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出かけるときは、行き先と帰宅時間を明確に

from:正谷慎二郎

subject:夕飯のネタが尽きた


今日の夕飯、何がいいと思う?


おいしくて喜ばれそうなのお願い



from:淀島昂司

subject:Re: 夕飯のネタが尽きた


……人に夕飯のメニュー聞いてくんなよ…

つかお前の彼氏の嗜好なんて知らねぇし……


今日の我が家の夕飯はシイタケとチンゲンサイの炒め物らしい

だがシイタケは悪魔の食べ物だから滅茶苦茶まずいぞ



from:正谷慎二郎

subject:Re2: 夕飯のネタが尽きた


悪魔の食べ物とかお前…シイタケ農家に謝れ!土下座しろ!

むしろぼくに謝れよ!実家からシイタケ直送するぞ!?



まあいいや、とりあえず夕飯はポトフとマリネに決まったから



from:淀島昂司

subject:Re: Re2: 夕飯のネタが尽きた


俺の実家だって農家だ!ニンジン育ててるぞ!

だがアレが悪魔の食べ物であることに変わりはない!

むしろ『悪魔さえ踏み砕く食べ物』と言っても過言じゃねーぞ!



つーか夕飯のメニュー、参考にしねえんだったら聞くなって……













「ああ………」

 タンスの中を開けて、俺は溜息を付いた。遂に春物の服がなくなったのだ。

「………」

 洗濯機の前に山積みになっている服を思い浮かべる。多分探せばもう何回か着られる物もあるだろうが、あの山の中から何かを探すのは面倒だった。洗濯するのと同じぐらい面倒だ。

 やれやれ、とフローリングの上に座り込む。




 ………信二さん、俺のかわりに洗濯してくれねーかな……




 だがあの迷惑な隣人は、こういうときに限って尋ねては来ない。そもそも死んでいたら今頃服で悩む必要なんて無かったわけで、極論すれば全部慎二さんの責任だ。

 そういえば、この前盗られたのはどうなったのだろうか。

 ふと、その時のことを思い出して疑問が湧いた。

 確か、慎二さんはあの時スーツで、それで多分海に潜ったから………

「……スーツって、海水に漬かっても平気なのか?」



 俺のトレーナーぐらいなら別に海水に漬かっても平気そうだし、平気でなかった所でどうでもいいのだが、スーツは………




 ………。





………………。





 聞かないでおこう、と思った。向こうから言われたら弁償すればいい。

 もしかしたら平気かもしれないし。

 第一、助けてくれなんて頼んでないし。


 そのままタンスの前に座っていると、不意にリビングから携帯の振動する音がした。

「何なんだよ……」

 メールも電話も、してくる相手に覚えが無い。強いて言うなら柄束さんぐらいだろうか。無視しようとしたが、切れる気配が無い。仕方なく立ち上がって手に取ると、やはり柄束さんからの着信になっている。

 折りたたまれていた携帯を開け、しばらく通話と終話のボタンのどちらを押すかでも迷い、それからやっと電話に出た。

「………はい…」

『んもーっ!遅いじゃないの!携帯電話なんだからちゃんと携帯しててよね!』

 耳に当てた途端、柄束さんの大声が聞こえてきて、俺は耳から少し電話を離した。

 ……無視すればよかった。でもまた掛けてくるだろうしな…

「……………すい…ません」

『もう、どうしてあんたはいっつもそうなのよ』

「………はぁ…」

 電話のこちらで、意味は無いと分かっていながらも曖昧に頷く。「いつもそう」とは、どこについてだろうか。

『ね、それはそうと、来週の土曜、覚えてるよね?』

 ………は?

「………何を…?」

『やっぱ忘れてたか。パーティあるって言ったじゃん!もー、電話かけてよかったわ』

 電話の向こうの柄束さんの顔が想像できる。

「………はい?」

 そんな話を聞いた覚えは無い。忘れただけかもしれないが。

「あの、俺……」

 そう言った瞬間、電話の向こうで柄束さんが呼ばれたようだった。返事をするのが聞こえる。忙しい人だ。

『で、だから夕坂ゆうさかさんが昼過ぎに迎えに行くから!忘れないでね!』

「………あ、のっ」

『それじゃ、今度の土曜に!』

 言いたい事だけ言って、唐突に電話が切れた。

「え、あ、待っ………」

 ……………俺、そんなの行かねぇって……

「………………」





 ……どうしよう。


 多分、彼女に悪気は無い…と、は、思うのだ。

 思うのだが……


「………」

 掛け直すのが怖くて、携帯を机の上に置いた。




 今週土曜、半日だけ。

 分かりましたよ。分かってますよ。





 ………行けば、いいんでしょう?





◇◆◇


 土曜日が来た。




 自分の記憶力の悪さに淡い期待を抱いていたが、気がかりな物ほど忘れられないもので、こういう日に限って七時に目が覚めてしまう。二度寝を試みたが、どうしても気になって眠れない。

「………」

 リビングの方で音が聞こえるのは慎二さんだろうか。

 自炊できないのがばれたせいか、最近慎二さんが勝手に家に上がってきては食事を作るようになってしまった。引越し以来ダンボールの中だった調理器具を勝手に引っ張り出してきて、人の家の台所を勝手に使っている。

 料理は好きにすればいいと思うが、無理にでも食べさせようとしてくるのは迷惑だ。

「……あー…うー………」

 しばらく布団の中でごろごろしていたが、意を決して起き上がった。樟脳の臭いのするスーツをたんすの奥から引っ張り出し、ため息をついて袖を通す。どうもこの臭いをかぐと頭が痛くなってくる。

「あ、おはよ」

「………」

 リビングに行くと、パンケーキを食べている慎二さんと目が合った。皿に盛られた上に、これでもかとメープルシロップがかけられ、ホイップした生クリームとジャム、アイスクリームが添えてある。

 ……な、何故俺の家でそんなに趣味に走った朝食を食べてるんですか、この人は……むしろ朝食つーよりおやつじゃね?

 くつろぎっぷりが半端ねぇ……むしろ俺よりくつろいでねーか?

「何?スーツなんて着ちゃってどうしたの?あ、哲くんもパンケーキで良いよね?」

 頭を下げて向かいの席に座ると、食べかけの皿を置いて立ち上がって慎二さんが言った。フライパンを火にかけ、冷蔵庫の中からパンケーキのタネを出してくる。

「あ、はい………えー、ちょっと…これは………出かけるんで」

 別に朝食なんて要らないのだが、なんとなく頷いてしまう。

「どこに?………職安?」

「………いや…」

 さ、さりげなく失礼なこと言いますねこの人は………

 そんな事するぐらいなら死んだほうがマシに決まってるじゃないですか。

「じゃあどこ行くのさ」

「あー…………」

 どうしよう。聞かないで欲しいんだけどな……

 勿体ぶるような事でもないとは思うのだが、口にするのが嫌だった。

「…パーティー…?」

 机に視線を落として、小さく呟く。

「は?パーティー!?」

 驚いた顔で慎二さんが振り向く。「な、何の!?」

「……えと……会社の、創立記念の……かな…」

 柄束さんには聞き返せなかったが、時期的にそんな気がする。そうでもなければそう俺は呼ばれないはずだし。

「か…………会社って?え?勤めてないのに?」

 フライ返しを持った慎二さんが、カウンター越しにこちらを見つめているのが分かる。

 ああ……だから嫌だったんだ……………

「えと………母の………あ、いや…柳田鉄鋼ので………あー………」

 ……何て言えばいいんだろう。

 自分で、頬が熱くなってくるのが分かる。

「たっ、たまには………外に、出て、こい、て………そんな…………感じかと…」

「……………」

 首筋に手をやると、嫌な汗が付いた。ズボンに擦り付ける。ちらりと目をあげると、慎二さんはぽかんとした顔をしたまま突っ立っていた。眉間にしわを寄せ、三秒ほど上方を睨んだ後、

「……え?…哲くんて、社長の息子さんだったってこと?」

 ようやくそう言った。

「うー……」

 まあ、そういうこと、です…ね……………

「………………道理で美味しいもの以外食べないと思ったよ」

 呆然とした顔のまま慎二さんが呟く。

「い、いや………」

 それは単なる俺の好みの問題です、と言いかけて、何かが焦げる臭いがすることに気がついた。

「う、うー……後ろっ!」

「え?…あっ!」

 コンロにかけたフライパンから、ぶすぶすと煙が上がっている。焼いていたパンケーキが焦げてしまったようだ。

「うわ、綺麗に炭化しちゃったよ」

 あーあ、と慎二さんは黒く焦げたパンケーキを生ゴミの袋の中に入れ、新たに油を引いた上に再びタネを落とす。

 そして、今回はフライパンから目を放さずに、俺に背を向けたまま言う。

「まあ、楽しんできなよ」

「………はい…」

 多分それは無理だと内心では思いながら、俺は頷いた。今更ながら、柄束さんに断らなかったことが悔やまれる。

 ああ、今すぐ高熱とか出ればいいのに……

「……」

 盲腸でもいい。大地震でもいい。

 今出かけなくてよくなるんだったら何でも良い。




 もう、嫌だ………




「とりあえず一枚、っと」

 パンケーキが載った皿を目の前に置かれた。

「あ、ありがとう、ございます………」


 俺は礼を言ったが、だからといってそれを食べる気は無かった。






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