×35 暗く濁った記憶という海の底で ⑨
ヴィスタリアに戻ったルキたちは、アルシアを埋葬し魔王城へと向かう。
アルシアの仇を討ち、魔族との戦いを終わらせる……新たな決意のもと、涙を拭い彼女たちは歩く。
この時の四人には知る由も無いのだが、道中の魔族やモンスターはアイリーンがほとんど移動させてしまっていて、行く手を遮る者はいない。
そして、驚くほどあっさりと、四人は魔王城の前に立つ。
「……貴様らを城に入れるわけにはいかん」
四人の前に突如現れたのは、紫色の肌をした魔族の男。
腰から下げた剣を引き抜き、ルキへと向けた。
「みんな! 気を付けて! 凄い力を感じる! 腕輪の力を惜しんじゃ駄目!」
いち早く敵の実力を見抜いたメリルが声をあげる。
「ハッ! いきなり大物ってワケ? 丁度いいわ。ここまで温すぎてイライラしてたのよ!」
「ライトニングランス! 魔族は……殺す!」
「アイリーンは……どこだ……!」
メリル、クイナ、エルク、ルキ、それぞれが腕輪の力を引き出し、輝く気を纏っていく。
空は荒れ、雷鳴轟く魔王城の前で、その戦いは始まった……。
同時刻、魔王城内部。
玉座に座り、相変わらず本を読んでいる魔王。
そこに近付いて行くのは……影のローブで腕輪を隠した魔人、アイリーン。
(ガルドとルキたちの戦いが始まった……! 心配だけど、今はあの子を信じるしかない……死なないでね……ルキ……)
ラルゴの仇であり、自らの人生を狂わせた大本の原因でもある魔族。
もとより放置しておくつもりもなかった。
彼女が人間だけを遊びの対象としていたのは、魔王と戦う力が無かっただけのこと。
力を蓄えた後、十分であると判断したのならば、すぐにでも牙をむくつもりであった。
しかし状況が変わる。魔王討伐に旅立ったアルシアにルキが付いて来てしまった。
魔王に挑めば、ルキは確実に死ぬ。アイリーンにとってそれだけは避けたいことだった。
だが新たな希望も見えた。妖精が魔王への対抗策を持っているという情報だ。
そこで閃いた。妖精から力を奪い、自分が魔王を倒してしまえばいい。
そして新たに魔族の長となった自分をルキに殺させる。
憎い魔族を殺し、自らの腐った人生を愛しいルキに終わらせて貰えると同時に、彼女を歴史に残る存在にしてやることもできる。
これがアイリーンの計画。
ルキの心を完全に無視した、自らの望みと愛の一方的な押し付け。
この時の彼女はまだ、間違いに気付くことが出来ない。
「エリーヌは死に、現在はガルドが戦っています。恐らく彼も勝つことは出来ないでしょう。そんな悠長に本など読んでいてよろしいのですか?」
玉座に座っている魔王に近付き、アイリーンが話し掛けた。
「構わぬ、ここまでくれば余が戦えばいいだけのこと」
魔王は本を読みながら、無感情に答える。
「……前から思っていたのですが、本ばかりで飽きませんか?」
挑発的に笑みを浮かべるアイリーン。
「飽きるが仕方ない。奴が来るまでの暇つぶしだ」
「奴?」
「次代のアレス。余はそれを待っている。余を楽しませることが出来るのはその者だけであろう」
「千年前に戦われた聖王アレスですね? 今来ているのがその後継者では?」
「まだだ、早すぎる」
「……なぜ、分かるのです?」
アイリーンの問いかけに魔王は本を閉じ、顔を上げて話を始めた。
「アレスは器こそヒトであるがその中身はまるで違う。奴はヒトを産んだアルキレウスの魂を転写した存在だ。分魂体……とでも呼ぼうか」
「神の……分魂体……」
「千年前……ヒトに仇なす者として余が誕生した時、焦ったアルキレウスが現世に送り込んだのがアレスなのだ。ヒトを守り、導く存在としてな」
魔王は淡々と話を続ける。
「アルキレウスは当然、此度の余の復活も察知していよう。名前も顔も、性別すら分からんが……現世の何処かで生まれているはずだ。新たな分魂体がな……余の復活と同時に産声を上げたのならば……今頃は十代の半ば……といったところか」
アレスの再来が生まれている……アイリーンは驚きに固まる。
「その者の人格や戦闘能力が完全となるまで……早くともまだ十年は必要であろう……余が楽しめるのはそこからだ……余と対等に渡り合うことが出来るのは奴だけよ……クックック……」
初めて感情を見せ、魔王は笑う。
「しかし、人間の子供として生まれているのでは、既に死んでいるかもしれません……私が殺してしまっているかも……フフ……」
「問題ない。奴はアルキレウスの運命操作を受けているはずだ。少なくともヒトに奴が殺されることは無い。貴様も元々ヒトであろう? その運命の範疇からは抜け出せん。奴は今頃……定められた人格形成を果たすため、必要な親のもとに生まれ、必要な出会いを経験しながら育っているはず……余にはそれが分かる……だからこうして、その完成を待っているのだ。ククク……」
まるで、長らく会えなかった親友でも待ちわびているかのように、楽しそうに魔王は笑う。
「…………そうですか……では残念でしたね。もうその方と会うことは出来ないでしょう」
アイリーンは一瞬で影の剣を作り出し、玉座に座っていた魔王の体を貫いた。
「……何のつもりだ?」
再び感情を見せなくなった魔王。
自らの体に差し込まれた剣を、冷静に見ながら聞いた。
「お父様や神、その代理であるあなた方の戦いより、私には大切なものがあるのです……フフッ……」
腕に魔力を込め突き刺した剣を高速で走らせる。魔王の座っていた玉座が粉々に分解され、辺りに破片が散らばった。
「力で刺したわけではない……だが、技とも言えぬ……魔力による装甲の薄い部分を感知して突き刺したな? 器用な事をする……才能か……いや、命を刻み続けた果ての嗅覚か……アレスとも阿呆とも違う方法で余の体を奪うとはな」
アイリーンの後方に着地した魔王、半身が崩れ去っているが表情は変わらない。
「今なら邪魔は入りません……フフッ……人の王、魔族の王両方で楽しめるなんて……私は幸せ者ですね……フフッ! アハハ!」
「大切な者の為と言いつつ結局はそれか。貴様の本質は欲望と歪んだ愛情の塊……愚かだな。それでは何も手に入れることは出来ない。一時の快楽に身を任せ命を捨てるか」
魔王は体を再生させ、戦闘のためにその姿を変化させていく。
全身の筋肉が膨れ上がり、肌は赤く硬化していく、額からはツノが生え、内包する膨大な魔力を解き放った。
「フフッ……こんな汚れた命など……ゴミにも劣るのです……それでも……あの子の役には立てる……最後の最後でね! 本当に幸せだ! アッハハハハ!」
アイリーンは両手に影の剣を持ち、腕輪の力を開放していく。
「……アルキレウスの力か? そうか……少し……長引きそうだな……」
聖王の力を得た影の魔人は、その力を魔族の王に向ける。
「オッラァアアアアアア!!!」
「がっばぁああ!」
聖なる光に包まれたクイナの蹴りがガルドに炸裂した。
「やった! 通った! 流石クイナ!」
少し離れた場所で杖を振るメリル、気を遠隔操作しクイナの傷を癒す。
「にっ! 人間どもがぁ!」
体勢を崩したクイナに剣を振るガルドだが――
「ぐぶっ!?」
回り込んでいたルキがその喉をルクセリアの短剣で切り裂いた。
聖王の腕輪で強化された彼女の身体能力は人間の限界を超越。
恐るべき速度で戦場をかけ短剣を振るう。
「これで終わりだっ! ライトニングハンマァァァァァ!!!」
腕輪の力を魔力に上乗せし、エルクは凄まじい威力の雷魔法を放つ。
「ぐわああああああああああ!」
その雷は――ガルドに直撃!
「やったか!?」
ガルドの近くにいたクイナを抱え、メリルの近くまで下がったルキが言った。
「に……人間め……」
悔しそうな顔を見せながら、ガルドは――倒れる。
(おのれ……こうなっては……王のもとまで下がるしか……)
仰向けになり大きく呼吸をしながら、ガルドは次の手を考える。
(……なっ!? なんだこれは……王とアイリーンが戦っている!? 馬鹿な……しっ、しかもこれは!!!)
魔王の部屋へ転移するため、マーキングした魔力を探り、気付く。圧倒的な存在二つの衝突を。
そしてその勝敗もうっすらと……
「く……くそっ……」
倒れた姿勢のまま、ガルドは何処かへと転移していった。
「ふぅ……みんな、大丈夫?」
心配そうにしてルキは尋ねる。
「わたくしは大丈夫だ……しかし……逃がしてしまったな」
「あれだけのダメージならすぐには戻ってこられないと思うよ。それよりルキちゃん、怪我を見せて」
「さんきゅ、メリル。……あとは……アイリーンと魔王か……」
「……少し休んでから乗り込みましょ。まだ先は長いわ……」
小休止の後、ルキたちは魔王城に乗り込んだ。
「変だな……誰も居ない……」
ルキは警戒こそ解かないが、困惑したように辺りを見回しながら歩く。
「アタシらにビビって逃げ出したんじゃないの?」
「まさか、そんな……メリル殿、何か感じ取ることは出来ませんか?」
「うん……感知はあまり得意じゃないけどやってはいるの……でもまだ――え……」
突然メリルの足が止まった。
「なに……これ……今までの敵とは……比べ物にならない……巨大な存在が二つ……激突してる……」
何かを感じ取るメリル。
「どっちも凄いけど……片方がもう片方を確実に上回ってる…………け……決着が……つく……」
「……仲間割れ……? まさか!」
走り出すルキ。続けてクイナも動き出した。
「待てルキ! ちょ、クイナまで!? 仕方ない、メリル殿! 追いましょう!」
エルクとメリルも追いかける。
四人が向かって行くのは……
魔王城の奥、大きな扉の前にやってきたルキ。
何かを感じ取り、立ち止まる。
「ルキ! いきなり一人で動いたら危ないじゃない!」
「わりーなクイナ。でもちゃんと待ってたろ?」
「……ここにいるの?」
「ああ、分かる。ここにいる」
「…………辛いならここで待ってなさいよ。アンタにとっては……嫌な戦いでしょ?」
「あはは、今まで散々厳しいこと言ってたくせに、こんなとこまで来てそれかよー」
ルキはけらけら笑い出した。
「フン……アタシはバカだからね……いつだってその時の気分が優先なのよ」
「拗ねるなよー。……クイナはバカなんかじゃないよ。優しいだけだ。」
「ルキ! クイナ! 勝手に動くなぁ! 隊長はわたくしだぞ!?」
「ふぅふぅ……みんな待って……」
扉の前に集まる四人。
「ルキ……姫様の仇は……ここか?」
「ああ」
無言で、雷の魔力を強く纏うエルク。彼女の心に反応するかのようにほとばしる。
「みんな、ここでは……魔王以上の存在が私たちを待っている……作戦は――」
「分かってるさ」
メリルの言葉に、笑顔で親指を立てるルキ。クイナとエルクも首を縦に振る。
「行こう、あたしも……やっと覚悟が出来たんだ」
扉を開き、四人は中へと入って行った――
「いらっしゃい……ルキ……」
「アイリーン……」
中で待っていたのは、黒いローブで体を隠した、黒髪の魔人。
室内は荒れ、いたるところが抉れ、ついさっきまで凄まじい戦いが行われていたことを四人に伝える。
「魔王は?」
アイリーンをまっすぐに見つめ、ルキが聞いた。
「殺しちゃった♪」
ふざけた笑顔でアイリーンが何かを投げる、ルキの足元に転がって来たのは――ツノが生えた魔族の頭。
メリル、エルク、クイナの表情が一瞬恐怖に染まる。
ルキだけが、変わらぬ様子で話を続ける。
「なんで、魔王を殺したの?」
「殺したかったから」
アイリーンは即答。
その目を少し見つめて、ルキは口を開く。
「あはは、ウソは言ってないね。じゃあさ……何のために魔王を殺したかったのさ?」
落ち着いた様子でルキは言う。穏やかに。
「…………どうだっていいでしょう? これから死ぬあなたたちには関係のないこと……」
影の剣を一つ作り、アイリーンは手に取った。
「全然どうだっていいことじゃない。でも……言いたくないなら仕方ない。あたしは……戦うよ、アイリーン!」
「フフッ! それでいい! 決着を付けましょう!」
その時、アイリーンの周りを輝く札が何枚も周り始めた。
「みんな! 私に捕まって! アイリーンと共にアマダの山に飛ぶ!」
封印の杖を振りかざしたメリルが言う。ルキたちはそれぞれがメリルに触れる。
「大転移!」
その場の全員を連れ、メリルは聖地アマダへと転移した。
(聖地とか言ったっけ、確かに魔力を押さえつけられるような感じがあるな)
「ライトニングスネイク! これが最後だ! 全力でアイリーンを食らえ!」
腕輪の力で強化した魔力を使い、エルクは雷の大蛇を呼び出す。
(人間が扱う魔力には影響がないのね……なるほど、決戦の場としては丁度いいわ)
蛇を切り刻みながらアイリーンは笑う。
「フフフフ……楽しいなぁ……楽しいよ……ルキ……」
「アイリーン!」
ルクセリアの短剣と影の剣で、二人は切り結ぶ。
刀と魔法を駆使しエルクは多彩な攻めを見せ、クイナは常に大技を狙う。
メリルは気の力でそれをサポート。
アマダ山の山頂で、四人は腕輪の力を大きく引き出しながら戦う。
アイリーンは腕輪を隠し、楽しそうに戦う。
これは彼女にとっては最後の舞。ルキにその命を捧げ、別れを告げるための儀式。
腕を折られ、足を切られても彼女の体はすぐに再生する。
闇の魔力が尽きるまで、彼女の舞は続く。
いつしか魔力は底をつき、彼女の体は崩れて消える――そのはずだった……
「ライトニング……ハンマァァァァァ!!!」
「がっ…………あ……」
「はぁ……はぁ……くそ……これを喰らっても……まだ再生するのか……アイリーンめ……!」
「フフ……フ……フフフ……もっと……楽しもう?」
戦闘は長時間に及ぶも、アイリーンの底は見えない。
エリーヌを取り込み、魔王にも匹敵する彼女の魔力はまだ……
「くっ……こんのぉ!」
「ぶっ……げはっ!」
クイナの、腕輪の力を纏った全力の回し蹴りがアイリーンの首を捉える。しかし……
「ふぅ……ふぅ……また再生する……きりがない……」
「もっと……もっと! 私を殺したいならもっと頑張りなさい! アッハッハッハ……」
――その時、訪れる。アイリーンにとっての誤算。その一つ目。
「ッ! あっ……ぐあ! あああ!」
突然頭を押さえて苦しみだしたルキ。クイナとエルクも同様に苦しんでいる。
(ルキ!? なに……どうしたの……)
アイリーンの笑みが消える。
「……しまった……戦いが……長くなりすぎたんだ……」
絶望したような表情のメリルが呟く。
「三人の腕輪が――『反転』する……」
力が抜けたように座り込んでしまうメリル。持っていた封印の杖が転がった。
「メリル!!!」
落ちた杖を拾ったのは――ルキ。
「立てメリル! 最後の手段だ!」
なんとか意識を保ちながら、ルキは封印の杖を持ってアイリーンに近付いて行く。
(ルキ……)
状況は分からないが、ルキを迎え撃つアイリーン。
影の剣を持ち、戦うフリをする。
「うおおおおおおおおお!」
走って勢いを付けたルキは、アイリーンの腹に封印の杖を突き刺した!
「あっ……ああ……ルキ……」
「メリルー!!!」
崩れ落ちながらルキは叫んだ。
「っ! はぁああああああああああああ!!!!!!」
メリルは両手を合わせ、腕輪の力を大きく引き出し術を使う。
反応したのは、ご神体である岩の周りに張ったメリルの札。
そこから鎖が出現し、アイリーンに向かって伸びる。
「なっ……なにこれ!?」
鎖はアイリーンの体に巻き付き、そのまま引き寄せ岩に縛り付けた。
「はぁああああ!」
メリルは指の形を何度も変え詠唱を始める。アイリーンに突き刺さった封印の杖が輝き始めた。
「攻撃……じゃない!? 妙な結界が形成されていく……」
岩に縛り付けられたアイリーンの体が、ゆっくりと岩に飲み込まれていく。
「はっ……離せっ! くそっ! 冗談じゃない! 殺しなさいっ! わっ、私は……死――」
完全に岩に飲み込まれたアイリーン。彼女に刺さっていた封印の杖は、粉々に崩れて消えていった。
「ぐっ!? うう……まずい……私も……今ので限界を……」
メリルも頭を押さえ苦しみ始めた。腕輪が徐々に光を失っていく。
「……クイナ!」
既に意識を失っていたクイナ。彼女に触れ、何処かへ転移させたメリル。
「……メリル殿? 何を?」
朦朧とした意識でエルクが尋ねた。
「こんな所でみんな倒れたら……何も分からなくなってしまう……だったらせめて……みんなを故郷へ連れて行く……エルクちゃんは……フィリスの魔導学院だって言ってたよね……」
意識を失ったエルクを送り、メリルはフラフラとルキに近付く。
「……メリル! あたしはいいっ! あたしはここで……アイリーンを見張る!」
「ルキちゃん……分かった……ごめんね……」
そう言ってメリルも何処かへ飛んで行った。
アマダの山頂。封印されたアイリーンとルキの二人が残される。
「へへ……上手くいった……実は途中からこれが狙いだったんだ……」
ゆっくりと、ルキはアイリーンが封じられた岩に向かって行く。
「ねぇ……お姉ちゃん……聞こえてるんだろ? やっとゆっくり話が出来るね……」
(……ルキ)
岩の中からルキを見るアイリーン。これが二つ目の誤算。まさか封印されるとは思っていなかった。
「お姉ちゃん、ウソばっか言ってさ……魔王を倒したのも、他の魔族がほとんどいなかったのも、あたしたちのためなんだろ? 自分のことを悪い奴だって言ったのもウソだ……みんなの前では黙ってたけど……お姉ちゃんはそんな奴じゃない……あたし、勘でそういうの分かるんだ……へへ」
(ああ……ルキ……)
岩の前で倒れ、顔だけをアイリーンに向けるルキ。
「でもさ、お姉ちゃんは間違えたよな……いっぱいいっぱい間違えたんだ……取り返しのつかない間違いを……だから命を狙われても、それは仕方がないことなんだ……」
泣きながら、ルキは大きな声を出す。
「だけどさぁ!!! なんで! …………あたしに相談してくれなかったんだよ? あたし、お姉ちゃんに嫌われるようなこと……何かしちゃったのかなぁ……話をしてくれれば……一緒に悩めたのに……途中からでも……引き返せたかもしれないのに……アルシアも助かったかもしれないのに……」
ようやく……そこでようやく、アイリーンは知る。
ルキの気持ちを。ずっと無視し続けてきた、ルキの愛を。
ただ止めようとしているだけだと思っていた。
だが実際は違う。ルキはずっと、アイリーンを救うことを考えていた。
引き返すチャンスはいくらでもあった。ライザを殺した後も、魔族に堕ちた後も、アルシアを殺した後でさえも、ルキは手を差し伸べてくれていた。
それはきっと――今も。
「お姉ちゃんは……何も言ってくれないね……ずっと黙って……間違い続けてる……だから覚悟を決めた……みんなに殺されても仕方ないって、殺すのも仕方ないって……お姉ちゃんの死を受け入れた……でも、あはは……こんなことになっちゃったね」
(ごめん……ごめんね……ルキ……)
「記憶が無くなってもさ……あたしは……お姉ちゃんのこと絶対忘れないから……この気持ちと……一緒に過ごした思い出は消えないはずだから……二度とお姉ちゃんが間違えないように……ずっとそばで……見張ってるからな……」
そこまで語って、ルキは意識を失った――
これはいったい何の罰なのか。
動く事も話す事も出来ず、目の前に倒れたルキをただ見ていることしか出来ない。
死ぬ覚悟は出来ていた。死ねばいいと思っていた。それでいいのだろうと、皆納得するだろうと。
どうせもう自分は引き返せないのだから、好きなだけ暴れて死ねばいいと。
思えば、ライザを殺して以来初めて訪れた静寂な時間。
アイリーンは否が応にも自らの人生を見つめ直す。
(…………ッ! ルキ!)
ルキが目を覚ました。
「んっ……あれ? ……どこだー、ここ……」
ぴょんと立ち上がって、きょろきょろとしている。
小さな子供のように駆け回り、付近を調べ始めた。
(ルキ……もういいよ……私はずっとここで後悔しているから……あなたは……平和な世界で生きなさい……幸せになって……)
アイリーンの気持ちが届いたのか、ルキは岩に背を向け、元気よく下山していった。
(さよなら……ルキ……)
だが、翌日。
(どうして……?)
山を駆け上がって来たルキは再びアイリーンの前に現れる。
岩の前で座り込み、じっと岩を見ている。
(もしかして……)
見張っているのだろうか? とアイリーンは考える。
確かルキは最後にそう言っていたはずだ。
アイリーンが二度と間違わぬように、そばにいると。
(もう……いい……もう……いいから……)
記憶を無くしてなお、この子はアイリーンを救おうとしている。
刃を体に突き立てられる方がどれほどマシか、そう思えるほどの心の痛みを……アイリーンは感じていた。
さらに翌日。
(また来たんだ……フフ……許してはもらえないのね……)
再び岩の前に座り、ルキはぼーっと岩を眺めている。
(ルキ……)
やはり大きな感情がアイリーンを襲う。
後悔と、ルキへの想い。
もう一度話が出来ないだろうか。謝りたい、聞いてほしいこともある。出来ることなら殺してほしい。許されるのなら……最後に力いっぱい……ルキを抱きしめたい。
様々な感情がアイリーンの胸に渦巻く。だが話すことは出来ない。閉じ込められた彼女に出来るのは……ただ見ていることだけ。
その時だった――
「貴様はあの時の……奴はどうした? 最後にここにいたのは分かっているのだ。教えろ!」
ルキの後ろから男の声がした。
(がっ…………ガルド…………)
そこに立っていたのはガルド。
座ったルキに後ろから剣を向けている。
「ん? あんただれー?」
(ルキ! 逃げなさい! ルキィ!!!)
必死で叫ぶもやはり届かない。岩を破壊しようともがくが……闇の魔力は結界によって封じられてしまっている。
「うわぁ!? なっ、なにするんだよー!」
ルキとガルドの戦いが始まるが、ルキは防戦一方だ。
腕輪の力を失ったルキが一人でかなう相手ではない。
(ルキ……ルキ……何か……何か出来ないの!?)
必死に考え……気付く。
(腕輪の力を開放すれば……結界を破れるかもしれない……)
だが、踏み切れない……大きく腕輪の力を使えば自分も記憶を無くすだろう。
そうなった時、自分がどんな行動に出るかが読めないからだ。
再び大きな間違いを犯すかもしれない、もしかしたら……ルキを殺めてしまうかもしれない。
「うわぁ!」
ルクセリアの短剣を落とし、ルキは地面に倒れた。
「何も知らんのか……ならば貴様は用済みだ。死ね!」
ガルドは剣を構え、ルキに向かって行く。
(ルキィィィィィ!!!)
考える余裕も無くなり、彼女は腕輪の力を開放した。
その力はメリルの封印を破り、岩を破壊。
自由になった彼女は、闇の魔力を開放し、それを腕輪で強化し音よりも速く動く。
岩が壊れた音に気付き、ルキが振り返った時には既に、ガルドを肉の一片すら残さず切り刻んでいた。
「……え? あれ? あいつ……あんたが倒したの?」
倒れたルキが体を起こして座る。腕輪を輝かせるアイリーンの背中をじっと見つめた。
アイリーンは意識が遠くなるのを感じ……さらに腕輪の力を引き出した、限界を超えて。
(どうせなら……みんな消えてしまえばいい……)
記憶だけでなく……自分の名前も、人格も、過去も、感情も、全て。
(全て……消えてしまえばいい……この穢れた魂も……)
涙を流しながら、腕輪の力をさらに引き出す。
「ねぇ! あんたが……助けてくれたの?」
その声に気が付いて、振り返る。
座り込んだルキがいた。嬉しそうにアイリーンを見ている。
その姿を見て、アイリーンはルキと初めて出会った時の事を思い出していた。
あの時はちょうど逆、ルキがアイリーンを助けてくれた。
あの時のルキのように、自分も座り込んだルキに近付いて行く、そして涙を流しながらも笑顔を作って……今でも決して忘れない……あの言葉を口にした。
アイリーンが人生で初めてもらった、愛情のこもった言葉を。
「……大丈夫? ……怪我はない?」
それだけ言って……彼女は意識を失った。
こうして彼女は記憶も力も……名前も失い。目が覚めた時、彼女の隣にはルキがいた。
彼女はルキからシェリィという名をもらい、共に旅立つことになる。
旅を続けていくうちにシェリィは、クイナ、メリル、エルクと出会い、絆を深めて行くことになる。
これが、シェリィの過去、無意識に恐れていた過去の自分……だが彼女たちは戻ってしまった。本来の自分に。
そしてここから、過去を探した五人は未来へ向かって行く。
過去と、現在に向き合いながら……