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×2 新たな仲間、クイナ登場



 村から町へと続く街道を、馬車が走っている。

 空は晴れ、風が気持ちよく抜けていくこの環境は、まさに昼寝のために用意されたと言ってもいい。

 だがこの馬車の中は少し話が違っていた。道の状態が悪いのでがたがた揺れるのである。

 おまけに客車はやたら混んでいた。座る事が出来ないので全員立ち乗りを強制される。

 外とは大違いの酷い環境だ。それでも他に交通手段がない以上、歩くよりはマシだと皆金を払って乗っている。

 そんな不快な空間に、この物語の主人公は乗り込んでいた。長い黒髪の美女、シェリィだ。


「ううう……揺れる……狭い……おまけに何か臭い……」


 泣きそうな顔で、汗をかきながら隣にいる少女へ愚痴る。


「あははは、おっさんが多いからね~。加齢臭かな?」


 笑いながら答えたのはシェリィよりも少し背の低い、まだ幼さが残っている少女、ルキだ。

 馬車が揺れる度に頭がガクンと前後している。


「まぁでも……厄介なのはコッチなんだけどね」


 一瞬だけ真顔になったルキの腕が、シュッと音を立てて高速で走る。その手には財布が握られていた。


「ったく、油断も隙もありゃしない。シェリィ、危ないからこれはあたしが預かっとくね」

「えっ? あれ……私が預かってたお金……」

「こっそり抜かれてたよ。混んでるのをいい事に盗みをやってる奴がいる。腕しか見えなかったから、犯人は分からないけど」

「す……すごいね、ルキちゃん。一瞬で取り返しちゃった」


 褒めた後でルキにパンツを盗まれた事を思い出し、微妙な顔になるシェリィ。

 あれはある意味スリよりもたちが悪い。

「う~ん、なんでか分からないけど……こういう事出来るんだよねェあたし……」


 指を一本一本器用に動かして見せる。使い方次第で何でも出来そうな恐るべき技だ。

 多分針の穴に糸を通す事だって簡単に出来るだろう。


「もしかしてあたし、泥棒だったとか?」


 ルキは目をうるうるとさせ、思いつめたような表情でシェリィを見つめる。あ、これ否定してほしいやつだ。

 シェリィは一瞬、そんなことないよ、と優しくと否定しようと思ったが、やはりパンツの事を思い出し目を逸らした。仕方ないね。


「だ~ま~る~な~よ~」


 いつの間にか笑顔に戻っていたルキがシェリィに抱き付いた。二人がそんな感じにイチャコラしていると……


「きゃん!」


 驚いた猫のようにルキがその場で飛び上がる。


「だだだだだだ、誰だぁ!? 今あたしのケツさわったのはぁ!」


 顔を真っ赤にして短剣を抜くルキ。ガタガタと揺れる馬車の中、周りのおっさん達は、ただただ沈黙していた……



「くそっ、犯人が見つかったら手の皮を切り取ってやろうと思ったのに……」


 物騒な事を呟きながら歩くルキ。

 馬車は無事町へと到着し、二人は町の入り口付近を歩いていた。

 目指すは今夜の宿だ。町に着いたらまず宿探しは冒険者の基本である。

 大抵は町に入ってすぐの所に宿はある。


「そもそもなんであたしなんだ? 胸もケツもどう見てもシェリィの方が凄いだろ!」


 怒っている所がなんだかおかしい。

 シェリィは自身に被害が及ばなかった事に、ほっと胸をなでおろしていた。


「ああ、あったあった! あの看板がある建物が宿だよ、シェリィ」


 途端に走り出すルキ、シェリィも追いかける。


「えっ、あれって……」


 何故か宿の手前で足を止めるルキ。何かを見つけたようだ。


「ねぇシェリィ、人が倒れてるんだけど……」

「えっ!? どこ?」


 ルキが指差した先には、目をナルトのようにぐるぐる回した女の子が倒れていた。


「きゅ~……」

「町に着いたばっかだってのに嫌なもん見ちゃったね、なむ~」


 手を合わせて死者へ祈りを捧げる。


「うっ……くっ……」


 行き倒れの女の子はまだ生きてる事をアピールするかのようにうめき声をあげた。実は気付いてる?


「大変! 助けないと!」


 シェリィが慌てて駆け寄って声を掛ける。


「大丈夫!? どうしたの?」

「うう……う……お……お……おなか……」

「おなか? おなかがどうしたの!? 痛いの!?」

「おなかへったぁ……」

「……」

「いこ、シェリィ。ただの物乞いだよ」



 ここは宿の部屋。

 二人は結局倒れていた女の子を見捨てることが出来ずに、宿の部屋へと連れ込んだ。

 

「はぐはぐはぐはぐ……むしゃぐしゃ……ぺろ……ちゅーずぞぞぞぞ……ぶはぁっ! かー! 生き返った!」

「食いすぎだろっ! 少しは遠慮しろぉ!」


 怒るルキを無視して女の子はシェリィに話し掛ける。


「お姉さん! ありがとう! アタシ一人で旅してたんだけど、荷物を盗まれちゃって……丸一日以上何も食べてなかったのよ」


 土下座してシェリィに感謝する。女の子のポニーテールにした髪がたらんと地面に垂れた。


「こ、困った時はお互い様だから気にしないで……」


 あまりの食欲に引きながらシェリィが返す。


「うう……お姉さん優しいわね……黒髪ロングの美人で優しいとか反則じゃない? 天使か何か?……んがっ!?」


 女の子のポニーテールが後ろから引っ張られた、ルキだ。


「お礼を言うならあたしにも言えー! 金出したのあたしだぞー!(シェリィとスライムの録画で儲けた金だけど)」

 「うっさいわね! アンタはアタシのこと物乞いとか言ってたし、見捨てる気マンマンだったでしょ!? 大体そのお金だってお姉さんから貰ったとかじゃないの!?」


 ほぼ図星である。シェリィとスライムの絡みにはかなりの高値が付いた。


「やんのかー? ああ?」

「おお? やってやろうじゃない」


 共に立ち上がり睨み合いを始める二人。

 背中を押したらキスしてしまいそうなくらい顔を近付けて、目で威嚇し合っている。

 押してみたい。


「ふ、二人とも落ち着いて……喧嘩はダメだよ……ね?」

「……シェリィがそう言うなら……」

「お姉さんに言われちゃあね……」


 二人を座らせ、シェリィは話を始める。


「まずは自己紹介からだよね? 私はシェリィだよ」

「アタシの名は『クイナ』! 多分……武道家、歳は十六歳! よろしくね、シェリィ」

「……あたしはルキ、多分武道家ってどういう事?」


 訝しげに尋ねるルキ。クイナはそれを聞くと少し暗い表情になって理由を話した。


「アタシさ、実は記憶喪失なんだよね……ちょっと前に故郷の村で倒れてたらしくて、名前と歳と武術と……後、意識を失う前にアマダの山ってとこにいた事くらいしか覚えて無かったのよ」


『同じだ!』


 シェリィとルキが同じ反応をする。


「え? 二人もそうなの?」

「クイナちゃん! もしかして変な腕輪付いてないかな? こういうやつなんだけど」


 シェリィは自分の右腕に付いていた黒い腕輪を指差した。


「うん、あるけど……これ何故か外せないのよね」


 クイナは袖をまくって右腕を二人の前にさらした。


「やっぱりか~、こりゃきっとクイナも関係あるぞ」

「偶然出会えたのはラッキーだったね」

「なに? どういう事?」


 二人はこれまでの事をクイナに説明した。


「ビックリするくらいアタシら同じじゃない……」

「唯一違うのは、クイナちゃんはアマダの山にいなかった事だね」

「クイナの故郷ってのはこっから近いの?」

「この町から船を使えばすぐよ。アマダの山にいた事だけは何となく覚えてたから、行けば何か分かるかと思ったんだけど……二人の話を聞いてる限り何も無さそうね」

「クイナちゃんの故郷には家族とかいないのかな? 記憶を無くす前のクイナちゃんが何やってたかとかは聞いてない?」

「聞いてみたけど全然、修行の旅に出るって言って村を飛び出してから、ずっと帰ってこなかったらしいわ。アタシ村の入り口で気絶してたらしくて、おまけに目を覚ましたら記憶が無いってんで向こうも大騒ぎよ」

「結局何も分からずじまいか~」


 ルキは座っていたベッドにバフっと音を立てて倒れ込んでしまった。


「ねぇシェリィ、二人はこれから腕輪の事を調べに行くのよね? 良かったらアタシも連れて行ってくれない?」

「もちろん! 一緒に行こう、クイナちゃん」

「やった! アタシ大したことは出来ないけど、戦闘だったら役に立つからね! そこらのモンスターなんか敵じゃないんだから……んがっ!?」


 クイナのポニーテールが再び引っ張られた、またもやルキだ。


「シェリィを守るのはあたしの役目だぞー!」

「アンタの出番なんて……んがっ!? ひ、引っ張るな!」


 振り返ったクイナは一瞬でルキの手からポニーテールを救出する。なかなかの早業。


「クイナちゃん凄い!」

「ふふふ、アタシってば鍛えてる……っていうか鍛えてたみたいだからね~」

「ふん! 身ぐるみはがされて行き倒れてた奴がよく言うよ、あたしはもっと凄い事出来るよ! おりゃっ!」


 ルキの手がシュッと音を立てて消える。

 そしてその手にはパンツが握られていた。恐るべき早業である。

 力はともかく速さだけならクイナよりルキが上だ。

「黒か……意外とやるじゃあねーか……」

「……えっ!?……うそ……まさか!?」


 嫌な予感がし、下半身を触って確かめてみるクイナ。

 ルキの手に握られている物が、間違いなく自分が先程まで履いていた物だと理解する。

 数秒後……宿の部屋にクイナの絶叫が響いた……



「またやったらシェリィが止めても殴る……!」


 恨めしそうに前を歩くルキを見るクイナ、現在三人は宿から出て町の中を歩いていた。

 懐が寂しくなってきたので(主にクイナがドカ食いしたせいで)儲け話を探していた。

 町の観光も兼ねている。もしかしたら過去に来た事があるのかもしれないが、記憶喪失なのでどこに行っても新鮮だ。


「お! よろず屋だ!」


 シェリィと腕を組んで歩いていたルキが何かの店を見つけた。


「よろず屋?」

「要は何でも屋ね。客から買い取ったものを売ってる店よ。武器から日用品まで何でも扱ってるわ」


 クイナが割り込んで解説を始めた。


「へ~」

「ぶー! あたしが説明したかったのに!」

「シェリィってこういう常識みたいな部分まで忘れちゃってるのね……服の着方とかまで分かんなくなっちゃってたり?」

「ふ、服は流石に着られるかな……」

「ねぇねぇ! 入ってみようよ! なんか面白いもんあるかも!」


 楽しそうにシェリィを引っ張ってよろず屋に入って行くルキ、クイナも後から追っていく。

 よろず屋は基本的に冒険者などから買い取ったものをそのまま売りに出しているので、店や時期によって置かれている物がガラっと変わる。

 こういった店は中を見ているだけで楽しい。まれにアッと驚くようなとんでもない掘り出し物もあったりする。


「ヴぁあああああああああああああああ!!!」


 アッとどころではなかった、店に入って商品を見た途端にクイナが絶叫する。


「な、な、な……なによコレェ!?」


 そこにあったのは、盗まれたクイナの荷物に入っていた替えの下着だった。

 何処かで盗撮でもされたのか、彼女の顔写真がセットにされている。

 性格は少々やかましいところもあるが、黙っていればクイナはかなりの美少女だ。

 写真付きの下着にはそれなりの値段が付けられていた。


「五万ディーナか……なかなかやるじゃあねーか」


 クイナの下着を手に取ったルキが、顔写真と下着を見比べて何やら品定めをしている。

 ちなみにこういった写真は録画水晶の技術を応用して作られている。便利だね!

 クイナはルキの手から下着をひったくると真っ赤な顔で店主に突き付けた。


「ちょ、ちょっと! これ持ち込んだのどんな奴!? これ盗まれたアタシの下着なんだけど!?」

「覆面をした奴だったから顔はちょっとなぁ……」

「そんな奴どう見たって怪しいし、盗品って分かるでしょ!?」

「まぁうちもこんな商売だからね、モノの出所なんていちいち気にしてたらやってられないさ」

「くぅ~……」


 涙目になり下着を悔しそうに握りしめる。

 すぐにでも回収したいところだが、盗まれた自分の物を決して安くはない金額で買うというのも非常に馬鹿らしい。

 クイナが下着を見つめそんな葛藤をしていると、店のドアが開かれ新たな客が入ってくる。

 それは覆面をした怪しい男だった。私は怪しい者です! というオーラがプンプン出ている。

 これで真面目な奴だったりしたらその方が詐欺ってくらいだ。


「ああ、あのお客さんだよ。それを持ち込んだのは」


 店主の言葉を聞き、クイナが鬼のような形相で覆面男を睨んだ。


「げっ!? やべっ」


 ほとんど自白に近い発言をして、覆面男は店から出て行った。

 あまりにも焦っていたため一度ズッコケそうになっている。


「ルキ! 後で金返すからこれ買っといて!」

「オッケー!」


 ルキに下着を投げて渡し、クイナは男を追って店から出て行く。

 クイナを心配したシェリィも後に続いた。



「はぁはぁはぁ……クイナちゃん速いな」


 クイナをシェリィは追いかけて行くが、あまりの速さにどんどん距離が離されていく。


「お~い! シェリィ!」


 ルキがあっさりシェリィに追いついてきた。手には買い取ったクイナの下着が握られている。


「あんなんでも一応仲間だからさ、あたし先に行って様子を見て来るよ。これ持ってて!」

「うん、クイナちゃんの事お願いね」


 走りながらシェリィに下着を渡す。そしてルキはぐんとスピードを上げた。


「おりゃおりゃおりゃー!」

「ルキちゃん……す、すごい……」



 一方クイナは未だ覆面男に追いつけずにいた。男の方もかなりのスピードである。


「チッ、逃げ足だけは速いわね。あのコソ泥」


 既に町を飛び出し外の平原まで出てきてしまっている。


「み、みんな! 助けてくれ~」

 覆面男が走って行く先にはガラの悪い男達が大勢で座り込んでいた。

 それぞれが斧などを持ち武装している。男達の集団に入り込み、覆面男は呼吸を整え始めた。

 それを見たクイナも足を止める。


「ふ~ん、なるほどね。野盗の下っ端か何かだったって事か」


 男達はクイナの姿を見て下卑た笑みを浮かべそれぞれが立ち上がる。


「なんだお嬢ちゃん、俺達の事知らねーのか?」

「あいにく記憶喪失でね、知ってたかもしれないけど覚えちゃいないわ」

「だったら教えてやるぜ! 俺達は! 泣く子も黙るオークキング山賊団だ!」

「ゲヘヘ……これから二度と忘れられない名前になるだろうぜェ?」

「ごめん、聞いてなかったわ。アンタらの名前なんてどうだっていいし」


 クイナは上着のポケットから、拳を保護するための丈夫な手袋のようなものを取り出し、両手に装着していた。

 最後に右の拳と左手をバシッと合わせて大きな声を出す。


「全員叩きのめして、牢屋にぶち込んでやる!」



「おおお? やってるやってる」


 走ってきたルキが足を止めた。そこでは山賊団を相手にクイナが大暴れしている。

 拳や蹴りの一発で体の大きな山賊を何メートルも吹き飛ばしていた。


「あはは、凄いなぁ。自信あるみたいな事言ってただけはあるよ、クイナの奴」


 これならば自分が来る必要は無かったか。ルキは安心し、腕組みをして見守る。


「ハイ! ハイ! ハイ! よぉしこれで半分! おらぁ、とっとと残りも掛かって来い! ビビってんじゃねーわよ!」


 倒れた山賊の頭を踏みつけてクイナが声を出す。

 辺りには既にノックアウトされた山賊の体や武器が大量に転がっていた。


「お、おい……やべーぞあの女……」

「お頭だ! お頭呼んで来い」

「はっ、はいぃ!」


 下っ端である覆面の男が何処かへと走って行く……はずだったのだがすぐに足を止めた。


「ブヒヒヒ、おめーらてこずってるみてーだな?」

「おっ、お頭ぁ!」


 クイナの力を見て青ざめていた山賊達の表情が一斉に明るくなった。


「あれがお頭? モンスターじゃない……」


 歩いて近付いてきたのは二本足で歩く豚だった。

 口からは牙が伸びており大きな剣と盾を持っている。

 オークと呼ばれるモンスターだ。人並みの知能があり、力もある強敵である。


(ああ……オーク山賊団とか言ってたけどそういう事か)


 実は名前を覚えてあげていたクイナ、優しいね。


「ありゃあ流石に一人じゃしんどいんじゃない? 手伝うよ」

「ルキ、アンタいたんだ」


 いつの間にかクイナの隣にいたルキが、八重歯を見せてニヤッと笑いかけた。

 手には短剣を逆手に持っている。


「これで貸し一つだけどな~」

「好きにしたら? 一生返さないかもだけど」


 クイナも笑顔になり、二人でオークに向かって構える。


「ブヒヒヒ……髪が短い方の女は俺のものにしてやろう」


 ルキを見ていやらしい笑みを浮かべるオーク、涎がボタボタと地面に垂れている。


「ぎゃはは! アンタが気に入ったってさ!」

「……痴漢といいなんであたしは変なのにばっか好かれるんだ……」

「ブヒヒィ、行くぞぉ!」


 ドスンドスンと音を立ててオークが二人に接近してくる。

 そして剣を大きく振りかぶると、二人目掛けて振り下ろした!

 だが二人は難なくこれを回避する。オークの左右に回り反撃を行う。


「ハイィ!」

「ホイっと!」


 クイナの正拳とルキの斬撃がオークに命中、しかし分厚い脂肪によって大きなダメージにはならなかった。


「ブッヒィィィ!」


 オークは剣を構え、その場で一回転しながら横薙ぎを出す。

 左右に分かれた二人を同時に狙った。二人はこれも余裕を持って避ける。

 オークと二人の速度はまるで違っていた。

 ルキもクイナも共に速いのだが、その動きはまるで対照的だ。

 鍛えられた技によって、型や足運びを素早く行い、美しく立ち回るクイナに対して、ルキは恵まれた運動神経やバランス感覚を利用し、野生の動物のような動きをしている。


「ブヒ……ちょこまか動き回りやがって……」


 このままでは何時間追いかけまわしても、二人を捉える事は出来ないだろう。

 オークは剣と盾を放り投げると二人に向かって手のひらを突き出した。


「食らえ! 『魔術』、捕縛の鎖!」

「げっ!?」

「きゃっ、なによこれ!」


 オークの手のひらからは魔法陣のようなものが出現し、そこから伸びた鎖によって二人の体の自由は奪われた。


「ブヒヒ、俺様は魔術も扱うインテリなんだよ」

「流石お頭だぜェ!」

「うおおー! お頭が勝ったぁ!」


 離れて見ていた山賊達から歓声が上がる。


「ブヒヒヒ、さぁて……お楽しみタイムと行くかな?」


 息を荒くしながらオークが二人に近付いていく。


「ヒィ! 嫌だ! オークの玩具になんてなりたくないィ!」

「今日ほどモテなくて良かったと思った日は無いわ……ルキ、頑張ってね……」


 既に諦めているクイナと、泣いているルキにオークが近付いていく。

 そしてその舌がルキに触れようとした瞬間――サクッと音がして、オークの額から剣の先っちょが現れた。


『あっ……』


 ルキとクイナとオーク、それから遠くで見ていた山賊達全員が同じ言葉を発した。

 オークの後頭部に、やっと追いついてきたシェリィが剣を突き立てていたのだ。


「ブヒ……三人目が……いたのか……油断……した……」


 ドスゥンと音を立ててオークが倒れた。それと同時に鎖も消滅していく。


「ルキちゃん! クイナちゃん! 大丈夫!?」

「シェリィ~~~~~!」


 ルキは大泣きしながらシェリィに飛びつき泣き始めた。

 オークが敗れた事を理解した山賊達は既に逃げ出している。

 鎖から解放されたクイナはその場にへたり込んで深いため息をついた。


「ハァ~……結局何も帰っては来なかったか……」


 それどころかルキへの借金が出来てしまったのでした。



「ガツガツガツ……ぐぁふぐぁふ……じゅぼぼっじゅぼ……んぐ……店員さ~ん! 注文追加お願いしま~す」

「だぁから食いすぎだろ! もっと遠慮しろぉ!(そろそろ流石にヤバいぞ……シェリィの痴態ゴブリン編まで手放す事になるかも……)」

「ゴクゴク、ぷはぁ! だからこれから稼ぐのに協力するって言ってるじゃない。お腹減ってたら何もできないでしょ」


 夕飯と勝利祝いを兼ねて三人は食事に来ていた。安さがウリの大衆レストランだ。

 クイナがあまりにも食べるためにそれでも高くつく事にはなってしまいそうだが……


「でも驚いちゃった、クイナちゃん凄く強いんだね。悪い人達を一人であんなにやっつけちゃうなんて」

「もがもが……へもさいごふぁふぇりぃにたふへられひゃっひゃら(でも最後はシェリィに助けられちゃったな)」

「ホントホント! シェリィは命の恩人だよ~これで二回目だね!」

「気付かれちゃったら絶対に勝てないから、凄くドキドキしながら近付いたんだ。上手くいって良かった……」

「んがぐぐ……ゴクン、シェリィは戦う力もないのに来てくれたのね……やっぱり天使なんじゃない?」

「それがシェリィはね、記憶が戻ったらめっちゃくちゃ強くてカッコいいんだぞ? あんなオークなんかデコピンで倒せるんじゃないかな」

「なにそれ、やっぱ反則じゃん。あっ! 店員さーんその皿こっちこっち、ついでに注文追加で」

「まだ食うのかぁ!」

「私……本当にそんなに強かったのかなぁ……」


 全力で走っても、二人の半分程度の速度すら出ていなかったように感じる、自分が強かったなんてルキの勘違いではないだろうか? シェリィはそんな風に考えている。

 だがもし、もしも過去の自分が、ルキが言うように強くてカッコいい存在であったのなら、それはとても嬉しいなぁと、騒がしい二人を見ながらシェリィは思うのだった。



 

 










 



 





 



















 


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