程なくして見つかった。

「おっ、これなんかどうだ?」

「見せて」

 明日華が見つけた菓子作りの本。

 しばらくページを捲った後、悠里は決然とした様子でパタンと本を閉じた。

「これなら作れそう。お手柄」

「次は何をすればいいんだ?」

「まず材料の調達。今日はこれから言うものを買って、明日調理場に来て」

「よし、了解した!」

 明日華には友人の姿がいつも以上に頼もしく思えたものだった。




 翌日、明日華はレシピで指示された材料を手に、寮の調理場に向かった。

 悠里は「準備万端!」とでも言いたげに、既にエプロンと三角巾を身に着けていた。

 普段は表情の分かりにくい少女だが、今は心なしか得意気に見える。

「ちゃんと買ってきた?」

「あぁ、この通り! 手作り用チョコと、あと飾り付け用の……何かいろいろ!」

 明日華は負けじと自信満々の様子で成果を並べる。

 手作り用ブロックチョコ、クルミ、クランチ、カラーシュガー、チョコペンなどなど。菓子作りに必要になりそうなものは一通り揃っている。

 対する悠里は銀色に輝くハート型を取り出す。

「私はチョコを流し込む為の型を持ってきた。後は湯煎用に鍋とボウルも」

「おぉ、なかなかやるな! よし、じゃあ始めるか!」

「おー」

 何だか頼りない返事だな、と明日華はそう思ったものだったが……

 悠里が料理本を開くや否や、すぐにその考えを改めることになった。

「よしっ、まずはチョコを溶かす」

 普段の大人しそうな姿はどこへやら。

 今日の悠里は表情も雰囲気も真剣そのものだ。

 そんな彼女が明日華に第一の指示を飛ばす。

「明日華、火の準備をして」

「火だな。よし来た! 破壊と想像を司る炎の精霊よ!」

 明日華は単純だ。火と聞いただけですぐに自分の得意とする魔法を連想してしまう。

 いつも以上に気合の入った呪文詠唱。

 気持ちの高ぶりと周囲の大気が熱を帯びるのを肌で感じながら――

「消し炭になるからやめて」

 程なくそれは中断させられた。

 明日華の眼前には悠里の刺突剣(エストック)があった。銀色に輝く刀身は有無を言わせぬ無言の説得力を放っている。

「う……いや、ちょっとした冗談だってば」

「嘘。冗談を言ってる目じゃなかった」

 鋭い、と明日華は心の中で唸った。

 ぼーっとしているようで実によく人を見ている。そんな彼女の観察眼の鋭さを思い知らされた。

「あんまりふざけてると叩き出す」

「……ごめんなさい」

 流石に怒らせてしまったか。

 反省した明日華は、しばらくは大人しくしていようと心に決めた。


 それからの作業はまさしくトントン拍子だった。

「鍋に水を入れて火にかける。そのまま五十度強になるまで待つ」

「了解!」

「その間にチョコを刻んでおいて」

「任せろ!」

「溶かしたらかき混ぜる。ダマができないように気を付けて」

「承知した!」

 工程の確認と繊細さを要求される作業は悠里が担当。

 彼女の指示を受け、単純作業を明日華が担当する格好だ。

 指揮系統が明確で、かつ、的確な指示を出せる人間がいると動きやすい。

 この辺は普段の訓練でも同じだな、と明日華はそんなことを考えていた。

 そうして開始から小一時間ほど経過した頃。

「できた……!! 砂糖とチョコペンで飾り付けもバッチリだ!」

 二人の目の前には、可愛く飾り付けられたハート型のチョコがあった。売り物のようにはいかず、多少不恰好なのはご愛嬌だ。

「明日華は何味にした? 私はクルミを入れてみたけど……」

「私はクランチチョコにしたよ。千秋、よく市販のクランチチョコを食べてるからさ」

 ほとんど無意識に想い人の名前を出す飛鳥。と、そこで悠里が柔らかな笑みを浮かべた。

「ふふっ。千秋のこと、本当に好きなんだね」

「まあな。物心つく前からの付き合いだし、今更あいつがいない生活なんて考えられないしさ」

 言いながら、明日華はこれまでの思い出を振り返る。

 近所の悪ガキにいじめられていたのを助けた時、小学校の遠足で道に迷って何駅分もの距離を歩いた時、夏休みの宿題が終わらなくて徹夜して手伝ってもらった時、キャンプで遭難してサバイバルするハメになった時。

 つらい時、迷惑をかけた時も少なくないが、今ではそれらも含めて良い思い出だ。

 もちろんこれから先も彼女との思い出を積み上げていくつもりだ。

「そう言えば悠里。お前のチョコあげたい相手って誰なんだ?」

 そこでふと、明日華はずっと気になっていたことを尋ねた。が、悠里は唇に指を当て、悪戯っぽく笑うばかりだ

「ひ・み・つ」

「ケチ! ヒントくらいくれたっていいだろぉ!」

「うーん……じゃあ強くて美人の先輩、とだけ」

「もしかして神田先輩とか?」

「さあね。そのうち皆にも紹介する」

 結局教えてくれそうにはなく、断念するより仕方がなかった。


 最後に可愛くラッピングをして、今度こそ本当の完成となった。

 一仕事を終えた二人は、激闘の時間を振り返る。

「まさか本当にできるとは……」

「振り返ってみると意外と簡単……でもなかったか。悠里がいてくれたお陰だよ。ありがとう」

「私こそ感謝してる。一緒に作ってくれる人がいて楽しかった」

「チョコ、受け取ってもらえるといいな」

「明日華も。しっかり渡してあげてね」

「ああ、分かってるさ!」

 最後にそんな言葉を交わして、二人は解散する。

「待って。後片付け、ちゃんとして……」

 前言撤回。後片付けまでが菓子作りである。




 時は流れ、バレンタイン当日がやってきた。

 早朝、中休み、昼休み……渡すタイミングが見出せず、時間だけが過ぎていく。

 子供の頃に読んだ漫画では下駄箱に入れて渡すシーンがあったものだが、あいにくこの学園には下駄箱は無かった。

 そもそも下駄箱に食べ物ってどうなんだ、と前から思っていたので、どちらにしろ選択肢には入らないが。

 そうこうするうちに、放課後がやってきた。

 クラスの他のグループを見てみると、案の定、誰にチョコを渡しただの貰っただので盛り上がっている。

「麗奈! 私も手作りチョコ、作ってみたんだよ。食べてほしいな」

「ふうん、意外と気が利くわね。あ、あたしもチョコ持ってるけど……欲しかったらあげないこともないわよ? まあ手作りとかじゃないけどね」

「わぁ、ちゃんと用意してくれてたんだ! ありがとう! 大好きだよ、麗奈~」

 明日華の友人たちも、想い人同士、互いにチョコを贈りあっているようだ。

 そんな様子を見ていると、途端に悩んでいたのが馬鹿らしくなってきた。

 明日華は勢いよく立ち上がると、そのままの勢いで千秋の席まで移動。言いたいこともまとめぬままに話を切り出した。

「あ、あのさ! 千秋!」

「バレンタインのチョコですか? 心配しなくてもちゃんと用意してますってば」

 幼馴染の少女はそう言って鞄の中に手を伸ばすが、明日華はそれを制した。

「違くて! いや、それももちろん貰うが……今年は私の方から渡したいんだ!」

「明日華から私に? バレンタインのチョコ……ですか?」

 きょとんとした顔をする彼女は大変愛らしい。が、今はそれどころではない。

「あぁ! 手作りのな」

「手作り……?」

「似合わないか?」

「い、いえ。そもそも明日華、お菓子作りなんてできたんですか? そっちの方が驚きなんですが」

「おいこら。ま、まぁ悠里に手伝ってもらったけど……とにかく食ってみてくれ!」

 そう言って、半ば押し付けるように、千秋にチョコを手渡す。

 彼女は優しい手つきで包みを解いていく。と、ハート型のチョコが現れた。表面はカラーシュガーとチョコペンで色彩豊かに飾られている。

「わぁ! ラッピングも可愛いけど、中身も可愛いです!」

 そっと噛り付き、まず一口だけ味わう彼女。途端にぱあっと笑みが零れる。

「美味しいです! これを私の為に?」

「あぁ、お前には昔から迷惑かけてることが多いし、これからも迷惑かけるかもしれないけど……これからも一緒にいていいかな? それだけ伝えたくて、さ」

 最後の方は照れて小声になってしまった。

 そんな明日華の言葉に、千秋は苦笑交じりに答える。

「確かに私、振り回されっぱなしですからね……でも」

 そこで一旦言葉を切る。

 席から立ち上がり、すすっと明日華の目の前までやってくると。

「そんな明日華といる時間が、私も好きですよ」

 それだけ言って、自然な動作で明日華の唇に唇を重ねた。明日華も自然体でそれを受け入れる。

 ロマンチシズムの欠片も無い、ありふれたチョコの味。

 しかしながらこの味は生涯忘れられない味になるだろうな、とそれだけは明日華にも確信が持てた。

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