引越しの荷物、一番最後は『居住者』
from:正谷慎二郎
subject:無題
〔添付画像あり〕
見て見て!
◇
from:淀島昂司
subject:Re: 無題
写真重すぎて添付削除された…
大きい画像送られると見れないんだって……
何送ったんだよ
◇
from:正谷慎二郎
subject:Re2: 無題
あ、そういやそうだっけ
いやぁ、日の出の写真綺麗に取れたから誰かに見せたくてさー
再送しようと思ったらもう削除しちゃってたわ
次回に乞うご期待!
車を降りたとたん、ざあ、という波の音と、纏わり付くような海風を感じた。
がちゃん、と門扉を開けた柄束さんに従い、車をそこに置いたまま、玄関へと続く短い階段を上った。柄束さんがポケットから鍵を出し、横開きの玄関扉を開ける。
「あ、そこインターホンあるけど壊れてるから」
俺に鍵を渡しながら、彼女は玄関の横にあるインターホンの機械を指差した。
「……」
直しとけよ。そもそも何で門の脇じゃなく玄関の脇にインターホンを付けたんだ。場所おかしいだろ。そうは思ったが軽く頷くだけにして鍵を受け取り、黙って玄関に入る。
「家財道具とかは全部運んでおいたよ。場所は適当に置いちゃったけど、移動したい時は連絡くれれば動かしに来るから」
ひやりとした板敷きの廊下の上を歩く。家の向きのせいか、昼間だというのに全体が薄暗い。
「他は……えっと、そうそう、大体のものは口座から引き落としにしちゃったから、放っておいても大丈夫だと思う。後は……コンビニとスーパーは来る時通ったから分かるよね、他は駅前まで行けば大体揃うかな。徒歩だと1時間以上掛かっちゃうから、自転車買ったほうがいいかも」
「………ん」
とりあえず頷いておく……俺、自転車乗れませんけど。
車から降ろすだけで帰ってくれればいいのに、柄束さんは台所まで上がってきて勝手にお湯を沸かし始めた。何をする気だ。
横目で見ながら、とりあえずダイニングに運び込まれていた椅子に腰を下ろす。
「そうそう、隣に住んでる人、高校だか中学だかの先生やってる人だって。後で蕎麦持って行くといいよ」
え、人住んでんのかよ……待ってくれよ…………海辺の別荘地に万年住むんじゃねえよ馬鹿…俺が言えた事ではないけど……
「他は別荘みたいな感じになってて、休みの時以外あんまり人いないみたいだよ」
隣に人が住んでいるだけで既に嫌です……夏場にだけでも人がいれば十二分に嫌です。
そういう事は、出来れば引っ越す前に聞きたかった………
「おっ、お湯沸いたかな」
しゅんしゅんと言い始めたやかんを覗き、柄束さんはお茶の用意をし始めた。最低でもお茶は飲んでから帰るつもりのようだ。最低でも。
お茶一つ飲むのに何時間も掛かるけど。たいていそれだけじゃ終わらないけど。
いや確かに、俺に代わってこの家の管理を今までしてくれていたのも、引越しをしてくれたのも俺をここまで乗せてきてくれたのも俺が家を継がなくて良くなったのも、その他諸々も全部彼女のおかげなんだけど。
……なんだけど。
でもやはり苦手な物は苦手だ。気に掛けてくれているのは分かるし、悪い人でもない事は分かるのだが、お願いだからそこまで俺に構わないで欲しい。別に柄束さんが母の友人兼秘書だったからって、そこまで俺に気を掛ける必要は無いのだ。
「………」
俺は、柄束さんに見えないようにため息をついた。