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×18 ようやく見えた旅の終わり



 イカホの町から北。そこには広大な森が広がっている。

 森には妖精の城があるとされているが、彼女たちを見た者は少ない。

 妖精はあまり人間と関わろうとはせず、森に結界を張り、普通の人間では城に辿り着く事は出来ないからだ。



 現在その森に人影が五つ。シェリィ、ルキ、クイナ、メリル、エルクの五人だ。

 イカホでジュリアンテとえるくに別れを告げ、妖精族の生き残りを探して旅を再開した。


「なんだか怖いね……ここ」


 不安そうにメリルが呟く。高い木々によって陽の光は遮られ、昼間とは思えない程辺りは薄暗い。

 虫や動物の姿は一切見えず、時折徘徊するモンスターと出くわすのみ。

 これのどこが妖精の森なのだろう。魔の森とでも言った方が余程しっくりくる。


「暗ったいうえにモンスターしかいないからなー」


 ゾンビのようなモンスターに止めを刺しながら、ルキが言った。


「どれも人間型なのが嫌な感じよね……」


 止めを刺され、うめき声をあげるゾンビを見ながら、クイナは不愉快そうな顔をする。


「……恐らく、妖精がいなくなっている事と何か関係があるのでしょう」


 動かなくなったゾンビを見て、仕込み杖を収めたエルク。

 各々が感じているのは、ここにいるモンスターに対する違和。

 現れるのは獣型や虫型ではなく人型ばかり、どう見ても元々森に生息していたものでは無い。


「あった! これだ」


 歩き出したエルクが声をあげた。ひと際太く高い木に近付き、他の四人へ振り返る。


「以前来た時にわたくしが付けた目印です。ここからあちらへ向かえば妖精族の城があります。こちらならば妖精族の牢獄へ」


 木には魔力で焼き付けられた矢印が二本。


「城には誰も居ませんが……一応、行ってみますか?」


 エルクの問いに誰も答えようとはしない。気まずそうな顔で黙るばかりだ。


「……そうですよね。牢獄へ向かいましょう」


 案内するように先頭を歩き出したエルク。

 皆付いて行くのだが、少し歩いたところでシェリィだけが足を止め、倒れたゾンビへと振り返った。


「シェリィ? どうしたの?」


 ルキが気付き、自らも足を止め声を掛ける。


「ここのモンスター、様子がおかしいの。なんだか私をじっと見ているような気がして……」


 動かなくなったゾンビを見つめながらシェリィは言う。不安そうに。


「あはは、気のせいだよそんなの! 特別シェリィだけが狙われてたわけじゃないし。怖がることないって」

「うん……そうだね。ごめんね、変な事言って」


 笑顔を作って、再び歩き出した。



 エルクの案内で森を抜け、しばらく荒れ地を歩く。

 すると、石で造られた遺跡のような建物が見えてきた。


「あれです。妖精族が使っていた牢獄です」


 駆け足になるエルク。釣られて四人も走り出した。


「牢獄ってこんなに小さいんだ」


 入り口付近に着いたシェリィが壁に手を置きながら言う。

 牢獄は家一軒程の大きさだ。


「ここはあくまで入り口。牢そのものは地下にあるようです。見たことはありませんが……」


 扉などがなく、開かれた入り口からエルクが入って行く。四人もすぐに後を追った。



 遺跡の中はシンプルな広い部屋になっていた。天井は壊れてしまっていて青い空が見えている。

 特に目に付くような物などは置かれていないのだが、部屋の中央の床には、ぽっかりと穴が開いていた。

 人間一人くらいならば余裕で入れそうな大きな穴だ。中は真っ暗で、奥底を窺い知ることは難しい。


「この下が罪人の牢獄になっているようです」


 穴に近付いたエルクがそう言った。


「エルクちゃん、あまり近付くと危ないよ?」

「平気です、シェリィさん。封印はここに施されているんです。ホラ、見てください」


 エルクが穴に足を入れた。しかし落ちてはいない。見えない蓋のようなものに足が乗っている。


「……これは物理的な衝撃も魔力も吸収するタイプの結界だね。それが何重にも張り巡らされてる……一つ解除するくらいなら出来なくはないけど、これだけの量になると何年もかかっちゃうかなぁ」


 穴の封印に手を置いて説明するメリル。


「時間をかければ解けるのですか? そういえばメリルさんも封印術や結界術を使いますよね」

「うん、こういう術は呼び方や見た目は違っても、基本的には同じ体系のものだからね。源流は魔族が扱う魔術らしいんだけど……」

「あー、ハイハイ! 長くなりそうだからその辺にしときましょ! ここを突破するのにこれがいるのよね?」


 クイナが取り出したのは解呪の石だ。これを得るためにランジールで大変な苦労をした。


「その通りです、クイナさん。解呪の石を穴に放り込んでみてください」


 そう言ってエルクとメリルは穴から離れた。そしてクイナが穴に石を投げ込む。すると……

 重く、鈍い音を立てながら、石がゆっくりと穴に沈んでいく。深く、深く沈んでいき、遂には見えなくなってしまった。


「これで……封印が解けたのかな?」


 シェリィが穴に近付き中に手を入れる。すると何かにつっかえる事も無く、穴の下に手を伸ばすことが出来た。


「成功ですね! これで妖精族の罪人に会うことが出来ます!」

「はー、良かった。これで苦労した甲斐もあったってもんね!」

「でもさー、この穴どうやって入るの? 落っこちたらケガしちゃわない?」

「どれくらい深いのかなぁ? 梯子か何か持ってこなきゃダメかな」

「少し確かめてみますか」


 エルクはその辺に落ちていた石を拾って穴に投げ込んだ。石は深い闇へと吸い込まれていく。


「……ルキさん、石が地面に落ちた音は聞こえませんか?」

「うんにゃ」


 首を横に振ったルキ。彼女に聞こえないのならば、他のメンバーに聞いても無駄だろう。


「これ……相当深いって事だよね……」


 顎に手を当てて考え込むシェリィ。思いもよらぬところで詰まってしまった。

 どうしたものかと、全員で考え込む。う~ん。


「風船を付けたメリルが先に降りて、印を張って戻って来ればいいんじゃないかしら?」

「クイナちゃん、わたし風船に命を預けたくない……」

「閃いたー! 中に水をうんと流し込んでやれば罪人が浮かんでくるんじゃない?」

「死んじゃうかもしれないし、生き残っても私たちと口きいてもらえなくなるんじゃないかな」

「ジュリアンテならば都合の良い魔道具を持っているかもしれませんが……まだイカホにいるかは微妙なところですね」


 ああでもない、こうでもないと話し合う五人。

 しばらくそうしていると、ルキが何かに気付いた。


「んー? 穴の中からなんか聞こえるな……」


 ルキの言葉を聞いて、皆が黙る。


「確かに聞こえますね。これは……」


 何かが高速で飛行しているような、そんな風切り音。


「穴から離れなさい! どんどん上がってきてるわよ!」


 クイナの大声に反応して、咄嗟に穴から距離を取る。

 直後、凄い勢いで何かが飛び出してきた。


「あれが……妖精……」


 上を向いて、シェリィは呟いた。

 見た目は人間とそう変わらない。ルキと同じくらいの体格の小柄な少女。

 ショートカットにした紫色の髪に、ヘアピンのような物を付けておでこを出していた。

 唯一違うのは、背中。まるで蝶のような美しい羽が生えている。

 それをパタパタと動かしながら空中に浮いていた。


「……誰だ」


 妖精が口を開く。とても不機嫌そうな顔と声。


「え?」

「この石を投げ込んだのは誰だぁー!」


 妖精は手に持っていた石をガンと床に叩きつけた。頭には大きなたんこぶが出来ている。


「あっ、エルクが投げ込んだ石だー」


 余計な事を! という顔でルキを見たエルク。


「エルクってのはどいつだ?」


 空中をふわ~っと移動しながらメリルの前まで来た。眉間にしわを寄せてガンを飛ばす。


「ヒィ!?」


 涙目で顔を左右にぶんぶん振るメリル。

 その反応を見て違うと分かったのか、次はエルクの前までやってくる。

 地面に降りて目線を合わせた。


「あ、あの。申し訳ありませ――」

「テメーかぁああああああ!」


 手を振り上げた妖精。その指には魔導輪が。


「ファイアーボール!」


 掲げた手の平に、握りこぶし程の火球が生み出される。しかし――

 エルクの反応は速かった。

 一瞬で飛び上がり仕込み杖を抜く、そして火球を真っ二つに切り裂いて着地。


「あ……?」


 あっという間の出来事に固まる妖精。

 その首元には、既に後ろに回ったルキによって短剣が突きつけられている。


「申し訳ありません、妖精さん。あの石は確かにわたくしが投げ込んだ物です。謝りますし、多少殴られるくらいなら構わないのですが、魔法は勘弁していただけませんか?」


 そう言ってエルクは仕込み杖を収めた。


「あなたが悪い人だという事は知っています! この建物に結界を張りました! これで逃げる事は出来ませんよ!」


 両手を地面につけたメリルが声を張る。


「……分かったよ。抵抗はしない」


 観念したように手を下ろした妖精、魔導輪を指から外して放り投げた。

 興奮状態だったさっきまでとは打って変わって冷静な態度。とても切り替えが早い。

 その様子を見て、ルキも短剣をしまい離れる。


「あの、私たちはあなたと争いに来たわけじゃないんです。聞きたいことがあって……」


 一歩近づいて話し掛けたシェリィ。


「聞きたいことか……丁度いい。こっちも気になる事がいくつかある。情報交換といかないか?」


 妖精は腕組みをして返事をした。


「気になる事ですか?」

「ああ、時期的にそろそろ復活したはずの魔王がどうなったのかって事と……あんたが聖王の腕輪を持ってる理由について。腕輪は既に『反転』してるみたいだから記憶がないんだろ? そこについては仲間の方に聞きたい」


 その言葉に少し驚く五人。腕輪の話を先に出されるとは思っていなかった。


「私の名はオウカ、魔道具技師だ。ここにぶち込まれてもう百年近くになる。とにかく今は……外の情報が欲しい」


 オウカはそう言ってシェリィに手を差し出し、握手を求めた――




「まさか五人そろって記憶喪失とはな……」


 オウカはあぐらをかいた状態で浮かびながら、手を額にあてて渋い顔をする。

 場所はイカホの町にある宿。先日までジュリアンテたちと共に泊まっていた部屋だ。


「城がもぬけの殻では連中に聞く事も出来んしな」


 空中で逆さになって考え込むオウカ。器用な事をする。


「あの、わたくしたちの記憶が戻れば、腕輪がどうしてここにあるのかくらいは分かるのではないでしょうか?」


 畳に正座したエルクが控えめに提案した。


「それならば何となくわかる。レイカ……妖精族の長だ。奴が魔王討伐のために君たちに託したのだろう。問題は魔王の方だな」

「魔王なら倒されたんじゃないかって噂になってるわよ? アタシたちがボコボコにしちゃったのよ。きっと」


 クイナが得意げに言う。


「それは無い」

「んがっ」


 スパッと鼻っ柱を折られた。


「君たちが強いのは分かるが魔王を舐めすぎだ。聖王の腕輪で退魔の力を得たとしても……側近クラスを五人がかりでやれるかどうか……といったところだろう」


 記憶喪失というリスクを払ったうえでな、とオウカは付け加える。


「言い切りますね。何故そんなことが分かるんです?」


 少しむっとした表情でエルクが問う。


「……魔王は過去に二度、この世に現れている。千年前と五百年前だ」


 浮いた状態のまますーっとエルクに近付き、説明を始めたオウカ。


「千年前は聖王アレスによって倒された。だが、五百年前に奴は復活した。その時に魔王に立ち向かったのが――」

「勇者アニタ……」


 呟くように、シェリィが割り込んだ。


「その通り。人でありながら闇の力を操った魔人、アニタ。体を自由自在に変化、強化、再生させ大剣の一振りで大地をも割る。人間たちの間では勇者などと呼ばれているが、あれは魔王に次ぐ化け物だ」


 まるで見てきたかのようにオウカは語る。


「だがそんなアニタでも、単独で魔王を滅ぼす事は出来なかった。仲間がいたのさ。当時世界中から最も強い人間五人を集め、アニタに協力させたんだ」

「五人……もしかして……」


 何かに気付いたように自らの腕輪を握るメリル。


「察しが良いな。そう、当時妖精族はその五人に聖王の腕輪を与え、アニタと共に戦うよう命じた。それでも魔王との決戦で三人が死亡している。魔王とはそれほどまでの存在だぞ?」


 そこまで言われ、エルクも納得したような表情を見せた。確かにとても敵う相手ではない。


「随分詳しいのね。やっぱ妖精の間ではそういう話もしっかり残ってるのかしら?」

「いいや、記録ならとっくの昔に抹消されているよ。あの馬鹿どもは魔に近いアニタを嫌悪していたからな。今話した事は、当時まだ若かった私が直接体験したものさ」

「げー!? アンタいくつなの? すっげーババアじゃん――あだっ!?」

「目上の者に対してババアとはなんだババアとは!」


 頭にチョップを食らいガミガミと説教されるクイナ。口は災いの元。


「魔王については何となく分かりました。今度は腕輪の事について教えて欲しいんです。外す方法についても……」


 シェリィがオウカに尋ねる。魔王の事など本音ではどうでも良かった。

 彼女たちにとって一番大切な事は自分たちの記憶だ。


「それは聖王アレスが自らの聖なる力を封じたものだ。元はアレスが神龍と呼ばれる存在から授かった力だというが、真偽は分からん。私が生まれる前の話だからな」

「やっぱり……アレス様の持ち物だったんだ」


 腕輪を見つめて微笑むメリル。


「だが悪用防止のために仕掛けを作った。力を使いすぎると腕輪は反転する。聖なる力を失い、持ち主の過去を奪う。今の君たちの状態だ」

「外す方法は……無いんですか?」

「これは持ち主が死ぬ事で再び反転を起こす。再度力が使えるようになり、自由に取り外しが可能となる」


 死ぬ、それこそが条件。あっさりと突き付けられた現実に五人は言葉を失った。


「そう暗くなるな、方法ならある」


 シェリィたちを安心させるように、オウカは優しく言った。


「本当に死ぬ必要は無い。腕輪に死んだと判断されればいいんだ。仮死状態を作ればいい。実際にアニタの仲間はこれで腕輪を生きたまま外している」

「よっしゃー! 半殺しって事ね? みんな! 死なない程度に殴り合うわよ――んがっ!?」

「やめとけアホ娘」


 再びクイナにチョップしたオウカ。脳天への一撃。


「そんなやり方では腕輪は騙せん」

「だったらどうすりゃいいってのよ?」

「『世界樹の花』を使う」

「……世界樹?」

「平たく言えば馬鹿デカイ木だ。全ての生命は世界樹から生まれたという伝説もある」

「世界樹ユグドラシル……アレス教の教義にも出てくるよ。まさか実在してたなんて……」

「世界樹は生と死を司る力を持っている……らしい。樹上の葉を食えばどんな怪我や病気も治すと言われ、反対に根元の花を口にすればたちまち命を奪われてしまう」

「その花を食えばいいってことね!」


 ウインクしながら元気よく言ったクイナ。しかしまたチョップを食らう。


「んががっ!?」

「絶対にやめろアホ娘。本当に死ぬぞ? 間違えても直接口に入れる事だけはするんじゃない。仮死状態を作るのなら、湯に浸してからそれを少し飲めば十分だ」

「要は……世界樹の花でお茶を作れば良いって事ですか?」


 涙目のクイナの頭をさすりながら、シェリィが聞いた。


「そういう事だな。これは五百年前に一度成功している。このやり方で問題はないはずだ」


 オウカは自信ありげにニッと笑った。


「で、だ。一番肝心な話だけどさー。その世界樹ってどこにあんの?」


 畳に座って足をぱたぱたさせながら聞いたルキ。長時間人の話を聞いているのは苦手なようだ。飽きてきている。


「あそこだ。あそこ」


 投げやりに上を指差すオウカ。


「まさか!? この宿の天井?」

「そうそうこの宿に伝説の世界樹が生えて――ってんなワケあるか!」


 意外とノリが良い奴だ。


「空だよ。どうやったのかは知らんが遥か昔に島ごと世界樹を浮かせちまったらしい。島は今でも雲の上を彷徨ってるはずだ」

「そんなトコにどうやって行くのさー?」

「私たちが住んでいた森に古代人の遺跡がある。そこには浮遊島に移動する手段があるそうだ。アニタの仲間はそこから世界樹に向かい、花を取って来た」

「オウカ、アンタは行ったこと無いの?」


 クイナが割り込んだ。


「あそこは世界樹を守るために古代人が作った罠だらけの遺跡だからな……オマケに妖精族の掟で入る事も人を入れる事も禁止されている。くだらん掟だが当時は守らざるをえなかった。アニタの仲間が入る事を許可されたのは、魔王を倒した功績が認められたからだ」

「オウカさん、遺跡の場所は分かりますか?」


 きちんと手をあげて質問するエルク。育ちが良いのが分かる。


「もちろん知っている。君たちにはあそこから出してもらった恩があるからな。案内くらいはしてやるよ」


 明るく答えたオウカ。その言葉を聞いて安心する五人。

 古代人の遺跡を突破し、世界樹の花を手に入れる。それで……五人の記憶は戻る。

 旅の終わりが、ようやく見えた。




 そして……夜。


「シェリィか。眠れないのか?」


 宿の外。木彫りのベンチに座り。星を見ていたシェリィ。

 温泉に入って、戻って来たオウカが足を止めた。

 羽は折りたたんで浴衣の中に隠している。


「もう少しで、この旅が終わります。そう考えると、なんだか心がざわついて」

「……怖いのか?」


 オウカにそう聞かれ、何故? と一瞬思ったが口には出さなかった。

 恐らく自分はそんな表情をしていたのだろうと、すぐに思い至ったからだ。


「わかりません……何もわからないんです。過去の事も、自分の事も」


 分からない。何も分からないからこそ突き進んできた。

 本当に記憶が戻るかもしれないと分かった時、シェリィの胸には大きな期待と不安が同時に襲い掛かっていた。

 不安の理由は……自分でも分からない。


「記憶を取り戻せるのは嬉しいんです。でも、何故かそれを考えると……」


 胸を押さえ、俯くシェリィ。それを見たオウカはゆっくりと近付き、隣に座った。


「ふむ……人格が分離してしまっているのかもしれんな」

「……え?」

「これは私の憶測だが……記憶を失う前と後で、置かれた環境があまりにも違うのではないかな。人格というのはそれまでの経験や体験によって形成されるものだ。私たちの性格というのは、生まれつき定まっているものでは無いのだよ」


 オウカは安心させるように、シェリィの背中をさすりながら話す。


「今の君と以前の君が、まるで別の人間のようになってしまっていても不思議ではないんだ。ある種の……二重人格のようなものかな。もしそうなのだとすれば、矛盾した感情にも説明がつくだろ? 君は過去を知りたいが、本来の君はそれに恐怖している」

「そう……かもしれません」


 なんだか以前、そんな夢を見たような気がした。詳しくは思い出せないが、もう一人の自分と会う夢を。


「……あいつらの事は好きか?」


 優しい声音でオウカは尋ねた。


「はい、もちろん」

「ハハ、こっちは自信満々に答えるんだな。ならばそれを柱にして生きてみればいいんじゃないか?」

「柱……ですか?」

「その気持ちに矛盾がないのならば、それはきっと二人の君に共通した感情なのさ。ならばこれから先どうなろうと、それが変わってしまう事はないはずだ。たとえ何があろうと、あいつらへの気持ちと『思い出は残り続ける』」

「何があっても……思い出は……残る……」


 その言葉を呟き、心の中で繰り返す。


「しっかりしろ若者! 魔王がどうなったか分からない以上、いざという時に頼れるのは君たちなんだぞ!」


 ポンとシェリィの背中を叩いて、満面の笑みを見せるオウカ。そして鼻歌を歌いながら宿の中へと入って行った。

 一人に戻り、再び夜空を見上げるシェリィ。

 その横顔に、不安の色は既になかった。

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