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適当な返答に責任は取れない


from:正谷慎二郎

subject:どうしよう


昼間に出てったきり帰ってこない……


ど、どうしよう………?

大丈夫かな…



from:淀島昂司

subject:Re: どうしよう


いやいやいや、もう未成年じゃないんだし、放っておいてもいいだろ

そんなに心配すんなって


つーか、本人に連絡してみれば?



from:正谷慎二郎

subject:Re2: どうしよう


それがずっと出なくて、

と思ったら電源切られた……



from:淀島昂司

subject:Re:Re2: どうしよう


んじゃ、少なくとも電源切った瞬間までは生きてたって事だな。きっと



from:正谷慎二郎

subject:Re2: Re2: どうしよう


ど、どうして淀島はそう不吉なことばっか言うんだよ!

この馬鹿!もうお前が死ね!








◇◆◇







 廊下の椅子に、俺は一人で座っていた。扉の向こうの騒がしさが嘘のように、辺りはしんとして人影がない。

 ずきずきとする頭を押さえる。まだ気分が悪かったが、もう胃の中は空なので、吐く物はない。口の中に、まだ苦い味が残っていた。緊張のせいか体調の悪さのせいか、体中が汗でべたべたする。

 ……何となく、こうなるような気はしていた。

 人の笑い声や話し声が苦手だった。自分が笑われているわけではないと思っても、どうしても体が反応してしまう。それに、それを差し引いても自分がとても場違いな存在であることに変わりはなかった。そもそもなぜ自分がここまで来てしまったのか分からない。

 嫌なら嫌と、言えば良かったのに。


 ……帰りてぇ…


 まだ引越して1ヶ月程度しか経っていないというのに、あの海辺の家が酷く懐かしく感じた。今すぐ戻って、そしてもう二度と出てきたくなかった。しかし、上の階に部屋を取ってあると夕坂ゆうさかさんが言っていたから、おそらく今日はそちらに泊まることになるのだろう。帰るのは明日の昼頃だろうか。

 いっそのこと、「人込みに行くとパニックを起こす」とか「気絶する」とかだったら良いのに。そうすれば、誰も俺をこんな所に連れ出そうとはしないだろうし、同情だってしてもらえる。

 大体、今頃死んでいたら、こんな目に会う必要なんて無かったのに。

 はぁとため息を付いた。天井に下がった、手の込んだ装飾のシャンデリアを見上げる。あのガラスの塊を吊っているコードが切れて、俺の上に落ちてこないだろうかと妄想する。

 きっと綺麗な光景だろう。

 不意に、廊下の突き当たりにあるエレベーターが鐘の音を立てた。何気なくそちらを振り向くと、一組の、まだ若い男女が降りてくるところだった。夫婦だろうか、小さく笑いあうのが聞こえて、思わずびくりと視線を逸らした。それでも横目で見ていると、ロビーを突っ切り、二人はホテルの玄関へと向かっていった。

 彼女たちはこれからどこへ良くのだろう。

 少しだけ、羨ましいと思った。だが、自分はとうの昔に諦めたことだった。ありえないことを想像しても、空しいだけだ。





 それに、俺は今、幸せだ。





 これ以上を望もうとは思わない。


 背もたれに寄りかかる。まだ頭は痛い。いつになったらこのパーティーは終わるのだろうか。恐らく、扉の中の人たち、たとえば柄束さんにとってはそう長い時間ではないのだろう。

 それにしても自分はどの扉から出てきたのだろうか。しばらく考えるが、思い出せなかった。目を凝らしても、どの扉も一緒にしか見えない。

 これは困ったな、と考えながらロビーを眺めていると、先ほど夫婦が歩き去った方角から、大柄な男が顔を出した。俺の姿を認めると、にこりと笑って近寄ってくる。

「こんな所にいたのか。探したぞ」

「……夕坂さん…」

 夕坂遥月ゆうさかようげつさん。今日俺をここまで乗せてきてくれた人だ。普段は俺が残してきたマンションの管理をしてくれている。確か親類だと思ったのだが、どの辺りの系譜にどう属するのかは知らない。年の頃は多分、慎二さんよりちょっと上くらいだろう。

 ……正直、苦手だ。

 俺の前まで来た夕坂さんは、不意にかがんで俺の首に手を伸ばした。何ごとかと身を引いたら、曲がっていたネクタイを引っ張って直された。それぐらい自分で出来るんですけど。

「気がついたらいないから、どこに行ったかと思ったよ。言ってくれればよかったのに」

「…すいま、せ……」

 別に俺がどこにいようと俺の勝手だろ?何を言えと。

 このままここに座っているのはかなり辛い。それに気が付いたのか、上の部屋に行こう、と夕坂さんが言うので立ち上がった。

「で、最近どうしてんの?」

「……?」

 突き当たりのエレベーターのボタンを押して、夕坂さんが言った。

「一人で暮らすって言い出したときは驚いたぞ」

「んー……あ…」

 慎二さんが一日最低一食は作ってくれているので、一人暮らしというには語弊がある気がした。結局洗濯もしてもらったし。

 そういえば今日の夕飯はどうしただろうか。何も言わずに出てきてしまったが、もしかしたら慎二さんのことだ、俺の分まで作っているかもしれない。

「……まあ…」

 ……放っておいてくれればいいのに。

 りん、と音がして、エレベーターの扉が開いた。乗り込んで、上階へと向かう。文字盤を前にしながら、俺の家に来ればよかったのに、と、夕坂さんが低く呟くのが聞こえた。そんなことを今更言われても困る。

「今度、遊びに行ってもいいかな?」

「え?……ええ…」

 良いんじゃないですか?別に。

 ぐわり、と不快な感触がして、エレベーターが上昇する。壁に寄りかかると、鏡に映った片目で長髪の男がこちらを虚ろに見ていた。全く、誰がこんな乗り物を開発したのだろうか。

 再び扉が開いて、廊下へと下りる。緋色の柔らかな絨毯を踏み、先導する夕坂さんの後を追う。なんだってこんなに広いんだろうか。

 なんだって、こんなに広くする必要があるほど人間が存在するのだろうか。

「海辺ってことは、やっぱり、朝焼けとか夕焼けが綺麗だったりするの?」

 大股で歩きながら、思いついたように夕坂さんが振り向いた。どうなんだろう。

「あー、朝、日は………海、からのが……」

 多分見えると思う。そんな時刻に起きていたことなんてないから分からないけど。

 全く同じように見えるドアの中、不意に夕坂さんが立ち止まり、どこからか取り出したキーで部屋の扉を開けた。自分でも頼りないと思う足取りで中に続く。

 外に出たら、もう二度と戻って来れない確信があった。

 入り口に近い方のベッドに腰掛け、壁に寄りかかった。こつこつと夕坂さんが窓ガラスを叩く音が聞こえた。

「外、夜景が綺麗だね」

「………ですね」

 見もせずに呟く。

 夜景なんて人工物、何がいいのか分からない。人が住んでいるから、使用しているからこその建築物だとは思うのだが、人が関わらない方が美しいに決まっている。

 灯りでは無く、月明かりに照らされる方が。

「凄いよなー、なんか」

「………」

 何がだよ。小さく呻いて、ずるずると横になった。左しかない目を閉じる。

 どこが凄いものか。俺も含めて全員滅亡しろ。


 その時こそが、きっと、最も美しいのだから。


 緑の木々に侵食されるビルが、脳裏に浮かんだ。

 淡い光に照らされ、空に枝葉を広げて光合成をする。


 倒れ込んだベッドが小さくたわんだ。夕坂さんがサイドに腰掛けたのだろう。衣擦れの音がして、顔にかかった髪を払われ、頭を撫でられる。

「疲れたか?」

「…んー……」

 いい加減、黙ってくれないかな。吐き気と頭痛は、未だ消えない。



 ………平気だと、思ったのに。



 前に比べれば行動半径も広がって、大分耐性が出来たと思ったんだけどな……


 ふぅ、と息をついて、スーツのポケットの中に入っていた携帯電話を取り出す。最初はマナーモードにしていたのだが、余りに着信が多いので電源を切ってしまっていた。

「………う、なっ」

 電源を入れると、不在着信が48件、新着メールが32通も来ている。更に「センターにメールがあります」の表示。何となく予想は出来たが、恐る恐る発信者を見ると、全部慎二さんだ。

 な、何なんだよあの人……

 もう不審を通り越して不気味としか言いようが無かった。どんだけ暇人なんだよ。寝転がったまま、メールを一件ずつ読んでゆく。

「………誰?それ」

 半分ぐらい読み終わった頃、夕坂さんが後ろから覗き込んできて言った。驚いて振り向くと、予想外に近くに顔がある。思わず身を引いてしまう。

「えっ、えー、あ?」

 聞かれている意味が分からず数秒ほど思考停止した後、ようやく「し、慎二さん…?」と呟いた。

 いや…誰って、誰でもよくね?

「……………何の人?」

「え?」

 何の人?詳しい職種は未だに不明です、けど?

「え、えと………と、隣の…人?」

 とりあえず隣人であることに間違いは無い。

「………そう」

 夕坂さんは頷いて、俺の手から携帯を取り上げた。電源を切って自分の胸ポケットの中に入れる。

「……あ、あ、ちょっ……!返っ……!」

 手を伸ばすが、夕坂さんは薄く笑うだけで向かいのベッドに腰掛けた。

「何?」

「…………」

 ぱたん、と、手から力が抜けた。もういいです。

 ああもう…ふざけんなよ……

 ゆっくりと起き上がって、ネクタイをベッドの枠にかける。それから髪の毛のゴムを外して手櫛でとかし、再び寝転がる。

「…哲?」

「……………」

 夕坂さんが覗き込んでくる気配がしたので、うつ伏せになって目を閉じた。多分このままの姿勢ではすぐに寝てしまうだろうと思ったが、今更起き上がる気にもなれなかった。起きている必要もない。





 眠りに落ちる数瞬前、潮騒の音が聞こえたような気がした。







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