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×24 大乱闘!スマッシュシスターズ



「いくぞー、エルク!」

「ふっ……カウントをどうぞ、いつでもいいですよ」


 ここはジュリ屋の二階。畳に肘を付けたルキとエルクが、互いの手をがっちりと握る。

 これはもっとも単純な力の勝負。腕相撲だ。


「3、2、1、ゴー!」

「はあああああああ!」

「うおおおおおおお!」


 ガチもガチ、真剣勝負である。


「おおおおおおおお!」

「ぬあああああああ!」


 決着にさほど時間はかからない。

 畳に小さな手の甲がぺたんとついた。


「ぃやったぁ! パワーはあたしが上だぁ!」

「くー! 悔しい……」


 マッスルポーズで勝利の声をあげたのはルキ。

 あらゆる面で優秀なエルク、一つでも勝てるものがあったのは嬉しい。

 一方エルクは涙目で悔しがっている。

 そこまで本気にならんでも……


「ただいま、面白そうなことやってるじゃない」

「二人とも元気だね~。特にエルクちゃんは昼間あんなに頑張ってたのに」


 広間に入ってきたのはクイナとメリル。

 温泉に入ってきたようで二人とも髪が湿っている。


「おか~、エルクが頑張ってる時もあたしは体力温存してたからなー、あはは」


 エルク、シェリィ、メリルが遺跡の謎解きに挑んでいる間はお昼寝タイムだ。


「……シェリィさんはどうしたんですか」


 ちょっとすねた顔でエルクは尋ねた。こういう時はシェリィに慰めてもらうに限る。


「オウカさんとお酒飲みに行っちゃったよ。わたしはこの前ので懲りたから帰ってきちゃった」

「酒はアタシもパス! 食べる方が専門よ!」


 たしかに食べる方は凄い。


「そうか、ならばちょうどいいな」


 現れたのはエルクと瓜二つの少女、えるくだ。

 手に皿を持って入って来た。


「偽物か、それはなんだ?」

「ひるまかってきたよくわからんきのこだ。とりあえずあじつけしてやいてみた。あじみしろ」

「むぐぅ!?」


 ひょいっと皿から謎のキノコをつまむと、強引にエルクの口に入れた。


「もぐもぐ……ん、悪くないな」

「ホント? アタシにもちょーだい!」

「あー、あたしもー!」


 大丈夫か……? という顔で見ていた二人だが、エルクの反応を見て食べ始めた。


「ほれ、めりるもくえ」


 キノコを掴んでずいっと差し出す。


「わ、わたしはいいかなぁ……」

「えんりょするな(ズボッ)」

「んんッ!?」


 ひと際大きなキノコを強引にメリルの口に突っ込む。


「もお、ほおいんはんははらぁ……(もう、強引なんだからぁ……)」


 太くて立派なキノコをメリルは口いっぱいに頬張る。


「どうだめりる、わたくしのきのこは?」

「おいひぃれす……」

「そうか、うまいか。ならばあしたこれでしちゅーでもつくってやる」


 無表情ではあるがどこか満足そうなえるく。

 空になった皿を持って一階に下りて行った。


「シチューだってー! やった」

「最近思うんですけど、あの偽物器用すぎませんかね……」

「それはオリジナルのエルクちゃんが優秀だからだと思うよ~」

「もぐもぐ……それにしても、なぁんかこの味覚えがあるのよね~」


 クイナだけが知っているキノコの味。

 本人はもう忘れているが、これはまさか……




 翌朝、ジュリ屋一階にある台所。


「……おはよう」


 生気の抜けた顔でふわふわ現れたのはオウカ。髪は寝癖でぼさぼさだ。


「おはよう、はかせ」


 メイド服を着てテキパキと朝食の準備をしていたえるくが返事をした。

 オウカは水を一杯飲むとはぁ、と息をつく。


「はかせ、ちょうしがわるいのか?」

「昨夜少し飲み過ぎただけさ。心配はいらんよ……それよりジュリアンテはどうした? 二、三日前から見かけんが」

「ますたーならようじがあってでかけている。かえりはふねだからじかんがかかるぞ」

「そうだったのか。対魔王用魔道具が一つ出来上がったから、実験を頼みたかったのだがな……」

「しぇりぃたちにたのんでみてはどうだろう」

「遺跡の探索がもう少しの所まで来ているようだからな。邪魔はしたくないんだ。早く記憶が戻ったシェリィたちと話してみたいというのもあるがね」

「うむ、わたくしもそれはたのしみだぞ」

「ハハ、そうか。君も楽しみか。ジュリアンテも恐らく同じだろうな……」

「ますたーもあいつらのことがだいすきだからな。はじめてのともだちだといっていた……あっ、これはひみつのはなしだった。きかなかったことにしてくれ」

「よし分かった! すぐに忘れるとしよう」


 そう言ってとても楽しそうに笑うオウカ。体調も少し良くなったようだ。


「ところでえるくよ。その籠の中に入っているのはなんだ? 良い匂いがするな」

「きのうかったきのこだ。おりじなるたちにくわせたらきにいったようでな。しちゅーにでもしてやろうかとおもっている」


 えるくは籠に近付き、被せていた布を取ってそのキノコをオウカに見せる。


「なにッ!? こ、これは……」

「しっているのか」

「えるく、これは毒キノコだよ。命にかかわるような毒では無いのだが……」


 珍しく歯切れが悪いオウカ。


「なんだ? たべるとどうなる」

「その……えーとだな……一時的になんだが……かっ、体のある部分が……男のようになる」


 えるく、固まる。



 そして視点は二階へ移る。

 畳の広間に布団を敷いて眠っているシェリィたち五人。


「うぅん……」


 なんだか寝苦しく、目が覚めてしまったシェリィ。昨夜は遅かったためまだ寝ていたいのだが……

 はぁ、はぁという荒い息遣いが、何故か自分の布団の中から聞こえてくる。


「えーっと……ルキちゃん……?」


 布団をめくるとそこにはルキが。血走った目でシェリィに抱き付いていた。


「はぁ……はぁ……おはようシェリィ……もう少し寝てていいよ? 多分すぐ終わるからさ、ね?」


 笑顔でそう言うが目が笑っていない。

 息を荒くしたまま一心不乱に体をシェリィにこすり付けてくる。


「ちょ、ちょっと待って……どうしたの……」


 起き上がろうとするも、強く抱き付かれてしまっているため上手く体を起こせない。


「大丈夫、大丈夫! 大丈夫だからさ。気にしなくていいよー、このまま一緒に――」


 早口気味に喋っていたルキが突然消えた。

 やっと自由になったシェリィが上半身を起こすと、目の前には満面の笑みを浮かべたメリルがいた。

 ちょっと、いやかなり怖い。


「シェリィさん。わたしシェリィさんのことが大好きです。シェリィさんはわたしのことどう思ってますか?」

「えっ!? わ、私も好きだけど……」

「ホント!? えへへ、嬉しいなぁ」


 今度はメリルが抱き付いてくる。


「お互い好き同士なんだからこれは恋人同士ってことだよね? じゃあすることは一つだよね?」

「え? え? どういうことッ!?」


 シェリィの浴衣に手を掛けるメリル、強引に脱がそうとするがなんとか抵抗する。


「ハイィ!!!」


 気合の入った声と共にシェリィの布団がひっくり返った。

 畳に投げ出されるシェリィとメリル。


「シェリィ! 大丈夫かしら!?」


 そこにいたのはクイナ。

 何かを隠すためか前かがみの姿勢で立っていた。

 クイナはシェリィを守るようにメリルに対する。


「クイナちゃあん……酷いよぉ……わたしたち愛し合ってるのに……」


 笑顔のままゆらっと立ち上がるメリル。

 ルキ同様目が笑っていない。


「だ、駄目よ! 朝っぱらからこんなトコで何考えてんのよ!」


 シェリィの前に立ち、メリルから守ろうとする。

 その姿はさながら姫を守る騎士。前かがみだけど。


「クイナちゃんありがとう……」

「あひゃあん!?」


 後ろからクイナに抱き付くシェリィ。体が密着し変な声が出てしまったクイナ。


「シェ、シェリィ、あ……あた……当たって……」

「……何が?」


 耳元でそう呟く。

 これはクイナの正気を失わせるには十分な威力があった。


「シェリィ~~~~~!!!」


 目をぐるぐる回した状態のクイナがシェリィに襲い掛かった。


「ライトニングバインド!」

「んがっ!?」


 飛び込んできたエルクが魔法を発動。

 雷の魔力が鞭のような形を作り、クイナとメリルに巻き付いていく。


「シェリィさんに手出しはさせません!」

「エルクちゃん!」


 今度はエルクがシェリィを守るように動く。

 その時、音を立てて誰かが階段を駆け上がって来る。


「うおー! 戻ってきたぞー!」


 現れたのはルキ。


「わたしにこういうのは通用しないよ?」


 エルクの拘束をいとも簡単に外して見せるメリル。


「こ・ん・な・も・の!」


 クイナも力尽くで脱出。

 状況が把握できないシェリィを差し置いて睨み合う四人。


「そろいもそろってあたしのシェリィに手出ししようってのかー?」

「ルキさんのものではないでしょう」

「シェリィさんはわたしの恋人だよ? もう何回もデートしてるし」

「やろうってんなら受けて立つわよ」


 一触即発。辺りの空気が凍る。


「みんな、どうしちゃったの……?」


 シェリィの一言がゴングになった。

 広間の中央で激突する四人。


「ライトニングスネイク! 全員に噛み付け!」

「アハハ! 触った人から遠くに送ってあげるよぉ」

「安心しなさい! 手加減くらいしてやるわ!」

「全員纏めて裸に引ん剝いてやらー!」


 魔法、体術、気、それぞれの武器を最大限に活用し四人は邪魔者の排除を目指す。全てはシェリィを手に入れるため。


(なんだかここにいたらマズイ気がする……)


 乱闘を始めた四人に気付かれないよう、そ~っと逃げようとするシェリィ。

 どうにか広間を脱出、急いで階段を下りてジュリ屋を飛び出した。



「わぁ、シェリィさんどうしたんですかその恰好」

「え!? シェリィさん!? な、なんて姿で出歩いているんですか!」

「ご、ごめんなさい。これにはちょっと事情がありまして……」


 帯も締めずに着崩したままの浴衣で走ってきたため町人たちの視線がシェリィに集まる。

 最近はイカホの町でも評判の美人なので尚更目を引く。


(外に出るんじゃなくてオウカさんに助けを求めた方が良かったかな……)


 かと言って今更ジュリ屋に戻るのも怖い。

 手で浴衣の前を抑えながら町を彷徨う。


「おお~い! シェリィ~!」

「オウカさん!」


 オウカはシェリィに追いつくと、その恰好を見てから困ったように話し始めた。


「う~ん……大丈夫だったか? 色々と」


 考えながら、言葉を選ぶようにして尋ねる。


「え? ええ……みんなはどうしちゃったんでしょうか?」

「そ、そうか、無事か。……実はな、あいつらは昨夜毒キノコを食っちまったみたいでな。現在四人には中毒症状が出ている」

「毒!?」

「あー、心配するな、落ち着け。命を落とすような毒ではないし後遺症も残らん。ただ……」

「ただ?」

「……今しばらくは治まらん。今の四人は下半身が男性化し性欲が暴走している」

「……は?」


 何言ってんのこの人……という顔をするシェリィ。


「ふざけているわけではない。そういう毒なんだ。というわけで今はあいつらに近付くな。私も一応逃げる。じゃあな」


 それだけ言うとすい~っと飛んで行ってしまうオウカ。


「…………わっ、私も逃げなくちゃ」


 再び走り出すシェリィ。はたして四人から逃げ切る事は出来るのだろうか……



 シェリィがいなくなった事に気が付いた四人はジュリ屋を飛び出していた。

 彼女がいないのであればあそこで戦っていても意味がない。

 バラバラになって町中へ逃げたシェリィを探す。


「シェリィさぁん! どこ~? わたしのシェリィさぁん!」


 大きな声を出しながら町を歩くのはメリル。相変わらず満面の笑み。


「シェリィは渡さねー……」


 そこにゆらりと現れる、小さな影。


「ルキちゃん……」


 メリルの表情が冷たく変わる。


「シェリィとどっかに飛ばれちまったらアウトだからなー。メリルはここで始末しておく」

「へへ、次はランジールにでも送ってあげようか? わたしとシェリィさんがいつも行ってるカフェの前とかどぉ?」

「くっそー、いつもこそこそ何やってんのかと思えば……ゆるせねー!」


 風のように近付くルキ。

 一方メリルは両手を開いて迎え撃つ、触ってしまえばその瞬間に勝ちである。


「えい!」


 接近してきたルキにタイミングを合わせて触りに行くが……


「遅い、遅い!」


 ルキは姿勢を低くしてかわす。

 そしてメリルの服へと凄い速さで手を出した。


「裸になっちまえー!」

「ふふ……」


 シャッ! と走ったルキの腕。メリルが身に着けていた物を奪い取った……はずだった。


「……ゲっ!?」


 しかし握っていたのはメリルのお札。


「まず下着を狙ってくるのは分かってたからね。仕込んでおいたよぉ」


 ルキは慌てて投げ捨てようとするが手から離れない。

 次にメリルが何やら念じると、札からは鎖が出現しルキを縛り上げた。


「つ~かま~えたっ♪ それじゃあランジールに送っておくね。後で迎えに行くから待っててね~」


 観念したのか、ルキは俯いてしまって表情が分からない。

 指をいやらしく動かしながらルキに触れようとするメリルだが――


「プッーーーー!!!」


 急に顔を上げたルキは毒霧のように口から液体を吹きかけた! ばっちい。


「ひゃあっ!? けほっけほっ……」


 少し吸い込んでしまったようでむせるメリル。


「ふぅ、こんなこともあろうかと、仕込んでおいて良かったぜ」

「けほっ……もう、こんなことしたって状況は変わらないのに……」


 そう、時間稼ぎにしかならないのである。それがただの水であったのならば。


「…………うっ!? なっ、なにこれ……」


 突然、腹を抑えてうずくまってしまうメリル。


「効いてきたようだな……あたしの勝ちだぜメリル」


 鎖に捉えられた状態で、男前にそう告げるルキ。

 確かに一部分男になってはいる。


「こっ……これ……なに……はうっ!」

「これはいざという時の為にジュリアンテから預かっておいた……『究極下剤、ナイアガラ・バスター』だ!!!」

「そ、そんな……なんて……なんてものを……はうう!!!」


 ビクンと反応するメリル、もはや立っている力がない。

 正確には下半身に力を入れるわけにはいかない。


「これはすごいぞー? 飲んだら腹の中が空っぽになるまでトイレから出られやしない」

「な、なんでこんなものを……口の中に……ルキちゃんだって……」

「事前に飲んであるのさ……『最強下痢止め、セイローガン』をな!!!」


 実際に下剤と下痢止めを同時に飲むのは危険なのでやめましょう。


「やられたよぉ……完全にわたしの……まっ……け……」


 ぐ~ぎゅるるるるる……という分かりやすい音がメリルの腹から響く。


「あっ、ああ、あっ、出ちゃう出ちゃう……飛ばなきゃ、飛ばなきゃ、飛ばないと……はぅあっ!!! あ……あぁッ!!?」


 転移したいのだが気を集中させることが出来ない。

 このままでは二度と町を歩くことが出来なくなる。


「メリル、取引だ。この鎖を解除してくれたらトイレまで運んでやる」


 メリルは血走った目でピッと指を振る、ノータイムでルキの鎖を解除した。

 自由になったルキはメリルを担ぎ、トイレに向かい走る。

 メリル――脱落。



「シェリィさん!」


 町をとぼとぼ歩いていたシェリィをエルクが発見した。

 咄嗟に身構えるシェリィ。


「待ってください! わたくしは妙な事をする気はありません。他の三人はケダモノになっていますが……」

「そ、そうだよね。ごめんね、構えちゃって」

「いえ……当然ですよ。あの……わたくしが、守りますから……シェリィさんのこと」

「エルクちゃん……」


 そうは言ってもやはり辛いのだろう。エルクは落ち着かない様子でもじもじしている。


「あの、どこかに隠れませんか? 外にいるよりは安全かと思われますが……」

「そうだね、じゃあ……あそこのトイレに隠れようか」


 シェリィが指差したのは町中にある多目的トイレ。

 普通のトイレと違い広いスペースがあるため、障害者の方や子連れのお母さんでも安心な素晴らしいトイレである。

 イカホは観光の町なのでこういった施設をそこいらじゅうに設けてあるのだ。


「エルクちゃんも一緒に入ろ?」

「いっ、いえ! わたくしは外で見張っています。どうかお気になさらず……」

「でも、それだと私がここにいるってすぐバレちゃわない?」

「うっ……そう、ですね」


 シェリィに手を引かれ、多目的トイレに連れ込まれるエルク。


「ふぅ、やっと落ち着けるかな」


 着ていた浴衣をいったん広げ、着直すシェリィ。

 慌てて視線を逸らすエルク。シェリィに背を向けてピシッと直立不動。


「……聞かないのですか? わたくしたちに何があったのか」


 背を向けたままエルクは尋ねる。


「オウカさんから聞いたよ……男の人みたいになっちゃったんでしょ?」

「うぅ……朝起きたら……こんな事になっていて……わたくしはどうしたら……」


 泣き出してしまったエルク。無理もない、こんな経験は恐らく初めてのはずだ。


「大丈夫、しばらくしたら治るって言ってたよ? だから泣かないで……」

「――――ッッッ!!!?」


 エルクをぎゅ~っと抱きしめて頭を撫でるシェリィ。

 ゆでだこの様に真っ赤になるエルク。普段は平気なのだが、今は体中がシェリィに反応してしまう。


「も……むり……」

「ん?」

「もう無理です!!! 申し訳ありませ~ん!」


 シェリィを突き飛ばし、多目的トイレから出たエルク。

 そのまま猛スピードで去って行ってしまった。

 エルク――脱落。



「うわぁ、凄いスピード」


 多目的トイレから出て、去っていくエルクの後姿を見つめるシェリィ。


「シェリィ!」


 声を掛けられた。その相手は――


「……ルキちゃん」

「探したよシェリィ。もう邪魔者はいないね」


 マズイと分かってはいても、ルキの笑顔に逆らえない。

 シェリィは吸い寄せられるようにルキに近づいて行く。


「待ちなさーい!」


 その声でシェリィの足は止まる。

 直後、二人の間に飛び込んでくる、ポニーテールの女の子。

 なんだかんだで頼れる武道家、クイナだ。


「ルキ、アンタの好きにはさせねーわよ」

「なんでさー、クイナにはかんけーねーだろー?」

「あ……あるわよ……」

「なんで?」

「だ、だってアタシ……アタシだって――」


 言葉を詰まらせながらも、正直に、まっすぐな気持ちを込めてクイナは言った。


「アタシだって、シェリィのこと好きだもん……」

「クイナちゃん……」

「チッ、見せつけやがって。なら力尽くっきゃねーなー?」


 茶番っぽいが本人たちは至って真面目だ。


「そういやアタシたちさ、本気で戦ったことはなかったわね」


 笑みを浮かべ、首や指の骨を鳴らしながら前に出るクイナ。本気モード。


「そこそこ長い付き合いだけどなー。いつかは白黒つけなきゃと思ってた」


 何の迷いも無く短剣を抜き、構えたルキ。

 武器を使う事に躊躇(ちゅうちょ)は一切無い。

 それ程までに相手の力を信頼していた。


 睨み合う両者。

 誰かが合図をするでもなく、二人は全く同じタイミングで……動き出した!

 先手を取ったのはやはりルキ。逆手に持った短剣を大きく振るって斬りかかった。

 しかし、クイナはその短剣を白羽取りで受け止める。


「なにっ!?」

「先手を取れないのは分かってたからね。防御に徹してりゃあこれくらいは出来るわよ。これで一番厄介なスピードは死んだ……」

(ヤバい!)

「ッシィ!!!」


 強烈な蹴りを放つクイナ。

 ルキは咄嗟に後ろに飛んで両手でガードする。

 しかし、重い!


「ッ! ハッ……」


 あまりの衝撃に空中で呼吸が一瞬止まる。

 そのまま何メートルも弾き飛ばされるがどうにかバランスを取って着地。


「やっぱ流石ねアンタ! 並の奴だったら今ので終わってたわよ!」


 短剣を投げ捨て、クイナは間合いを詰める。あと一撃でも当てればクイナの勝ちだろう。

 当てられれば……


「ごっ!?」


 みしぃ、とクイナの顔に拳がめり込む。


「……別に、パンチはクイナの専売じゃないんだぜ?」


 クイナは一歩後ずさり、構えを取るが……

 その時、今度は蹴りが腹に入る。


「くっ!」


 互いに拳を振り上げるが…………一方的にめり込む、ルキの拳。

 威力、リーチ、正確さ、拳の速さ。

 あらゆる面で勝っているクイナだが、唯一後れを取ってしまうもの、それが初動の速度。

 構えた瞬間にはルキの攻撃が決まっている。


「ぎゃははは! やっぱ天才ねアンタ! ……アンタだけだもんね。生まれ持った能力だけで戦ってるのはさ」


 とても嬉しそうに笑うクイナ。


「でも……威力がね。せめて、アンタにもうちょっと体重があれば、フラつくくらいはしたかしら」


 手を広げて構える。

 そう、これは所詮その場しのぎ。

 防御に徹して捕まえてしまえば、その瞬間終わってしまう。


「分かってるよーそんなこと。だからさ、あたしはコレ使うんだよ」


 ルキもまた嬉しそうに、投げ捨てられた短剣を拾う。逆手に持って再び構えた。

 再度、睨み合う両者。


「いっくぞー!」

「こい! ルキィ!」


 二人は走り、激突する――


「そのへんにしておけーい」

「ええっ?」

「はぁっ!?」


 ぶつかり合う瞬間のルキとクイナの攻撃は、突然割り込んできたえるくによって、あっさりと止められてしまった。


「けんかりょうせいばーい」

「んにゃっ!?」

「ふんげっ!」


 恐るべき威力のゲンコツをルキとクイナに同時に食らわせたえるく。

 二人は頭に大きなたんこぶを作って気絶。


「こんなところでたたかっていたらめーわくになるぞ。やめとけ、やめとけ」


 ルキ、クイナ――共に脱落。



「しぇりぃ、こいつらをつれてかえってげどくをするぞ。てつだっておくれ」

「……あっ、うん。手伝うよ。えるくちゃん」


 なんだか途中から蚊帳の外だった気がして、ぼーっと成り行きを見ていたシェリィ。

 はっと我に返ってえるくに付いて行く。


「しぇりぃはしあわせものだな」


 気を失っている二人をずるずる引っ張りながら言う。


「どうして?」

「だって、こんなにあいされてる」

「……そうだね。確かに……世界一の幸せ者かもしれないね」

 シェリィの返事を聞いて、その魔導ゴーレムは、不器用な笑顔でニカっと笑った。

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