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二度寝した後は変な夢を見る


『……なあ、ぼくさぁ………試されてんのかな』


『さあ?それだけじゃ何とも言えんな。本人に聞けよ』

(試されているのならいいが、な)


『………ええ?……聞けないよ………無理だよ』


『ほら、勇気出せって!』

(ふ・ざ・け・ん・な!このアホが!)


『うーん……』


『頑張れって!心臓に毛ぇ生やしてけって!お前なら出来る!』

(…なんでもいいから早く電話切ってくれないかなー)


『…………………そうだね………頑張ってみる』


『その調子だ!』

(よし一件落着!終わりだ終わりだ!)


『……それでさ……昨日から丸一日寝つづけてるみたいなんだけど、起こしてもいいかな?

仕事行って帰ってきてもまだ寝てるんだ』


『し、知らねぇよ……』

(ちくしょう…今度こそ切れるかと思ったのに)


『なんかさぁ……このまま放っておくと、そのまま死んじゃいそうな気がして……

ただ寝顔を見ているのも、個人的にそろそろ限界なんだよね』


『だったら起こせば?』

(俺に聞くまでもないじゃないか!)


『でもな……どうしよ』


『………………そう……』

(ああああ切りてええぇぇぇ)








◇◆◇









「ぼくはこれから仕事行ってくるけど…」

 …うん。

「ご飯作っといたよ。テーブルの上に置いておいたから」

 ……そう。


「ねえ、だから……………」


 ……………。






 ……………………。









◇◆◇




 一面の白い薄氷の上に乗っていた。




 他には誰も居ない。




 俺を中心としてか、それともどこか他に中心点があるのかは分からなかったが、薄氷は拡大を続けていた。見えないが、分かる。広がっていっている。


 外側には何があるのだろう。ここは一人だ。


 思ったが、歩き出せない。世界が回っている。

 端まで行かなくちゃ行けないのに。この薄氷の上じゃ駄目なのに。



 ここはどこですか?

 問う人などないが知っている。



 不意にカタカタカタと甲高い音が聞こえた。

 外の世界からだ。


 逃げなくちゃ、と感じた。

 確かに俺の行きたかったのはそっちだが、しかし違うのだ。それは違う。




 足が動かない。

 あっという間に音は辺りを支配して、俺の頭を揺さぶる。

 ――これはどこから来る?



 逃げるんだ。逃げるんだ。逃げるんだ。逃げるんだ。




 ――どこからでも。




 きらり、と空気が光って右目に突き刺さった。


 甲高い音が大きくなる。

 痛みに叫んだが、声は出ない。体が押さえつけられて、




 背中の下の薄氷が割れた。





 落ちる。


 浮遊感は続き、氷の割れ目から差し込む光はどんどんと小さくなってゆく。



 光の中から覗いているのは、誰?

 答えなくていい、知っている。



 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ


 甲高い音がさらに激しくなる。




 痛い。


 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ

 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ

 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ




 笑い声。









◇◆◇


「………大丈夫?」

「………っ!」

 急速に浮遊感が消失した。見回すと全く別の景色だ。

 落下して死んだんだろうな、と朧げに思った。




 誰にも出会えないままで。




「良かった……」

 死んだのなら、これでもう、出会うことはない。

 あの世って本当にあるんじゃないか。疑って悪かったな。

 寝返りを打つと、するり、と頭を撫でられた。閉じかけた目で見上げると、慎二さんだ。

「おはよう」

「なんだ……一緒に、死んだんですか」

「は?ちょ………哲くん?哲くん!?」

 がくがくと体を揺さぶられる。

「ん………」

 衝撃が何倍にもなって頭に響く。放せ、と右手を振る。

 ……本当に、来たのか。放って置いてくれればいいのになぁ…

「……何ですか」

 呟いて、今度こそゆっくりと起き上がる。口内に砂の感触がして、喉が痛い。左目を擦ると、そこからも砂がぽろぽろと落ちた。

 この分では布団の中にも砂が沢山あるかもしれない。ぐしゃぐしゃになったまま固まってしまった髪の毛を手で梳かして、


「……あ、れ」


 眼帯が無くなっている事に気がついた。右目を押さえる。


 ……いつからだろう。


 寝る前に外した記憶は、ない。


「これ?」

 うろうろと視線をさまよわせていると、枕元から慎二さんが眼帯を取り上げた。受け取ろうと手を伸ばしたが無視され、耳にゴムを掛けられた。

「………どう、も…」

 軽く頭を下げる。

 すると、慎二さんの指が、ゆっくりと耳の後ろ側の付け根をなぞった。

「!」

「砂、付いちゃったね」

 思わず身を竦めると、今度は片耳ずつ、耳介の砂を丁寧に払ってゆく。

 耳のひだを何度も擦られ、柔らかく撫でられる。

「…………んっ…」

 ………………。

 俺は固く目をつぶって、ただ手の中にある布団を握りこんだ。


「ねぇ、…愛してるって……言ったよね…?」

 背中に手を回され、耳元で囁かれる。

 ひくっ、と、しゃくり上げる音が聞こえた。






 ………だから、何?



 俺は、そんな………







「………心配、したんだからね?」

「……」

 …何、泣いてんですか?

 そうっと目を開けると、慎二さんが眼鏡を外して顔を拭うのが見えた。

 それから、頭の後ろに手を回されて、顔を近づけられて、




 ………え?




 俺の脳がその意味を理解する前に、唇が重なった。


 驚いて目を閉じる。そっと唇を舐められて、それから中に舌を入れられた。

 乾いて口内に張り付いていた砂を舐め取られる。

「ん……」

 舌を強く吸われて、体が震えた。

 どうしよう、と思ったが、更に強く布団を握り込むことしか出来ない。







 一瞬にも、数分にも思える時間の後、不意に慎二さんの唇が離れた。

「………」

 そっと目を開けて、慎二さんの顔を見る。まだ泣きそうな顔をしている。

 少し荒くなった息をなだめようとするが、却って逆効果のようだった。動悸が止まらない。唇に手を当てると、やはり少し濡れている。


 ……待て、今、俺っ………



 口の中を嘗め回すと、砂と共に、かすかに、桜のような甘い味がした。




「……甘……っ…?」




 俺が呟くと、「え」と慎二さんがたじろいだ。



「さ、さっき桜餅食べたんだけど………分かる?」









 ………そ、そうですか。










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