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×8 山中の休憩と妖精族の城



 何処かの山の中、地面を揺らし、土を巻き上げながら、一匹の巨大なイノシシが走る。

 目標は前方で構えを取っている、ポニーテールの女の子。

 シェリィ一行の頼れる武道家、クイナだ。


「オッラァアアア」


 イノシシの鼻がぶつかる寸前、その場で飛び上がり、鍛え抜かれた太ももによる蹴りを繰り出した。

 クイナの蹴りはイノシシの額に見事に命中。

 体重差によりクイナの体は大きく弾き飛ばされるが、蹴りの衝撃によりイノシシは次第に足を止め、意識を失った。


「なーいすクイナ! ごくろーごくろー」


 近くの茂みから飛び出してきたのはルキだ。髪や服に細かい葉っぱなどが付いてしまっている。


「ぃよっとぉ! 誘導サンキュー」


 空中で回転し、体制を整えてから見事に着地を決め、クイナはルキに向かって親指を立てた。

 爽やかな良い笑顔も添えて。


「これで昼メシ代がうくぞー」


 短剣でイノシシの首を切って、血抜きを始めたルキ。


「でっかいわねーこいつ、へへへ、美味しそう。じゅるり」

「入れ物が無いからここで解体は無理だなー。シェリィたちのとこまで持っていかないと」

「……誰が運ぶのよ?」

「もちろんクイナが」

「でしょうね!」

「どうせ一人でほとんど食べるんだから、文句言わずに運べー」



 レイドルを旅立って五日、現在シェリィたち四人は山越えの最中だ。

 この山を抜ければ、いよいよ目的のランジール王国の領内に入る。

 レイドルから船で向かえば楽なのだが、海路では時間が掛かるうえに、ルキが船旅を嫌がったので、陸から山を越えるルートを選んだ。


「シェリィ! メリル! メシ取ってきたぞー」

「おかえり、ルキちゃん」

「おかえり~、うひゃあ!? おっきなイノシシさんだねぇ」

「ぜぇ、はぁ、んぎぎぎぎ」


 クイナはおらぁ、と気合を入れると、担いでいたイノシシをその場に転がした。


「はぁはぁ……疲れた……」

「クイナちゃんもおかえり、お疲れさま」


 そう言ってシェリィはクイナに水筒を渡す。


「んっ、ありがとシェリィ」

「メリルー、焼くから火ィちょうだい」

「いいよ~、ハァッ!」

「ごくごく……ぷはー、気ってあんなことまで出来るワケ? 便利すぎ」

「えっへん!」

「うひょー揺れ……じゃなくてすげー!」


 こんな感じで、今は休憩中です。

 


「むぐむぐ……メリルってさ、アレス教の人だよね? 肉食べて大丈夫なの?」


 いただきますと呟いてから、目を瞑り、手を合わせていたメリルにルキが聞いた。


「本当はダメだよ? お寺とか人目があるところでは食べないかな」

「……アレス教ってなんなの?」


 不思議そうな顔で、シェリィが話に入ってきた。


「そっか、シェリィさんは過去の出来事以外も忘れちゃってるって話だったね。アレス教っていうのは、アレス様っていう人の教えを守ってる宗教団体だよ」

「教え?」

「うん、千年くらい前、世界中の人々を苦しめた魔王を倒してくれた、偉い人なんだ。この人はただ強いだけじゃなくて、大勢の貧しい人にご飯を食べさせたりとか、相手の身分に関係なく、悩みを聞いてあげたりしてた人なんだよ」

「強いうえに優しいから、大勢の人から尊敬されて、最後は王様になったんだって。聖王なんて呼ばれたんでしょ? 何故かあたしも知ってるんだよなー」


 いったん食べるのを止め、ルキも説明に参加した。


「へぇ……それで、どうしてお肉が食べられないの?」

「アレス様の教えの一つでね、人や動物、たとえ魔族であっても、無益な殺生はするべきじゃないってものがあるの。それでね、動物を殺して食べるのはダメって決まり事が出来たんだ」

「モンスターまで殺しちゃ駄目なの?」

「なんでかアレス様はそう言ったらしいよー、自分なんて魔王とその配下を大勢殺してるのにね。あはは」


 そう言って笑い、ルキは食事を再開する。メリルは何かを言おうとしてから、思いとどまったように口をつぐんだ。


「メリルちゃんは、アレス様を尊敬してるんだね」


 その様子を見ていたシェリィが言う。

 それを聞いたメリルの表情は、途端に明るく変わっていった。

「うん! わたしはね、お寺の決まり事とかはあんまりなんだけど……アレス様のお言葉だけは全部覚えてるんだ! 多分、記憶を無くす前から大好きだったんだと思う」

「そっか」


 シェリィも笑顔で返し、二人も食事を再開した。



「がつがつむしゃむしゃばりばり……」


 一心不乱に食べ続けているクイナ。辺りには食べカスが散乱している。


「ねぇクイナ……」


 その様子をじーっと見ていたルキが声を掛けた。


「もしゃもしゃ、ん? いまふうのひいほかしい(ん? 今食うのに忙しい)」

「最近さぁ、クイナ太ったよね」

「んぐっ!?」


 持っていた肉を落としそうになる。

 落としそうになっただけで落としてはいない。しっかり握っていた。


「ごくん……な、なに言いだすのよ……変わってないでしょ? よく見なさいよ、変わってないわよね?」

「なんか初めて会った時より顔とか丸っこくなった気がすんだよねー」

「アンタはアテになんないわ! シェリィ! メリル! どう? アタシ太ってる!?」

「わ、わたしは最近クイナちゃんと出会ったばっかりだし……」


 クイナから目を逸らし、シェリィの方を見るメリル。


「え、私? そ、そうだね……う~ん……確かに出会った頃よりふっくらしたような気も……」

「ガーン!」


 あ、肉が落ちた。


「そんなぁ……ウソでしょ……以前のアタシはどうやってあの体型を維持してたの……」

「昔のクイナはそんなに食ってなかったんじゃないかー?」

「そうなのかしら……どうなの!? 以前のアタシ!」


 過去の自分へ問いかけるも返事はない。その過去を取り戻すための旅なのだ!


「えーんシェリィー! 教えてよ~、どうやってそんなスタイル保ってるの~」

「なんで私なの!?」

「ルキは貧相だし、メリルは肉付いてるだけだし……シェリィしかいないのよ~」

「貧相!?」

「肉付いてるだけ!?」


 二人にまで飛び火しはじめた。


「私に言われても……特別な事は何もしてないよ……」


 笑顔を作ってやんわりと遠ざかるシェリィ。


「何もしてないわけないでしょ! 何よその体のライン! 裸に引ん剝いて石化したら女神像じゃない!」

「えぇ……」


 この後落ち着かせるのに大分時間が掛かりました。



「みんな~、わたしちょっとトイレ行ってくるね~」


 メリルはそう言って立ち上がると、額に指を付け、数秒目を瞑ってから消えてしまった。

 印を張った町へと転移したのだ。


「いてら~、やーホント便利だねあれ」


 火を消し、出発の準備をしながらルキが感心する。


「ちょっと進むごとに町に戻れるから、旅してる感じがあまりしないのよね」

「毎晩宿に戻れるのは嬉しいかな」

「あの能力が使えれば、やらかしてぶち込まれても逃げ放題だなー」


 実際いくらでも悪用できそうな能力だが、ごく一部の天才が長く修行を積み、ようやく扱える技なので、大した問題にはなっていなかった。

 ちなみに触れていれば他人も一緒に転移可能だ。


「服や下着も一緒に移動してるのに、足元の土とかはそのままなのよね……どういう仕組みなのかしら?」


 あまり突っ込まない方が良いと思う。



「ただいま~」


 少し待つとメリルが戻ってきた。やはりいきなり現れるので心臓に悪い。


「おかえり、それじゃあそろそろ行こうか」


 シェリィのその言葉と共に、四人は山を越えるために歩き始める。


「この山を抜けたらいよいよランジールの領内ね。解呪の石、貸してもらえるかしら」

「そもそも……王様と謁見(えっけん)出来るかどうか……だね」

「いざとなったらさ、あたしとメリルで忍び込んで盗み出しちゃえばいいんだよ! 転移を使えば絶対捕まらないよ! あははは」

「ど、泥棒なんて駄目だよルキちゃん!」


 焦るメリルを見て、八重歯を見せながら、さらにルキは笑う。

 いちいち真に受けるメリルの反応が面白く、ついからかいたくなってしまう。


「あはは、冗談だよー」

「でもさ、アタシたちが力を合わせたら、ホントにそれくらい出来そうよね」

「も~、クイナちゃんまで……」

(仲いいなぁ三人とも……なんだか……ずっと昔から友達だったみたいな……)


 彼女たちより少し前を歩きながら、シェリィはそんなことを考えていた。

 ほんの少しの疎外感と、微笑ましい気持ちに包まれる。


(記憶を無くす前、本当にみんな友達だったらいいのにな……)


 楽しそうに話す彼女たちの声を聞きながら、シェリィは思わず笑みを浮かべた。




 一方そのころ……薄暗い森の中を、小さな女の子が歩いている。

 年齢はまだ十代の前半くらいだろうか。

 スカートのベルトには(つば)の無い刀を差しており、魔法を扱う為の指輪を、両手の指全てに着けて武装していた。

 そんな恰好とは対照的に、垂れ下がった目からは穏やかな印象を与える。

 女の子は森の中を、何かを探すように歩いている。時折モンスターが彼女に襲い掛かるが、眉ひとつ動かさず、返り討ちにしていく。


「妖精族の城……本当にあったのか……」


 やがて女の子は足を止め、そう呟く。深い森の中、彼女が見つめる先には小さな城があった。駆け足で城の門まで近付く。


(開いてる……?)


 開けっ放しになっていた門から城の中へと入る。人の気配は感じられない。

 入り口からまっすぐ進み二階へ。辺りを見回すが、やはり誰もいない。

 壁や床にはおびただしい血痕だけがあった。


「だれか……誰かいませんか!? わたくしは敵ではありません! 聖王の腕輪について聞きたいことがあるだけです!」


 血痕を見ていたら急に不安になり、大声で呼び掛けてみるものの、やはり誰一人出てはこなかった。

 諦めて、城の中をさらにまっすぐ進んで行く。そして新たな階段を見つけ、女の子は三階へと上がった。

 三階は広めの部屋が一つあるだけだった。どうやらここが城の最上階らしい。

 奥には玉座のようなものがあり、部屋の中央には一本の大剣が突き立てられている。

 それを見た女の子は小さく声をあげ、大剣へと駆け寄って行った。


(これは聖剣フィルナノグ!? 何故こんなところに……いや……わたくしはどうしてこんなものを知っている!?)


 その時……彼女を強い頭痛が襲った。

 頭の中に、その大剣を背負った女性の姿が映る。

 短めの銀髪に赤い瞳を持つ、凛々しい顔をした女性だった。

 次に見えたのは、険しい顔で腕組みをした、ポニーテールの女の子。ピンク色の髪を二つ結びにした、杖を持った別の女の子と何やら話をしている。

 最後に現れたのは……短剣を持った小柄な女の子、今にも泣きだしてしまいそうな表情で、手に持った短剣を見つめている。

 その子の肩に、大剣を背負った女性が手を置いた。励ますように何かを語りかけている。

 小柄な女の子は、その言葉に答えるかのように、八重歯を見せて笑った。

 一瞬だけ、頭の中を巡った映像も、次第に(もや)が掛かり消えていく。

 夢から覚めた時に、そのほとんどの記憶を無くしてしまうかのように、彼女の頭の中には何も残りはしなかった。


(今……何かが見えた気がする……なにかが……くそっ……それすらも腕輪に奪われたか……)


 再び大剣を見つめるも、何かを思い出す事はなかった。

 諦めたようにため息をつき、女の子は小さな革袋を取り出し床に置くと、大剣を引き抜き革袋の中へ入れて行く。

 どう見ても大剣が収まるような袋では無いのだが、吸い込まれるように袋の中へと飲み込まれていった。


「その剣をどうするつもりだぁ?」


 突然、辺りに高い声が響く。女の子が振り返ると、一匹の魔族が階段を上って来ていた。

 二本の足で歩く、ローブを着たトカゲのようなモンスターだ。

 彼女はすぐに刀を抜き臨戦態勢に入る。


「妖精族の生き残り……じゃねーなぁ? 人間のガキか」

「この城のこと、この剣のこと、何やら知っている様子ですね」

「んん? お前どっかで見たことあるな……ああ、あん時のガキか。そうか、わざわざ一人で戻ってきたのか」

「……聞かなければならない事が、三つも四つもあるようだ」

「ヒヒヒ、やめてくれよ? 魔将三人も魔王様も、お前らが殺しちまったんだろ? 俺のかなう相手じゃねー」


 そう言うと、モンスターの体は黒い霧になって消えてしまう。


(逃がしたか……色々知ってはいそうだったが……もうここには戻ってこないだろうな)


 刀を鞘に納め、彼女は城の探索を再開する。


(妙なことを言っていたな、わたくし『たち』が魔王を殺したとか)


 以前レイドルの町で出会った、黒髪の女性のことを思い出す。


(あのお姉さんも聖王の腕輪を身に着けていた……もしや、わたくしの仲間……?)



「……ックシュン!」

「シェリィ、大丈夫? 風邪かな……寒くない?」


 くしゃみをしたシェリィに、ルキが慌てて駆け寄る。


「うん、大丈夫。寒気もないよ」

「むむー! ……気の流れに乱れはないね、病気じゃないと思うよ~」

「だったら……誰かがシェリィの噂をしてるとかじゃないかしら?」

「私の昔の知り合いかな? フフ、だったら……嬉しいな」


 顔も知らない、自分を知る誰かへと思いをはせるシェリィ。過去を取り戻すための旅は、まだ続いていく……



 





 









 


 







 










 







 


 








 

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