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×30 暗く濁った記憶という海の底で ④



「……リーン……アイリーン……」


 誰かに名前を呼ばれている。


「アイリーン……どぉ? 多分成功したと思うのだけれど」

「……ん」


 意識が戻り、彼女は目を開ける。

 赤い瞳の少女、エリーヌがしゃがんで彼女の顔を覗き込んでいた。

 アイリーンが目覚めたことを確認すると、エリーヌは笑顔を見せて立ち上がる。


「おはよう、アイリーン」

「…………エリーヌ、夢じゃなかったんだ」


 仰向けに寝ていたアイリーンは上半身を起こす。

 寝かされていたのはベッドなどではなく、ひんやりとした地面の上。

 赤い光に照らされたエリーヌの姿が、暗い闇の中にぼんやりと浮かんでいる。


「どこなの、ここ」

「ここは『暗黒界』、神が作った永遠の牢獄……私たちのお父様が封じられている世界よ」


 そう言って、エリーヌはアイリーンの後ろを指差した。


「……大きな木」


 振り向くと、そこにあったのは赤く光る大樹。

 何もない、暗闇の世界に生えていた。


「これが私たちのお父様よ」

「……この木が?」


 アイリーンを立ち上がらせ、隣に立って大樹を見上げるエリーヌ。


「遠い遠い昔。お父様は世界を手に入れるため、神と戦った。数百年、数千年と続いたその戦いは、お父様の敗北によって幕を閉じたわ。大きな傷を負い、力を失ったお父様を神は殺さなかった。その代わり、この永遠の闇の世界にお父様を封じ込めたの」


 エリーヌはアイリーンの手を取って、大樹に背を向け歩きはじめる。


「お父様はこの暗黒界で大樹にその姿を変え、傷と力の回復を始めた。けどね……効率が悪すぎたみたい。このままじゃ、何万年経っても元の姿には戻れない」


 目には見えない階段のようなものを、エリーヌは登り始める。

 手を引かれていなければ、アイリーンは落ちてしまうだろう。

 階段を上りながらも、エリーヌは語り続ける。


「そこで自らの魂を分け、私たち魔族を産んだの。そして残された力を振り絞って、この暗黒界に小さな門を作り、現世へと送り込んだ。目的は……ふふ……もう話したわね。神の子である人間が生み出す負の感情。そのエネルギーを頂くこと」


 エリーヌとアイリーンはどんどん階段を上っていく。

 大樹が放つ赤い光は遠ざかり、二人を漆黒の闇が包む。


「こんなところに……ずっといるんだね。あなたたちのお父さんは……私だったら気が狂っちゃうな」


 エリーヌの手を強く握るアイリーン。

 手を離してしまえば、もう互いがどこにいるのかも分からなくなってしまうだろう。


「うふふ……『私たち』のお父様よ? アイリーン……あなたは私に殺されて、お父様の力をその魂に浴びて蘇った……神の子である人間をやめ、魔の眷属として新たな生を得たのよ」


 そういえばそんな事を言っていたな……とアイリーンは考える。


「……私なんかを手下にしたって、役には立たないと思うけどね」

「そんなことないわ。同族となって感じる、あなたの闇の力……一級品よ? 少し磨けば私を追い抜いてしまうかも……ナンバー2の座をあなたに奪われちゃうかもね、うふふ……」

「……人間としては歪んだ失敗作、魔族としては一級品か……フッ、フフ……」


 自嘲気味に笑うアイリーン。


「アイリーン……あなたはね、特別な存在なのよ。ルキよりも、聖王よりも、勇者よりも、魔王様よりも……私たちが育てた人間の悪意が凝縮された、この世界のルールから外れた存在……神と悪魔の子」


 心酔した様子で話すエリーヌ。

 別に……そんなものになりたくはなかった。

 暗闇の世界で俯きながら、アイリーンは心の中でそう呟いた。



 高く階段を上る二人。

 しばらくすると、真っ暗な闇の中で、赤く光るオーブが見えてくる。

 上っている階段はそこに繋がっているようだ。


「はい、到着♪ これが暗黒界の門。お父様が作った唯一の出口よ。これに闇の魔力……お父様の力を流し込めば、元の世界に帰ることが出来る」


 エリーヌはオーブの前で立ち止まると、説明を始めた。


「まずは最低限、魔力の使い方を覚えなくちゃね。でなければ永遠にここから出ることが出来ないわ、うふふ……まずは目を閉じて、魂から流れ出る力を自覚するところから……」


 言われるがままに、アイリーンは魔力の扱いを覚える。

 その場で数十分、練習を行う。


「右手に集中……こうかな?」

「ええ、良く出来ました♪ これは本当に基礎の基礎だけど、これからは私がじっくりと教えてあげる……手取り足取りね。うふふふふ」

「それはどっちでもいいけど、早くここから出ない?」

「そうね、じゃあ、魔力を集めた手でオーブに触れて……」


 アイリーンとエリーヌはオーブに触れ、魔力を集中させる。

 するとオーブの光がそれに反応し強まり、二人の体を包んでいく。

 二人はオーブに吸い込まれ、その場から消える。

 暗黒界を抜け、再び現世へ戻って行った――



 ひんやりとした空気が漂う、神殿のような空間。

 中央の台座の上には、赤く光るオーブ。

 そこから光と共に現れたのは、アイリーンとエリーヌだ。


「ここが私たちの城よ。今から案内するわ。魔王様にもアイリーンを紹介しなくちゃね」


 エリーヌは嬉しそうに、アイリーンの手を取り歩き出す。




「久しぶりだなエリーヌ、暗黒界で一体何をやっていた? その女は何だ?」

 歩いていた二人を呼び止めたのは、紫色の肌をした魔族の男。黒い鎧を身に着け、腰からは剣を下げている。


「あら、もう嗅ぎつけてきたの」


 面倒なのに絡まれた……言葉にはせずとも、エリーヌの表情はそう語る。


「質問に答えろ、その女は何だ?」

「この子はアイリーン。さっきお父様から生まれたばかりの妹よ。暗黒界にいたのはこの子を取り上げるため……これでいいかしら?」

「なんだと……」


 男は警戒した様子でアイリーンを見る。

 一方アイリーンは無言で目を逸らした。


「…………王にも会わせておけ」


 それだけ言って、男はその場から一瞬で姿を消した。


「消えた……」

「ああいう能力よ。魔力でマーキングした場所に自由にジャンプ出来る……とても便利なんだけど、扱うには特別な才能がいるのよねぇ」

「あの人は?」


 アイリーンの質問に、エリーヌは嫌そうな顔をする。

 あの男に対してあまり良い感情を持っていないようだ。


「名前はガルド。魔力操作と探知に優れているから、城の守りを任されてるの。何処にいても居場所がバレるし、すぐに飛んでくるから、一度目を付けられたら絶対に逃げられない。実力も相当なものだから、気を付けておきなさい」

「……エリーヌより強いの?」

「力は同程度ね。一対一での戦闘なら、能力の違いで私が有利だと思うけど、確実に勝てるとも言えない……アイリーンが育ったら、二人掛りで殺してしまってもいいかもね、うふふ」

「ふ~ん……」




 様々な説明をしながら、エリーヌはアイリーンを連れて魔王城を歩く。

 たまに徘徊している魔族と出会うが、皆慌ててエリーヌに道を譲っている。

 エリーヌに対して、強い態度を取っていたのはあのガルドという男だけだ。


 魔族というのは、魔王を頂点にしてその下にエリーヌとガルド。

 さらにその下に上位の魔族が無数に存在していて、彼らがそれぞれ配下のモンスターを従えている。

 そんな魔王軍の構造を、アイリーンは言われずともなんとなく理解していく。


「ここが最後よ。魔王様にあなたを紹介するわ」


 大きな扉の前まで来たアイリーンとエリーヌ。

 もはやどうなろうと構わない。

 そう考えていたアイリーンではあったが、魔王という言葉には緊張が走る。


「魔王様~、会わせたい子がいるのだけれど」


 大きな声を出して扉をノックするエリーヌ。

 仮にも相手は王である、そんなに軽い態度でいいのだろうか? とアイリーンが思っていると、大きな扉はひとりでに開き始めた。


「許可が出たわ。行きましょ♪ アイリーン」


 アイリーンの手を引いて、エリーヌは王の間へと入って行った。



 玉座へとまっすぐに伸びた、赤い絨毯の上を二人は歩く。


(あれが……魔王……)


 目に入ったのは、玉座に座る黒髪の男。

 太っているわけでも、痩せているわけでもない。

 身長は高くなく、かといって低いわけでもない。

 一見ただの人間にしか見えない普通の男、というのが、アイリーンが彼から受けた最初の印象だった。


「魔王様、新しい家族を連れてきたの。アイリーンよ」


 玉座に座り、本を読んでいた魔王にエリーヌが言った。


「……よろしくお願いします」


 小さな声で挨拶をしたアイリーン。


「そうか」


 本から目を離す事なく、魔王は返事をする。


「ねぇねぇ魔王様、アイリーンはね。元々人間だったのよ。でも気に入ったから妹にしちゃったの♪ お父様の力で魔族に生まれ変わったのよ」


 エリーヌの言葉を聞いて、ようやく魔王は顔を上げた。


「ほぉ……寄れ、アイリーン」


 名を呼ばれ、言われるがまま魔王に近付くアイリーン。

 魔王はその黒い瞳でアイリーンをじっと見る。


「…………根源にアルキレウスの土臭い魔力を感じるな。似たような存在ではあるが、あの阿呆とは違うのか」

「うふふ、魔王様。アホだなんて言ったらアニタがかわいそうよ」

「阿呆は阿呆だろう。奴の名など覚える気にもならん」


 魔王は無感情に、エリーヌは楽しそうに言葉を交わす。

 その光景は、まるでかつてのラルゴと自分のようにアイリーンの目に映る。

 今の自分を見たら、ラルゴはなんと言うだろうか。


(きっと、がっかりするよね……)


 感情と欲望に支配され、母を殺し、魔族にまで堕ちた。

 ルキにもラルゴにも合わせる顔が無い。ならばいっそ……


「アイリーン。我等の目的は知っているか?」


 魔王からの問いかけ。


「人間を……苦しめる事」

「分かっているのならばいい。後は好きにしろ。用が無いのならばもう下がっていいぞ」


 魔王は再び本を読み始めた。


「ですって、行きましょ♪ アイリーン」

「……うん」


 エリーヌとアイリーンは手を繋いで王の間を後にした。



「あれが魔王様。私たちのリーダーよ。どぉ?」

「イメージと違った」


 魔王城の中を歩きながら、二人は話す。


「どんなイメージだったの?」

「もっと偉そうで悪そうで……静かに本を読んでるような人とは思わなかった」

「偉そうってのは当たってるわね。本は……魔王様にはあれくらいしか楽しみが無いからね……私と違って、ふらふらしていられるような立場じゃないし……」


 エリーヌは一瞬、魔王を心配するような素振りを見せた。

 魔族のような存在にすら、愛する者、愛してくれる者がいる。

 アイリーンはそのことが無性に腹立たしくなる。ならばそれ以下の自分は何なのかと。


「それで、アイリーン。あなたはこれからどうするの? もう何をするにもあなたは自由よ……」

「……壊してやる」

「壊す……人間を殺したいの?」


 エリーヌを見て、邪悪に笑う。


「フフッ……全部……壊してやる……」


 闇に堕ちた心は……さらに暗く、冷たく染まって行く。

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