×21 休日の過ごし方
トロッコの試練を突破し、イカホの町へと戻ったシェリィたち。
試練の攻略に長く時間をかけていたため、既に日は落ちていた。
夕飯は何にしようか? そんな会話をしながら五人はいつもの宿へと向かう。
「……あれ? 看板が無い」
宿の前で立ち止まるシェリィ。
「えっ? 潰れちゃったのー?」
「うそっ!? アタシここの二階気に入ってたんだけどな……」
皆残念そうにしている。何日も泊まっているので愛着も湧くというものだ。
宿の前に集まり、他を探すべきかと相談していると、ガラッと引き戸を開け、法被を着た少女が現れた。
「あっ!? 偽物じゃないか」
「ぬ? おりじなるとしぇりぃたちか。こんなところでたむろしてどうした?」
宿の中から現れたのはえるく。
脇には、『旅館ジュリ屋』と書かれた大きな看板を抱えていた。
「えるくちゃん……それって……」
「これか? あたらしいかんばんだ。いまからこうじをおこなう。あぶないからなかにはいっていろ。てやんでい」
えるくはそう言うと頭に鉢巻きを締めて宿の壁を登る。
入り口の上に看板を当て、取り付け作業を始めた。
「ま、まさか……」
慌てて中に入って行くエルク。ヤな予感。
「いらっしゃ~い……ってなんだ君たちか。ならばおかえりと言う方が正しいな?」
受付でふんぞり返っていたのはやたら背の高い金髪の女。
「ジュリアンテ! 貴様どういうつもりだ!? 女将さんたちはどうした! 返答次第ではここで――」
「待て待て落ち着けエルク。誤解だよぉ? 力尽くで店を奪ったのではない。ちゃんと金で買い取ったのだ」
「そんなもの信用できるわけが――」
「ジュリアンテ~、曾孫の手はどこに置いた? 羽の付け根が痒くてな」
店の奥から現れたのは蝶のような羽を生やした少女。
ぱたぱたと羽ばたいて近付いてきた。
「オウカさん!?」
「おう、エルクじゃないか。古代人の遺跡はどうだった?」
「そ、そんなことより、何故あなたがジュリアンテと一緒にいるのですか!?」
「この町で偶然出会ってな。君たちの知り合いだという話をしたら、ここに住まわせてもらえることになった。それとこの宿の件だが、本当に悪さはしていないよ。今日私も交渉の場に立ち会った」
「オウカ殿、曾孫の手ならば廊下の奥から二番目の部屋だ。えるくがタピオーカーの粘液を採取するのに使っていたな?」
「なに? それではもう使えんではないか……よしエルク。ちょっくら背中をかいてはくれないか? 羽の付け根が痒くてかなわん」
気の抜けた顔でオウカの背中をかいてあげるエルク。
「おぉぉぉう、なかなか上手いじゃないか……もうちょっと上を頼む」
「そうだエルクよ。オウカ殿だけではなく君たちもここに住まわせるぞ? 二階の大広間をそのまま使ってくれ。なぁに家賃は取らんよ。その代わり私の部下になってもらうがな? くははは!」
もうどうにでもしてくれ、オウカの背中をかきながら、そんな事を考えていたエルクだった。ぽりぽり。
「魔走車か……にわかには信じ難いな。そこまで行くともはや魔道具の範疇ではない……物体や空間そのものに転移能力を仕込むなんぞ考えた事すらなかった」
夜、宿改めジュリ屋二階の大広間。シェリィたちは昼間の出来事をオウカに話していた。
「見に行ってみますか? スタートにもゴールにも転移は可能ですけど」
メリルの提案を聞いたオウカは、何故か眉間にしわを寄せて考え込んでしまう。う~む。
「そんなに悩む事かしら? 気になるなら見てくりゃいいじゃない」
「…………やめとく」
「そりゃまたどうして?」
「魔道具技師としての性でな。そんなものを見たら夢中になってそれ以外の事が手に着かなくなってしまう。今は魔王の事が最優先だ」
「アンタ二言目には魔王ね~」
「君たちは五百年前の暗黒時代を知らんからそんなことが言える。魔王と配下の魔族によって世界中で血が流れたんだ。またあんな事になってしまったら私も研究どころではない」
「……魔王は何故そんな事をするんですか?」
シェリィが尋ねた。
「さぁな。そこまでは私にも分からん。理由が何も無いとも思えんが……」
「復活したはずの魔王については何か分かったのー?」
「分かったとは言えん。ゼルメルシアという大陸に魔王の根城があるのだがな……今そこへの船が出ていない。唯一の港があるヴィスタリア王国が滅ぼされたそうだ」
ヴィスタリア、という言葉に五人は固まる。
シェリィを含め、全員に聞き覚えがあった。
「あの国の王族はアニタの子孫でな。魔族の動向には常に気を配っていたはずだが、国が滅んだともなればもはや生きてはいまい……結局、君たちの記憶を戻すのが一番確実な情報源になりそうだ」
オウカはそう言って、部屋にあった煎餅を取ってかじり付いた。
「おうおう、やってるな。さしいれをもってきてやったぞ」
広間に入ってきたのはえるく。
六人分の饅頭と湯飲みをお盆に乗せて持っている。
「わ~いお饅頭だぁ♪ えるくちゃんありがとう」
えるくが畳に置いたお盆から、全員分の饅頭を取って配り始めるメリル。
「偽物、湯飲みがあるのに急須を忘れてるじゃないか」
呆れた顔で立ち上がったエルク。急須を取りに行こうとするが……
「待てエルク。忘れたわけじゃない。この子には必要ないのさ」
ニヤリとしてえるくの隣にふわふわ移動したオウカ。
そして空の湯飲みを持ったえるくの頭頂部をクイっと親指で押し込んだ。
するとえるくの口がカパッと開き、持っていた湯飲みに緑茶を吐き出し始めた。
だぱだぱ。
「どうだ? 急須としての機能を付けてやった。一日一回水と茶葉を補充してやる必要はあるが、便利なものだろう」
一同、唖然。
「ほらめりる、ちゃだ。すきなだけのむがいい」
えるくは近くでぼーっと立っていたメリルに湯飲みを突き出した。ズイっと。
「…………えっ、あっ……うん……ありがとう……」
苦笑いで湯飲みを受け取るメリル。
入っている緑茶は熱々で、茶葉の香りがふんわりと鼻に届く。
給湯器としての機能もあるようだ。どうやっているのかは分からないけれど。
「……オウカさん、実は暇なんですか?」
「何を言うシェリィ! これは立派な魔王対策だ。この子を改造してやれば大きな戦力になるぞ? この機能追加はあくまで試しだよ」
えるくの頭をポンポンしながらオウカは自信満々に言う。
えるくの口からは叩かれるたびに緑茶が漏れ出している。
「先程の魔走車を調べられればこの子に転移能力のようなものすら持たせられるかもしれんな。まぁ時間はかかるだろうが……」
「あ、あの……わたくしとそっくりの見た目を変えることは出来ないのですか?」
ぷるぷる震えながら手をあげてエルクが尋ねた。
「それは絶対に無理だ。諦めろ」
希望はあっさりと断ち切られる。彼女の心労はまだ続きそう。
翌朝、ジュリ屋の二階、畳の上に敷いた布団の中でルキは目を覚ました。
「ふぁ~……なんかすっげー寝た気がする」
大きなあくびをして起床、広間にはルキが一人。
一番長く眠っていたようだ。慣れないトロッコの操縦で疲れていたのかもしれない。
浴衣から服に着替えて一階へ。
「おはよージュリアンテ……ふわぁ」
受付に座っていたジュリアンテに声を掛けた、まだ眠い目を擦りながら。
「おはよう。と言ってもそろそろ昼飯の時間だがな?」
「げっ、そんなに寝てたのか……どうりでクイナの奴すらいないわけだ」
「クイナは朝飯を食ったら出ていったよ。訓練だそうだ。シェリィたちも出かけてしまったな?」
今日の遺跡探索は休みである。
それぞれ自由行動という事になっていたのだが、半日近くも寝て過ごしてしまったようだ。
なんだか勿体ない気分。
「腹が減っただろ? えるくに何か作らせようか? 朝飯は多めに用意しておいたんだがなぁ、クイナの奴が全て食べてしまったよ。くはは」
頬杖をついた状態で笑うジュリアンテ。
「あははは、だと思った。ん~……わざわざ作ってもらうのも悪いなー。……いいや、あたしは外で食べて来るよ」
「そうかい?」
「うん。行ってくらー」
そう言って、ルキは手を振ってからジュリ屋を出た。
近くの店で手早く食事を済ませたルキ。
今度は風呂にでも入ろうと、最寄りの温泉へと向かった。
やって来たのは泡沫の湯。泡がぶくぶく出てくる魔法の温泉だ。
受付で温泉パスを見せ、バスタオルを借りてから脱衣所へ入る。
いざ服を脱ごうとしたタイミングで、姿見がある事に気が付いた。
(神様って不公平だなー)
鏡を見ながらそんな事を考える。
年が近いクイナやメリルと比較するとあまりにも子供っぽい。
エルクよりは背が高いが、いずれは追い抜かれてしまうだろう。
(もっと鼻が高けりゃ、少しはマシに見えるかな……)
鏡の中の自分とにらめっこ。
顔の方も、普段一緒にいる四人とどうしても比べてしまう。思わずため息が出る。
「やめだやめ! 悲しくなるだけだ!」
自分にそう言い聞かせ、ぱぱっと服を脱いで温泉へ。
どうにもならない事で悩んでいても、マイナスにしかならないのだ。
「おー、エルクじゃん」
「おや、ルキさんですか」
先に入っていたエルクを見つける。体を流してからルキも温泉へ。
「うはー! ホントにブクブク泡が出てるー! すげー!」
「随分長く眠っていましたね。やはり昨日の疲れですか?」
「ん~そうかも……エルクは一人?」
「ええ、少し町をまわってから宿……ジュリ屋に戻ったのですが、暇なので温泉にでもと」
「他のみんなは?」
「クイナさんは訓練だそうです。シェリィさんとメリルさんはランジールに遊びに行きました」
「なぬー!? それってデートじゃないか! メリルの奴油断も隙も無いな! エルクもなんで止めないんだよ!」
「な……何故と言われましても……」
止める理由が無いと思う。
温泉から上がった二人は共に脱衣所へ。
「そこでですね! ザトウが言うんですよ! 『いくら目ん玉ひんむいても、見えねえもんは見えねえ』これはザトウシンタロウが盲目の剣士であるという意味だけでは決してなく――」
「お……おう……」
ついさっき見て来たらしい芝居について熱く語るエルク。
興奮して早口になっている。ルキはほとんど話について行けて無いのだがお構いなしだ。
「――あれ?」
話しながらも体を拭こうとしていたエルクが何かに気付く。
「んん!?」
ルキも同様。
「な……ない……」
「エルクも……か?」
なんと! 服が無い! 下着もだ。
「な、な、ななな、何故……」
「武器と財布とバスタオルは残ってるんだなー。少なくとも金目当ての泥棒じゃない」
「で、では何故こんな事を!?」
「そりゃあまぁ……女の子の服とか下着を欲しがる変態がいるからだよ」
財布は残して行ってるあたり筋金入りの奴さ、とルキは付け足した。
「うっ……」
本気で気持ち悪がっているエルクと割と冷静なルキ。
「ゆ……許せない……ルキさん! 追いましょう! 見つけ出して殺してやるぅ!」
残されていた仕込み杖を握って怒るエルク。
「あたしも同じ気持ちだけどさー」
互いの姿を確認してから言う。
「……この恰好で出ていくワケ?」
「…………あ」
二人そろって素っ裸。残されたのはバスタオルと武器だけだった――




