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男をオトしたければまず胃袋を満たせ!


from:正谷慎二郎

subject:隣人に突撃したら


スゲー可愛い子だったんだけどどうすればいい?

思わず名前呼びしちゃったよ


甘い物好きって言ったから、お菓子で釣れば仲良くなれるかな?



from:淀島昂司

subject:Re: 隣人に突撃したら


し、知らねえよ……


だがお菓子作戦は無理だと思うぞ



from:正谷慎二郎

subject: Re2: 隣人に突撃したら


ええ?何で?

ぼくだったら嬉しいんだけどなー


やっぱ酒?でもぼく下戸なんだけど



from:淀島昂司

subject: Re: Re2: 隣人に突撃したら


>お菓子作戦

お前だったらそうだろうけどな……


>酒

そういえばそうだっけか




……難しいな













 薄曇の中、コンビニからの帰り道を歩いていると、海辺の岩場に人がいるのが見えた。

「………」

 何となく、不吉な予感がした。

 今日は平日だと思ったから、隣人は居ないと思ったのだが……

 歩いていくと、どうもその予感は的中したようで、岩場に居た人間がふと顔を上げ、俺に手を振ってくるのが見えた。仕方なしに右手をあげて返す。

 どうしよう、と思った。

 俺のステキ過ぎる隣人は、最近3日に1回は何か甘い物を持って人の家に押しかけてくるのだ。そして玄関でじわじわと人の個人的過ぎる情報を聞き出しては帰ってゆく。

 最初に「甘い物好き?」と聞かれ、安易に頷いてしまったことが非常に悔やまれる。

 問題なのは、俺は甘味に対するお返しなんか出来ないし、するつもりもあまり無いということだ。毎回毎回出会うたびに精神が削られていくような感じがする。


 死ねばいいのに……

 持ってくる物が美味しいのが余計に腹が立つ。


 人の気も知らずに、ザルを抱えた隣人は、階段を道路まで上って来た。

「こんにちは」

「………こ…こ、んにちは…」

 小さく頭を下げる。

 平日の真昼なのになんで居るんだこの人…もしや学校て定時制系?

 だとしたら、俺これから昼間出歩けねえじゃん。

「これから雨降りそうだね」

「そ、そ………う、ですね」

 だからどうした、とも言えない。また何か聞き出されたらかなわないとうろうろと視線がさまよい、隣人の持っているカゴに目が留まった。

「…なー…何か、採ってたんですか?」

「ん?これ?」

 隣人は、緑色のザルの中から、薄青灰色をした巻貝を摘みあげた。

「ながらみ」

「………………ながらみ?」

 聞きなれない単語だ。自分が無知なせいなのか、それとも単にこの辺りのローカルな食べ物なのか分からない。

「うーん、知らないかな。塩茹でして食べると美味しいんだよ」

 横に首を振る。にへ、と隣人が笑った……ような気がした。

「じゃあぼくの家来ない?今から茹でるけど」

「え、いや………」

 まさかのお誘いです。いらないです。確かに海のカタツムリは少し気にはなりますけど、別に食べなくても死ぬわけじゃないんでいいです。

「丁度良かったー。冷蔵庫にチョコムースもあるんだけど、好き?」

 え、チョコムースか……最近コンビニにしか行けないから、美味しいの食べてないんだよな……

 ううん、チョコムースだけくれってのはナシですかね。そうですよね。

「…うー………」

 どうしよう…

「ね、来なよ」

 がし、と腕を掴まれた。反射的に身を引くが、お構い無しに引っ張られる。ええっと、大体まだ名前も覚えていないんだけど、一体どうすれば……

「……う…じ、じゃあ………邪魔でないんなら…」

 ああ……頷いちゃったよ俺…………もう死にたい。

「まさかぁ。邪魔だったら誘わないって」

 俺の腕を引きながら、隣人は緩やかな坂を上り始めた。


◇◆◇


 他人の家は、落ち着かない。


 することも無く部屋の中を見回していると、かたん、とティーカップを目の前に置かれた。匂い的に中国茶……多分青茶だろう。

「殺風景な部屋でしょ」

 確かに、俺の家に比べて随分とこざっぱりした部屋だった。

「………」

 だがどうなんだろう。俺の家は常にあちこちが雪崩れる三秒前だからな……比較できない。

 置かれた茶を啜る。中国茶を西洋風のカップに入れるのはともかくとして、入れ方は上手い方だ。

 よっ、と掛け声をかけて、隣人は鍋から茹でた『ながらみ』とやらをザルに空け、俺の目の前に、チョコムースと共に並べた。

「あ、ながらみは多分砂噛んでると思うから、洗いながら食べてね」

 更にお湯を張ったボウルをダイニングテーブルの真ん中にどん、と置いた。

 中国茶に茹でた貝にチョコムース。この取り合わせはどうなんだろうと思ったが、隣人は気にしていないようだ。

「ささ、食べて食べて」

 対面に座り、チョコムースを載せたスプーンを咥えながら、俺にも勧めてくる。


 …今更ながら、来なきゃよかったと思う。

 チョコムースに釣られた俺って一体……


 ああもう……何なんだよ!


「………ん」

 ………それでもこれだけ食べたらさっさと退散しようと、スプーンを手にとってチョコムースを口に運ぶ。この状況下から逃げられるなら何でもする、と思ったが、それとは無関係にチョコムースは美味しかった。


 急いで平らげるには惜しすぎる。ちくしょう。


「おいしい?」

「………」

 不本意ながら頷くと、凄く嬉しそうに隣人が笑った。

「ねー、働いてないとは言ってたけど、哲くんて学校行ってないの?」

「………!」

 吹くかと思った。

 どうしてこの人は、人が聞いて欲しくないことばかり聞くんでしょうか。

「……いえ」

 首を横に振る。大学以前に、最終学歴は高校中退だったし、中学の頃から不登校だ。何か言わないとそこまで突っ込まれそうな気がして、俺は慌てて質問を探した。

 そう言えばこの人の名前なんだっけ、ああでもなんか先生だったはずだから「先生」って呼べばいいか?

「……え、ええと………せっ、先生は」

「慎二郎」

 低い声で遮られた。

「………っ…は?え………」

 真顔で睨まれ、予想外の事に頭が真っ白になる。

「あ…ごめん」

 ふ、と困ったような笑い顔に戻って隣人が言った。

「学校以外で『先生』って呼ばれるのあんま好きじゃないんだ」

 人格否定された気がして、と続ける。

「だから、慎二郎とか慎二って呼んでくれたほうが嬉しい、かな」

「す……すいませ……」

「謝るようなことじゃないよ」

 俺は空になったココットの横にスプーンを置いて、ふぅ、と息をついた。

 ビックリした……何か地雷的なものでもあるのだろうか。とりあえず今度からは気をつけよう。

「ええと………それじゃあ、んー……慎二さん、で………えと…」

 慎二郎?て言うのかこの人。そういえばそんな感じだったような気もする。

 馴れ馴れしいから省略版でもいいだろう……帰りに表札を見て、苗字も確認しておこうと思う。

「別にさん付けしなくてもいいのに」

「…い、いえっ………」

 それはご遠慮いたします………



 ……て言うか、何故に名前呼び?



 はたと顔を上げたが、隣人…もとい慎二さんは、もうそんなことはあまり気にしていないようだった。楽しそうに『ながらみ』をつついている。

 俺もそっと手を伸ばし、カタツムリのお化けのような殻を手に取った。楊枝で中身を引っ張り出して食べるようだ。よく洗ったつもりだったのだが、口の中に入れるとじゃり、と砂の感触がした。


 大変不本意だが、それでもやっぱり美味しい。


「ねー、哲くんてさ、どんな子が好きー?」

 なかなか出てこない『ながらみ』の内臓と格闘していると、慎二さんが聞いてきた。悔しいことに彼は器用に取り出している。

 ………ええ?どうでもいいだろそんな事っ……

「……んー…そう、です、ね………」

 ぶっちゃけ誰でもいい、とか言っちゃ駄目だよな。

 そもそも、俺が誰かに対して要求を言ってはいけない気がする。言われるのはいつもの事だが。

「…………料理のうまい人、ですかね……」

 とりあえず無難路線を言っておく。

「へぇ」

 鷹揚に慎二さんが頷いた。この人は何て質問魔なんだ。

「…それ、じゃあ………慎二さんは?」

 学校とは離れたが、これはこれであまり突っ込まれたくない話だった。

「んーんー?」

 ながらみも食べつくした慎二さんは、楊枝を咥えたままにへら、と笑った。

「やっぱさぁ、好きになった人がタイプかな?」

 ……………貴様は恋に恋する乙女かッ!?

「いや………あの…はぁ………」

 と言うか、日本語おかしいだろが!

「冗談だよ」

 本当かね。

「そうだね、『ぼくが居ないと駄目なんだなー』って思わせてくれる子かな」

 そう言って、一人で感慨深げに頷く。

 だから教職を選んだのだろうか。

「後はどこ、っていうのじゃなくて……第一印象かな?」

「………はぁ」

 第一印象って…三言前と同じ事言ってませんか?

「て言うか、哲くんが好き」

「…………………それは、どうも」

 いや俺はアナタが居なくても生きていけますけど。

「好きだよ」

「………はぁ」

 そうですか。

 ああもうっ、と慎二さんは一気に中国茶を飲み干した。

「冗談だと思ってるでしょ?」

「……え、あー……?…」

 困って視線を彷徨わせていると、慎二さんはお茶のお代わりを入れるために立ち上がった。

 そして俺は向かいの壁を眺める。

「……本気、なんですか?」

「うん」

 さらりとした返答が、横合いから返ってきた。

「……………」




 そんなことを言って何が楽しいのかと少し腹が立ったが、結局何も言えなかった。






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