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×31 暗く濁った記憶という海の底で ⑤



「いっ……いやだ! 助けて――」


 薄暗い村の中、逃げ出した男は彼女の手によって、後ろから真っ二つに切り裂かれた。


「やめて! お願いだから殺さないで――」


 泣いて命乞いをした女を真上に蹴り上げ、手に持った黒い剣を使い、空中で分解する。

 まき散らされた血を全身に浴びて、彼女は薄く笑みを浮かべた。

 彼女の名前はアイリーン。鮮血に染まった黒髪の美女。


「……今ので最後ね」


 彼女がそう呟くと、持っていた黒い剣が泥のように崩れていき、足元の影にくっついていく。


「ア……アイリーン様、お楽しみのところ失礼いたします……」


 恐怖に震えた声。


「……? ああ、ラモンか。村には結界を張っておいたはずだけど……」


 アイリーンが声の主に話し掛ける。

 そこにいたのは、ローブを着た、二本足で立つトカゲのような魔族。

 アイリーンに見つめられ、ビクッと体を引きつらせる。


「怖がらなくてもいいのよ? 結界を破られたくらいで怒ったりしないから」

「ガルド様から伝言です。すぐに城に戻るようにと……」

「言いたいことがあるのなら自分で来なさい。そう伝えておいて」

「で、ですが、アイリーン様が応じないのであれば、魔王様に動いてもらうとガルド様が……」


 魔王という言葉を聞き、アイリーンはクスクスと笑い始めた。


「フフフ……そっか……分かったよ。じゃあ連れて行ってくれる?」

「はい……では失礼して……ジャンプします」


 ラモンはアイリーンの手を取る。そして能力を発動させ、魔王城へと転移していった。




 アイリーンがヴィスタリアから逃げ出し、魔族に転生してから五年ほど。

 魔力の扱いをエリーヌから学んだ彼女は、大きく力を付け、魔王軍での地位を高く上げていた。

 笑みを浮かべながら、人間を惨たらしく斬り殺していく美女。

 その姿は魔族すら怯えさせ、狂気の魔人として恐れられるようになっていた。


「アイリーン! 貴様! また勝手に人間の国を滅ぼしたな!? 何度も言っているだろう! 我等の目的は人間を絶望させ父上の力とすることだ! 皆殺しにしてしまっては意味が無い!」


 魔王城に帰って来たアイリーンを、激昂して迎えたのはガルド。


「やったのは小さな国だけよ。人間なんてまだいくらでもいるんだし、むしろ恐怖を振りまく事になって良いと思うんだけど」

「勝手に動くなと言っている!」

「どうして? 魔王様からは好きにやれと言われているのに」

「くっ……」


 妖艶な笑みを浮かべて、アイリーンはガルドに迫っていく。


「フフフ……気に入らないならあなたが直接止めに来ればいいじゃない……どんなに離れていても、私の魔力が分かるんだから……便利よね、その優れた探知能力」

「う……ぐ……」


 ガルドの頬に手をやり、顔を近付け、囁く。


「…………怖いんでしょ? 私のことが……魔王様のいない所で二人きりになりたくない……だからどうしても城に呼び出したかった……魔王様が動くなんて嘘までついてね」


 ガルドの耳元でクスクスと笑う。


「離せッ!」


 慌ててアイリーンから離れるガルド。


「俺にはこの城を守る義務がある! 気軽に出歩ける貴様やエリーヌとは違うんだ! いいか! 二度と勝手な真似はするなよ!」


 そう吐き捨てて、ガルドは何処かへと転移していった。


(可愛いなぁ怯えちゃって……楽しんでみたいけど……なかなか誘いに乗ってくれないのよね)

「アイリーン様、もうよろしいのですか?」


 アイリーンが一人になったのを確認し、ラモンが近付いて来た。


「先程の大陸に戻りますか? それとも別の場所に?」

「ん~……いいや。しばらく城にいるよ。エリーヌとも会いたいし……最後にあの子が戻って来たのはいつ?」

「今よ! アイリーン!」


 唐突に現れた赤い瞳の少女、エリーヌ。駆け寄ってきてアイリーンに抱き付いた。


「会いたかったわ、アイリーン……」

「エリーヌ、丁度良かったわ。聞きたいことがあるんだけど」


 エリーヌの頭を優しく撫でながら、アイリーンは言った。


「アイリーン……その前に聞いて? 大問題よ」

「ん? どうしたの?」

「これじゃ私が妹みたいじゃない! 私はあなたの姉なのに……どうして私だけ体が大人にならないのかしら……魔王様は知らないっていうしお父様はそもそも会話が出来ないし……何百年も前からこうなのよ!?」

「肉体変化の術でどうにかならないの?」

「出来なくはないけどそれじゃ惨めよ……美しいアイリーンにはこの苦しみが分からないんだわ……」


 エリーヌは頬を膨らませて拗ねる。


「ごめんなさいエリーヌ、私が悪かったわ……何でも言うことを聞くから許して……ね?」

「ホント!? なら許すわ! 何をしてもらおうかしら…………ところで聞きたいことってなあに?」


 思い出したように聞いてくるエリーヌ。

 アイリーンは優しい笑顔で尋ねた。


「うん……ヴィスタリアなんだけど……変わった事はあった?」

「そう! それよ! その話を伝えるために戻って来たの。例のお姫様、そろそろ旅立つみたいよ」

「へぇ……無謀だね」

「面白いのはここからよ? 驚かないでね……そのお姫様にね……ルキが接触するつもりみたいなの!」


 アイリーンの表情から笑みが消えていく。


「……………………ルキが?」


 再び、事態は大きく動き始める。





 ここはヴィスタリアの城。

 城内の一室に、銀髪の女性が入って来た。

 部屋の中央まで歩いてから、背を向けて立っていた男に跪く。


「……来たか、アルシアよ」


 男は振り返って、女性に声を掛けた。彼の表情は暗い。


「アルシア、ここには儂とお前しかおらん。楽にせよ」


 その言葉を聞いた女性は立ち上がる。


「はい、父上」


 その凛々しい顔を上げた女性の表情は、男とは対照的で明るい。

 髪は女性にしては短く、中性的な印象。

 彼女はヴィスタリアの王女、アルシア。


「魔王復活より十余年……こんな事にだけはするまいと思っていたが……」

「父上……」

「本来ならば、お前は剣などとは無縁の人生だったはずだ……今頃は婿を取り、その腕に子を抱いていたはずなのだ……全ては儂の愚かさが招いた事……すまぬ……すまぬなぁ……」


 王の目には涙が浮かぶ。


「父上、私は一切気にしておりません。元々花より武術の方に興味がありました。不謹慎ですが、私にとってはこういう人生の方が性に合っています。それに……ハハ! 私が母親になるなど無茶な話です。婿殿にもきっと迷惑ばかりかけてしまいますよ」


 そう言って、アルシアは爽やかに笑う。


「そうか……すまぬな……」

「父上! しっかりしてください! 私たちが弱気では民が不安になります」

「民か……彼等にも辛い思いをさせてしまっている……知っておるか? 今の城下ではな、魔族に殺される者よりも、飢えや人間同士の争いで命を落とす者の方が多いのだ。金のある者は国外に移る事も出来るが……ヴィスタリアの出身だという事が知られれば、魔族が化けているのではないかなどと言われるらしい」


 王は顔に手を当てて俯いてしまう。


「父上! ですから私たちが魔王を倒し、平和な世を取り戻す必要があるのではないですか!」

「……うむ、儂やお前には勇者アニタの血を引く者として、聖剣を持ち戦う責務がある。だからこそ、お前にも厳しい修行を課してきた」

「そして今日こそ、魔王討伐に打って出る日なのです! 涙など必要ありません」


 アルシアは拳を作って力強く語る。


「アルシアよ、それは少し違う」

「……何が、でしょうか?」

「魔王討伐はまだ早い、仮に今のお前が聖剣を持ったとしても、魔王には遠く及ばぬ。だから探すのだ! 魔王に対抗できる手段……そして大きな志と力を持った仲間を!」

「探す? 戦うのではないのですか……お言葉ですが父上、私は――」

「マキシを知っておるか?」


 アルシアの言葉を遮って、王はそう尋ねた。

 戸惑いながらもアルシアは答える。


「閃空剣のマキシ殿、勿論です。それが何か?」

「閃空剣のマキシ、拳聖ダイ、賢者エレナ、風神ラーティ。恐らくこの世で最も強い四人だ。少し前にな、彼等を集め魔王討伐に向かわせた」


 アルシアを含め、この事を知る者は少ない。

 彼等がもし失敗すれば、人類は最後の希望を失ってしまうだろう。

 その事から、作戦は秘密裏に行われていた。


「彼等は……どうなったのです?」

「殺された、それも相手は魔王ではない。アイリーンとエリーヌ。魔王の配下であるたった二人の女にやられた。同行させた兵から聞いた話だ」

「二人!? 馬鹿な……アイリーンにエリーヌ……」

「アルシアよ。分かっただろう。今のお前では魔王の前に立つ事も出来ん。どれだけの兵を率いてもな」

「それで……探せと」

「うむ……もう、それしかないのだ。人間だけの力では魔王には及ばん。伝説では勇者アニタは妖精の力を借りて戦ったという。アルシアよ、お前は聖剣を持って妖精に会いに行け! 彼女たちに認められ、大きな力を得るのだ!」

「分かりました。必ずや妖精を探し出し、魔王への対抗手段を持ち帰って見せます!」

「あまり大勢で動けば目立つ、従者を数人付けよう」

「必要ありません! 一人で十分です! 護衛をぞろぞろ引き連れるような者が、どうして勇者アニタを継ぐなどと言えましょうか! 妖精にも呆れられてしまいますよ」


 アルシアは再び拳を作って語る。


「そ、それならばせめてエルクを連れて行け。龍の胃袋を持たせ、荷物持ちということでだ。それくらいならばいいだろう?」

「おお! エルクですか! 彼女ならば百の兵より頼りになる! ぜひお願いします! では私は旅立ちの準備があるのでこれで!」


 アルシアは大きな声でそう言うと、勢いよく部屋から飛び出して行った。


「はぁ……儂の娘にしては強く育ってくれたものだ……頼もしくもあるが……死ぬなよ、アルシア」




「まぁ~~~~ったく父上の心配性には困ったものだ! 私より遥かに弱い護衛など千人いようが邪魔なだけではないか!」


 大股で城内を歩くアルシア。


「あっ、姫様!」

「姫様~。お出かけですかぁ?」


 城のメイドたちが話し掛けて来た。


「ああ! ちょっくら魔王を倒しにな! 楽しみにしていろ!」


 キリっとした顔で言い放った。メイドたちはアルシアを見送りながらキャーキャー騒いでいる。

 この王女様はメイドたちにやたらモテるのだ。一度ふざけて男装した時は気絶した者までいた。


「……なんだあいつ。怪しい奴だな」


 城の入り口付近、頭からすっぽりローブを被った不審者を発見。

 背は小さい、子供だろうか。

 不審者はアルシアを見つけるとさっと近付いて来た。


「ごにょごにょ……(姫様! なんという恰好をしているのですか。わたくしたちは身分を隠して旅に出るのですよ? せめて顔は隠さねば)」


 アルシアは不審者のローブをガシッと掴んで勢いよく引っぺがした。


「ふぎゃっ!? 姫様、何をするんですか!」

「こんな格好をした奴と歩けるか。普通にしろ普通に」


 ローブを脱がすと、現れたのは小さな女の子。

 鍔の無い刀を腰から下げ、指には雷魔法の魔導輪がはめられている。


「エルク、少し大きくなったんじゃないか? 歳はいくつになった?」


 ガシッとエルクの頭を鷲掴みにするアルシア。


「十二です……このやり取り一昨日もしましたよ……」

「そうだったか? ハッハッハ!」


 高笑いをしながらエルクの頭をぐしゃぐしゃにする。


「ところでエルク……アレは受け取って来たか?」

「はい、今お渡ししますね」


 エルクは小さな革袋を取り出すと、それを床に置く。そして袋を開き両手を突っ込んだ。

 袋の中で何かを掴んだような動作をすると、それを引っ張り上げる。

 袋から出て来たのは、一本の大剣。


「う~む、いつ見ても気持ちの悪い袋だな。そもそも龍の胃袋という名前が気持ち悪い」

「姫様、これはとても貴重で便利な魔道具なのですよ。そんなことを言ってはダメです。旅をするのならこんなにありがたい袋はありません。その気になればわたくしの部屋にある物全てが入ってしまいます。恐ろしく便利です」


 そう言いながら、エルクは取り出した大剣を袋の横に置く。


「うむ、そしてこの剣が……ふふふふ……」


 アルシアはニヤニヤしながら大剣を片手で掴むと、ホウキでも掴むように簡単に持ち上げてしまう。


「軽い! 言い伝えは本当だったのか! これが勇者アニタの剣! 聖剣フィルナノグ!」


 聖剣を高く掲げるアルシア。

 彼女に反応するかのように、聖剣はぼんやりと光始めた。


「あんなに重かったのに……姫様が掴むと羽のように軽く……これがヴィスタリア王家に伝わる、勇者の剣……」

「軽いだけではない……この剣を持っていると力が溢れてくるようだ……素晴らしい、素晴らしいぞ! ハハハハ!」

「う~む……ただでさえ怪物のようだった姫様がさらに強くなった……本当に魔王を倒せるかもしれませんね」

「確実に倒すさ。そのために磨き続けてきた。剣技も魔法もな」


 聖剣を背負い、アルシアはニヤリと笑った。



「なるほど。妖精族ですか。本で読んだことがありますよ。たしか何処かの森に棲んでいたような……」

「森か。まぁそっちはいい。肝心なのは仲間の方だなぁ」


 アルシアとエルクは歩きながら今後の話をする。


「仲間……出来る限り腕の立つ方が欲しいですよね。閃空剣のマキシ殿はどうでしょうか」

「死んだな」

「なんと……ではダイ様は?」

「死んだなぁ」

「う~ん……女垂らしとして有名なのであまり良い印象はないのですが……風神ラーティ殿は――」

「女に殺されて死んだぞ、魔族だけど」

「……協力してくれるかは分かりませんが、賢者エレナは?」

「エレナも死んだらしい。というか生きててもあの女は誘わん。訓練とはいえ戦いの最中にべそをかく弱虫はいらん」

「そりゃ仮にも賢者と呼ばれる方が魔法勝負で負けそうになったらショックですよ」


 なかなか候補が浮かばない。


「う~ん困ったな……エルクを連れ出せたのは幸運だったかもしれん。他はいてもいなくても変わらんようなのばかりだし」

「ふふ……光栄です」

「もちろん怖いのならついてこなくてもいいぞ? 命がけだからな。このままこっそり故郷に帰ってもいい」

「まさか、そんな情けない真似は出来ません。最後までお供させていただきますよ」


 一瞬だけ、エルクは雷の魔力を纏わせそう言った。

 やはりこの子は頼りになる。

 自信ありげに笑うエルクを見て、あらためてそう思うアルシアであった。



「……待ってくれ」


 ヴィスタリアの港に向かっていたアルシアとエルク。

 二人を呼び止めたのは、立派な短剣を腰に下げた女の子。

 風のように素早く現れた。


(ほぉ、良い動きだな)

「……わたくしたちに何か?」


 只者ではない気配を感じ、アルシアは嬉しそうに。

 一方エルクは刀に手を掛け警戒する。


「お姫様は魔王と戦いに行くんだろー? あたしも手下にして連れてってくんないかな。絶対に足手まといにはならない」

「貴様ッ! 何故わたくしたちのことを知っている!?」

(私は特に隠してもいなかったから、どこかで漏れたんだろうなぁ……)

「城に仕えてる友達がいてね。色々と情報は入って来るのさ」

「な、なんだとぉ!? 誰だそいつは!」

「落ち着けエルク。……君の名前と目的を聞きたいな。教えてくれないか?」


 アルシアは一歩前に出る。


「あたしはルキ! 目的は……魔王のところにいる……姉に会うため」

「ルキ……? あっ! 姫様! 奴は救世の団のルキですよ! 手配書を見たことがあります」

「救世の団……聞いたことがあるな」


 救世の団とはヴィスタリアの町で活動している組織だ。

 儲かっている商人などから財産を奪い、貧しい者たちにバラまいている。

 犯罪者の集団ではあるが、民衆からの人気は高く、見えないところで様々な支援を受けて成り立っている。


「団ならもう抜けて来たから、あたしは関係ないよ」

「薄汚い野良犬め……救世などと言って実際はただの盗賊団ではないか! 本当の目的を言え! 何のためにわたくしたちに近付いた? 路銀が目当てか? それともどこかに売り渡すつもりか?」

「……本当に騙すつもりならわざわざ名乗らないって」

「盗賊の頭などその程度だろう。わたくしは犯罪者が大嫌いだ。貴様らのように善人ぶった言い訳をぶら下げた連中は特にな」

「確かにその通りだけどさー、あたしらみたいなのがいないと、明日食うもんにも困る連中がこの国にはわんさかいるんだよ。食いもんや着るものが当たり前にあって、毎晩安心して寝られる生活してるのなんて、あんたやお姫様たちくらいのもんさ」

「貴様ッ!」

「エルク! やめるんだ」


 刀を抜いたエルクをアルシアが止めた。


「ルキ……だったな? この際君の罪についてはどうでもいい。(父上もたしか救世の団とは裏で繋がっていたはずだしな……エルクには内緒だが)」

「姫様!」

「まぁ大人しくしていろって。で……だ、ルキ。姉が魔王のもとにいるとはどういうことかな? 連れ去られたのか?」


 ルキは俯き、元気なく口を開く。


「違う……お姉ちゃんは……五年前にお母さんを殺して出ていったんだ……ずっと探してたけど見つからなくて……いつの間にか……魔王の手下になって、人をいっぱい殺してた……」


 アルシアもエルクも言葉を失う。

 魔族の仲間になった人間など聞いた事もない。


「……君の姉さんの名は?」

「アイリーン……すっごく綺麗で、黒い髪を持ってて、臆病で……本当は優しい人なんだ」

「アイリーン? マキシ殿たちを倒した魔族の名だったはずだ……まさか……」


 しばし考え込んでから、アルシアは口を開いた。


「ルキ、私たちと共に来れば、そのアイリーンと戦うことになるかもしれない。君は――」

「覚悟は出来てるさ! 説得しても止まらないなら、あたしは戦うよ。これ以上お姉ちゃんが罪を重ねる前に……この手で……」


 短剣を抜き、辛そうな顔で見つめるルキ。


「……そうではない。そんな覚悟はいらん」

「え?」

「説得して止まらないのであれば、殺すか殺されるかだ。殺す覚悟が出来ないのならば君が死ぬだけ。問題なのは――説得して『止まってしまった』場合だ」


 厳しい口調でアルシアは言う。


「アイリーンは既に魔族側の存在として人を殺めている。これは泥棒などとはわけが違うぞ。極刑以外は考えられん。だが自らの行いを反省し止まってしまったらどうする? こんなことはもうしない、許してくれと泣き付かれた時、ルキ……君は彼女の死を黙って見ていられるか? その覚悟はあるのか? 万が一でも彼女を庇い、私たちの敵に回る可能性があるのならば、君を連れて行くことは出来ないな。そのことについてどう考えているのかを聞かせてほしい」


 ルキは目を見開いて黙ってしまう。

 そんな事まで考えてはいなかった……というのが正直なところ。

 いや、無意識に目を逸らしていたのかもしれない。


 話をすればきっとアイリーンは戻ってきてくれるはず、また二人で身を寄せ合って食事をすることができるはずだと、心の中では期待していた。

 だがありえないのだ、そんな未来は。


 人としての道を歩む限りは、ルキとアイリーンの生活は帰って来ない。

 自分はどうするべきなのか……必死に考える。


「どうした野良犬! 答えられないのならばわたくしたちの前から消えろ! 戦場で裏切られでもしたらこちらの命に係わる! そもそも魔族に味方をするようなにん――」

「よし! 合格だ! ついてこいルキ!」

「げんは……って何でですかぁ!?」


 爽やかに笑い、アルシアはルキを迎え入れた。


「な……なんで……?」

「ルキ、君は今どうするかを真剣に考えたな? 姉を本当は優しい人間だと言った君には嫌な質問だったはずだ。心の底で私たちを騙したり、裏切ったりする気持ちがあるのならば、きっと君は偽りを口にしていただろう、覚悟は出来てるとな。君のような奴は好きだよ。たとえ最後にどんな答えを出すのだとしてもな」


 そう言ってアルシアは、ルキに握手を求める。


「あはは、そっか……時間をくれるんだ……正直どうするかは分からないけど、その時までは……全力であんたの為に戦うよ。アルシア!」


 ルキは八重歯を見せて笑い、アルシアの手を握った。

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