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×16 温泉で癒されよう! 前編



「えるくー! お手!」

「はい」

「えるくー! 伏せ!」

「はい」

「えるくー! チンチン!」

「は――」

「やめろォオオオオオオオオオ!」


 乗客用の船室で偽エルク(以下えるく表記)と戯れるルキ。

 微笑ましく思えるかもしれないが、バニーガールの恰好をした真顔の少女を犬のように扱っている光景はかなり異様だ。


「はぁー! はぁー! (隙あらば殺す隙あらば殺す隙あらば殺す……)」


 肩で大きく呼吸しているのは本物の方。

 怒りでこめかみに血管が浮き出ている。この若さだが血圧が心配になる。


「なんだおりじなる。いまるきとあそんでいたのだ。じゃまをするな」

「黙れ! わたくしと同じ顔で喋るな! まともな服を着ろ!」

「……しぇりぃ、おりじなるがいじめる……わたくしはいてはいけないのか?」

「そんなことないよ、えるくちゃん」


 まるで母親のように愛情を持ってえるくを抱きしめるシェリィ。


「これが愛か……美しいものだなぁ? エルクよ……」


 感動の涙を流しているのは魔女ジュリアンテ。えるくを作った張本人だ。

 どちらかと言えば彼女が母親のようなものなのだが……


「クーッ! ウ-ッ!」


 真っ赤な顔で地団駄を踏むエルク。怒りのやり場が床くらいしかない。


「どうどう……」


 そんなエルクの背中をさすりメリルがなだめる。天使のように優しい女の子だ。


「うう……メリルさぁん(ぶわっ)」


 あっ、泣いちゃった。



 時刻は昼過ぎ、彼女たちは船に乗り、イカホの町を目指している。

 到着にはまだ時間が掛かるためとても暇である。


「だからって、こんなにぞろぞろついてこなくてもいいんじゃないかしら……」


 体を動かしてくると言ったクイナに、ジュリアンテ、えるく、メリルがついてきた。

 現在四人は甲板で話をしている。


「私たちがこれ以上エルクと一緒にいたら、あの子の精神が持たないのではと思ってな?」

「へー、意外と優しいとこあんのね。ビックリだわ」

「君たちもそうだが、あの子は大切な部下候補だからな? 何かあったら私が困るということだ」

「ぎゃはは! 褒めて損したわ」

「ますたーやしぇりぃやめりるにまでしんぱいをかけて……ほんとうになさけないおりじなるだ。すまないな、みんな」

「えるくちゃん、本人の前でそれ言っちゃ駄目だよ? 本当に血管が切れちゃう……」

「メリルはなんで来たのよ? エルクについててやれば良かったのに」

「シェリィさんがいれば十分かなって……それに、もしものことがあったらクイナちゃん一人じゃ大変だよ」

「……まぁ、悔しいけどそうかしらね」


 ジュリアンテとえるくを交互に見た。

 いくらクイナでも、彼女たちを同時に相手取るのは不可能だろう。


「くいな、くんれんをするのならわたくしがつきあってやる」


 そう言ってさっと拳を構える。


「お? いいわねそれ」


 ニヤッと笑いクイナも構えた。エルクとは一度手合せしてみたいと思っていた。

 こっちは偽物だけど。


「ちょ、ちょっとクイナちゃん! えるくちゃんも駄目だよこんなところで!」

「あんしんしろめりる。まほうはつかわない」

「アタシも全力で暴れたりはしないわよ」

「えー……大丈夫かなぁ……ちょっとの怪我くらいなら治せるけど」


 心配しつつも二人から離れるメリル。


「……クイナ。悪い事は言わんぞ? やめておけ」


 腕組みをしてジュリアンテが言った。珍しく真面目な様子だ。


「なによ、アンタまで」

「これは君のために言っている。えるくは――」

「本物と同じくらい強いってんでしょ? だからこそ面白いのよ!」


 シュッとえるくに近寄るクイナ。不安定な船上でも動きのキレは変わらない。


「先手いただき!」


 自慢の鉄拳をえるくの顔面に叩きこんだ! のだが……

 ガン! と嫌な音がして、クイナの動きが止まる。


「い……いったぁああああああああああああああああい!」


 真っ赤に腫れてしまった拳をさすりながら転げ回る。ちょっと泣いてる。


「えるくは魔導ゴーレムだ。体は堅いし力はゴリラ並み。加えてオリジナルに匹敵する動きと魔法を持つ。はっきり言って私も勝てんぞ? 素手で戦うなど自殺行為だ」

「先に言いなさいよぉ……メリルぅ……治してぇ……」


 泣きながらメリルにすがりつくクイナ。


「先に言ったんだがなぁ」

「ふ……わたくしはすでにおりじなるよりもつよい」


 えるくはドヤ顔でピース。多分最強だと思うこの子。



 一方、クイナたちがいなくなった船室には重い空気が流れていた。


「あの偽物は今もあんな恰好で何処かをうろついているんだ……わたくしと同じ顔で……」


 部屋の隅で膝を抱えて座っているエルク。生気の抜けた顔でぶつぶつと呟いている。


「……ルキちゃん。なんて言ってあげたらいいと思う?」


 エルクに聞こえないよう、口元に手を当て、小さな声で相談するシェリィ。


「あたしもこれはちょっと……」


 ルキも困り顔。かける言葉が見つからない。


「あ、あのね。エルクちゃん……前向きに考えてみよ? 妹が出来たと思えばいいんだよ」

「……妹ですか」

「そ、そうだよ! 自分とそっくりな妹とか羨ましいなー、あははー」

「妹……本当に妹ならどれだけ良かったか……それならば教育する事も出来たのに……」


 エルクの瞳がうるうるし始める。これはダメそう。


(シェリィ、話題を変えよう。この作戦は失敗だ……!)

(何か手は無いの……? なにか……)


 目で意思疎通を図るルキとシェリィ。


「……ん? あれ、エルク……」


 その時ルキが何かに気付いた。


「その座り方…………パンツ見えてるよ?」


 表情は変えずにささっと正座に変わる。落ち込んでいても羞恥心は変わらないようだ。




 なんだかんだで賑やかに船旅を楽しみ(?)、シェリィたちはイカホの港に到着した。

 港から観光客用の馬車に乗って温泉街へと向かっている。


「……というのがジパングの温泉文化である。このイカホの町は、ジパングの天然温泉を出来る限り再現する事を目的としており、町の名前もジパングの有名な――」


 港で貰った観光案内の小冊子を音読するルキ。なかなかいい声でハキハキと読み上げている。


「……など、様々な泉質をお楽しみください。だってー!」


 わくわくした様子で小冊子をぱたんと閉じた。


「よし! まずはその温泉パスとやらを買うわよ! その値段で三日間町の温泉入り放題は安いわ!」

「わたし閻魔の湯にはいりた~い!」

「その前に宿だな? それと食事だ。ルキ、うまそうな飯屋は載っていないか? 酒もあると尚良い」

「おっけー! 酒が飲めるとこだなー? どれどれ……」

「すまないな、るき。ごくろーごくろー」


 キャピキャピわいわいと盛り上がる一同。

 こうして計画を立てている時が、一番楽しかったりするものだ。


「あの……少しよろしいですか?」


 エルクが手をあげて立ち上がる。


「どうした、エルクよ。おしっこか? 仕方ないなぁ……いいよ?」

「黙れ! ……あの、いつまでジュリアンテたちといるのですか?」


 そう言ってシェリィの方を見る。


「えっ、わ、私? いつまでと言われても……」


 なんだか流れで一緒に来てしまっていた。ルキやクイナは既に仲間のように接している。


「目的地が同じなんだから別にいいだろう? イカホから先にまで付いて行く気はないから安心しろ。君たちがどこを目指しているのかも知らんしな?」

「そういうことだ。かたいことをいうな、おりじなる。これでもくえ」

「もがっ!? もぐもぐ……」

「あっ! ズルい! えるく、何食わせたんだー? あたしにもくれ」

「がらがらくんのはいぱーはばねろあじだ。じごくがみえるぞ? るきもくうか?」

「ぶふー!? ああああ辛い辛い辛い……」

「やっぱ……いらね……」



 温泉街に着いたシェリィたち。馬車から降り、宿を探し歩く。時刻はもう夕方だ。


「なんだか……独特な雰囲気の町だね」


 感心したように、辺りを見回しながら歩くシェリィ。


「ここはジパングの町をモデルにしてるらしいからねー」


 自身も珍しそうにきょろきょろしているルキが答えた。

 イカホは観光地なだけあって、宿屋や飲食店、土産屋に温泉施設がずらりと並ぶ。

 建物は全て和を感じさせる造りになっており、町の至る所に提灯が下げられていた。


「この町……少しだけお寺の雰囲気に似てるから、安心するなぁ」


 夕日に照らされる町を見て、メリルは息をつく。


「お! あそこにあるの宿屋じゃないかしら? 行ってみましょ!」

「あ、まてくいな。ぬけがけはゆるさん」


 二階建ての宿を見つけ、走り出したクイナをえるくが追いかける。

 二人は一足早く宿の前まで来るが、入り口付近で立ち止まってしまった。


「う~ん? 変わった扉ね……」

「ああ、これは引き戸というんですよ。クイナさん」


 追いついてきたエルクが入り口の戸に手を掛ける。そして横にがらっとスライドさせて開いた。


「あ、ナルホド。こうやって開くのね~」

「やるな、おりじなる。さては、じぱんぐまにあだな?」

「ま、まぁ好きですけどね……ジパングは」


 照れくさそうに頷くエルク。そういえば刀も好きだったね。


「うむ、エルクのジパング愛は相当なものだぞ? 以前質問したら早口でずっと喋っていたからな。この町の事もエルクに教えてもらったのだ」

「ジュリアンテ! よ、余計な事を言うな!」


 顔を赤くして怒るエルクを見て、その場にいた皆が笑顔になった。



 宿の中へと入り部屋を取る。団体客という事で、二階の大広間をそのまま貸してもらえることになった。


「うわ、ひっろー! 十人以上いても眠れそうだなー」


 真っ先に階段を駆け上がり、(ふすま)を開けたルキ。

 畳の匂いが疲れた体を迎えてくれた。部屋に入り、そのままごろんと寝転がる。


「あー……こりゃあ落ち着くぜ……」


 眠りそうになるのを必死で堪える。この後は全員で食事を摂ってから念願の温泉だ。

 寝ている場合ではない。

 畳に這いつくばってうとうとしていると、ぎし、ぎし、と音を立て、誰かが階段を上ってくる。


「ルキ、話の途中で先に行っちゃ駄目じゃない。アンタの分の温泉パスと部屋着持ってきてやったわよ」


 やって来たのはクイナだ。広間に入り、ルキの分の浴衣とパスを畳に置く。

 ルキは上半身を起こし、サンキュー、と礼を言った。


「ひっろいわねー! 十人以上いても寝られるんじゃない?」


 二人そろって同じようなことを言う。考え方が似ているのかもしれない。


「あ! 二人とも、靴を脱いでください。ここは土足厳禁です」


 階段と部屋の間の廊下。そこからエルクが声を掛けて来た。慌てて靴を脱ぐ二人。


「素晴らしい部屋だな? 気に入ったぞ。ここを私の家にしよう」

「ジュリアンテさん、塔みたいに占拠しちゃ駄目ですよ。エルクちゃん、靴はここで脱げばいいのかな?」

「わぁ~、畳の良い匂いがするねぇ~」

「おりじなる、このゆかたというのはどうやってきる? おしえろ」


 残りのメンバーもぞろぞろと入って来る。一気に室内が騒がしくなった。


「はい、靴はそこで大丈夫ですよ。こら、偽物! 後で教えるからスカートを引っ張るな!」


 ルキは靴を揃えた後で懐に手を入れる。大事な何かがある事をしっかりと確認した。

 そして楽しそうに着替える全員を見て、バレないように、小さく笑った……






 


 



 


 




 



 

 

 


 

 



 









 


 




 




























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