×41 思い出は光り輝いて…
愛しい仲間たちに別れを告げて、シェリィは暗黒界へ飛んだ。
何も見ることが出来ない漆黒の闇の中、暗黒界の底を目指し、彼女は階段を下りていく。
不思議と階段から足を踏み外すことは無く、まるで誰かに導かれるように、次に足を出す場所が分かる。
アルシアの聖剣を背負い、五つの腕輪を持って、全てを終わらせるために下りていく。
握りしめていたのは、ルクセリアの短剣。今度はルキから送られた、シェリィの自由の証。
二度と間違える事のないように、足を踏み外さないように、短剣に込められた思いを感じながら下りていく――
(戻って来たな……あの日から……何年経ったっけ……あの時はエリーヌも一緒だったけど……)
暗黒界の底、暗闇の中でぼんやりと赤く光る大樹に向かって歩きながら、シェリィは初めてここに来た日のことを思い出していた。
母を殺し、人間をやめたあの日のことを。
その時、シェリィの中で魔力が一瞬跳ねる。
「あっ……フフッ……ごめんね……今もエリーヌとは一緒だったね」
胸に手を当て笑う。こんな所に来てもまだ、自分は一人じゃない。
大樹の前までやって来た。
ルクセリアの短剣を大切にしまい、聖剣フィルナノグをその手に持つ。
(この暗闇の中じゃ影は出来ない……剣を借りることが出来て良かった……)
魔力で体を強化してなお、聖剣からは重みを感じる。
両手でしっかりと持ち、大樹の前で大きく構えを取った。
「…………はぁあああ!」
飛び上がったシェリィは聖剣を振るい、大樹を大きく切り裂いた! すると――
「ぐっ!? うわぁ!」
大樹は圧倒的な魔力を放出。
シェリィは聖剣を落とし、暗黒界の中を大きく吹き飛ばされる。
「巨大な魔力がさらに膨れ上がっていく……あれが……魔龍……」
飛ばされた先で倒れ、顔だけを上げてそう呟いた。
そして大樹はその姿を変化させ、赤く輝くドラゴンへと変わっていく。
「グガアアアアアアアア!!!!!!!」
その体は城のように大きく、咆哮は世界を震わせた。
「はぁ……はぁ……負けられない……みんなのために……未来のために! 負けられないんだ!」
立ち上がり、シェリィはルクセリアの短剣を持つ。
戦意を失ってはいない……勝たねばならない理由がある。
――瞬間、シェリィの心に応えるように、暗黒界を強い光が照らした!
「えっ……あれは……」
魔龍の前に浮かび、強い光を放っていたのは……聖剣フィルナノグ!
「聖剣が……?」
浮いた聖剣は、光り輝きながらまっすぐにシェリィの手元へと飛んできた!
「ッ! 軽い!」
聖剣を片手で受け止める。
先程までとは違い、剣は羽のように軽い!
「ありがとう……」
シェリィの頬を涙が伝う……そして聖剣はさらに輝きを増し――シェリィの背後に影を生み出した!
「――――ッ! ありがとう! アルシア!!!」
彼女の影が爆発的に広がる。
次第に影は背中に集中、大きな黒い翼を作り上げた!
「はああああああ!」
シェリィは自身の腕輪の力を開放し、影の翼をはためかせ飛び立った。
一度闇に墜ちた影の魔人は、聖なる光を纏い、伝説の勇者の剣を持って飛ぶッ!!!
シェリィは一筋の光となって魔龍に接近。
すれ違いざまにその巨躯を大きく切り裂く。
しかし魔龍は一瞬で傷を再生。
「うおおおおおおおおおおおお!」
それでもシェリィは止まらない。
縦横無尽に暗黒界を飛び回り、魔龍の体を切り裂き続ける。
「ガアアアアアア!!!」
魔龍の咆哮、その体から再び巨大な魔力が全方位に放出された。
「ッ! 避けられない!」
その時、腕輪の一つが光り始める、これは――エルクの腕輪。
(エルクちゃん……)
シェリィの頭に彼女が浮かぶ……小さいのに礼儀正しくて、頑張り屋で、ちょっと怒りっぽいところのある女の子。
彼女の想いが腕輪を通し、光り輝くシェリィの力へ変わっていく……
「ああああああ!」
シェリィは聖剣を縦に振った、空間ごと魔龍の魔力は引き裂かれ、道を開ける。
シェリィはまっすぐ魔龍へ向かって飛ぶ。
それを追い払うように、魔龍は大きな爪を使ってシェリィを攻撃した。
その時、腕輪の一つが光り始める、これは――メリルの腕輪。
(メリルちゃん……力を貸して!)
シェリィの頭に彼女が浮かぶ……誰よりも穏やかで、可憐な笑顔を見せる、可愛らしい女の子。
彼女の想いが腕輪を通し、光り輝くシェリィの力へ変わっていく……
「やああああああ!」
聖剣を纏う光が伸び、シェリィへ向かってきていた魔龍の腕を切り落とす。
「ガアアアア!」
直後、魔龍の口から黒い煙のようなブレスがシェリィへと放たれた。
その時、腕輪の一つが光り始める、これは――クイナの腕輪。
(クイナちゃん! 一緒に……戦って!)
シェリィの頭に彼女が浮かぶ……食いしん坊で、意地っ張りで、でも本当は一番繊細な女の子。
彼女の想いが腕輪を通し、光り輝くシェリィの力へ変わっていく……
シェリィを纏う光がさらに力強さを増し、魔龍のブレスからその身を守った。
そして……最後の腕輪が光り始める、これは――ルキの腕輪。
「…………ルキ!」
シェリィの頭に彼女が浮かぶ……どんな時だって、シェリィを愛し続けてくれた……太陽のような女の子。
彼女の想いが腕輪を通し、ルクセリアの短剣に集まっていく。
アルキレウスの力に包まれたルクセリアの短剣は輝き、一本の光剣へと姿を変えた。
「決着をッ! 決着をつけるッ!」
聖剣と光剣を両手に持ったシェリィは光りの矢となって魔龍に迫っていく、五つの腕輪の力を限界以上に引き出し、ありったけの魔力を込めて……神速の剣を走らせた!
「ああああああああああああ!!!」
その二本の剣は魔龍の腕を切り落とし、足を奪い、首を飛ばす。
それでも彼女の剣は止まらない、全ての悲劇を断ち切るために切る、切る、切る――――
いったいどれだけ切り刻んだのか……
やがて、チリひとつ残すことなく、魔龍は完全に消滅した。
それと同時に上空のオーブは消え去り、暗黒界は閉じられ……完全な……闇の世界となった。
「終わった…………やったよ……みんな……私……これで……」
聖剣が光を失い、再び重くなる。
聖剣は彼女の手から落ち、影で作った翼も消え、シェリィは地面に向かって落ちていく。
五つの腕輪が反転を起こし、意識を奪われていく中で、最後の力を振り絞り……シェリィはルクセリアの短剣を大切にしまった。
意識を失った彼女の体は地面に落ち、漆黒の闇の中で眠りについた――
地面の冷たい感触に気付いた。
自分は眠っていたらしい。
体を起こしながら目を開ける……
「――ぁ……」
なにも、みえない。
「ぅ……?」
ここはどこだろう?
「ッ! あぁ! ぁああああ!!!」
次第に怖くなり、彼女は叫んだ。
しかし、いくら叫んでも、泣いても、何も起こらない、誰も来ない、漆黒の闇の世界で一人。
「ぐっ……う……ああ!」
よろけながらも立ち上がり、泣きながら動き回る。
無限に続く、何もない闇の世界をひたすら走る。
「…………あっ! ひぐっ……うぐっ……うわああああ……」
転んでしまい、そのまま泣き出してしまった。
五つの腕輪は彼女からすべてを奪って行った。
過去も力も記憶も……名前も、言葉さえも……
残されたのは感情と――――
「うわあああ……」
生まれたばかりの子供のように、彼女は闇の世界で……たった一人泣き続ける…………たった一人で…………
どれだけ……いったいどれだけの時が流れたのだろう……
長い年月はいつしか彼女から感情すらも奪い……闇の中にただ在るだけの存在となっていた。
「………………」
弱り切った体で冷たい地面に寝転がり、闇をただ見つめている。
魔族となったシェリィの体は、餓死することすら彼女に許しはしなかった。
彼女はずっとこうしている。
何も出来ずにこうしている。
何年も何年も――独りぼっちの闇は……続く。
「っ!?」
ある時、気付いた。
目の前に何かがいる……
触ってみた。
小さくて暖かい。
しかし、逃げられてしまう。
「…………ぅ……ぁぁ……」
追いかけようとするが、弱り切った体では立つ事も出来ない。
再び闇を見つめるシェリィ。
すると、その小さな何かはぼんやりと光りはじめた。
「ぁ……」
その姿は黒い猫。
猫はシェリィをじっと見つめた後で、どこかへ向かってゆっくりと歩き出した。
「ぅぁ……ぁぁ……!」
地面を這いずりながら、シェリィは猫を追いかけて行く。
自分は、一人じゃなかったかもしれない。
どこに行くの?
待ってよ!
置いて行かないで!
うめき声をあげながら、必死で猫についていく。
やがて猫の足は止まる。
そして、猫は真上にジャンプして消えてしまった。
シェリィの世界は再び真っ暗に……
「ぅ……?」
だが、何かに気付く――
上だ!
上から少しだけ、光が漏れている!
その時だった――――
轟音と共に空に亀裂が入り、暗黒界を眩しい光が照らす!
「!?」
あまりの光にシェリィは目を手で覆う。
空は割れ、そこから光り輝く大きな船が現れた――
「よぉ~~~し! クイナ! ゲートはどうだ!?」
天の船からは大きな声が聞こえる……
「ぎゃははは! 問題なしよ! 安定してる! だぁから言ったでしょ? 絶対大丈夫だって!」
「よし! ミリカたちの方はどうだ!? 連絡は取れるかな?」
「ん~~~~…………オッケー! そっちも問題なし! 向こうの指揮はオウカが執ってんだから当然よ!」
胸がいっぱいになる不思議な声。
「とりあえず帰れなくなる心配はなさそうだな。エルク様はどうだ!?」
「ゆりかごは問題ありませんよ。まだ数時間は飛べます……それよりルキさん。このメンバーで集まっている時に様はやめてと言いましたよね? アリスちゃんをうちで預かって教育してもいいんですよ?」
「……アリスをあの奇天烈集団に預けるだって……? 勘弁してくれ……」
知らないはずなのに、知っている声。
「よし! 神王気を使って暗黒界を探るぞ! メリル! 補助を頼む!」
「任せて! ルキちゃんの力を思いっきりこの世界に広げるよ~」
聞いていると自然に涙が出てくる……そんな声。
「――――ッ! 見つけたぁ! 真下にルクセリアの反応! このすぐ下にいる!!!」
船からは一人の女性が飛び降りてくる。
背中に大きな剣を背負い、太陽のように温かな光を纏って……
「シェリィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!!!!!!!」
世界中に響く大きな声で、その女性は叫んだ。
シェリィの胸にその声が重く響く。
女性は不思議な力を使い地面にふわりと着地。
シェリィに向かって駆けてくると、彼女をそのたくましい腕で抱き上げた。
「シェリィ! シェリィ! ごめん……ごめんよぉ……こんなに時間が掛かっちまった……」
「ぁ……ぅぁ……」
心の奥底から何かが沸き上がってくる。温かい何かが……
「あはは……シェリィがいなくなってからさー……本当に色んなことがあったんだ……たくさん旅をして戦って……あたしすっごく強くなったんだよ? 今だったらシェリィにだって勝てるさ! 仲間もいっぱい増えたんだ、可愛い弟子だって出来た! シェリィが守ったみんなを……見せてやらなくちゃな!」
とても嬉しそうに喋りながら、その女性は八重歯を見せて笑う。
「ル……キ……うわああああああああああああああああああああ……」
何故だかシェリィは、その女性の名前を知っていた。
腕輪ですら消すことの出来なかった、大きな何かが心の底にあったから。
彼女たちはそれを探して、再び巡り合うことが出来た。
それはきっと――『思い出』という、かけがえのない宝物……
もしも、自分の作った物語を、最後まで誰かに読んでもらうことが出来たら、それはとても幸せな事なんだと思います。
そして、そこから何かを感じ取ってもらえたら、もうこれ以上の幸せはないのかも知れません。
この世界はまだ未来へ向かって行きますが、この物語の主人公はシェリィなので、思い出シーカーはここで終わりです。
簡単なあとがきとかキャラクターの設定、その後の話なんかが浮かんできてしまったので活動報告に纏めてみました。良かったらどうぞ。
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