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×15 新たな旅立ち、温泉……ではなく妖精を探して



 ランジールの宿屋、入り口の扉を開き、中からメリルが現れる。

 少し外に出たところで立ち止まり、ん~っと大きく伸びをして深呼吸。

 時刻は早朝。ひんやりとした、澄んだ空気が彼女を出迎えてくれる。

 普段は騒がしい宿前の大通りも、この時間ならば人はほとんどいない。

 メリルは上機嫌に道の真ん中を歩き始めた。朝の散歩である。


「あらら?」


 散歩の途中、道端で一匹の猫を見つけた。元気がなく、足を引きずって歩いている。

 怪我をしているようだ。


「大丈夫だよ~、怖くないよ~」


 笑顔を見せ、ゆっくりと近付いていく。そして拾い上げ、手を触れて怪我を治してあげた。


「はい、もういいよ」


 離してやると、猫は元気よく走り出す。

 少し離れた所で立ち止まり、振り返る。

 しばしメリルを見つめた後で再び走り出し、去って行った。


「怪我……か……」


 去って行く猫を見ながら呟いた。思い浮かべていたのは……シェリィのこと。

 ジュリアンテを倒した後、気絶したルキと見張り役のクイナを残し、メリルはシェリィを迎えに橋へ転移した。

 そこで目にしたのは、虚空を見つめ、茫然と立ち尽くすエルクと、体中傷だらけで、腹に風穴を開け、意識を失っているシェリィの姿。

 咄嗟に術でエルクを拘束し、シェリィに駆け寄るも、一目で分かってしまった。

 これは致命傷だ、と。

 メリルの回復術も万能ではない。

 仮に手足が千切れ飛んでしまえば元に戻す事は出来ないし、腹に槍であけられた風穴など、そう簡単に塞ぐことは出来ない。

 シェリィの傷は深く、血も流しすぎている。

 涙を流し、叫び声をあげながらも、メリルは癒しの力をシェリィに使う。

 だが、もう間に合わないと、頭の中では分かってしまっていた。しかし……

 ビクン、とシェリィの体が反応する。直後に体中の傷が、黒い煙を吐き出しながら塞がりはじめる。

 何が起こっているのか分からず、黙ってその現象を見つめるメリル。

 最後には腹の傷まで綺麗に塞がり、シェリィは静かな寝息を立て始めた。


(あれは……なんだったのかなぁ……)


 その時の事を思い出しながら、ぼーっと歩くメリル。

 目を覚ました後のシェリィに、それを問いただす事はしなかった。

 メリルのおかげで助かったと、本気で信じているようだったシェリィに、その事を伝えてしまえば、なにか大切なものが壊れてしまうような、漠然とした不安を感じたからだ。



 付近をぐるっと周り、再び宿へと戻って来たメリル。そろそろみんなが起きてくる頃だ。

 今日は妖精族の生き残りを探しに、ランジールから旅立つ日である。

 と言っても、夜になればメリルの転移で宿に戻るのだが。


「あ、メリルちゃん」

「シェリィさん……」


 宿の前にいたのはシェリィ、ずっと彼女の事を考えていたので、なんだか気まずくなってしまう。


「起きたらいなくなってたから心配しちゃった。お散歩?」


 優しく微笑んでメリルへと声を掛けた。


「うん、わたしね。朝の空気が大好きなんだ!」


 シェリィの笑顔を見た途端に、暗い気持ちは吹き飛んでしまった。

 自分の心配をして、探しに来てくれたことがとても嬉しい。


「そうなんだ、確かに気持ちいいな……」


 そう言って朝日を見上げるシェリィ。

 長い黒髪が風になびき、透き通るような白い肌がメリルの目を奪う。

 この世のものとは思えない程の美しさ。


「やっぱり……綺麗だなぁ……」


 思わずそう呟いていたメリル。同性であるにも関わらずドキドキしてしまう。


「ふぅ、そろそろルキちゃんたちの着替えも終わったかな。戻ってみんなでごはんにしよ?」

「あっ……はい」


 見惚れてしまっていた事に気付いて、だんだん恥ずかしくなってくる。


(これに加えて……何かあると命懸けで助けに来てくれるんだから、この人はズルい……)


 宿に戻って行くシェリィの後姿を見ながら、そんなことを考えていた。

 ちょっぴりだけ頬を染めて。



「朝ごはんは何にしようか。ここの食堂も飽きたよね?」

「あ、それならわたし行きたいお店あるんだ~。昨日行った武器屋さんの近くなんだけど……」

「フフ……じゃあルキちゃんたちとも相談しなきゃだね」


 ずらっと並んだ扉を横目に見ながら、宿の廊下を歩くシェリィとメリル。

 すれ違う他の客がいちいち二人の方を振り返る。

 とびっきりの容姿を持つ彼女たちが、談笑しながら歩く様は、まるで物語の一場面のよう。


「……なんだか騒がしいね」


 自分たちの部屋の前に来たところで足を止めた。中からはドタバタと物音が聞こえてきている。

 中に残っている面子的に考えて、なんとなく予想はつくものの、少し扉を開け、二人で覗いてみた。


「食らえルキ! 一球入魂! 必殺枕弾!」


 振りかぶって枕をぶん投げるクイナ。着替えの途中だったのか下着姿だ。


「なんの!」


 飛び上がって枕をキャッチしたルキ。

 空中で一回転して勢いを殺し華麗に着地。

 そして再び飛び上がって投げ返す。こちらも下着姿で。


「やめてください二人とも! 他のお客さんの迷惑に――ふぎゃっ!? ……………………いい加減にしろォォォォォ! (バチィッ)」


 両手に枕を掴んでエルクが参戦、もちろん下着姿で。


「あはは、エルクがキレたー!」

「ぎゃははは! なかなかやるわねアンタら! まとめて相手んなってやるわ!」


 そっと扉を閉めたシェリィ、無言でメリルと見つめ合う。


「……みんなの着替え、まだ時間かかりそうだし、先に二人で食べに行こうか」

「うんうん! 行こうよシェリィさん!」


 今度は宿の外へ向かい、二人で談笑しながら歩き出す。出発まではまだ時間がかかりそうだ。




「シェリィさん、メリルさん。お待たせしてしまって申し訳ありません」


 宿から出てきたエルクが謝る。ルキとクイナも一緒だ。


「気にしないでいいよ~、おかげでシェリィさんとゆっくりカフェに行けたし」

「なぬー!? あたしはなんであんなアホなことを……(ガックシ)」

「はぁ……朝から体力使って疲れたわ……(いいなぁ、メリル……)」

「さて……いよいよ出発ですね。妖精の牢獄へは船で向かいます」


 メイド服に杖という、妙ちくりんな恰好をしたエルクが説明を始める。


「この町を出て北に向かえばランジールの港があります。そこから船に乗ってイカホという町へ向かい、徒歩で少し歩けば到着です」


 二日もあれば十分ですよ、と続ける。そして最後に重要な情報を出す。


「ちなみに……イカホは魔法と薬を利用した『美容温泉』が有名です」


 聞いた直後……四人に電流走る!


「温泉! いいわね! なんか元気出てきたわ!」

「美容温泉……私も気になるな」

「わたしも~! すっごく癒されそうだねぇ~」

「録画水晶足りるかなー(ごそごそ)」


 それぞれが温泉に思いを馳せる。妖精のことはどうでもよくなりつつあった。

 


 五人は港を目指し町を出た。

 平原をまっすぐ北へ向かう。

 道中何度かモンスターと出くわすが歯牙にも掛けない。


「ふ……相手になりませんね」


 仕込み杖をパチンとしまうエルク。新武器の試し切りが出来て機嫌がいい。


「や、やるわね。出番が無かったわ」

「頂いた武器の分は働かせていただきます。戦闘はお任せください」


 そう言って可愛いドヤ顔を見せる。どや。


「エルクちゃんがあっという間に倒しちゃうから、剣を抜く暇もなかったよ」

「シェリィさんには特に恩がありますからね。わたくしが常にお守りいたします」

「フフ……それは頼もしいな」


 そう言ってエルクの頭を撫でるシェリィ。ドヤ顔がさらにドヤる。

 そんな二人の様子を、ルキが面白く無さそうな顔で見つめていた。

 頬っぺたを風船のように膨らませている。


「メリルよ……これはマズイ、ひじょ~にマズイ」

「ん? う、うん……(なんでわたしに言うんだろ?)」


 メリルの困った様子を意に介さずルキは勝手に続ける。


「元々ああいうのはあたしのポジションだったはずだ。いつの間にかエルクに奪われている気がするー!」

「そ、そうかなぁ……(なんて答えたらいいか分からないよぉ……)」

「そもそもなんだあの動きの良さは!? あれで魔法まで使えるとか反則だろ! あたしのお株奪ってない? 上位互換じゃない?」

「ん~……う~ん……どうだろ……(ひ~ん、これ同意していいの?)」

「クイナはいやらしい目で見てるし、メリルは勝手にデートしてるし、エルクは媚び売ってるし! みんなシェリィを誰のものだと思ってるのさ!」

「……(誰のものなの?)」

 


 港に着き、イカホ行きの船に乗る。運よく出港の時間丁度に到着することが出来た。


(そんなに長くいたわけじゃないけど、この国では色々あったな……)


 遠くにはこの間登ったばかりの塔が見えている。

 シェリィは船上で一人、ランジールでの出来事を思い返していた。

 アイラと出会った事、修行をした事、エルクとの戦い、どれも大変な事ではあったが、不思議と嫌な思い出にはなっていない。

 様々な体験を通して、仲間たちとの絆が深まって行く。それが嬉しく、幸せを感じるようになっていた。


「イカホへは今日中には着きますよ。今夜はゆっくり温泉につかって、戦いの疲れを癒しましょう」


 エルクが近付いてきて声を掛ける。風が強いので、メイド服の短いスカートを手で抑えていた。


「うん」


 短く返事をしてエルクを見つめる。


「……? ど、どうかしましたか?」

「出会えて……よかったなって」

「……わたくしたちは元々繋がりがあったはずです。似たような状況ですし、いずれ巡り合っていたと思います」


 シェリィの隣まで歩き、彼女を見上げながらエルクは言う。


「そうだよね……そうなんだよね」


 失いたくなければ、これ以上旅を続けるな。

 誰かが、シェリィにそう(ささや)いた気がした。



「ンン? そこなお子様は……エルクではないか!」


 後ろから聞こえてきたのは低い女の声。その不遜な声や話し方には聞き覚えがあった。

 エルクはすぐさま抜刀。振り返りながら、怒りを込めてその名を呼ぶ。


「ジュリアンテェエエエエエエエエエ!」

「くはは! 覚えていてくれて嬉しいぞ?」


 そこにいたのはやたら背の高い金髪の女。黒いマントがバタバタと風になびいている。


「ど、どうしてここに? 捕まったはずじゃ……」

「黒髪のおねえちゃん、シェリィだったか? やはりあそこの王は馬鹿だな? 私を捉えておくなら牢に結界を最低でも二種類は張っておくべきだ。捕まった日の晩には脱獄出来たぞ」

「好都合ですね、これで貴様をこの手で始末できる!」


 エルクは一瞬で駆け寄り仕込み杖を振る。

 ……だが、割り込んできた何者かによってその刃は防がれた。


「ますたーには、ふれさせません」

「んなっ!?」

「ええっ!?」


 エルクとシェリィが大きく目を開き驚く。


「くはははは! 驚いているな? 紹介しよう! 私の新たな部下、『えるく』だ!」


 エルクの仕込み杖を素手で受け止めていたのは、エルクとそっくりの少女。

 何故かバニーガールの恰好をしていた。うさ耳が風で折れてしまっている。


「どどッ!? どういう……なんだこれは!? なんだこれはぁっ!?」


 激しく動揺するエルク、まるでクイナのように情けなく狼狽えている。

 自分とそっくりの人間が、バニースーツを着て目の前にいるのだから仕方ないとも言える。


「私のコレクションを返してもらいに城の宝物庫へ行ったんだがね。そこで面白い魔道具をいくつも見つけたんだ。その中にはなんと! 相手の髪の毛や唾液などから、本人そっくりの魔導ゴーレムを生み出せる、とんでもない物があったのだ!」


 丁寧に説明してくれるジュリアンテ。意外と優しいのかもしれない。


「く、くだらん悪ふざけを……」


 操作されていた時の記憶が蘇るエルク。

 確かに色々悪戯され、あれやこれやと採取されていたような気がする。

 敢えて詳細には書かない。敢えて。


「なんだおまえ、わたくしにびびっているのか? なさけないやつだな、おりじなる」

「うああああああああああああ死ねェエエエエエエエエエエエ!」


 屈辱と怒りによって震えるエルクには、その安い挑発すら流すことが出来なかった。

 彼女の怒りに呼応するように、体中からバヂリバヂリと放電し溢れる魔力。


「ライトニングランス! 食らえッ!」

「らいとにんぐしーるど」


 雷の魔力で生成された槍による突き、それをえるくは雷の盾で受け止めた。

 これがまたあっさりと。


「なにィッ!?」

「本人そっくりと言ったな? 魔力の性質や戦闘能力も同じだぞ?」


 えるくの指には雷属性の魔道輪が輝いている。

 舌打ちし距離を取るエルク。これではそう簡単に倒す事は出来ない。

 数秒にらみ合うエルクとえるく。ゆっくりとシェリィが割って入った。


「待って。ジュリアンテさん、あなたは戦うために私たちを追ってきたのですか?」

「いいやぁ? ここで会ったのはたまたまだよぉ。クイナたちにやられたダメージも残ってるし、ゆっくり温泉にでもつかろうと思ったんだ」

「復讐が目的では……ないんですね?」

「ああ勿論だ。楽しく戦って負けただけさ。そんなことをいちいち根に持つような小さな女ではないぞ?」

「では……お互いもうやめませんか?」


 そう言ってジュリアンテとエルクを交互に見た。


「いいよぉ?」

「え……で、ですが、シェリィさん」

「ごめんエルクちゃん。ここで戦ったら迷惑になっちゃうし、穏便に済ませられるならそれが一番だと思うの」

「くっ……シェリィさんが……そう仰るなら……」


 怒りと共に武器を収めるエルク。なんというか、いい子だ!


「ではクイナたちにも挨拶してくるとするかな! いるのだろ? 行くぞ、えるくよ! くはは」

「はい、ますたー」


 大股で歩いて行くジュリアンテの後ろをえるくがちょこちょこ付いて行く。

 その様子を本物のエルクはなんとも言えぬ表情で見つめる。


「うー、うー……どうして……何故こんなことに……」


 頭を押さえてその場でうずくまってしまう。


「せめて……せめてまともな服を着せろォオオオオ!」


 涙交じりの、魂の叫びだった……

 



 



 

 



 














 





 



 









 








 





 




 






 


 


 

 



 

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