×23 無限ループの罠
ブーマーの騒動から数日後、シェリィたちは古代人の遺跡探索を再開していた。
トロッコエリアを抜けてからも、古代人の罠は容赦なく彼女たちに襲い掛かる。
パズルを解き、スイッチを押し、時には大岩に追いかけられる。
それでも石板からのヒントを頼りに五人は進む。
現在も古代人が仕掛けた謎に挑戦中だ。
「え~っと…………シェリィさん。赤いスイッチを三回押してください」
「うん、三回だね。いち、にぃ、さんっと」
シェリィがスイッチを押すと、部屋の中央にある大きな水槽から水が抜けていく。
「これで水位は一のはずだ……メリルさーん、目の前にある青いスイッチを一回お願いします」
水槽の前に座り考え込んでいるエルク、離れた所にいるシェリィとメリルに指示を出している。
「はぁ~い。青を一回だね~、ぽちっと」
今度は水槽に水が注がれていく。
「これで八だ。シェリィさん! 赤いスイッチを今度は一回でお願いします!」
「押したよ、エルクちゃん」
水槽からは再び水が抜かれていく、今度は少しだけ。
「よしっ! ぴったり五になったはずだ! これでどうだ!?」
立ち上がるエルク。程なくして……
ぴろりろり~ん! という音と共に、地下へと向かう階段が現れた。
「「やったー!」」
飛び上がって喜ぶ三人、一か所に集まって抱き合う。
「エルクちゃん凄いね。私達だけだったら進めなかったよ」
褒めながらエルクの頭を撫でるシェリィ。
「ふっ、スイッチの仕組みに気付いてしまえば、後は大した事のない計算ですよ」
めちゃくちゃ嬉しそうなエルク。ドヤッドヤである。
「わたしは二人を起こしてくるね~」
部屋の隅に向かってぽてぽて走って行くメリル。
そこで寝っ転がっていたのは、ルキとクイナ。気持ちよさそうに眠っていた。
こういった仕掛けでは二人の出番はないため暇なのだ。
「むにゃむにゃ……こらシェリィ……そんなの食べたら腹壊すぞ……」
「う~ん……もう食べられねーわよ……」
「……二人とも食べ物の夢見てるのかなぁ? ルキちゃん! クイナちゃ~ん! 起きてー!」
呼びかけるも反応が無い。
「仕方ないなぁ……よいしょっと」
寝ている二人と手を繋いだメリル。両手に気を集中させて……
「えいっ!」
「んにゃっ!?」
「んがッ!!!」
電気ショックでも食らったかのようにビクンと跳ねて目を覚ました二人。
メリルはおはよう、と笑顔で言った。
「あぁ~……硬い床で寝てたから体痛いわ……」
階段を下りながら自分で肩をもむクイナ。
「あたしは平気だぞ。体全体を床にピタッとつけて寝るのがコツ」
少し後ろからルキが言う。クイナと違いとても元気そうだ。
「ルキちゃんってたくましいよね~、いつの間にかお金稼いでたりするし」
クイナの前を進んでいたメリル、階段を下りながら話に入る。
「う~ん、あたしってば苦労してるのかもなー」
「アンタ軽すぎるから、イマイチそういうイメージ無いのよね~」
「いつも大口開けてゲラゲラ笑ってる奴に言われたくない!」
「おぉん? やる気かしら?」
「おー、ダンジョン攻略中にノーパンになりたいらしいなー?」
「えへへ、二人とも寝てる時はあんなに仲良さそうだったのに」
「どういう事よ?」
「二人そろって食べ物の夢見てたよぉ?」
「そ……そういえばそんな夢見てたかもしれないわ……」
「……あたしはなんか懐かしい夢見てたような気がするんだけど……忘れちゃったな」
「皆さん、階段が終わりますよ。念のため警戒してください」
前にいたエルクが注意を促した。
長い階段を下りた先にはまっすぐな通路が、奥にはさらに下りの階段が見えている。
「特に何もない通路……みたいだね」
「あっ! シェリィ! 待って! その先の床なんかおかしいよ!」
「えっ?」
大きな声でシェリィを止めるルキ。ささっと前に出て床を手で叩いた。
すると叩かれた床がパカっと開く。そう、落とし穴だ。
「なんとまぁ、古典的な……」
落とし穴を覗き込むエルク。まぁ作ったの古代人だしね。
「危なかった……ルキちゃんありがとう」
「にしし、どういたしまして」
シェリィの隣まで来て八重歯を見せ笑う。
そんなルキの頭を撫でるシェリィ。
最近ではエルクに奪われがちだったポジションだ。
「む……もう少し近付けば、わたくしだって気が付きましたよ」
「エルクちゃん嫉妬してるの~? かわいー!」
ふくれっ面のエルクに抱き付くメリル。ぽよん。
「他にもあるかもしれないから、気を付けて進まないとだね」
落とし穴を飛び越えて、再びシェリィが先頭を行く。
「あっ……石板が壁に埋まってますよ。読んでみましょうか、あまり期待はできませんが……」
通路の途中、石板に手を置き魔力を込めるエルク。
「『常識を疑え!』……だ、そうです」
「どんどん雑になっていくなぁ、と思ってたけど、ここまで来ると怪しい本のタイトルみたいだなー」
石板にそれっぽい事が書いてあったのは入り口の一つだけで、そこからは全てこんな感じである。
古代人への信用は既にない。
「そもそもこの通路特に仕掛けとか無いわよね。何のための石板なのかしら」
「進んでみるまでは分かりませんね……」
「落とし穴のことじゃないかなぁ?」
「でも……それなら穴の先に石板を置くのはおかしいような……」
少し話し合ってみるもやはり答えは出ない。
諦めて先に進むことにした。
通路の先の階段を下りる五人、下りきった先は……再び通路。
「あ、あれ? ここさっきの通路じゃないの!?」
驚いたルキが駆け出す。
先程落とし穴があった場所まで行き、床を叩いた。
床はまたしてもパカっと開き、通路には穴が。
「奥の階段も石板も同じですね……まさかとは思いますが」
石板の元まで小走りで近付き、エルクは読み取りを始める。
「どう? ……エルクちゃん」
「お……同じだ。常識を疑え……全く同じことが書かれています」
なんだか背筋がゾワっとしてくる。
例えようのない不安がじわじわと広がる。
「同じ構造の通路が続いたってだけでしょ? ビ、ビビってんじゃねーわよ!」
その時、メリルが一枚の札を壁に貼り付けた。
「とりあえずもう一回、階段を下りてみようよ。それでハッキリするはず」
五人は奥に向かい、階段を下りていく。
「まただね……」
シェリィが呟く。再び、通路。
「わたしがさっき張った札もあるね。間違いないよ。わたしたち同じ場所をまわってる」
「ヒィ!? どどっ、どうしろってのよー!?」
「落ち着けクイナ。混乱したら一生進めないぞー?」
「常識を疑え……か。あの言葉がヒントになっているのでしょうね……」
「考えられる可能性は……隠し通路とかかな」
「おっけーシェリィ。あたし探してみるよ」
「アタシも手伝うわ。考えるの苦手だし……」
ルキとクイナは壁や床を調べ始めた。
「来た道をあえて戻ってみる、というのもあり得るかもしれませんね。試してきます」
「後ろ向きで階段を下りる。とかどうかなぁ?」
「うん、やってみてもいいかもね」
思いつく限りを試し始めた五人。
これは時間が掛かりそう。
「おや……」
階段を上っていたエルク、後ろ向きで下りてきたシェリィとメリルに遭遇する。
「なるほど、一度ハマってしまうと水槽の部屋に戻ることも出来ないわけだ」
メリルの転移が無かったら大変な事になっていたかもしれない。
「あっ、エルクちゃん。ごめんね、今前が見えないからちょっと退いてて?」
「はい」
シェリィに頼まれ退くエルク。
後ろ向きに階段を下りるというのも、なんだかシュールな光景である。
二人とすれ違い、そのまま階段を上がっていくエルク。やってきたのはやはり同じ通路。
ルキとクイナがそこいらじゅうをぺたぺた触って調べている。
通路の奥に見えている階段からは、さっきすれ違ったシェリィとメリルが後ろ向きに下りてくるのが見える。
「無限ループか、小説の中だけの話だと思っていたけれど……古代人の技術力は恐ろしいな」
顎に手を当て、考え事をしながら歩く。
「エルク! そこ落とし穴があるぞ!」
「えっ? あっ、そうでした。ありがとうございます。ルキさん」
考え事をしながら歩く癖があるのだが、注意力が無くなってしまうのが問題だ。
以前も船の中で転んで恥ずかしい思いをしたことがある。
シェリィたちには内緒だが。
「ふぅ、あると分かっている落とし穴に引っかかりそうになるなんて……我ながら情けないな」
足で落とし穴を叩いて、開けておく。こうすればもう落ちそうになることも無いだろう。
しかし、何か違和感がある。
「…………あれ? ルキさん」
その正体に気付く。
「んー? なんだ?」
「この落とし穴、ルキさんが二度開けましたよね?」
「うん」
「その後仕掛けを元に戻しましたか?」
「うんにゃ、触ってねーよ」
「ということは……勝手に元に戻っていたという事ですね……常識を疑え、か」
じ~っと穴を見つめるエルク。しかし一向に元に戻る気配はない。
「まさか……」
わざと目を逸らし、すぐに視線を戻した。
すると落とし穴が一瞬で元に戻り、穴が床に隠されている。
「ふっ、なるほど……みなさん! 集まってください! 出口を見つけましたよ」
「えっ? どこどこ?」
傍にいたルキがすぐに反応した。他のメンバーもぞろぞろと集まってくる。
「ここです!」
エルクは全員の前で落とし穴にわざと落ちる。
「エルクちゃん!!!」
シェリィが大慌てで追いかけた……のだが。
「あれ?」
思っていたよりずっと底が浅かった。二メートル程下りたところで着地。
「シェリィ! エルク! 大丈夫かー!?」
「ルキちゃん、大丈夫だよ。みんなも下りてきて?」
全員が穴の下に集まる。
「ここが抜け道だったのね。常識を疑え……落とし穴が必ずしもトラップとは限らないってことかしら」
「そうですね。おまけにこの穴は落とし穴に偽装されているだけです。幻覚を使って穴を隠し、底も見えなくされていました」
「だから一回開いてもすぐ元に戻ってたのか。言われてみればめちゃくちゃ怪しいなー」
「はぁ……今日は頭使う事が多くて疲れたよぉ……もうジュリ屋に戻らない?」
「そうだね……この辺にしておこうか」
「アタシはまだまだ大丈夫だけどね!」
「クイナさんたちはほとんど寝てたじゃないですか……」
「あはは、肉体労働がないと暇だからねー」
こうして、この日は遺跡探索を切り上げた。ゴールは大分迫って来ている。
五人の旅の終わりは……近い。