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×35 暗く濁った記憶という海の底で ⑨



 ヴィスタリアに戻ったルキたちは、アルシアを埋葬し魔王城へと向かう。

 アルシアの仇を討ち、魔族との戦いを終わらせる……新たな決意のもと、涙を拭い彼女たちは歩く。


 この時の四人には知る由も無いのだが、道中の魔族やモンスターはアイリーンがほとんど移動させてしまっていて、行く手を遮る者はいない。


 そして、驚くほどあっさりと、四人は魔王城の前に立つ。



「……貴様らを城に入れるわけにはいかん」


 四人の前に突如現れたのは、紫色の肌をした魔族の男。

 腰から下げた剣を引き抜き、ルキへと向けた。


「みんな! 気を付けて! 凄い力を感じる! 腕輪の力を惜しんじゃ駄目!」


 いち早く敵の実力を見抜いたメリルが声をあげる。


「ハッ! いきなり大物ってワケ? 丁度いいわ。ここまで温すぎてイライラしてたのよ!」

「ライトニングランス! 魔族は……殺す!」

「アイリーンは……どこだ……!」


 メリル、クイナ、エルク、ルキ、それぞれが腕輪の力を引き出し、輝く気を纏っていく。

 空は荒れ、雷鳴轟く魔王城の前で、その戦いは始まった……。



 同時刻、魔王城内部。

 玉座に座り、相変わらず本を読んでいる魔王。

 そこに近付いて行くのは……影のローブで腕輪を隠した魔人、アイリーン。


(ガルドとルキたちの戦いが始まった……! 心配だけど、今はあの子を信じるしかない……死なないでね……ルキ……)


 ラルゴの仇であり、自らの人生を狂わせた大本の原因でもある魔族。

 もとより放置しておくつもりもなかった。

 彼女が人間だけを遊びの対象としていたのは、魔王と戦う力が無かっただけのこと。

 力を蓄えた後、十分であると判断したのならば、すぐにでも牙をむくつもりであった。


 しかし状況が変わる。魔王討伐に旅立ったアルシアにルキが付いて来てしまった。

 魔王に挑めば、ルキは確実に死ぬ。アイリーンにとってそれだけは避けたいことだった。


 だが新たな希望も見えた。妖精が魔王への対抗策を持っているという情報だ。

 そこで閃いた。妖精から力を奪い、自分が魔王を倒してしまえばいい。


 そして新たに魔族の長となった自分をルキに殺させる。

 憎い魔族を殺し、自らの腐った人生を愛しいルキに終わらせて貰えると同時に、彼女を歴史に残る存在にしてやることもできる。


 これがアイリーンの計画。

 ルキの心を完全に無視した、自らの望みと愛の一方的な押し付け。

 この時の彼女はまだ、間違いに気付くことが出来ない。


「エリーヌは死に、現在はガルドが戦っています。恐らく彼も勝つことは出来ないでしょう。そんな悠長に本など読んでいてよろしいのですか?」


 玉座に座っている魔王に近付き、アイリーンが話し掛けた。


「構わぬ、ここまでくれば余が戦えばいいだけのこと」


 魔王は本を読みながら、無感情に答える。


「……前から思っていたのですが、本ばかりで飽きませんか?」


 挑発的に笑みを浮かべるアイリーン。


「飽きるが仕方ない。奴が来るまでの暇つぶしだ」

「奴?」

「次代のアレス。余はそれを待っている。余を楽しませることが出来るのはその者だけであろう」

「千年前に戦われた聖王アレスですね? 今来ているのがその後継者では?」

「まだだ、早すぎる」

「……なぜ、分かるのです?」


 アイリーンの問いかけに魔王は本を閉じ、顔を上げて話を始めた。


「アレスは器こそヒトであるがその中身はまるで違う。奴はヒトを産んだアルキレウスの魂を転写した存在だ。分魂体……とでも呼ぼうか」

「神の……分魂体……」

「千年前……ヒトに仇なす者として余が誕生した時、焦ったアルキレウスが現世に送り込んだのがアレスなのだ。ヒトを守り、導く存在としてな」


 魔王は淡々と話を続ける。


「アルキレウスは当然、此度の余の復活も察知していよう。名前も顔も、性別すら分からんが……現世の何処かで生まれているはずだ。新たな分魂体がな……余の復活と同時に産声を上げたのならば……今頃は十代の半ば……といったところか」


 アレスの再来が生まれている……アイリーンは驚きに固まる。


「その者の人格や戦闘能力が完全となるまで……早くともまだ十年は必要であろう……余が楽しめるのはそこからだ……余と対等に渡り合うことが出来るのは奴だけよ……クックック……」


 初めて感情を見せ、魔王は笑う。


「しかし、人間の子供として生まれているのでは、既に死んでいるかもしれません……私が殺してしまっているかも……フフ……」

「問題ない。奴はアルキレウスの運命操作を受けているはずだ。少なくともヒトに奴が殺されることは無い。貴様も元々ヒトであろう? その運命の範疇からは抜け出せん。奴は今頃……定められた人格形成を果たすため、必要な親のもとに生まれ、必要な出会いを経験しながら育っているはず……余にはそれが分かる……だからこうして、その完成を待っているのだ。ククク……」


 まるで、長らく会えなかった親友でも待ちわびているかのように、楽しそうに魔王は笑う。


「…………そうですか……では残念でしたね。もうその方と会うことは出来ないでしょう」


 アイリーンは一瞬で影の剣を作り出し、玉座に座っていた魔王の体を貫いた。


「……何のつもりだ?」


 再び感情を見せなくなった魔王。

 自らの体に差し込まれた剣を、冷静に見ながら聞いた。


「お父様や神、その代理であるあなた方の戦いより、私には大切なものがあるのです……フフッ……」


 腕に魔力を込め突き刺した剣を高速で走らせる。魔王の座っていた玉座が粉々に分解され、辺りに破片が散らばった。


「力で刺したわけではない……だが、技とも言えぬ……魔力による装甲の薄い部分を感知して突き刺したな? 器用な事をする……才能か……いや、命を刻み続けた果ての嗅覚か……アレスとも阿呆とも違う方法で余の体を奪うとはな」


 アイリーンの後方に着地した魔王、半身が崩れ去っているが表情は変わらない。


「今なら邪魔は入りません……フフッ……人の王、魔族の王両方で楽しめるなんて……私は幸せ者ですね……フフッ! アハハ!」

「大切な者の為と言いつつ結局はそれか。貴様の本質は欲望と歪んだ愛情の塊……愚かだな。それでは何も手に入れることは出来ない。一時の快楽に身を任せ命を捨てるか」


 魔王は体を再生させ、戦闘のためにその姿を変化させていく。

 全身の筋肉が膨れ上がり、肌は赤く硬化していく、額からはツノが生え、内包する膨大な魔力を解き放った。


「フフッ……こんな汚れた命など……ゴミにも劣るのです……それでも……あの子の役には立てる……最後の最後でね! 本当に幸せだ! アッハハハハ!」


 アイリーンは両手に影の剣を持ち、腕輪の力を開放していく。


「……アルキレウスの力か? そうか……少し……長引きそうだな……」


 聖王の力を得た影の魔人は、その力を魔族の王に向ける。




「オッラァアアアアアア!!!」

「がっばぁああ!」


 聖なる光に包まれたクイナの蹴りがガルドに炸裂した。


「やった! 通った! 流石クイナ!」


 少し離れた場所で杖を振るメリル、気を遠隔操作しクイナの傷を癒す。


「にっ! 人間どもがぁ!」


 体勢を崩したクイナに剣を振るガルドだが――


「ぐぶっ!?」


 回り込んでいたルキがその喉をルクセリアの短剣で切り裂いた。

 聖王の腕輪で強化された彼女の身体能力は人間の限界を超越。

 恐るべき速度で戦場をかけ短剣を振るう。


「これで終わりだっ! ライトニングハンマァァァァァ!!!」


 腕輪の力を魔力に上乗せし、エルクは凄まじい威力の雷魔法を放つ。


「ぐわああああああああああ!」


 その雷は――ガルドに直撃!


「やったか!?」


 ガルドの近くにいたクイナを抱え、メリルの近くまで下がったルキが言った。


「に……人間め……」


 悔しそうな顔を見せながら、ガルドは――倒れる。


(おのれ……こうなっては……王のもとまで下がるしか……)


 仰向けになり大きく呼吸をしながら、ガルドは次の手を考える。


(……なっ!? なんだこれは……王とアイリーンが戦っている!? 馬鹿な……しっ、しかもこれは!!!)


 魔王の部屋へ転移するため、マーキングした魔力を探り、気付く。圧倒的な存在二つの衝突を。

 そしてその勝敗もうっすらと……


「く……くそっ……」


 倒れた姿勢のまま、ガルドは何処かへと転移していった。


「ふぅ……みんな、大丈夫?」


 心配そうにしてルキは尋ねる。


「わたくしは大丈夫だ……しかし……逃がしてしまったな」

「あれだけのダメージならすぐには戻ってこられないと思うよ。それよりルキちゃん、怪我を見せて」

「さんきゅ、メリル。……あとは……アイリーンと魔王か……」

「……少し休んでから乗り込みましょ。まだ先は長いわ……」




 小休止の後、ルキたちは魔王城に乗り込んだ。


「変だな……誰も居ない……」


 ルキは警戒こそ解かないが、困惑したように辺りを見回しながら歩く。


「アタシらにビビって逃げ出したんじゃないの?」

「まさか、そんな……メリル殿、何か感じ取ることは出来ませんか?」

「うん……感知はあまり得意じゃないけどやってはいるの……でもまだ――え……」


 突然メリルの足が止まった。


「なに……これ……今までの敵とは……比べ物にならない……巨大な存在が二つ……激突してる……」


 何かを感じ取るメリル。


「どっちも凄いけど……片方がもう片方を確実に上回ってる…………け……決着が……つく……」

「……仲間割れ……? まさか!」


 走り出すルキ。続けてクイナも動き出した。


「待てルキ! ちょ、クイナまで!? 仕方ない、メリル殿! 追いましょう!」


 エルクとメリルも追いかける。

 四人が向かって行くのは……



 魔王城の奥、大きな扉の前にやってきたルキ。

 何かを感じ取り、立ち止まる。


「ルキ! いきなり一人で動いたら危ないじゃない!」

「わりーなクイナ。でもちゃんと待ってたろ?」

「……ここにいるの?」

「ああ、分かる。ここにいる」

「…………辛いならここで待ってなさいよ。アンタにとっては……嫌な戦いでしょ?」

「あはは、今まで散々厳しいこと言ってたくせに、こんなとこまで来てそれかよー」


 ルキはけらけら笑い出した。


「フン……アタシはバカだからね……いつだってその時の気分が優先なのよ」

「拗ねるなよー。……クイナはバカなんかじゃないよ。優しいだけだ。」

「ルキ! クイナ! 勝手に動くなぁ! 隊長はわたくしだぞ!?」

「ふぅふぅ……みんな待って……」


 扉の前に集まる四人。


「ルキ……姫様の仇は……ここか?」

「ああ」


 無言で、雷の魔力を強く纏うエルク。彼女の心に反応するかのようにほとばしる。


「みんな、ここでは……魔王以上の存在が私たちを待っている……作戦は――」

「分かってるさ」


 メリルの言葉に、笑顔で親指を立てるルキ。クイナとエルクも首を縦に振る。


「行こう、あたしも……やっと覚悟が出来たんだ」


 扉を開き、四人は中へと入って行った――




「いらっしゃい……ルキ……」

「アイリーン……」


 中で待っていたのは、黒いローブで体を隠した、黒髪の魔人。

 室内は荒れ、いたるところが抉れ、ついさっきまで凄まじい戦いが行われていたことを四人に伝える。


「魔王は?」


 アイリーンをまっすぐに見つめ、ルキが聞いた。


「殺しちゃった♪」


 ふざけた笑顔でアイリーンが何かを投げる、ルキの足元に転がって来たのは――ツノが生えた魔族の頭。

 メリル、エルク、クイナの表情が一瞬恐怖に染まる。

 ルキだけが、変わらぬ様子で話を続ける。


「なんで、魔王を殺したの?」

「殺したかったから」


 アイリーンは即答。

 その目を少し見つめて、ルキは口を開く。


「あはは、ウソは言ってないね。じゃあさ……何のために魔王を殺したかったのさ?」


 落ち着いた様子でルキは言う。穏やかに。


「…………どうだっていいでしょう? これから死ぬあなたたちには関係のないこと……」


 影の剣を一つ作り、アイリーンは手に取った。


「全然どうだっていいことじゃない。でも……言いたくないなら仕方ない。あたしは……戦うよ、アイリーン!」

「フフッ! それでいい! 決着を付けましょう!」


 その時、アイリーンの周りを輝く札が何枚も周り始めた。


「みんな! 私に捕まって! アイリーンと共にアマダの山に飛ぶ!」


 封印の杖を振りかざしたメリルが言う。ルキたちはそれぞれがメリルに触れる。


「大転移!」


 その場の全員を連れ、メリルは聖地アマダへと転移した。




(聖地とか言ったっけ、確かに魔力を押さえつけられるような感じがあるな)

「ライトニングスネイク! これが最後だ! 全力でアイリーンを食らえ!」


 腕輪の力で強化した魔力を使い、エルクは雷の大蛇を呼び出す。


(人間が扱う魔力には影響がないのね……なるほど、決戦の場としては丁度いいわ)


 蛇を切り刻みながらアイリーンは笑う。


「フフフフ……楽しいなぁ……楽しいよ……ルキ……」

「アイリーン!」


 ルクセリアの短剣と影の剣で、二人は切り結ぶ。

 刀と魔法を駆使しエルクは多彩な攻めを見せ、クイナは常に大技を狙う。

 メリルは気の力でそれをサポート。


 アマダ山の山頂で、四人は腕輪の力を大きく引き出しながら戦う。

 アイリーンは腕輪を隠し、楽しそうに戦う。


 これは彼女にとっては最後の舞。ルキにその命を捧げ、別れを告げるための儀式。

 腕を折られ、足を切られても彼女の体はすぐに再生する。

 闇の魔力が尽きるまで、彼女の舞は続く。


 いつしか魔力は底をつき、彼女の体は崩れて消える――そのはずだった……




「ライトニング……ハンマァァァァァ!!!」

「がっ…………あ……」

「はぁ……はぁ……くそ……これを喰らっても……まだ再生するのか……アイリーンめ……!」

「フフ……フ……フフフ……もっと……楽しもう?」


 戦闘は長時間に及ぶも、アイリーンの底は見えない。

 エリーヌを取り込み、魔王にも匹敵する彼女の魔力はまだ……


「くっ……こんのぉ!」

「ぶっ……げはっ!」


 クイナの、腕輪の力を纏った全力の回し蹴りがアイリーンの首を捉える。しかし……


「ふぅ……ふぅ……また再生する……きりがない……」

「もっと……もっと! 私を殺したいならもっと頑張りなさい! アッハッハッハ……」


 ――その時、訪れる。アイリーンにとっての誤算。その一つ目。


「ッ! あっ……ぐあ! あああ!」


 突然頭を押さえて苦しみだしたルキ。クイナとエルクも同様に苦しんでいる。


(ルキ!? なに……どうしたの……)


 アイリーンの笑みが消える。


「……しまった……戦いが……長くなりすぎたんだ……」


 絶望したような表情のメリルが呟く。


「三人の腕輪が――『反転』する……」


 力が抜けたように座り込んでしまうメリル。持っていた封印の杖が転がった。


「メリル!!!」


 落ちた杖を拾ったのは――ルキ。


「立てメリル! 最後の手段だ!」


 なんとか意識を保ちながら、ルキは封印の杖を持ってアイリーンに近付いて行く。


(ルキ……)


 状況は分からないが、ルキを迎え撃つアイリーン。

 影の剣を持ち、戦うフリをする。


「うおおおおおおおおお!」


 走って勢いを付けたルキは、アイリーンの腹に封印の杖を突き刺した!


「あっ……ああ……ルキ……」

「メリルー!!!」


 崩れ落ちながらルキは叫んだ。


「っ! はぁああああああああああああ!!!!!!」


 メリルは両手を合わせ、腕輪の力を大きく引き出し術を使う。

 反応したのは、ご神体である岩の周りに張ったメリルの札。

 そこから鎖が出現し、アイリーンに向かって伸びる。


「なっ……なにこれ!?」


 鎖はアイリーンの体に巻き付き、そのまま引き寄せ岩に縛り付けた。


「はぁああああ!」


 メリルは指の形を何度も変え詠唱を始める。アイリーンに突き刺さった封印の杖が輝き始めた。


「攻撃……じゃない!? 妙な結界が形成されていく……」


 岩に縛り付けられたアイリーンの体が、ゆっくりと岩に飲み込まれていく。


「はっ……離せっ! くそっ! 冗談じゃない! 殺しなさいっ! わっ、私は……死――」


 完全に岩に飲み込まれたアイリーン。彼女に刺さっていた封印の杖は、粉々に崩れて消えていった。



「ぐっ!? うう……まずい……私も……今ので限界を……」


 メリルも頭を押さえ苦しみ始めた。腕輪が徐々に光を失っていく。


「……クイナ!」


 既に意識を失っていたクイナ。彼女に触れ、何処かへ転移させたメリル。


「……メリル殿? 何を?」


 朦朧とした意識でエルクが尋ねた。


「こんな所でみんな倒れたら……何も分からなくなってしまう……だったらせめて……みんなを故郷へ連れて行く……エルクちゃんは……フィリスの魔導学院だって言ってたよね……」


 意識を失ったエルクを送り、メリルはフラフラとルキに近付く。


「……メリル! あたしはいいっ! あたしはここで……アイリーンを見張る!」

「ルキちゃん……分かった……ごめんね……」


 そう言ってメリルも何処かへ飛んで行った。

 アマダの山頂。封印されたアイリーンとルキの二人が残される。


「へへ……上手くいった……実は途中からこれが狙いだったんだ……」


 ゆっくりと、ルキはアイリーンが封じられた岩に向かって行く。


「ねぇ……お姉ちゃん……聞こえてるんだろ? やっとゆっくり話が出来るね……」

(……ルキ)


 岩の中からルキを見るアイリーン。これが二つ目の誤算。まさか封印されるとは思っていなかった。


「お姉ちゃん、ウソばっか言ってさ……魔王を倒したのも、他の魔族がほとんどいなかったのも、あたしたちのためなんだろ? 自分のことを悪い奴だって言ったのもウソだ……みんなの前では黙ってたけど……お姉ちゃんはそんな奴じゃない……あたし、勘でそういうの分かるんだ……へへ」

(ああ……ルキ……)


 岩の前で倒れ、顔だけをアイリーンに向けるルキ。


「でもさ、お姉ちゃんは間違えたよな……いっぱいいっぱい間違えたんだ……取り返しのつかない間違いを……だから命を狙われても、それは仕方がないことなんだ……」


 泣きながら、ルキは大きな声を出す。


「だけどさぁ!!! なんで! …………あたしに相談してくれなかったんだよ? あたし、お姉ちゃんに嫌われるようなこと……何かしちゃったのかなぁ……話をしてくれれば……一緒に悩めたのに……途中からでも……引き返せたかもしれないのに……アルシアも助かったかもしれないのに……」


 ようやく……そこでようやく、アイリーンは知る。

 ルキの気持ちを。ずっと無視し続けてきた、ルキの愛を。


 ただ止めようとしているだけだと思っていた。

 だが実際は違う。ルキはずっと、アイリーンを救うことを考えていた。


 引き返すチャンスはいくらでもあった。ライザを殺した後も、魔族に堕ちた後も、アルシアを殺した後でさえも、ルキは手を差し伸べてくれていた。


 それはきっと――今も。


「お姉ちゃんは……何も言ってくれないね……ずっと黙って……間違い続けてる……だから覚悟を決めた……みんなに殺されても仕方ないって、殺すのも仕方ないって……お姉ちゃんの死を受け入れた……でも、あはは……こんなことになっちゃったね」

(ごめん……ごめんね……ルキ……)

「記憶が無くなってもさ……あたしは……お姉ちゃんのこと絶対忘れないから……この気持ちと……一緒に過ごした思い出は消えないはずだから……二度とお姉ちゃんが間違えないように……ずっとそばで……見張ってるからな……」


 そこまで語って、ルキは意識を失った――




 これはいったい何の罰なのか。

 動く事も話す事も出来ず、目の前に倒れたルキをただ見ていることしか出来ない。


 死ぬ覚悟は出来ていた。死ねばいいと思っていた。それでいいのだろうと、皆納得するだろうと。

 どうせもう自分は引き返せないのだから、好きなだけ暴れて死ねばいいと。


 思えば、ライザを殺して以来初めて訪れた静寂な時間。

 アイリーンは否が応にも自らの人生を見つめ直す。


(…………ッ! ルキ!)


 ルキが目を覚ました。


「んっ……あれ? ……どこだー、ここ……」


 ぴょんと立ち上がって、きょろきょろとしている。

 小さな子供のように駆け回り、付近を調べ始めた。


(ルキ……もういいよ……私はずっとここで後悔しているから……あなたは……平和な世界で生きなさい……幸せになって……)


 アイリーンの気持ちが届いたのか、ルキは岩に背を向け、元気よく下山していった。


(さよなら……ルキ……)




 だが、翌日。


(どうして……?)


 山を駆け上がって来たルキは再びアイリーンの前に現れる。

 岩の前で座り込み、じっと岩を見ている。


(もしかして……)


 見張っているのだろうか? とアイリーンは考える。

 確かルキは最後にそう言っていたはずだ。

 アイリーンが二度と間違わぬように、そばにいると。


(もう……いい……もう……いいから……)


 記憶を無くしてなお、この子はアイリーンを救おうとしている。

 刃を体に突き立てられる方がどれほどマシか、そう思えるほどの心の痛みを……アイリーンは感じていた。




 さらに翌日。


(また来たんだ……フフ……許してはもらえないのね……)


 再び岩の前に座り、ルキはぼーっと岩を眺めている。


(ルキ……)


 やはり大きな感情がアイリーンを襲う。

 後悔と、ルキへの想い。


 もう一度話が出来ないだろうか。謝りたい、聞いてほしいこともある。出来ることなら殺してほしい。許されるのなら……最後に力いっぱい……ルキを抱きしめたい。


 様々な感情がアイリーンの胸に渦巻く。だが話すことは出来ない。閉じ込められた彼女に出来るのは……ただ見ていることだけ。


 その時だった――


「貴様はあの時の……奴はどうした? 最後にここにいたのは分かっているのだ。教えろ!」


 ルキの後ろから男の声がした。


(がっ…………ガルド…………)


 そこに立っていたのはガルド。

 座ったルキに後ろから剣を向けている。


「ん? あんただれー?」

(ルキ! 逃げなさい! ルキィ!!!)


 必死で叫ぶもやはり届かない。岩を破壊しようともがくが……闇の魔力は結界によって封じられてしまっている。


「うわぁ!? なっ、なにするんだよー!」


 ルキとガルドの戦いが始まるが、ルキは防戦一方だ。

 腕輪の力を失ったルキが一人でかなう相手ではない。


(ルキ……ルキ……何か……何か出来ないの!?)


 必死に考え……気付く。


(腕輪の力を開放すれば……結界を破れるかもしれない……)


 だが、踏み切れない……大きく腕輪の力を使えば自分も記憶を無くすだろう。

 そうなった時、自分がどんな行動に出るかが読めないからだ。

 再び大きな間違いを犯すかもしれない、もしかしたら……ルキを殺めてしまうかもしれない。


「うわぁ!」


 ルクセリアの短剣を落とし、ルキは地面に倒れた。


「何も知らんのか……ならば貴様は用済みだ。死ね!」


 ガルドは剣を構え、ルキに向かって行く。


(ルキィィィィィ!!!)


 考える余裕も無くなり、彼女は腕輪の力を開放した。

 その力はメリルの封印を破り、岩を破壊。

 自由になった彼女は、闇の魔力を開放し、それを腕輪で強化し音よりも速く動く。

 岩が壊れた音に気付き、ルキが振り返った時には既に、ガルドを肉の一片すら残さず切り刻んでいた。


「……え? あれ? あいつ……あんたが倒したの?」


 倒れたルキが体を起こして座る。腕輪を輝かせるアイリーンの背中をじっと見つめた。

 アイリーンは意識が遠くなるのを感じ……さらに腕輪の力を引き出した、限界を超えて。


(どうせなら……みんな消えてしまえばいい……)


 記憶だけでなく……自分の名前も、人格も、過去も、感情も、全て。


(全て……消えてしまえばいい……この穢れた魂も……)


 涙を流しながら、腕輪の力をさらに引き出す。


「ねぇ! あんたが……助けてくれたの?」


 その声に気が付いて、振り返る。


 座り込んだルキがいた。嬉しそうにアイリーンを見ている。

 その姿を見て、アイリーンはルキと初めて出会った時の事を思い出していた。


 あの時はちょうど逆、ルキがアイリーンを助けてくれた。

 あの時のルキのように、自分も座り込んだルキに近付いて行く、そして涙を流しながらも笑顔を作って……今でも決して忘れない……あの言葉を口にした。


 アイリーンが人生で初めてもらった、愛情のこもった言葉を。


「……大丈夫? ……怪我はない?」


 それだけ言って……彼女は意識を失った。

 



 こうして彼女は記憶も力も……名前も失い。目が覚めた時、彼女の隣にはルキがいた。

 彼女はルキからシェリィという名をもらい、共に旅立つことになる。


 旅を続けていくうちにシェリィは、クイナ、メリル、エルクと出会い、絆を深めて行くことになる。

 これが、シェリィの過去、無意識に恐れていた過去の自分……だが彼女たちは戻ってしまった。本来の自分に。


 そしてここから、過去を探した五人は未来へ向かって行く。

 過去と、現在に向き合いながら……

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